隠し目付参上

1976年4月の新番組は「隠し目付参上」。
せっかく本格的俳優として歩み始めた沖氏が娯楽時代劇に出演することになったのが少々残念だったが、三船敏郎氏のプロダクションでの制作だから、ここで三船氏との繋がりを持っておくことは後々のために良い、と沖氏の事務所が判断したのかも知れない。

主役はもちろん三船氏。老中松平伊豆守の異母兄・九十九内膳正(三船)が伊豆守の密命を受けて、仲間と共に悪を退治するというストーリーだ。
「旦那」と呼ばれる九十九内膳正の下で働くのは、からくり師・春楽(江守徹)、子供達に剣術を教える浪人・鉄五郎(竜雷太)、芸者・菊次(大谷直子)、女飛脚・伊駄天お駒(秋野暢子)、そして女たらしの左吉(沖さん)だ。

江戸時代のからくりが物語の展開のキーとなり、春楽のからくり人形・三太が口から催眠煙や毒矢を放って隠し目付たちを助けるのが、従来の時代劇にはない新味だが、この三太が怖い。真っ白で無表情な顔で、急に口を開いて「みゃああああ」と不気味な声を出すのだ。実は私の家には当時「髪の毛が伸びるインディアン人形」があり、それを捨てることもできずに悩んでいた時だったので、人形全般に恐怖心があった頃だった。三太が「みゃあああ!」となく度に、母は「もうこの番組はやめてちょうだい」と嫌がったものだ。それでも母も毎回一緒に観ていた。

「江戸時代に女飛脚なんてかえって目立つじゃない。ぜんぜん「隠し」じゃなくなるわよ。しかもあんなに足を出して娘が往来を歩ける時代じゃないはずよ」
から始まり、「回船問屋」と出れば「あ、抜け荷だ」、「米問屋」と出れば「あ、横流しだ」とうるさい。

ゲストも多彩だった。今では「コンビ」としてバラエティで活躍している江守氏と中尾彬氏だが、その中尾氏ももちろん悪役で出演している。どうもこの方は沖氏が出演する時代劇には欠かせない悪役のようだ。他にも時代劇悪役のご常連・大滝秀治氏、岡田英次氏、加賀まりこさん、まだ子役だった坂上忍氏も愛らしい笑顔で出演している。元芸者で女優に転向したという千代恵さんという女性も、女鍼灸師として何回か隠し目付たちと行動を共にする。

物語の展開はだいたい毎回同じで、そこにからくり屋敷だの寄せ木細工の扉(映画「女王蜂」と同じ)などが出て来る。お駒が「どいたどいた!伊駄天お駒のお通りだい!」と町中をショートパンツ姿で走って密命の書かれた書状を配り、女たらしの左吉はだいたい女といちゃつきながらその手紙を受け取る。芸者の菊次ねえさんはお役人の密談をこっそり聞き出し、春楽先生がからくりを作ったり、謎を解き明かしたりする。

この番組が私にとって良いところは、沖さんが度々大好きな忍者姿に変身するところだ。私は子供の頃から「大きくなったら忍者になる」と公言しており、従妹と「中学を出たら一緒に伊賀に行こう」と話し合っていたほどだ。大人になってから従妹にその話をしたら、彼女は二人の子持ちでありながら「私は今でもそのつもりでいる」と大真面目だった。(それもどうかと思うが)
沖さんは忍者にしてはちょい大柄だが、黒装束がなかなかお似合いだ。

からくりの仕掛けを総動員でしている時に、横内正氏のナレーションが流れる。

「およそこの世の仕組みというものは、悪党ばかりに味方するなら、地獄極楽裏表、歯車ひとつでその仕組み、ひっくり返せぬものでもあるまい。このおかしな連中の胸の内にあるものは、いってみればそんな思いであろうか」

放送後半は語呂が良いようにするためか、こう変わった。
「地獄極楽裏表、右も左も賽の目も、裏を返しゃあ丁が半、それがこの世のしかけなら、金も力もなんのその、歯車ひとつでその仕組み(「天と地を」の時もあり)、ひっくり返してみせようか」

そしてラストの斬り込みのシーンはド派手だ。いつの間にやら葵の御紋がついた黒マントを羽織って全員で横並びだ。
「隠し目付参上!」
これも後半では口上があった方が盛り上がると思ったのか、おかしなセリフを交替で言う。

