テレビデビュー

「純潔・ある少女の告白」で日活期待の新人として主役デビューした沖さんだが、当時映画は斜陽で、日活は青春ものからやくざ路線へと転向をはかっている時だった。
デビュー時に実年齢が16歳だった沖さんは家出少年であることを隠すため18歳と偽っていたが、やくざ映画ではチンピラの役しか与えられず、活動の場をテレビに求めていくしかなかった。


「犬と麻ちゃん」 1969年5月13日〜9月30日放送 全20回(NET)
出演:和泉雅子 中山千夏 千秋実 八千草薫 新井春美 他
沖さんの役名:野村誠(主人公の奉公先のお坊ちゃん)


「花と龍」 1970年3月30日〜5月14日放送 全9回(日本テレビ)
出演:渡哲也 倍賞美津子 野川由美子 辰巳柳太郎 藤竜也 梶芽衣子 他
沖さんの役名:三次


「闘魂」 1970年10月4日〜1971年2月14日 全20回(日本テレビ)
出演:あおい輝彦 新藤恵美 小畠絹子 東山明美 金田龍之介 香山美子 他
沖さんの役名:松村義昭


「闘魂」に至っては、出演していることすらCSで再放送されるまで知らなかった。
「姿三四郎」より少し後の時代の物語だが、沖さんの役どころは「姿三四郎」で沖さんが演じた桧垣源之助と少し似ている男だった。元は空手使いであること、主人公に敵意を抱くが、のちに友情が芽生えること、など。主役のあおい輝彦氏が今とあまり変わらないイメージであることを考え合わせると、のちの沖さんの転身は見事というしかない。
投げられる沖さんが自ら勢いをつけて飛び込んで倒れているのだが、その呼吸がうまく合っておらず足元が乱れていることにも笑ったが、何より笑えたのは、主人公が想いを寄せる娘(新藤恵美)の家の表札が「明石家」になっていたことだった。
沖さんは準レギュラーで、第4回からの出演。

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「高校生ブルース・クラスメート」 1971年3月30日〜5月4日放送(日本テレビ)
出演:武原英子 近藤正臣 田村高廣 赤塚真人 新克利 他
沖さんの役名:河合良一

このサスペンスドラマで、沖さんは等身大の若者を演じた。
ちょっとつっぱってはいるが、心根が優しい高校生、河合。教師と同級生が殺された事件を追う女性担任教師・山賀(武原英子)を慕い、事件の謎に迫ろうとする山賀を守ろうとする男気に溢れた河合役は、デビュー作以後は役に恵まれなかった沖さんにとって、名を売るビッグ・チャンスとなった。
事実、この番組に出て、はじめてファンレターをもらったという。ちなみにその時は返事を書いたそうだ。

私はといえば、小学校6年生になろうとしているところだったが、沖さんが女性教師にキスをしてしまうシーンにどきりとしてしまった。今見ればアップもない可愛いキスシーンだったが、私は生まれて初めてキスシーンというものににドキリとした。

だが、それでファンになったはずなのに、同時期に放映された
「犬と麻ちゃん」や「花と龍」(1970年3月〜5月)
の記憶が曖昧だ。どちらも親と一緒に観ていた記憶はあるのだが、あらすじの記憶すらないのだ。


「金メダルへのターン!」1970年7月6日〜1971年9月27日放送 全64回(CX)
出演:梅田智子 青木英美 前田吟 水谷邦久 森田敏子 他
沖さんの役名:立花(橘?)一平

もっとひどいのは、当時水泳を始めて夢中になって観ていた「金メダルへのターン!」 に沖さんが出ていたことすら記憶にないのだ。
きっとトビウオターンやうずまきターンの習得に一生懸命で、鮎子(梅田智子)の恋物語まで頭が回らなかったのだろう。
ちなみに、沖さんは第54話に主人公の憧れの「アポロンの君」として登場し、最終回では見事な個人メドレーを一部スタントなしで泳ぎきってみせる。

