映画出演


「ある少女の告白 純潔」 1968年12月13日公開

サッカーにいそしむ高校三年生の近藤徹(沖さん)には同じく三年生の本田恵美(丘みつ子)というガールフレンドがいる。会社の社長の息子である徹(沖さんは「実はええとこの息子」という役柄が多いが、デビューから既にそうだった)と会社員の娘の交際に反対する双方の親の問題、そして二人につきつけられる愛と性の問題などを描いた青春映画。サッカー部の先輩・広田役で杉良太郎氏も出演している。
もちろんこの時には既に映画はカラーだったが、芸術作品志向だったためか白黒作品。カメラアングルなども凝っているし、退廃的なムードも漂う。

15歳の正月に家出・上京した少年が、その年の暮れには銀幕にデビューしていた。しかも主演で。確かに人並外れた美少年であった沖さんだが、これはかなりラッキーなスタートだったといえる。
背の高かった沖さんは「俺だってモデルになれる」と友人に言ったところ、「そんなに太っててなれるか」と言われ、それをきっかけにダイエット、すぐに痩せてモデル事務所に入った。だが、モデルの仕事は何もなく、同じモデル事務所にいた丘みつ子さんが日活にスカウトされてデビューが決まった時、「いい子がいる」と沖さんを推薦したのがきっかけで日活でのデビューが決まったという。

日活の黄金期には石原裕次郎・小林旭・赤木圭一郎・和田浩治でのダイヤモンドライン〜宍戸錠・二谷英明・藤竜也〜渡哲也・高橋英樹というスター街道があり、その後を継いだ形になったのが、エメラルドラインだった。いわば、鳴り物入りのデビューであり、斜陽だった映画界の希望を背負ったデビューだったわけだ。
ちなみに、エメラルドラインの他のメンバーは、丘みつ子・西恵子・長谷川照子。

デビューにあたっては家出を隠すために、本名と年齢を偽った。木本という偽名は姉の嫁ぎ先の姓からで、「明」は小林旭に似ている容貌から、バイト先のゲイバーで「アキラ」と呼ばれていたかららしい。年齢は高卒とする為に「十八歳」と逆サバをよんでいる。
それでも、この映画をみると、確かに16歳である。幼い表情と棒読みの台詞が実にカワイイ。1979年に「俺たちは天使だ!」の番組宣伝のために朝のワイドショーに出た沖氏は、この映画が出て来ると「かーっ・・」と絶句。「しゃべらないでくれ、頼む!」「参ったな、ホントに」「やめて・・」と照れっぱなしだった。

沖さんはこの作品で日本映画協会新人賞を受賞しているが、日活映画は青春映画が終わりを告げ、やくざ映画に移行している時だったため、翌年からはチンピラ役が主となる。


「花ひらく娘たち」 1969年1月11日公開

清水市に家族と住む内気で真面目一方の娘・民子(吉永小百合)は、活発な妹・加奈子(和泉雅子)や弟・大輔(沖さん)たちの計らいで会った男性・一雄(浜田光夫)に、二度目のデートの帰りにいきなりプロポーズをされる。彼の父親(宇野重吉)が危篤になったので、せめてお嫁さんを紹介しておきたいという頼みに、「私、お嫁に行きます!」と宣言してしまう民子に家族はびっくり。東京から来たヤクザ風の男・信次(渡哲也)も民子の純情さに惹かれるが、民子は結局は一雄と結ばれる。加奈子もちょっとひょうきんで優しい男(杉良太郎)と恋をし、二組の結婚式が同時に行われる。原作は石坂洋次郎の『金の糸 銀の糸』。

純情可憐な吉永小百合さんの弟役の沖さんは、万歩計を持ち歩く受験生。一雄の妹役の川口晶さんとラブラブな高校生だ。万歩計だから走ってはいけない、とデート中の浜辺でもてくてく歩き、家族が茶の間でトランプをしている同じ机(しかも父と母の間の席)でひとり勉強している風変わりな役だが、16歳の沖さんとしては等身大の若者を演じている数少ない日活作品のひとつ。アイドルになった時のプロフィールには、必ずこの作品を入れていた。やくざ映画ではアイドルとしては具合が悪かったのか、当時すでに日本を代表する女優だった吉永さんの主演作品だったからか。
のちに和泉雅子さんと夫婦役を演じている(1978年「涙・あいつは今夜もいない」)が、この映画と比べると二人とも大した変貌ぶりだ。現在とあまり変わらないのは歌手で出演しているピンキーこと今陽子さんかな?


「恋のつむじ風」 1969年3月11日公開

北海道で働く真面目な娘・アカネ(松原智恵子)は純朴な男・俊平(杉良太郎)と結婚するはずだったが、披露宴の最中にアオイ(梶芽衣子)の策略で出奔。アオイのルームメイト・ミドリ(長谷川照子)と三人で東京での新生活を始めるが、プレイボーイに二股をかけられたり、求婚者が逮捕されたりする事件に巻き込まれる。俊平に他の女性がいたことは誤解だとわかり、結局迎えに来た俊平と北海道へ帰るというめでたしめでたしな青春映画。

