記者会見

和田マネージャーの奥さん
(知らせを聞いたのは)朝の九時ぐらいでしたか。私どもも皆目わからないんですよ。今、テレビ観ましてね、それでわかったぐらいで、全然自殺するような原因がないもので、顔見るまで何か帰って来るんじゃないかって。今ここに事務所の者もおるんですが、私も先週麻雀一緒にやりまして、本当にもう元気元気でね、前途洋々ねって言って本当に楽しく麻雀したんですけどね。だから私自身も狐につままれたような状態で。

28日午前、検死を終えた棺がマンションに運び込まれる。
和田マネージャーや以前の付き人などの姿もあるが、担ぐ人が足らない状態で、レポーターが一緒に担いで運び入れる。 カメラの放列に「先にご遺体を入れてあげましょうよ」などと騒然とする中、「なんだバカ野郎!」と泣き崩れる日景忠男氏。

日景忠男氏の記者会見
最近の彼は朝起きると毎日、夜10時頃帰ってもジョギングしないと気が済まないような、何かそういうこと・・・毎日ジョギングするんです。
彼が二年ほど前交通事故を起こした時に、ノイローゼと報道されました。事実、ちょっとおかしいことがありました。
それから今発表すると、これは今までは彼の俳優生命のイメージを崩したくないために、私は隠し通しました。でも、実を言うと、彼を精神病院に入れたんです!(泣き崩れる)
(その時の症状というのは、仕事に対する自身喪失とか・・・?)
それもあります。極端なことを言えば、役者沖雅也、また自分、日景城児という本人というののギャップ、そういうのもある。
まあ、今考えれば、彼はそういうように楽になりたいと・・・彼はそうながら、自分には役者しかないというところに、彼は葛藤しとったんでしょうね。
(入院と薬について)
斎藤精神病院です。(診断について)具体的には病院って何も言ってくれませんけれど、ただ、大丈夫です、と。
それから、今でも薬はずっと飲み続けています。それは精神安定剤じゃなくて。 初めは精神安定剤と夜寝る前の頓服ってものがあります。でもそれが去年の6月ごろから安定剤の方は飲まなくなりました。彼が自分でもういらないと。
先生に相談したけどやめていいですよと。本人の意思次第ですと。本人がやめるって言ったら止めさした方がいいと。それで止めました。でもだけど、寝る前の頓服ですか、その、不眠が一番怖いということですから、寝る前の頓服はこの何年間、ずっと彼も僕も飲んでます。
(つかさんについて)
これは最近、つかさんのところに遊び行ったり、大変つかさんが可愛がっていただいて。これは彼にとって今まで作家に可愛がられたという、そういうことの経験がないだけに、彼はもう、どう言うんですかね、悪い言葉でいえば「つかボケ」してるという感じな・・・。
(つかさんに悩みを語っている?)
悩みって言うより、もう「つか党」というか「つか信者」というか、ちょっとそういう傾向がありました。
(今回のこと、許せますか?)
送り出します。笑顔で送り出します。立派に死んでったと。二枚目を貫き通したと思います。
人はバカというだろうこの死を!でも彼はそれが二枚目を貫き通したと思ってるんです!
(遺書の「おやじ涅槃で待ってる」について
俺について来いっていうこと。二人っきりで頑張って生きて来たんです。

つかこうへいさん
(思い当たる節は)
なんかぼーっとしてたね。去年の「つか版忠臣蔵」の時も、夜中の一時頃救急病院にいますって電話がかかって来て行って、その時もぼーっとしてたね。
(出会いは)
「忠臣蔵」で。何かその前仕事してなかったんでしょ。それで12チャンネル(テレビ東京)の方に使ってくれないかって来て。で、テレビの人だからどうかと思ってて、で、会ってみたらいいんですよね。そりゃもう、稽古なんか良かったですよ。
(遺書について)
誠実に人生を生きた人なんだなって。私なんかこう、すれて行っているのにね、純粋な人だなってね。
(遺書につかさんの名前があったことについて)
だから俺とかこういう騒ぎに巻き込んで申し訳ないっていうね。
俺たちが18とか19で青春だとか孤独だとか考えるけどね、あの年まですれずにね、人生に対して誠実に対処してたんだろうねえ。魔がさしたとしか思えないんだけどね、だから。
(自殺について)
はぁ・・(ため息)・・だってお前、まだやらなきゃいけないねえ、仕事もあるし。 俺だって原稿書いてて次書けるっていう保証はないわけだからねえ、苦しいけどここ頑張って行かないとね、いかんよって思ってるんだけどね。
自分勝手なんだよ。まだあいつのいい芝居観たいっていう人がいっぱいいるしね、俺だって観たいし。
怒りっていうか生きてればもうねえ、ただじゃ済まんぞって感じだよね。
まだいい芝居やろうっていうのに。明日観るお客さん(「決定版!蒲田行進曲」後編のこと)とかね、そういうこと考えんかっていうそういうね。
まだいい役いっぱいやれそうなんだもんね。まだまだ三十歳だからね。タッパが高くてね。