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「さぼてんとマシュマロ」1971年10月2日〜1972年3月25日放送 全26回(日本テレビ)
出演:吉沢京子 片岡五郎 仲雅美 加藤治子 三谷昇 高橋昌也 山東昭子 他
沖さんの役名:伊藤仁

日本テレビの火曜日の女シリーズ「クラスメート」でようやく人気が出始めた沖さんに日活が再び目をつけて、映画「八月の濡れた砂」の主役に抜擢した。だが、撮影初日の砂浜のシーンでバイクで転倒、右肩を骨折して役を降板することになってしまった。


一枚の写真がある。
ベッドにいる彼は横になったまま左手をあげて、カメラに向かって手を振っている。1971年7月15日、「八月の濡れた砂」の撮影中に、波打ち際を走っていたオートバイから落ち、右鎖骨骨折で入院。映画は代役が決定。この映画がのちに名作として今も語られていることを思うと残念な話であり、石川セリが歌う主題歌を聴いては沖さんは涙していたという。
しかし、「さぼてんとマシュマロ」の出演は既に彼に決定していた。「このチャンスを逃したら、私にはもう後がない、と」(ご本人談)思った沖さんは、腕をギブスで固定したまま撮影に臨む決意をした。

「さぼてんとマシュマロ」のオープニング映像と最初の何回かでは、沖さんの右腕が肘を張ったまま固まったように動いていない。右利きなのに、左手でボールを投げている。一時は降板という話もあったが、医師も「固定して動かないようにすれば大丈夫」と許可し、原作者の武田京子さんが

「彼は伊藤仁のイメージにピッタリ。彼しか考えられない」

と言ったこともあって、沖雅也でスタートした。ラッキーだった。

これは沖雅也のアイドルとしての出世作となる。共演は吉沢京子さん。
弟役には実年齢は年上の仲雅美(現 雅貴)さんが出て、名前や髪型が似ているせいか随分と間違われていた。そういえば沖正夫さんという人もちょっとだけ出ていて、この方は森川正太さんと改名された。

昭和46年の日テレ作品で、土曜日の夜7時半から30分。
「セブンティーン」連載のマンガが原作だし、時間帯が家族向けだったので軽いラブコメディーではあったが、沖さんはここで俄然光り始めた。甘いマスクと182cmという長身、「優しいお兄さん」というイメージの伊藤仁のキャラクターとあいまって、沖雅也の名も一躍全国区へと走り出したのだ。


「さぼてん」は沖さん扮する伊藤仁のこと。自分が愛するものは皆死んでしまう、触ると刺のあるさぼてんのようなものだと言う。
会社を経営する父親の跡を継がずに、雑誌社のカメラマンをしている。夜間高校に通いながら同じ雑誌社に勤める伊藤真理子(吉沢京子)とは喧嘩をしながらも、いつしか愛が芽生えて行く。
真理子は仁の「さぼてん」に勝つ「マシュマロ」なのだと言い、事実、何度も事故に遭いそうになりながらも、それを回避する。

兄のような恋人のような友達のような、カッコよくて優しくて面白くて、実はお坊ちゃま・・・とアイドルの条件を備えた役柄。

「さぼてんとマシュマロ」でティーンの心を掴んだ沖雅也は、アイドル雑誌に必ず顔を出すアイドルとなった。プロフィールは勿論のこと、グラビア、ポスター、対談と、当時の資料は多いが、当時のアイドルは品行方正ではならなかったので、沖さんに限らず、現実にはありそうもないキャラクターがあたかも本人であるかのように紹介されている。

「さぼてんとマシュマロ」の後、沖さんは「だから大好き!」で南の島の王子様、「1・2・3と4・5・ロク!」で小学校の教師(沖さんは当時20歳。これはいかんだろう)、「未婚・結婚・未再婚」で年上妻にお尻にひかれている大学生、そして「キイハンター」で探偵役と4本のレギュラーを持ったが、どれもコメディータッチだったことは注目に値する。
後にスコッチ刑事や市松を演じてから、彼のキャラクターは「冷徹」「孤独」のイメージが優先されることなるのだが、ティーンのアイドル沖雅也は「明るいお兄さん」だったのだ。