「金と力で世間を欺き、闇から闇への極悪非道。どっこい闇には闇の白州がある。三途の河原を引き回し、冥土へ追放、地獄へ遠島 申し渡す」

そこでマントを脱ぎ捨て、色とりどりの裏地(!)が翻る。その裏地に合わせた色の着物を着込んだ隠し目付たち。
九十九内膳正は黒、春楽は緑、鉄五郎は茶、菊次は紫、お駒は赤、そして沖さんは青の着物だ。沖さんはアイドルの頃に、好きな色は「ブルー」と答えていたから、「ボクは青がいい!」と言ったのかも知れない。(嘘はやめよう)

沖さんにとっては初めての本格的な殺陣だ。刀さばきが軽い。さすがに三船氏の刀さばきは決まっているなあ、と残念ながら比べてしまう。

笑えるシーンもいくつかある。
殺された女の赤い簪を頭に刺して悪党を斬り殺す鉄五郎の姿はなかなかの見ものだし、明らかに造成地と思われる場所で、ショッカーのように砂山の上に並ぶ隠し目付たちも笑える。しかも、登場した時は虚無僧に化けていたはずなのに、悪党たちが「おおっ!」と驚くと、もうマントを羽織っている。「ヤヌスの鏡」(笑える大映ドラマの代表)も真っ青の展開だ。
以前、「テレビ探偵団」で『並びもの』として「Gメン’75」などと一緒にオープニングシーンが紹介されたが、五人揃って並ぶだけではなく、揃って右手をゆっくり前に出す仕草が大爆笑になっていた。

大爆笑といえば、この頃からテレビ局は番組改正時期に、新番組の出演者を集めて2時間の特番を組むようになっており、沖さんは「隠し目付参上」のメンバーとして、その特番に出た。当時はゲームなどはあまりなく、出演者のコメントが主だったのだが、三船氏はスタジオには出席せずにビデオでコメントしていた。相変わらず眉間に皺を寄せて真面目に話す三船氏。そのビデオが流れる間、何故か「隠し目付」チームは爆笑につぐ爆笑。沖さんもお腹を抱えて笑っているではないか。そんなにおかしいコメントとは思えなかったが、仲間内ネタでウケていたらしい。その内緒話が流れて来なかったのが残念だが、どうやら竜雷太氏が何か皆に言って、それで他のメンバーが笑っているように見えた。この二人がのちにゴリさんとスコッチになったと思うと、今そのシーンをもう一度観てみたい気がする。

さてさて、この番組で秋野暢子さんと共演した沖さん。どうやら二人の間にはロマンスがあったらしい。沖さんが亡くなった後で日景氏の著書でバラされている。だが、私は女の感で当時から何となくそれを感じた瞬間がある。

エキストラ日記

やっとその日が来た!
そう思ったのはエキストラ派遣所のおじさんに電話して「じゃあ三船プロ」と言われた時だった。「隠し目付参上」か?期待に胸が膨らんだが、「無法街の素浪人」という番組名を言われた。まあいい、三船プロに行けば「隠し目付参上」もやっているかも知れないではないか。私の自慢話をきいて参加した友人も加わり、今回は総勢四名で成城の三船プロへ押しかけた。

「無法街の素浪人」は明治時代の横浜が舞台だったので、私たちは二対二で着物姿とチャイナドレス組に分かれた。私はチャイナ服で、下は同じ生地のパンツだったのだが、たしか風の強い日で、着物姿になった二人は「袖から風が入って寒い」を連発していたのを覚えている。

まだ番組が始まったばかりらしい。レギュラーの女性がチャイナドレスに三つ編みにすべきか、日本髪のカツラをかぶるかを相談していた。彼女は自分の髪が長いのでそのまま三つ編みに出来ると主張したが、結局日本髪にチャイナドレスというミスマッチが面白いのだ、と説明されていた。なるほど。

結髪さんのお部屋で私は三つ編みにされた。どうやら私は本格的支那人で良いらしい。友人はカツラが合わなくて頭が痛いとこれまたぼやいていたが、結髪さんは「頭の形がいいわね。こういう頭は安産型よ」と女子高校生を諭していた。あまり慰めにならない。