穂積隆信さん
彼は本当に純粋ですからね。本来飲んだりして気持ちを紛らわすってことが出来るんですけどね、彼の場合仕事しか考えられない。
この一年ぐらいの間の試練みたいなものが、深く堪えていたのかも知れませんねえ。それともう一つ、僕わかりませんけど彼の気持ちを考えますとね、何かその試練を乗り越えて、つかさんの作品に出られて、テレビの仕事もようやく決まり、乗り越えたことが逆に何か、自分の命をそこで美しく絶とうとするところに変わったのかも知れませんですね。
それと、次はやっぱりこの、ノイローゼ状態から脱し切れなかったのかなあということ。
なんかこんなこと言うと、とってもいけないのかも知れないけど、高層ビルの上から飛び降りて行く彼の姿を感じた時にですね、不思議に悲しみっていうより、とっても美しい死に方だなあって、こういう風に僕は直感的には感じましたからねえ。ですから、意外感というより、「死んだな」っていうのが実感だったんですけどねえ。

多岐川裕美さん
「俺たちは天使だ!」っていう、5年ぐらい前になるんですけど、ものすごいコメディ調のドラマだっただけにね、そういう彼の姿っていうのが・・・。ものすごくシャレばかり言ってて、アイデアを彷彿させてね、監督こうしようみたいな、すごく明るい彼しか知らなかったんで。
その後、三年ぐらい前にちょっと精神的に不安定だっていう話はきいたことあるんですけど、でも全くそういう彼は知らないんですね。だからホント、びっくりしました。 田宮さんとの比較を論じていたテレビを拝見しましたけれど、そういうとこ私は全然わかんなかったです。
もう、安らかに眠ってくださいとしか・・・もうしょうがないですものね。

阿知波信介さん
沖雅也ってのは友達だからね、あいつはすごい肉体を訓練して精神を訓練した男ですからね、それがどっかで狂っちゃったんじゃないですか。僕は笑ってるけども本当はこの野郎って思うけどね。
沖雅也っていうのはちょっと自分で心と肉体を鍛え鍛え鍛え抜いてね、壁にぶつかっちゃってね、自分で苦しんじゃった男ですよ。
あいつがね、トレーニングセンターで一生懸命訓練してるとこなんか尋常じゃないですよ。ボクサーみたいでしたよ。普通の人間がボクサーみたいに訓練しているところが何かと闘っているわけだから。やっぱり自分のペースでやればいいものを苦しんでるわけだから。あいつはやっぱり・・わかりますけどね。バカ野郎ってね。
でも、沖雅也っていうと何かあっ!ていう感じするでしょ。

秋野暢子さん
一時ちょっと具合が悪いなんていう噂をきいててね、大丈夫かななんて思ってたら、あの、一時のこうパンパン太ってたのがすっきりしてね。で、すごい顔ツヤもいいしね、明るいからね、ああ、病気治って良かったなあって。
それでこの間「蒲田(行進曲)」を観た時すごく良かったから・・。沖さんの違う面がね、あの、あの方意外と普段明るい人だけど、役になるとクールな役が多いでしょ。
でもああいう明るい沖さんらしいところが出てたから、ああいいなあ、沖さんの新しい面が出て良かったなあなんて思ってた矢先ですからね。
体がおっきいしね、だからすごい頑丈そうに見えるんだけど、あの、神経はすごい優しいっていうかね、細い人だっていう印象が私はあったんでね、この間ちょっと事故にあったり病気したって聞いてたから、ああ、やっぱりもう少しね、そういう時にね、やっぱりマネージャーさんなんかも思ってるだろうけど、その時もう少し、一年でも二年でも休ましてあげてね、それでどっか外国でも行ってあれすればね、こんなことにならなかったんだろうなって思ってるんですけどね。