「だから大好き!」 1972年4月1日〜7月1日 放送 全14回(日本テレビ)
出演:岡崎友紀 小松政夫 久里みのる 有吉ひとみ 金子信雄 下條正己 他
沖さんの役名:伊集院隼人(ハヤト王子)


少女マンガが原作のこのドラマは、内容もマンガチック。
南の島の王女様サヤカ姫(岡崎友紀)が気にそまない結婚から逃れるために、母の故郷・日本へとやって来る。日本のことを何も知らない王女様が、連れ戻しに来た家来ウスラ(小松政夫)とサブ(九里みのる)と共に繰り広げる大騒動・・・というのはまるでエディーマーフィーの「Coming to America」のようだが、こちらは1972年の作品。あちらがマネたのか!?(ないない)
沖さんの役は隣国のハヤト王子で、サヤカの母に生前に頼まれていたために、王女が危険にさらされると、白馬の王子様のように日産Zに乗ってやってくる、というもの。
視聴率低迷で、3ヶ月で「小さな恋のものがたり」に衣替えされてしまった。出演者ばかりか主題歌まで同じだったというのは有名な話。
ただ、「だから大好き!」は原作のマンガがタイトルバック、「小さな恋のものがたり」は海(片瀬海岸)でみつめあうチッチとサリーだった。

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「未婚・結婚・未再婚」 1972年4月4日〜9月26日 放送 全26回(NET)
出演:星由里子 丘みつ子 小野寺昭 杉浦直樹 馬渕晴子 ミヤコ蝶々 ジュディ・オング 森川信 他
沖さんの役名:大村竜二


この作品もコメディータッチ。
大人のホームドラマとしてはゲストやセミレギュラーでは「夕陽ヶ丘三号館」「犬と麻ちゃん」などがあるが、レギュラーではほぼ初めての作品と言っても良い。

舞台は美容院。ジュディ・オングと学生結婚し、義姉たちにイビられるという役柄だ。
なぜかいつも彼が食事中にもめごとが起こり、
「あら、また食べてるの?!」
と言われるのがお決まりのパターンだった。
主題歌を今でも歌えるのだが、今考えると歌詞がジェンダーにひっかかりそうだ。

結婚 あああ結婚結婚
それだけが女の幸せなのです
そんなことはないはずよ 未婚の母もいいじゃない
でも私は頬染めて お嫁さんになりたいの
あせらないで あせらないで
あせると後で 涙がポロリ


「1・2・3と4・5・ロク!」 1972年4月6日〜9月28日放送 全26回(TBS)
出演:梅田智子 山内明 藤木悠 草笛光子 天地総子 石川えり子 他
沖さんの役名:長島ヤスオ


当時の沖さんは20歳。小学校の教師をしているのは不自然だが、こんな先生がいたらさぞ学校に行くのが楽しくなるだろうと思えるような教師を演じている。
優しくて男らしくてちょっとドジ。子供の人気をワッとかっさらった一作だ。内容も子供番組にしては手を抜かずに作ってあり、涙あり笑いありのほのぼのとした物語に仕上がっている。愛犬ロクの名演技もみもの。

1  ロクがあらわれた!           14  レッツゴー・ハワイ!
2  二人の秘密!               15  通知表なんてこわくない!
3  心に太陽を!               16  働くことってすばらしい
4  がんばれ、シスターママ!    17  ずっこけキャンプでごめんね
5  仲良し広場の決闘!          18  怪獣さんとにらめっこ
6  明日、天気になあれ!        19  宿題ってむずかしい
7  ハッピー・バースディ!       20  6+1でおおさわぎ
8  ロクのガールフレンド!       21  何かいいことないかしら
9  姉ちゃんをガードしろ!       22  誰かさんと誰かさんがウッシッシ!
10  ああ父親参観日            23  お母さんの声が聞こえる
11  宝ものをさがせ            24  小さな友情のメロディー
12  学芸会・只今準備中!        25  お母さんの故郷
13  おとぎ話だよ全員集合        26  幸せはスクラムくんで