「花ひらく娘たち」に続いての青春映画。前作より更に出番が減り、沖さんはアオイと付き合う若者・高志という役。アオイとのキスシーン(驚いたアカネがドアを閉めてしまうので一瞬の出演)、クラブでゴーゴーを踊るシーン、パンツ一丁での絵画モデル姿、高校生のマリコ(久万里由香)とクラブでいちゃいちゃしているシーンの4シーンのみとなる。同じエメラルド・ラインでデビューした長谷川照子さんも西恵子さんも重要な役ではない。
この年はすでに青春映画が衰退しており、日活はヤクザ路線と、のちのロマンポルノに通じるお色気路線の方が目立っている。
青春映画でデビューしても、会社の方針が変ればどうしようもない。これ以降、沖さんの役はヤクザ、それも年齢が若いからチンピラの役ばかりになって来る。
みどころは何といってもパンツ一丁のモデル姿だ。「考える人」のポーズなのだが、パンツは白のブリーフ。細かく観察する私も私だが、ちょっとサイズが大きすぎるらしく、皺が寄っている。
沖さん以外のみどころとしては、ゴーゴークラブのバンドが内田裕也さんで、おなじみの「シェキナベイベー!」をやっているところと、当時では大胆であったであろう松原智恵子さんの水着姿だ。大きな花がたくさんついたゴムの帽子が懐かしい。


「前科・仮釈放」 1969年5月14日公開

敵である新竜会の会長を殺して四年後に出所した大原竜次(渡哲也)は、自分がいた大矢根組の親分・大矢根が殺されて、組は代貸だった井村勝に乗っ取られていることを知る。この井村が黒幕で、同じ組の先輩だった玉井(大木実)は敵討ちに行って逆に殺されてしまう。井村は更に竜次を使って邪魔になった男・大柴(青木義朗)を殺させようとするが、自分の兄貴分の竜次と姉・史江(松原智恵子)が愛し合っていることを知った谷原健(沖さん)は、手柄をとりたいという野心もあって、竜次に黙って大柴の元へ向かう。だが、大柴と相討ちになって刺された健は、井村の元に報告に行ったにも拘らず、井村の部下たちにとどめを刺されて死ぬ。 仮釈放の身でまた罪を犯したくないと言っていた竜次だが、任侠の世界を捨てることが出来ない。引き止める史江に「あんたにはわかんねえよ」と言い残し、井村の元へ向かう。


デビュー4作目にして、チンピラ役になってしまった沖さん。鋲入りの皮ジャンとお揃い帽子で新宿の街をのし歩くが、気が強い姉の史江には頭が上がらないし、大柴を殺しに行った時は「ふぇぇぇぇ」と脅えて一歩出遅れたために、相討ちになってしまう。挙げ句の果てには井村の事務所まで行ってとどめを刺されて白目をむいて倒れ、その上で殺し合いが始まる(脚蹴られてるし)。竜次が駆けつけた時には死体が金庫にしまわれている有り様だ。日活期待の新人だったはずなのに、この扱いはあまりにもあまりではないか。クレジットにはまだ(新人)という文字が入っているが、これからテレビデビューするまでの約2年、沖雅也はチンピラとして殺される日々が続く。
ちなみに、私はこの一連のヤクザ映画を後年映画館の3本立てなどで観たのだが、どれも同じ顔ぶれと筋立てなので、出所、いや、映画館を出る頃には話がごちゃまぜになってしまった。主役はいつも渡哲也さんで、出所後にまた組の縄張り問題と義理に巻き込まれ、最後は皆殺しにして一人生き残る。悪役も今井健二さん、青木義朗さんを筆頭にほぼ同じ顔ぶれで、混乱が生じる。青木さんはのちにテレビで沖さんに逮捕されたり、逆に沖さんを逮捕する役で共演することになる。日活の悪役だった方たちは、藤竜也さんの口利きだったのか、「大追跡」での共演が多いが、日活の仇を返して逮捕している沖さんを観て、「ざまーみろ!」と、ファンとしては密かに無駄な喜びを感じるのである。


「前科・ドス嵐」 1969年7月12日公開

前科敵対する組を襲って四年後に仮出所した松本竜次(渡哲也)は、出所早々所属していた高浜組からは暫くシマを離れろと言われ、敵対する安西組のチンピラ・バタ助(沖さん)からも因縁をつけられる。が、シマの元締・千石長太郎(中村竹弥)の家に押しかけて居候、千石と妻(奈良岡朋子)に、亡くなった我が子の替わりのように面倒をみてもらう。4年前襲撃を一緒にした本田(宍戸錠)の妹のマキ(麻生れい子)と愛し合うようになるが、シマを支配しようと目論む安西(青木義朗)や、竜次に足を刺された恨みを持つ安西の弟・猛(今井健二)の嫌がらせが続く。竜次の母・安江(森光子)の夫は安西組に借金があり、竜次は指をつめてオトシマエをつけるが、猛はマキを犯し、千石も殺される。竜次の幼なじみで安西組にいる唐島(佐藤允)とは友情があるが、その彼も殺され、いつものように最後に一人残った竜次が追いすがるマキに「おめえさんにはわかんねえよ」と言って安西の元へ行き、決闘の末刺し殺す。