どうしてだか忘れたが、私一人で結髪さんのお部屋に行った。多分私の三つ編みがほどけたのだろう。
中では大谷直子さんと秋野暢子さんが髪を作りながら話をしていた。しめた!今日は「隠し目付」の撮影も行われているのだ。
順番を待つ間、素知らぬそぶりでおきながら耳はダンボなって二人の会話を きいていたのだが、大谷さんはほとんど喋らずに、困惑顔で秋野さんの話を聞いていた。その風情がとても色っぽいし、ドーランを塗る前だったのか、抜けるように色が白い。時代劇では俳優さんを実際に見るとあっと驚くような厚化粧をしていたが、大谷さんはほとんど素顔のように見えた。それでも美しい。この時大谷さんは離婚直後だったので、こんな綺麗な人と沖さんが仕事をしていては危ないなあ、と思ったほどだった。
秋野さんは女飛脚の衣装を着ていたので、男性用のカツラ(何という型かわからないが、「必殺仕置屋稼業」の市松風(?)と言えばわかっていただけるだろうか)をかぶり、ショートパンツなのに足を大きく開いて前かがみになって大声で話している。今まで見た女優さんは、「こんなに細くて小さいの?!」と驚くような人ばかりだったが、秋野さんは足も立派だった。今のスリムな美しさからは想像できない姿だ。

「あたしさ、別にそんなに買い物とかもしないし、付き合っている人もいないからお金が貯まるのよ。ねえ、今いくらぐらい貯金ある?」
大谷さんが明らかに迷惑そうに微笑んだ。
「私なんかもう百万貯まったわよ〜」

百万!すごいなあ、女優さんって儲かるんだなあ・・・感嘆しながら耳はますます研ぎ澄まされる。
「だってね、今住んでいるところだって・・・」大谷さんのリアクションにもめげずに私生活の話を大声で話す秋野さんをまじまじと見つめた。何だか人の心にぐいぐいと分け入ってくる力強さがある。こんな人がお姉さんだったら頼もしいだろうなあ・・・・。
そう思ったその時、私の胸に影がよぎった。もしかして、この人は警戒心の強い沖さんの心にも、こうやって入ってしまうかも知れない。そう思って秋野さんを見つめた時、目が合った。私はとても怖い顔をして見つめてしまったかも知れない。だが、秋野さんはニコッと私に微笑みかけてくれた。

「無法街の素浪人」の撮影は、ただもう寒かった。石油缶のたき火にしがみついていたのに「若林豪さんが使うから」と持ち去られてしまったことや、ロッキングチェアに座って揺られている三船敏郎さんのそばへ行くと、何か童謡のような歌を小声で歌っておられて、その姿が妙に可愛らしかったこと、友人に夏夕介氏の写真を撮ってくれと頼まれてお願いしに行ったら、とても親切にして下さったので、私の方がすっかりファンになってしまったこと(「宇宙鉄人キョーダイン」を後に観ていたのはこのため)などが記憶に残る程度だ。隣で撮影していた「隠し目付」の方が気になって仕方がなかったからだ。

そっとのぞいていると、例の「どいたどいた!伊駄天お駒のお通りだい!」と走り抜けるシーンを撮影していた。元気よく走る秋野さんだったが、厳しい声が飛んだ。
「芝居できねえんだから、走るのぐらいちゃんと走れよ!」
くわ〜、私にはとても務まりそうもない世界だ。だが、秋野さんは「はい!」と大きな声で返事をして、笑顔でそのシーンを撮り終えていた。

結局その日は沖さんの出演シーンは撮影スケジュールになかったらしく、空振りだった。だが、家に帰ってからも、秋野さんの笑顔が目に焼き付いて離れなかった。何故だろう、この不安は・・・。
後日、違う番組のスタッフが私が沖さんのファンだと知ると、わざと教えてくれた。
「彼は今お忙しいからだめだよ。彼女に首ったけだから」
私はすぐにそれが誰だか分かった。女の直感だ。およそ女らしくない私だったし、「誰々が誰々を好きなんだって」という話題にも疎いタイプだったのだが、この件についてはビビッと来るものがあった。そして、その直感は当たっていたようだ。
沖さんが亡くなった後、週刊誌や告白本「真相・沖雅也」で日景氏が暴露しているように、沖さんは彼女と結婚する、と日景氏に宣言したという。日景氏の強い反対のためか、単に短い恋で終わったのか、そのあたりの状況は推し量るべくもないが、当時の私の感だけは確かだったようだ。