「キイハンター」 沖さんの出演は1972年4月8日〜9月23日の5回(TBS)
出演:千葉真一 野際陽子 谷隼人 川口浩 丹波哲郎 大川栄子 宮内洋 他
沖さんの役名:滝裕二


1969年頃には視聴率50%近くをキープした人気番組「キイハンター」も、「太陽にほえろ!」等の後続の刑事ドラマに押されて人気に翳りが見えたため、当時人気のアイドル沖雅也を起用して起死回生を図ったものと思われる。


ところが当時の沖さんは超売れっ子で、レギュラー、準レギュラー合わせて4本の他に、歌手としてデビューして歌番組にも何本か出演していたから、「キイハンター」も初登場の回こそ横浜ドリームランドで何度も変身(兵隊、潜水服、ぬいぐるみ)したりヘリコプターで飛んだりと大活躍だったが、2回目以降はどうもパっとしない上に、いつの間にか姿を見せなくなる。

髪を金髪にして星条旗のシャツに紅白のパンツ姿の沖さんは、髪も傷んで顔はニキビだらけだった。過密スケジュールの疲れが顔に出たのだろう。

余談だが、すでにこの頃沖さんには躁鬱病の気があったと思われる。感情の起伏が激しく、上機嫌になったと思えば俯いてぽつんと座っている彼を目撃したファンとして、彼の本質に不安も感じていた。同時に彼から離れられなくなっても行った。
沖さんの出演回は以下の通り。

210 いんちきキイハンター探偵局
216 ギャーッ!女だけを殺す病院
218 ブラジル農協ギャング捕物帳
230 殺し屋グラマー大行進
234 頑張れ!小さなカウボーイ(ラストにだけ登場)


歌手デビュー
この頃のアイドル俳優がほとんどそうであったように、沖さんもこのアイドルとしての絶頂期にあった1972年に、いよいよ歌手としてデビューした。

タイトルは「哀しみをこえて」
B面は「明日の虹」

発売日にレコード屋へ駆け付けた友人と私はまず試聴させてもらうことにした。
まずイントロ。なんだかノー天気で明るいイントロだった。何かがピョンピョン跳ねているような音も入っている。ちょっと二人の眉が曇った時に沖さんの歌声が店内に響き渡った。

♪この恋が間違いだとしても♪

どう考えても間違いはこの歌声の方だった。
沖さんはオンチであることを知ったこの日、友人も私もレコードを買うのをためらってそのまま家路についた。衝撃的な一日だったと記憶している。


とはいえ、ファンの殆どはまだアイドルとしての沖雅也のファンだったから、デビュー曲「哀しみをこえて」がそこそこ売れてしまい、テイチクのヒット賞を受賞している。

第2弾「君と二人で」は作詞 岩谷時子、作曲鈴木邦彦 という当時の人気作家が作ったものだったで、第1作よりは少しはマシな曲調だったものの、売れはしなかった。当時の沖さんは幸か不幸かドラマで忙しくて、歌番組に出演する暇がなかったからヒットしなかった・・・ことにしておこう。ちなみに「君と二人で」は「“小さな恋のものがたり”挿入歌ジャケットに書いてあるが、実際は登場しない。ファンながら、そりゃそうだと思う。
テイチクからは計4枚のシングルを出している。 ディスコグラフィー


「小さな恋のものがたり」 1972年8月1日〜9月30日 全13回(日本テレビ)
出演:岡崎友紀 赤塚真人 笠井としみ 下条正巳 文野朋子 菅井きん 他
沖さんの役名:村上ツトム


前述の「だから大好き!」が岡崎友紀さん曰く『こけるだけこけた』後、背の高い沖さんと小さい岡崎さんだから、当時女の子に人気のあったこの漫画を実写にしてみてはどうかという話になったという。
原作では沖さんの演じる『サリー』は高校生だったが、ただでさえ年齢より老けて見えた沖さんには無理であると判断されたのか、大学生という設定になっている。
そのサリーが『チッチ』(岡崎友紀)に話したチッチとサリーのお話。