渡哲也の前科者シリーズ。主題歌も同じで、歌のタイトルはそのまんま「俺は前科者」だが、前作の竜次とは別人。そうでなければ、殺人の再犯で4年で仮出所は出来ないだろう。当作では、沖さんは主演の渡さんと敵対する組に所属するチンピラ。つばの高い帽子にいかにもヤクザという形(何とかいう呼び名があったはずだが、失念)の白いシャツ。出所してきた竜次を追跡し、「いいか、でかいツラしやがると」と凄んでみせるものの、竜次の視線の強さにおじけずいて黙ってしまう弱虫ヤクザである。公衆便所から出てきた竜次(ちゃんとハンカチで手をふいているのがなぜかおかしい)に「何だ、まだ用があんのかよ」と言われ、「その・・・便所です」と便所に駆け込んでしまう。
出番は少なく、この後、シマの見回りのシーンが少しあった後、安西組で千石暗殺に失敗した唐島を刺殺するよう命じられ、「だめだ、俺には出来ねえ。勘弁してくれよぉ〜」と泣き崩れ、他の人に刺された唐島を抱き止めようとして自分も刺されてしまうという情けなさだ。まあ誰にでも下積みはある。下積みだけで終る人だっているのだ。
この映画で渡さんが演じる竜次は、母親が男と逃げ、父にも捨てられて16歳から東京で暮らしてヤクザ稼業に入ったという身の上なのだが、その生い立ちは沖さん自身に重なる。沖さんは、もし芸能界に入れなかったら「どこかのおあにいさんになってたかも知れない」と回想しているが、渡さんもスゴ味をきかせて台詞をしゃべっていながら、どこかお坊ちゃんぽいところが表情に残るので、尚更沖さんとダブる。
千石の妻役の奈良岡朋子さんは、沖さんが後年「デートしたい三人の女優」の一人に挙げた女性だ。この映画でも内助の功で素敵な姐さんを演じている。一緒のシーンがないのが残念。
この時代はゴーゴー・バーのシーンがよく出るが、今回のバンドはザ・スイング・ウェスト。湯原昌幸さんがボーカルで、今と変わらない笑顔で歌っている。新宿の街が舞台だが、まだひとつも高層ビルがないのも印象的。


「盛り場仁義」 1969年12月20日公開

北海道から東京へ帰ってきたやくざの中根(北島三郎)、“温州”と呼ばれる里村(里見浩太朗)、“オイチョ”こと大市(三波伸介)の三人と、子分の三田(岡崎二朗)が、中根の義弟である倉田(今井健二)や、壷ふり師・弥生(梶芽衣子)、殺し屋・向井(二谷英明)などと絡みながら敵を倒す物語。出演は他に白木マリ(万理)、丘みつ子、坊屋三郎、川地民夫など。沖さんの役はやくざの息のかかった土建屋の社員・伊沢タケシ。


タケシが所属する組と敵対する組の者に、恋人・マサミ(秋とも子)が犯されて自殺する。土地の利権に絡んでの抗争が続く中で自分たちが騙されていたことを知った中根らが、タケシと共に敵対する滝田組と清新会に殴り込みをかける。二つの組の手打ち式に乗り込んだ五人(中根・里村・三田・成井(矢野新士)・タケシ)が、襖を開け放ってポーズをとるのがカッコイイ。
ただし、沖さんの名前のクレジットが後ろの方に廻り出しているし、相討ちになって池に落ちて死ぬシーンでも、そのまま死に顔を見せるでもなく、生き残った中根と里村の話題に上ることもない。沖さんは顔が少しぽっちゃりしている。
闘いのシーンは何故か画面が暗く、誰と誰が争っているのか見定めるのが困難なのが残念だが、北島三郎氏を「アニキ」と呼ぶツーショットが今となっては貴重だ。「オヤジ」と呼んでいたら、演歌歌手として北島ファミリーの仲間入りをしていたのに、残念だ(?)。
監督は「大追跡」の初期の四作品を監督し、「西部警察」や「大都会」「あぶない刑事」「探偵物語」などでもおなじみの長谷部安春氏。


「やくざの横顔」 1970年1月24日公開

九州・若松の本堂組組長(中村竹弥)の息子で「ボン」と呼ばれる哲平(渡哲也)は、殺された兄の仇討ちのために、敵対する若松組の組長と護送中の実行犯を射殺。4年で出所したが、勘当の身のため黒木勇次(宍戸錠)が船長をする船で働く。一年後に寄港した横浜で謎の女・りつ子(香山美子)と出会うが、彼女は若松組の殺し屋・山田(内田良平)の元恋人だった。次第に哲平に心惹かれるりつ子だが、山田が勇次殺しに失敗した時は、迷った末に山田の後を追ってしまう。哲平の出所を待っていた恋人・恭子(丘みつ子)も弟・貞夫(沖さん)から横浜にいることを知らされて会いに来るが、そこに父の片腕だった男が胸を刺されて倒れ込む。組員の政(今井健二)の裏切りによって父が殺されたのだ。殺し屋・山田は愛するりつ子のためにわざと哲平に刺されて死に、怒りが頂点に達した哲平は、敵討ちのために立ち上がる。


渡さんが「ボン」になった一作。「出演者」欄でも沖さんの名前は次第に後の方に出て来るようになっていたし、出番は悲しいほど少ない。チンピラ役ではなく、姉のために哲平に復縁を頼む礼儀正しい青年を演じているのが救いか。1970年に入り(撮影は69年末)、髪も少し伸びてカールが可愛いし、デビュー作では恋人役だった丘みつ子さんの弟という設定がちゃんとはまる。
渡さん主演のやくざ映画ではあるが、前科者シリーズと比べると石原裕次郎さんの「日活ムードアクション」風な出来栄えだ。ボートの上で恋人役の丘さんの前でギターを弾き語りするのだが、曲調が明るくて若大将や裕次郎さんの作品を彷彿とさせる。
だが、顔ぶれはいつもの面々だ。「中村竹弥をみたら殺されると思え」「今井健二をみたら裏切ると思え」と言いたくなるが、前科者シリーズでは悪役だった青木義朗さんが、主人公をかばう男の役で出演しているのが新味か。後年沖さんが出演した「姿三四郎」では、優しくて面白い和尚を演じていた大滝秀治さんもこの頃は悪役で、哲平を殺し屋に殺させようとしたり、香山美子さんを押し倒して犯そうとしたりしている。この当時四十歳台と思われる大滝さんを思えば、沖さんの下積みなんて何でもないかも知れない。
瀕死の重傷を負って担ぎ込まれた哲平がベッドで苦しむうちに、看病するりつ子とのベッドシーンになってしまうのがおかしい。愛の力は怪我をも治す?
原作は川内康範「赤い夕陽に」。


