「光る海」1972年10月2日〜3月26日放送 全25話 フジテレビ

出演:中野良子 島田陽子 中野良子 芦田伸介 菅原謙治 夏夕介 小林麻美 他
沖さんの役名: 野坂孝雄

石坂洋次郎原作のドラマ化。
過去に吉永小百合さん主演で映画化されたこともあり、1965年には石立鉄男さんでテレビドラマ化もされているようだ。
演出は、その吉永さんと翌年結婚することになる岡田太郎氏。

沖さんの役は二人の女性の間で揺れる社会人一年生。
大人の俳優への脱皮を狙っていた沖さんには、またとない役柄だったであろう。
当時としては驚く言葉での性表現がいわば「呼び物」として宣伝されていたが、実際のドラマは堅調で、きわどいシーンもなかった。
それでもアイドルのマサヤを見慣れていた私には違和感があり、まず毎回スーツ姿で登場している沖さんに慣れるのに時間がかかった。
純情でおとなしい和子(島田陽子)と挑発的な美枝子の間で揺れる男の心情もまだよく理解出来ず、美枝子の挑発的でモラルから外れた行動はもっと理解出来ないまま、和子と結ばれるよう願いながら観ていた。
島田陽子さんは当時「清純派」のトップを行くような優等生のイメージだったので、大人の女というものがさっぱり解っていなかったガキの私(いまだに解っていないという説もあり)には男性にとっても理想の女性像なのだろうと勝手に解釈していた。
中野良子さんは今ファッションを見るだけでも違和感なくカッコイイが、倫理から外れた言動があるところが当時の私には理解出来なかった。
「姿三四郎」放送の頃になれば、清純派の乙美より気の強い高子に自分を投影して観るようになっていたから、今「光る海」を観たらどう感じるかを確認してみるためにも再放送を渇望する一作。

■■週刊セブンティーンより■■

《沖雅也が緑の黒髪(?)をバッサリ
新番組『光る海』に大ハリキリです》

沖雅也は、9月11日から、いよいよ『光る海』の撮影にはいる。放映開始は10月2日(フジTV系/毎週月曜日後9:00〜9:55)。
『光る海』は、以前日活でも映画化され、テレビドラマ化されたこともある石坂文学の傑作のひとつ。この野坂孝雄役のため沖雅也は、8月20日、長髪をばっさり(でもないけれど)と思いきりよく切った。
これまで『123と45ロク』や『未婚・結婚・未再婚』など、連続ドラマにかけもち出演していた沖雅也だけど、これが終了する秋は、『光る海』と『キイハンター』の2本だけ。
「仕事を整理して、1本1本に慎重に取り組んでいこうと考えているのです」
と『光る海』で、沖雅也はなみなみならぬ意欲をもやしている。
といったところで、そのほかの日ごとにまるきりごぶさたというわけではなく、つい先ごろも日本テレビの『太陽に吠えろ』(注1)に出演している。

注1:「太陽にほえろ!」が正題。『ハマっ子刑事の心意気』でゲスト出演。
スコッチ刑事ではありません。

■■月刊明星か平凡より■■
≪初のサラリーマン役でハッスル≫
いままで、『さぼてんとマシュマロ』や『キイハンター』などで、かっこいいスポーツマンやアクション役を演じていた沖雅也さんの初めてのサラリーマン役です。そのため、ジーパンやポロシャツなど、ラフな衣装が多かった沖さんが、このドラマでは、背広をきてネクタイをして、ぐっとおとなっぽい感じ。
それに、いままで長かった自慢の髪の毛も社会人の役にあわせて、短くしたり、沖さんはこの野坂役にいっしょうけんめいなのよ。

「ボクとしては、いままでのようにただの若者のアイドルとしてでなく、新しい沖雅也をおみせしたいなあ。孝雄はドライにみえても保守的な面を持っている青年なので、ボクの地でやれます。」