人間の子供には一人に一人づつ天使がついていて、チッチはサリーという男の子についた天使。子供が大人になった時に天使は離れていく掟なのだが、チッチはサリーのそばを離れたくなくて、神様にお願いして人間にしてもらう。だが、人間の女の子になったチッチにサリーは気がつかなかった。

最終回では「愛」の本質まで教えてくれるこのドラマは、今でも私の大事な大事なサリーだ。

1  いつかだれかと
2  はじめてのデート
3  恋はどこから?
4  チッチとサリー
5  赤いピエロのお月さま
6  風のうた・花のうた
7  あなたのふるさとへ
8  恋の夏休み
9  涙のとなりのほほえみ
10 すれちがった心
11 たそがれに別れを
12 秋風の忘れた涙
13 遠い思い出の恋人たち


初めてのナマ沖雅也 -小さな恋のものがたり
あれは1972年6月の初旬だった。
神様に毎日お祈りしたおかげか、ひょんなことからご本人にお逢いできる日がやって来たのだ。

当時の私は中学に入ったばかりで、毎週土曜日はピアノのレッスンのために卒業した小学校へ足を運んでいた。
いつものように駅で一緒に沖ファンとなった友人を待っていると、小学校の同級生がやって来て
「今、学校に沖雅也が来ているよ」と言った。

校門を入ると長い銀杏並木が続く。私達が着いた時には、既にその並木の両側に大きな人だかりが出来ていた。幼稚園から大学まである女子校で土曜の昼下がりというのは、人気絶頂のアイドルのドラマ撮影には向いていなかったであろう。ADが何人か必死で人ごみをかき分けて撮影を進めようとしていた。
そしてその銀杏並木の真ん中にブルーのトレーニングウェアの上下を来た若者の一団がみえたが、捜す必要もなかった。沖雅也は後光がさしたように輝いてその中央に立っていた。

それは主人公・チッチ(岡崎友紀)が大学のバスケットボール部のキャプテン、村上に一目惚れするシーンの撮影だった。
実際には沖さんが走るシーンとチッチがハッとするシーンは別々に撮影されたが、初めて沖さんを見たのが「一目惚れ」のシーンというのは偶然のいたずらだろうか。

沖さんが移動する度に、女学生の団体もぞろぞろと移動した。私もピアノのレッスンどころではなかった。
雑誌の取材を受けながら撮影をしていた沖さんは、とにかくアイドルの絶頂期にあったから、写真撮影の間はポーズでにっこりして見せても、その後はふくれっ面で移動する。その表情の変化というものが、ごく普通の中学生には驚きだった。

その日に取材された雑誌が出た時にはもっとビックリした。

「仕事仕事であけくれる」というタイトルのその記事は、鉄アレイを両手に掲げてポーズをとる沖さんの姿だった。次のページでは共演の岡崎友紀さんと雨も降っていないのに相合傘をするポーズ。他にも「カメラの前で、あれこれポーズをくふうしてみせる沖くん」「女の子にかこまれれば、なにかとジョークで笑わせる」そして次のページでは芝生に横になっている見開きの写真。

「数分の休憩時間にも、ひとけをさけては、芝生の上に横になってみたりする。『ぼくたちがこうして休んでいるときに、そっとしておいてくれる人は、さいこうに思いやりのあるファンなんだ!』彼はそういう」