「斬り込み」 1970年3月7日公開

舞台は川崎に移る。郷田(中村竹弥)は郷田組を植松(高城淳一)に譲って隠居しているが、依然として町のドンとして君臨していた。下っ端のチンピラである直人(藤竜也)、雅美(沖さん)、次郎(岡崎二朗)、猛(藤健次)の四人がいつまでもうだつのあがらない生活に焦りを感じていたところへ、関東連合会の椿(青木義朗)が彼らの飲んでいるバーへ乗り込んで来る。当然争いが始まり、関東連合会の者が一人刺し殺されてしまう。「オトシマエをつけろ」ということになり、郷田組は関東連合会の傘下に入るよう詰め寄られるが、四人は逆に連合会会長を殺そうと計画する。そこへ現れるのがいつもカッコイイ登場の男・庄司(渡哲也)。庄司は関東連合会に恨みを持つが、四人の襲撃を止める。椿は影で町を押さえている郷田が目障りで、植松に郷田を消すよう命令。命令は 椿→植松→花井(郷瑛《本当は“さんずい”》治)→チンピラ四人組へと流れ、郷田は四人の手によって殺される。だが、仕事が終ったとなると直人以外は消されてしまい、挑発するように盛大に行われた猛の葬式が血の海となる。生き残るのはいつものようにただ一人、庄司だった。

沖さんのチンピラにも飽きて来た。今度は山高帽のように大きな黒い帽子を被り、ただでさえ大きな沖さんは画面から探すのが簡単ではあるが、この帽子が顔に被さって死体となるだけで、見せ場の殺されるシーンすらない。
哀しいかな、沖さん、いや雅美は女の子をレイプする。酒に酔った女の子を事務所に連れ込み、くじ引きをして輪姦だ。日活期待の新人は、ここでどん底まで来たようだ。沖さんが活路を求めてテレビに進出したのも無理はない。日活がやくざ路線を続ける限り、主役の機会はなかったであろう。年齢が若すぎたのだ。
この映画は主役の渡さんに時間がなく、出演は後半のみとなっていて、全体的にはやくざに憧れてもいいことないよ、というメッセージが見えるのが特徴。中学を出て集団就職で東京に出て工場勤めという生活から脱落した若者が、いつまでたっても下っ端のチンピラなことを嘆き、今に幹部になって恋人に店を持たせるという夢を持っていたりするのだが、やっていることは上からの命令での殺人、そしてエネルギーをもてあました上の性犯罪。末路は死だ。猛の母(初井言栄)はゴミ収集の仕事をしているが、猛は老いた母を手伝うでもなくフラフラしていて、挙げ句に殺されてしまう。その母の涙も見せ、「反ヤクザ路線」として他の作品と一線を画している。でもタイトルは「斬り込み」なのだが。

今回のバーのバンドはモップス。リーダーはロン毛の鈴木ヒロミツさんである。
最後の乱闘シーンは一体何人が死んだことだろう。しかもお寺で。合同葬儀で手間が省ける?


「花の特攻隊・ああ戦友よ」 1970年5月16日公開

戦火が激しくなりつつあった昭和19年、大学生だった真吉(杉良太郎)は女手ひとつで育ててくれた母や恋人・三保(和泉雅子)と別れて、土浦の海軍飛行予備校へ入る。厳しい教官もいたが、仲間との連帯は強く、友情も芽生える。だが、斉藤(浜田光夫)は恋人と心中し、花沢(岡崎二朗)や小野(沖さん)は先に戦場に散る。やがて真吉にもその日が来たが、彼の飛行機だけ車輪の故障で大破して生き残る。先に逝った仲間や国のことを思った真吉は人間爆弾「桜花」の乗組員に志願し、終戦の二日前に空中に散る。最後の言葉は「おかあさん!」だった。
週刊明星に連載された川内康「花の特攻隊」が原作。

杉良太郎、浜田光夫、藤竜也、岡崎二朗、郷えい治、青木義朗、内田良平、梶芽衣子・・と、今までの映画に登場して来た面々が揃うが、やくざものではないので新鮮味がある。丹波哲郎や加藤嘉、南原宏治、三ツ木清隆などの顔も見える。
一連のヤクザものにはない真摯な作りで、真吉が母に最後の別れを告げに行くシーンや、年の離れた弟のいる疎開先に会いに行くシーンは涙を誘う。
真吉の髪は海軍にしては長いが、沖さんも藤竜也さんもきちんと刈り上げて短い髪にしている。藤竜也さんがヒゲもなく、文学青年の役なのがおかしい。空襲のなか一人で文庫本を広げている。
映画なのにナレーションがあるのも面白い。しかも芥川隆行だ。