と沖さんは大ハリキリです。

■■週刊セブンティーンより■■
≪「沖雅也が青春の愛と性に挑戦」≫
アダムとイブが“禁断の木の実”を食べたそのときから、愛しあう男女は、性のタブーをおかした。
恋人たちはセックスを別にして愛しあうことはできない。性は解放され、自然で健康な<愛の表現>になった。『光る海』は若者たちに性のモラルと現実を考えさせるドラマである。
野坂孝雄(沖雅也)は産婦人科医の長男で、明朗快活な青年だ。大学ではサッカー選手で、同期生の石田美枝子(中野良子)と葉山和子(島田陽子)にしたわれていた。 美枝子は小説家志望で、シャープな神経と感覚を持っている。幼いころ両親が離婚し、母が銀座でバーを経営しながら育ててくれたが、彼女は今でも別れた父とときどき会っていた。
和子は聡明で美しい娘。
孝雄をめぐって、美枝子とはライバル同士だが、とつぜん彼に「野坂さんって、女のひとを知ってるの?」なんて質問しては、ドギマギさせることがある。
和子の妹久美子(小林麻美)は早熟な高校3年生で、セックスのことを聞いてはおとなをおどろかせたり、姉とお風呂でバストのくらべっこをしたりする。
久美子は、孝雄の弟次郎(立花直樹)が好きなのだ。
そして次郎は、兄と和子が結ばれることを願っている。
ドラマは大学の卒業式からはじまる。さよならパーティのあとで、美枝子が忘れていったバッグを、孝雄は彼女の家まで届けた。彼女は別れた父がホテルで卒業祝いをしてくれるからと孝雄をいっしょに連れて行く。その帰り道、ワインに酔った美枝子は、好きだった孝雄とキスをした。
社会人になった孝雄は、テレビ局へ就職、和子は叔父が経営する貿易会社のOLになり、美枝子は作家修行をはじめる。ある夜、孝雄は和子から家へ誘われ、おませな久美子に「あなたと姉さん、好き合っているんでしょう?」とズバリいわれてたじろいだ。
孝雄と結ばれるのは、和子か、美枝子か?
ドラマは、若者たちとおとなたちの愛とセックスを対比させながら、思いがけない展開をしてゆく。
医者の息子てスポーツマンの孝雄は、現実の沖雅也とぴったんこ。ロングヘアーを短めに切り、スーツからネクタイ、靴まで新潮して、新しいイメージの雅也にヘンシンした。

「ドライなようで、意外と古風な面もある。地でいけるけど、美人のサンドイッチにされちゃって、ちょっぴりテレてます」

中野良子は、美枝子訳がすっかりお気に入り。
「さびしがり屋のくせに強がりで、素顔の私に近いみたい。女優になったときから、こんなタイプの女の子をやりたかったの!」
島田陽子もごきげんで、
「ドキンとするような会話があるけど、セックスの話もごく自然にすれば、何でもないはずよ」
豪華キャストが青春の愛と性に挑戦する『光る海』をお楽しみに ―。

≪おとなの愛って複雑なの?≫
あなたがいつか経験するさまざまな恋愛を描く『光る海』
沖雅也扮する野坂孝雄は、テレビ局の新入社員。大学の同窓生ふたりに思いをよせられ「オレは何とモテる男か」とついつい、積極的な作家志望の美枝子の誘惑にのる。一方、おしとやかで、おとなしい消極的な和子は、そんなふたりにハラハラ。かくも性格の異なる女性に言いよられて、野坂くんはモテるつらさを味わうというわけ。
はたまた3人をとりまく友人や、両親、兄妹による恋愛はあとをたたず、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもの。
大人の世界の愛はいりみだれ、理くつではわりきれない不可思議な言動がまかり通る。そこへもって、放任主義の家庭では、親子によるセックス会話が飛び出し、あけっぴろげな恋愛、大いに賛成ということになる。