竜雷太さん
今、上(47階)でお花をあげて来たんですけどね、彼と「太陽にほえろ!」が最後でしたから。で、彼が「太陽にほえろ!」で死んだんですけどね、その時に僕が抱き取ったっていうか、そういう役をやってたもんで、とても残念です。
(自殺したと聞いて)
わぁ、やってくれたと思いました。
(思い当たることがあったか?)
ありましたね・・・。やっぱり何ていうのか、情緒不安定っていうんですか、何か苦しんでいる、そういうのを僕は感じました。
(予測していた?)
予測しいたんじゃないですけど、こういう日が来なければいいなとは思いました。
やっぱり自分で何かとっても苦しんでいるような気がしたんで、僕は一年か二年ゆっくり沖ちゃん休んだらって言ったんですけどね、休むのも苦痛だったのかも知れないです。
彼はやっぱり若くして有名になってこの世界に入りこんじゃってね。その・・男がやる儀式があるでしょ、何か・・・恋人にふられたり、色んなことをやったり、酒を飲んで意識がわかんなくなったり、道端で寝たりっていうね。彼はそういう大人になっていく、はしかみたいにね、やっていかなきゃならないものがあるでしょ。彼それを省いちゃって大人になっちゃったっていうか、なりきれなかったっていう気がするんですよね。
(どんな性格だった?)
真面目ないい人だったですね。すごく残念ですね。

渡辺篤史さん
「ロバート・レットフォードと共演することになるかも知れない」と。大島監督で「戦場のメリークリスマス」で、「原作があるんだよ、あっちゃんもちょっと読んでみてくれない?」と。緒形拳さんなんかも候補に挙がってるみたいなんだと。
今までテレビでそれこそ一所懸命やっても認められないみたいなとこがあるから、ここでひとつ思い切り体当たりでやってみようなんてことをきいたことあるんですけど、その後やっぱり、大分時間経ってから全然違うキャスティングで行われましたけど、そんなこともやっぱりショックだったのかと思いますけど、でもやっぱりそれが勿論全てじゃないと思います。
大変な繊細な神経の持ち主で、ですからまあ、役者じゃなくて他の道にねえ、進んで人に、つまりあまり曝すようなことじゃなくて、自分のなんかそういう妥協ないところでの仕事を選んだ時に、彼の特性は発揮されたのかも知れないと思いますよ。

テレビでは交通事故やノイローゼの噂などを自殺の理由として挙げていたが、この時点では日景氏との関係について取り沙汰される状態ではなかった。
誰も沖さんを連れ戻すことは出来なかったし、私も何も出来なかった者の一人なのだから偉そうなことは言いたくないが、「精神病院」という言葉が何度も記者会見で登場しているのが気になった。
どうして正式な病名を公表しなかったのだろう。これについてはお母様もインタビューで反論している。日景氏は父親ではない。本当の息子だったら、自分の息子が気が狂っているなどと言うだろうか、と。
しかも、病院も薬を本人が止めたいと言ったら止めて良いと言ったことも気になる。躁鬱病は今でこそもっといい薬が開発されているが、それでもただのうつ病に比べて難治性の高い病気ときく。どうして症状が軽快したらやめて良いと指示したのだろうか。
病院は躁鬱病の自殺率の高さについての説明をしていなかったのだろうか。ジョギング姿のまま何日も家を空けた沖さんを探そうともしなかったのは何故か。
また、最初の記者会見で遺書が公表された時、代表で読み上げたレポーターが「これだけですか」と言った時、日景氏は自ら遺書を裏返して「もうひとつ。これは俺にです」と、あの「おやじ 涅槃で待ってる」を見せた。
この言葉がのちに一人歩きをして沖さんの負のイメージの代名詞になってしまったことを思うと、あの時「これだけです」とどうして言ってくれなかったのかと思ってしまう。
どんな言葉も沖さんが遺した言葉なのだから、ファンは知りたい。だが、この言葉の真意を沖さんご自身にきくことが出来ないのだから、公表すべきではなかったと思えてならない。自殺の謎を追うマスコミには、この言葉が貴重なヒントに思えただろう。事実、この後報道合戦は過熱したことを思うと、沈黙を守ってもらいたかったというのが正直な気持ちだ。

その夕方、お通夜が自宅マンションで営まれた。
私も焼香させていただいたが、何故か日景氏は私をみつけると「あ・・」というように前に身を乗り出し、それから泣き崩れた。2週間ほど前に事務所でお目にかかったのを覚えていらしたのだろうか。
初めて足を踏み入れた沖さんの自宅。12年間夢見ていた「お部屋拝見」が、こんな悲しい形で実現しようとは思わなかった。棺は部屋の奥に紫か紺の布を被せて安置されており、お顔を拝むことすら出来なかった。というより、その場で倒れそうになる自分を支えてお焼香をするのが精一杯だった。お顔を見せてもらったというファンの方の話を聞いたが、眠っているような表情だったという。だが沖さんの死を目の当たりにした彼女は、その場で失神した。
前日、ニヤニヤと笑いながら沖さんの死を告げた知人。いつもなら冗談と受け止めてしまいそうなその言葉なのに、来るべき日が来たとでもいうように、私はその言葉の意味をすぐに理解してしまった。きっと私は、そういう運命を持った人だからこそ、強く惹かれていたのだろう。

「沖雅也よ 永遠に」トップへ