さて、肝心の沖さんだが、出番はこれまた少ない。地元の農民に変装して「女郎屋」に通っているのがばれ、罰として畑で肥まきをさせられるシーンは笑えるが、最後にわざと明るく川柳を詠んで特攻機に乗り込んで行く笑顔が良い。残念ながら思ったより特攻服は似合っていない。
「女から 棺桶に乗る 乗り心地」が辞世の句だが、真吉が舎に戻ると真面目な句も残されていたという奥の深い男。だが、それはそれ、日活では地位の低かった沖さんなので、さらっと話は流されている。
今回は戦時中の話なのでバンドはなく、軍歌調演歌のような杉サマの歌が何曲も流れるのが代りか。


「反逆のメロディー」 1970年7月22日公開


組が大阪で解散したので腹違いの兄(梅野泰靖)が組長をしている立花組にふらりとやって来た哲(原田芳雄)は、すばっしっこくて熱血漢のゲバ作(佐藤蛾次郎)や星野(地井武男)、政次(藤竜也)と親しくなり、服役中の兄に替って悪辣な地元の建設事業と対立する。警察の絞め上げが続く中、ゲバ作と星野が殺され、哲と政次は建設会社に殴り込みをかけて相手を倒すが・・・。

上のあらすじでは全く沖さんは出て来ないが、冒頭で街に戻って来た哲が賭け競艇をするシーンに、下っ端ヤクザとして登場する。背広姿にピッチリ横分けの沖さんにスコッチや市松の面影はない。哲に誘導尋問されてあっさり「へえ」と答えたために、兄気分にビール瓶で頭を殴られる。3針も縫った恨みから包丁を持って乗り込んで来て、哲の目の前で刺殺されてしまうという、短くも情けない役。担架で運ばれた死体の布をめくった時、ギリシャ彫刻のような顔が見えるのが唯一のファンの楽しみか。刺しつ刺されつのシーンなのに、皆が棒立ちで見守っているのが哀しい。助けてあげて欲しかった。

ほぼ毎回沖さんと共演している青木義朗さんは、今回はヤクザではなく刑事役だが、どのヤクザよりもよっぽどヤクザっぽい刑事だ。逆に、ちいちい地井さんはヤクザより刑事が似合う。ヤクザにしては声が高いので。彼の恋人役の亜紀を演じるのはこれまた常連の梶芽衣子さんだが、彼女のファッションや雰囲気は今でも十分通用するカッコ良さで、ホレボレする。富士真奈美さんは立花組の姐さんで、色っぽく美しい。そして痩せている。

哲と星野が友情のしるしに互いの腕時計を交換したり、政次が愛犬家のやくざでいつも子犬を連れていたり、ゲバ作がバイクに乗って荒れ狂いながらも少年合唱団風に「もずが枯木で」を歌ったりと、面白い設定がいくつも見られる。


「いちどはいきたい女風呂」 1970年10月3日公開


浪人生活がかなり長いと思われる里見(浜田光夫)は、背広にネクタイで予備校に通う予備校生。父親(由利徹)が投資のために買った青山のマンションに住みながら勝手にそれを売却し、その資金で犬のための総合美容センターを創立しようと目論んでいる。
里見は大学受験を控えた現役高校生の東雲(沖さん)と友達になるが、東雲は家業が風呂屋なことを利用して、風呂場に隠しカメラを設置してそれを売却しているとんでもない奴。喫茶店を経営しているさよ子(夏純子)の兄(前野霜一郎)も万年浪人のヒッピーだが、この三人でナンパをしたり、倒産したケンネルへ忍び込んで犬を盗んだりするドタバタ喜劇。最後は「全国的に四月」となり、受験に失敗した(と思われる)三人が、就職講座にすら定員オーバーで入れないというオチ。


日活もいよいよお客を呼べないヤクザ路線からヌードに転換しはじめたのか、それとも当時高視聴率だったテレビドラマ「時間ですよ」で、女風呂のシーンが話題となっていたことにヒントを得たものか。とにかくタイトル通り女風呂のシーンがやたらと多い。
沖さんの役は一応高校生で、髪も少し伸びてアイドルっぽいみかけになりつつあるが、声のトーンが少し高い。喜劇だからわざと上げたのかも知れない。アップテンポの喜劇で見せる沖さんの表情は、時に「さぼてんとマシュマロ」の仁クンを思い出させる。テレビ進出まであと一年足らずだ。
沖さん扮する東雲は、やくざに袋叩きにあっているシーンからの登場。里見がナンパして来た公家の血を引くという綾小路公子(長谷川照子)を気に入り、里見がデートの段取りをつけて「ナニをナニして来い」と言われると、「はい、そうします!」と喜び勇んででかける。結局彼女に振り回された挙げ句、「おたてかえ下さる?」と言われてバイクを売り払ってしまうだらしのなさも何だか可愛い。やくざ映画では見せなかった幼い表情だ。
タバスコ入りのコーヒーを飲まされたり、女風呂で犬と追いかけっこをしたり、出番は多い割にあまりカッコイイとはいえない役だが、オカマ役になってしまった岡崎二朗さんや、縁の下に潜ってまで女風呂をのぞこうとする浜田光夫さんに比べればまだマシかも知れない。
夏純子さんのミニスカートやセルロイド人形のようなつけまつげ、ゲバラという名前の犬、「Oh!モーレツ」「ヘドロ」「そりゃないぜセニョリータ」等々、七十年代初頭の流行語が次々と登場。沖さんは何と「ノータリンフーテン」と呼ばれている。
1970年といえば、さすがの私もまだ小学生。臨海学校で行った伊豆で、「ハレンチ学園」の撮影が行われていた。この映画も日活だったことを思うと、私が紺のスクール水着でスイカ割りなどをやっていた頃、沖さんは裸の女性にまみれて(?)働いていたのだなあ、と何故か感慨深く年齢の差を感じてしまうのである。