しかし、現実にはこの横になるポーズですらカメラマンの指定で横になって何カットか写真を撮り、すぐに起き上がって次の撮影場所に向かっていた。そして、そっとしておいてくれるファンなど一人もいなかった。どんどん機嫌が悪くなってくる沖さんだったが、それも止むを得まい。撮影がなかなか進まないのだ。ガラス張りの守衛室で座って休憩をとる沖さんは、まるで動物園の檻の中のライオン状態だった。
たてがみを金髪に染めたそのライオンは、悲しそうにガラスにはりつく女の子たちを眺め回した。そして制服姿が揃う中、私服だった私に一瞬彼の目が留まった時、私の心臓は凍りついた。ガラスに貼り付いて好きな人を『眺める』なんて、何と恥ずかしいことをしているのだろう。この人はスターである前に、二十歳の淋しい若者なのに。
哀しい目で私を見た彼の視線を、私は自分から外してしまった。
「今あなたのことを見てたわよ!」
友人の言葉にもう一度彼の顔を見ようとしたその時、一人の女子学生がドアを開けて堂々と彼の元に歩み寄った。
小学校で2年先輩だったEさんだ。運動も勉強もよく出来て活発だった彼女は、下級生にも人気があったのでよく覚えていた。
彼女はきちんとリボンで飾った小さな箱を沖さんに差し出し、とても自然に話し出した。まるでガラスの向こうは別世界で、私など踏み込む事の出来ない幻想的なものに映った。二人の間に何か類似点が見えたのだ。それが何であるのか、その時の私には分からなかった。Eさんが自殺をした時も気がつかなかった。

Eさんが出て行ったあと、沖さんは奥の部屋に消えた。友人が私の腕を引っ張って言った。
「裏へ回ろう」
ここは勝手知ったる我が母校だ。裏へ回って沖さんの入った部屋の窓の外から手を振ろう。彼女はそう提案した。
窓にはカーテンがかかっていたが、少しだけ隙間が開いていた。
「見える?」
「だめ。窓が高いね」
私が窓に向かってぴょんぴょんとジャンプしたその時、沖さんの怒声が飛んだ。

「そこでのぞいているのは誰だ!!!」

それはちょっとやそっとの怒鳴り方ではなかった。私と友人は脱兎のごとく逃げ出し、全速力で走り去った。
どうも彼は着替えの最中だったらしい。
生まれて初めて「のぞき」をしてしまった。しかも相手は初恋のあこがれの人・・・思えば、このあたりから私の人生は狂い始めたのかも知れない。

友人は、「あの言葉は私達だけにかけてくれた言葉なのよ」とご機嫌だったが、私はその後すっかり落ち込んで、撮影を終えた沖さんが愛車のブルーのスカイラインGT(当時は「スカG」と呼ばれ、人気のスポーツタイプの車)に乗り込もうとする時も、そばに寄らずに離れて見送った。これが最後だといわんばかりに女の子たちが彼の周りに群がり、腕や髪に触れていた。
帰り際に急に機嫌が良くなった沖さんは

「ああん、そんなとこ触っちゃだめえ」
「いやーん」

とジョークを飛ばし、誰かの手が顔にピタンと当たってしまった時も、お得意の目を丸くする表情を作って皆を笑わせていた。

私は去って行く車を見ながら、明暗のギャップや喜怒哀楽の激しさ、そして見たこともないような憂いを帯びた瞳を繰り返し思い起こしていた。


アイドルからの脱皮
アイドルドラマに出てアイドル歌謡曲を歌ってアイドル誌でポーズをとっていた沖雅也が突然反逆をはじめた。
一過性のアイドルに留まっていれば、いずれは捨てられてしまうこともある。その事実に、沖さん自身が誰よりも早く気がついたのだ。

その頃に後援会から出た「プロフィール沖雅也」という小冊子の巻頭にあるご本人の詩を紹介しよう。

いま ぼくはトライしている
すべての可能性を
むだなものは切り捨てて
まっしぐらに進みたい
造花のバラが ぼくの熱いまなざしで
つよい芳香をはなちはじめるほどに
じっと見つめたい
ぼくをまちうける未来を

それならばと夜9時台の「大人の」ドラマに進出したのが1972年10月の「光る海」だった。週4本のドラマ出演から、一気にこの番組と「泣きべそ・ほほえみ・六本木」(同10月〜12月)の準レギュラー(といってもこちらには殆ど出演していない)に絞って勝負に出た。
だが、沖さんはさらに大胆な転身を図る。それが映画「高校生無頼控」への出演だった。

アイドルからの脱出

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