悲しい再会

人間、会いたい会いたいとずっと念じていれば、いつか会いたい人に会えるというが、会いたくない会いたくないと念じていてもかえってその念が相手を引き寄せてしまうらしい。

その日、私はある時代劇のエキストラで三船プロへ出かけた。三船プロといえば、また「隠し目付参上」を撮影しているかも知れない。何と朝6時半の集合だ。
始発に乗るために5時起きで支度をしている私に、母があきれていた。低血圧の私はいつも朝は不機嫌で、早起きなんてしようものならほとんど半病人のようなのに、その日の私ときたら踊りだしそうな勢いだったのだ。人間何事も気力だ。

いそいそとスタジオに入ってみると、「あれ、なんか若すぎるのが来ちゃったな」と言われた。何かと思えば今日のエキストラは夜鷹だったのだ。夜鷹といえば遊女として使えなくなった女が、河原などで男に声をかけているあれだ。時代劇の中でしか見たことはないが、だいたいどんな扮装をさせられるのか想像がつく。

衣装室へ入って「夜鷹お願いします」と言ったら、また「あらあらまだ吉原で稼げるのにねえ」と衣装さんが冗談を言う。
本当に当時の夜鷹が使っていたのではないかと思われるような汗の臭いのする汚い着物を着せられたが、かなり肉づきが良くて食料事情の良い夜鷹になってしまった。結髪さんに行く前にメークもしないとだめだと言われる。

首から下を真っ白に塗られた上、当時まんまるだった顔に影をつけるために頬に黒い色をつけられた。結髪室へ行って鏡を見てギョッとした。「これが私?」
いつの間にか目に太いアイラインが入っていて、眉毛も唇の色も消されていた。あまり梳かされていない髷をかぶり、頭から手ぬぐいをたらすと、食べ過ぎで死んだお化けのようだった。これなら顔が映っても退学になる心配はないが、私には別の心配が生じた。
この顔で沖さんに会いたくない。どんなことをしても今日は会いたくない。

だが、結髪室を出てセットへ移動しようとすると
「おはようございます!」
という大きな声が聞こえた。私がその声を聞き間違えるはずはない。
懐かしいその声に胸が熱くなったが、同時に自分の姿を思い出して素早く結髪室へ戻った。廊下で沖さんが誰かと話している声が聞こえる。朗らかで大きな笑い声が廊下にこだまする。なんで?どうしてこんな日に限って沖さんは上機嫌なのだ?

結髪さんが言った。「ほら、早くセットに行って」
だが沖さんは、そのまま廊下で談笑している。私はそこを通らないとセットに行かれない。そして時代劇のスタッフというのは、エキストラにもかなり厳しく怒ったりするのを何回か目撃しているので、あまり遅くなれば怒られるかも知れない。思い切って手ぬぐいで顔を隠しながらうつむいて早足で通り過ぎようとした。だが、通り過ぎざまに蚊のなくような声で「おはようございます」と言った途端、その日の悲劇は起こった。
「え、誰?」
沖さんではなく、談笑していた相手が言った。(顔をあげて見ていないので誰だか不明)
混乱した私は言った。「夜鷹です」
「どこの?」
「・・・多分橋の方です」(橋の上に集合と言われていた)

大きな笑い声が廊下中にこだました。沖さんの笑い声も聞こえた(ような気がする)。

撮影現場ではひとつのドラマのタイトルではなく、監督の名前で○○組として組分けされていた。衣装室でも結髪室でも「○○組、夜鷹です」と申告することになっていたので、私は組の名前、もしくはエキストラ斡旋所の名前を言えば良かったのだ。顔が見えなかったので、誰か女優さんかとでも思われたのかも知れない。やぶへびになってしまった。
早足で去る私の背中に沖さんの声が聞こえた。
「誰だったんだろうね」

現場に着くと助監督さんがエキストラを集めていた。
「泳ぎの得意な人いる?」
動揺していた私はあやうく手を挙げそうになったが、時代劇で泳げるかと問われれば、それは水死体に決まっている。ドラエもんには似ていても土左衛門にはなりたくない。
「私カナヅチなんです」
中学に入ってやめてしまったとはいえ、小学生の時は数々の水泳大会で入賞した私がさらりと答えていた。沖さんがいなければこんなにも余裕で答えられるのに、沖さんの前に出ると全くダメな私であった。


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