「新宿アウトロー・ぶっ飛ばせ」 1970年10月24日公開


出所したばかりなのにカタギに戻る気などさらさらない「死神の勇次」(渡哲也)は、追いかけてきた直(原田芳雄)の計らいで元恋人の笑子(梶芽衣子)と再会する。金持ちのドラ息子である直は、笑子に店を持たせていた。暴走族のリーダー・リッキー(沖さん)は、直に渡したマリファナの代金を要求するが、実はそのマリファナは笑子の弟と一緒に暴力団に奪われている。リッキーは直の妹を拉致して金を要求するが、結局は手を組んで暴力団と立ち向かうことになる。
暴力団には勇次の元仲間で冷徹凄腕の殺し屋“さそり”(成田三樹夫)がおり、警告をきかない勇次たちを脅すために笑子を殺す。怒った勇次と直のコンビは暴力団と銃撃戦の末、ボス(深江章喜)を追いつめるが、ボスは“かもめ”と呼ばれるヘリを屋上に用意し、一人で脱出を図る。だが彼もさそりも勇次に撃たれて倒れることになる。ヘリに乗り込んだ二人は操縦士(地井武男)に操縦させるが、さそりの最後の一発が操縦士に命中、ヘリの知識が全くない直の操縦で空を飛ぶことになる。ボスが積み込んでいた金は、バイクで疾走するリッキーたちの元に空から落とされ、勇次と直はそのまま大して心配もしないまま団地の間をよれよれとどこまでも飛んで行く・・・。

今回ものっけから原田芳雄氏にやられて気を失ってしまうという、ちょっと情けないだが、一応暴走族のリーダー役だし、髪も伸びて黒革の上下がキマッている。まだ「ぼうや」などと呼ばれているが、「俺たちは天使だ!」でも、まだ「七五三の坊や」と言われるシーンがあるので、沖さんは年齢の割に老けていながら、お坊ちゃまっぽい雰囲気も同時に持ち合わせていたのかも知れない。
ヤクザ組織の内部についてはあまり描写がなく、渡哲也・原田芳雄コンビによる男の友情を軸にしているので、「前科者シリーズ」よりは見やすい。 この映画も、途中何度か建築中の京王プラザが映し出される。最上階部分を建てているのがよくわかり、その瞬間1970年から現在に引き戻されるような気がする。


「土忍記 風の天狗」 1970年11月14日公開


これは管理人も未見の作品。高橋英樹さん主演の忍者もので、柳生一族から抜け出した六平太(高橋さん)が敵と戦う物語。沖さんは、村の青年・紋次という役で出演しているらしい。高橋英樹さんとの共演はこの一作だけなので、一度は観てみたい作品だ。


「ネオン警察 女は夜の匂い」 1970年12月5日公開


夫亡き後、組を守る圭子(牧紀子)と、新興のヤクザ・松村(須賀不二男)、そしてその抗争を利用して町を我がものにしようとする県会議員・中川(小松方正)の争いの中、圭子は助っ人として花村(小林旭)を雇う。同じ助っ人として来た結城(内田良平)は松村側につくが、その結城のなじみの女が、圭子の誘拐計画を花村に教えてしまう。花村は一本気なバーテンのオサム(沖さん)に好感を抱き、恋人のアイ(青木伸子)の借金を肩代わりするのだが、その金のために、オサムは密告者と疑われるはめに。オサムを吐かせるためにアイを暴行しようとする松村たち。アイを守るため花村殺しを命令されたオサムは、血まみれで花村の元へ向かうが、逆に花村の部下に刺殺される。怒った花村の銃が松村に火花を吹き、さらに黒幕の中川も血まみれとなる・・・。
監督・野村孝、脚本・小川英というのは、沖さんに縁の深いコンビ。

今回もコテンパンにやられる沖さん。白目を剥いて絶命する熱演だ。沖さんは主演の小林旭に似ているとよく言われたそうで、ゲイバーでバイトしていた頃の源氏名もアキラだったそうだ。日活のデビューにあたっても、家出中であることを隠すため、本名を「木本明」としている。木本は姉の嫁ぎ先の姓で、明は明らかに(シャレではない)小林旭氏を意識したものだ。小林氏に抱かれて死ぬシーンでは、確かに横顔が似ている気もする。
恋人役の青木伸子さんは、「斬り込み」で、沖さんがレイプした娘。今回も結局はヤクザたちに犯され、恋人に死なれる。受難な役が多くて気の毒だ。
野村監督は、「驚きももの木20世紀」で沖さんの生涯の特集を放送した時、デビュー当時、熱演のあまりガラスをたたいて手を切ってしまった沖さんが、「役者ですからこれ位はやります」と根性を見せたので感動した、とコメントされている。

これで、沖さんの1970年の日活映画出演は終り、翌71年はわずか3作に出演するのみとなる。この映画での沖さん演じるオサムの台詞、「ヤクザにいい人なんているもんか!」という言葉は、そのまま日活のヤクザ路線の行く末を暗示しているようだ。

映画とは関係ないが、小林旭氏は、沖さんが亡くなった時、急遽8月の新・歌舞伎座公演に代役を務めている。


「男の世界」 1971年1月13日公開


恋人の死をきっかけにカナダへ行っていた紺野(石原裕次郎)が日本へ帰って来た。昔からの友人(菅原謙次・二瓶正也・川地民夫・なべおさみ等)は歓迎するが、恋人を殺した男・白石(内田良平)の出所に合わせ、復讐のために帰国して来たのではないかと心配もする。白石の子分たちも同じことを考えて紺野を呼び出すが、茂木刑事(宍戸錠)の仲裁で一度はことなきを得る。
カナダへ行きたいと話す若いカップル・オサム(沖さん)とノブコ(鳥居恵子)に昔の自分を見た紺野は、オサムの就職を紹介したり、ヨットに乗せたりと面倒をみるが、オサムは就職先から金を盗んで逃亡、さらに紺野を襲撃した白石の子分を脅迫する。逆に人質となったオサムとノブコを紺野たちが助け、白石を雇って恋人を殺したのは、阿川(大滝秀治)が後ろで糸を引いていたことをつかむ。
命を賭けて自分を救出してくれた紺野の誠意に応え、オサムとノブコはカナダ行きをやめて地道に働くことを紺野と約束する。


昔の日活を復活させようという意気込みが随所に感じられる作品。石原裕次郎氏は計四回も脈絡なく歌い出すし、海にヨットに素手での闘い、そして恋人の死と、日活全盛期のようなシーンがてんこもりだ。元クラブの経営者だった紺野が黒人ピアニストと語り合うシーンなどは、「カサブランカ」を意識しているように見える。(このピアニスト、チコ・ローランドという役者なのだが、一瞬顔を黒く塗った水野晴郎氏かと思った)ダバダバダ〜という女性スキャットが時代を感じさせる。

沖さんの出演シーンはデビュー作「純潔」を除けば、映画出演では最多かも知れない。石原氏とのからみも多いので、「太陽にほえろ!」ファンには嬉しいツーショットも満載だ。石原氏は翌年から「太陽にほえろ!」に出演されているので、ボスとして見ても違和感がない。『何?!』という替わりに髪をくっと上にあげる表情や、右手につけたロレックスの時計は、ボスそのものだ。「よーし、わかった」と電話を切るシーンもちゃんとある。
一方沖さんは、この少年がスコッチになるとはとても想像出来ない。髪の毛は1/9分けだし、台詞も軽い。新宿中央公園でボコボコにされれば、尚更のことだ。ここは七曲署の管轄なのだ。連れ去られた後で拷問を受けてアザだらけになった沖さんだが、取り引き場所に着いた時はお肌つるるんだった。長谷部安春監督にもこんな失敗はある?!
石原氏が劇中歌う「夜霧よ今夜も有難う」「赤いハンカチ」は、私の記憶が確かならば、沖さんがNHKの歌番組で歌った歌だ。

「男の世界」は石原氏が出演した最後の日活作品となり、沖さんもこの年からテレビに活躍の拠点を移す。そう考えて観ると、燃えるヨットが何か象徴的だ。個人的に印象に残るのは、主人公が、カナダに逃げても何も得るものはなかったが、自分が日本へ帰って来たことは間違いだったのだろうかと黒人ピアニストに問うシーンだ。ピアニストはこう答える。

「ここで求めても得られないものは、よそでも得られるはずはない」

ところで、沖さんがなべおさみのジャンパーを盗んで着ているが、サイズは合ったのだろうか?


「関東流れ者」 1971年2月6日公開


刑務所の中の新聞で、世話になった組長が殺されたことを知った周治(渡哲也)は、出所後に組長殺しの犯人を捜すことになる。弟のヒロシ(沖さん)が真面目な工員からクラブのバーテンになり、麻薬の密売にまで手を出していることを知り、組長の娘・ゆき(丘みつ子)とは愛し合うようになるが、人質となったヒロシを救うために、黒幕との対決を決意。黒幕は対立する二つの組織を我がものにしようと画策した阿部(南原宏治)だった。駆けつけた警察の目の前で阿部を刺殺した周治の手には、またもや手錠が・・・。
他にもいつものメンバーが出演。原田芳雄、内田良平、今井健二、青木義朗などいつもの顔ぶれが出演している。


日活時代は「渡哲也さんに可愛がってもらってネ」と言っていた沖さんだが、この作品では弟分ではなく実の弟として可愛がってもらっている。兄の言葉に何度も「うん」とうなずくヒロシが可愛い。
今回は三回ほどビンタされるがコテンパンにされることもなく、逃走しようとする黒幕たちの車の後ろに回り、マフラーを押さえて兄を援護する活躍シーンもある。他の日活映画よりは見せ場を作ってもらっている方だ。

舞台が横浜。しかも最後の決闘は倉庫街で、悪役も曽根晴美さんなど同じ顔ぶれが揃うから、おのずと後年の「大追跡」と比較してしまうが、ビビッて兄の後ろに隠れるヒロシが、あのキレの良いアクションで相手をバッタバッタを倒してしまう矢吹刑事と同じ沖さんだとは思えない。

兄が刑務所に入ったために堅気の職場に居づらくなったヒロシが、出所して会いに来た兄に「二親がいなくてたった一人の兄貴がムショ暮らしじゃ、こんな仕事するしかないじゃないか!」と反発するシーンがあるが、沖さん自身「自分は運良く俳優という仕事に就きましたが、そうでなければどっかのオアニイサンになっていたかも知れない」と言っていた通り、もし沖さんが流されるままの日々に満足してしまっていたら、「沖雅也」には出会えなかったかも知れない。俳優になってもらって本当に良かった。それにしても、斜陽の日活にそのまま留まっていたら、沖さんはアイドルとしての年齢を超えてしまい、テレビで活躍することもなかったかも知れない。日活がロマンポルノになっていたら、女の私が沖雅也という俳優を見ることはなかったかも知れないし、見てもファンになったかどうかわからない。運命は何事も巡り合わせだ。しかし、もし日活が斜陽にならなくても、沖さんが主演をとることは難しかったかも知れない。なぜなら、主役は主題歌を歌わねばならないのだから。テヘヘ。

この映画で沖ファンの見どころといえば、布団でうつぶせになってキセルを吸っているヒロシの背中だろうか?
その他のシーンでは、語り合う周治の後ろで笑いながら歌っている水原弘がなぜかツボにはまってしまった。上京したばかりのヒロシが周治と食事をしているシーンで流れる「伊勢崎町ブルース」の♪ズズビズビズビズビズバァ〜と共に時代を感じさせる。



「流血の抗争」 1971年6月10日公開


刑務所から出て来たばかりの手塚(宍戸錠)が所属する秋庭組と、同じシマの志村組とを対立させて両者壊滅を計る誠心会の抗争を描いた物語。誠心会の星野(内田良平)は秋庭組の組長を刺殺し、それを目撃したテツ(沖さん)を脅して、志村組の仕業だと嘘の証言をさせる。さらに星野はテツをそそのかして志村組の幹部を殺させたため、秋庭組と志村組の対立は深まる。そのからくりを知った小沢(藤竜也)はテツと共に誠心会に殴り込みをかけ、手塚と志村組の吉永(佐藤充)も事情を知って後を追うが、テツは殺され小沢も腹に傷を負っていた。吉永は星野を刺殺したものの、星野の銃弾に倒れ、手塚の肩にも弾がめり込む。だが、黒幕である誠心会の会長を倒すまで死ぬわけには行かない手塚と小沢は、会長を待ち伏せ。待っている間に小沢は息絶え、会長を仕留めた手塚も帰りの車の中で息絶えてしまうという、正に流血続きで全ての人が死んでしまう映画。他に手塚の恋人・雅江で梶芽衣子さんも出演。


沖さんの出番は多いが、活躍するのは最初のケンカのシーンだけ。それも、宍戸錠さんに殴られてシュンとしてしまう。「大追跡」を先に観てからこの映画を見ると、沖さん扮する矢吹刑事にネグリジェをねだる宍戸錠さんの図が浮かんで立場の逆転に驚く。藤竜也さんと沖さんが肩を切って歩くシーンは遊撃捜査班を思わせるが、沖さんはダボシャツに雪駄ばきで顔はあどけなく、藤さんのヒゲのない顔が物足りない。

この映画で一番おいしいところは、秋庭組の組長が殺された時に、沖さんが生後半年ほどの赤ちゃんを抱いて逃げるシーンだ。ぎこちない赤ちゃん抱き方がキュート。赤ちゃんは沖さんの胸に顔を埋めて、恐怖に泣きじゃくっている。そりゃああんな強面のオジサンたちが追いかけてくれば、泣くだろう。誠心会の事務所でテツが脅迫されているシーンでは、赤ちゃんは沖さんの袖を握り締めて泣き叫んでいる。『もうこうなっては頼りになるのはこのお兄ちゃんだけ!」といった図だ。沖さんが子供好きかどうかは別として、子供に好かれる人というのは確かにいる。そういう人は黙っていても子供が寄って来るものだ。赤ちゃんは嫌いな人に抱かれると体を離そうとするので、この赤ちゃんが沖さんにしがみついているのが何故かちょっと嬉しかったりする。男の子なのだが。関係ないか。
それにしても、撃たれてからの手塚と小沢のターミネーターぶりには驚く。死にかかって朦朧としていながら車を運転して会長のところへ行き、組員数人とやりあって刺殺(組員弱すぎ)、さらにその死体を運んで隠して待ち伏せを続けるのだ。会長を仕留めた手塚が車の中で息絶えるシーンでは、助手席に小沢の死体がある。肩に負傷してものすごい出血状態で、死体を8階の事務所から車まで運んだのか?!
この作品が公開される直前、日本テレビ「クラスメート」に出演した沖さんは、やっとアイドル雑誌などに取り上げられるようになっていた。そして、 沖さんはこの「流血の抗争」の後、映画「八月の濡れた砂」の主役に抜擢されるが、海岸でバイクに乗るシーンで転倒して右肩を骨折、泣く泣く降板したというのは有名な話だ。そして、その作品が日活がロマンポルノに転身前の最後の作品になったというのも象徴的に思える。沖雅也という役者は、テレビで開花して行ったのだ。

注)沖さんの出演の是非が取りざたされている「やくざ非情史・血の盃」は確かにポスターには「沖雅也」とあるが本編には名前がなく、目を「盃」のようにして観ても出演は確認出来ない。日活時代は「生意気だ」と言われて役を降ろされたこともあるという噂がある沖さんだが、この作品の主演俳優である故・安藤昇氏は本当のやくざ出身なので、仁義を欠いたとかなんとか言われてしまったのかも知れない???(管理人の勝手な想像です。念のため)



★補足「八月の濡れた砂」 1971年8月公開


冒頭の砂浜をバイクで疾走するシーンの撮影で沖さんは骨折し、やむなく降板した作品。
このポスターは沖さんが骨折前に撮影されたものをそのまま使用している疑惑がある。
左から二番目の男性、沖さんに見えません?



















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