「テレビでおとなの役はこれがはじめて。ラブ・シーンも2回ほど経験したけど、おとなの愛はまことに複雑怪奇で、ぼくなんかにもまだよくわからないよ」

と言いながらも、ふたりの女性にモテて、まんざらでもなさそう。かくて恋愛はすさまじく、はなばなしく進行するのです。

≪おおらかな青春万歳!!≫
ティーンのあいだで はやりはじめたテレビ「光る海」のナウなセックス会話集
あなた見た?聞いた? 新番組「光る海」のナウなセックス会話。
親子だって、友だちだって、男だって、女だってフィーリングがピッタリあえばOK!
おおらかにちょっぴりドッキリと語りあいましょう。
1〜2話にとび出した会話を公開、さらりと言ってのけて「ユー・アンダスタンド?」
―男子大学生同志の会話より−
♥最愛のセガレ。卒業インポ。タマタマ。
♥着物のときは、パンティはかないんだろ。
♥ハンドバッグのなかに予防の7つ道具が…
♥春の夜は下半身がモヤモヤ…
―恋人同志の会話より―
♦着ているものをひっぱがして、メチャクチャに強姦してやりたい
♦君のおヘソの上で、童貞とおさらばしたい
♦ボディタッチが趣味ね
♦オナペットのボインちゃんの写真とおつきあいするか
―母と息子の会話より―
♣彼女のオッパイにオケケが1本はえている
♣ママが夢中でパパにかわいがられて、ボクが生まれた。
―男女学生同志の会話より―
♠食欲を感じさせる男の子。
♠キャンパス・ワイフ。
―女性の友人同志の会話より―
♥女って自分では気づかないところに性感帯があって、男の8倍も快感があるのよ。
などなど、軽妙ですっきり、ユーモアな会話は青春のシンボルとして大いにケッコー!?

≪TVドラマの人気コンビを共演者やスタッフが徹底診断!!≫
気のあった友達同士!!
明朗快活、大学時代はサッカー部の人気者で、同期生の石田美枝子(中野良子)と葉山和子(島田陽子)にしたわれている。
これが野坂孝雄(沖雅也)という若者だ。
美枝子は小説家をめざしている。父と母は彼女が幼いころ離婚し、彼女が母が銀座でバーをしながら育てられた。
大学を卒業した孝雄は、テレビ局へ就職。美枝子は作家修行をはじめ、和子は貿易会社のOLとなった。
孝雄と結ばれるのはクールな美枝子、聡明な和子のうちどちらだろうか…。
性のモラルと愛を描いた石坂洋次郎の名作『光る海』(フジ)。
孝雄をめぐって、美枝子・和子がからむ三角関係が描かれているが、いまのところ距離が近いのは、孝雄と美枝子。つまりこのコンビがこの番組の中心となっている。
孝雄訳をやっている沖雅也は、中野良子の印象についてこういっている。

「良子さんって、女を感じさせるひとですね。ドラマのなかでは、初めから彼女とキスシーンがあったけど、いいムードが出せましたよ。
年でいくと、彼女の方がひとつ年上ですが、年上だなんてことを感じさせないな。中野さんは実際もクールなひとですよ。だから美枝子役にはぴったりなんじゃないかな」


沖雅也のことばからもわかるとおり、彼が彼女に好感を持っているのは事実。
相手役の中野良子は沖のことをこういっている。
「沖さんの印象をひと口でいえば、さっぱりしたひとだということです。それに行動家らしく、頭でうけとめないで、からだでうけとめてくれますね。
いっしょにお仕事していて、通じあうものがあるんですよ。沖さんがやっている孝雄という役は、カラッとしてぶっきらぼうなところが魅力でしょう。そんな点でも沖さんにぴったりな役だと思うの」
中野良子は、沖を、こうほめている。
このふたりの仲についてライバル役の島田陽子は、こんな診断をしている。
「沖さんと中野さんのコンビって、とってもイイ感じだと思います。
私はいま片思い…だから、中野さんがやっている美枝子みたいに、勇気を持って孝雄さんをものにできたらいいなあって、いつも思っているんです。でも、ドラマでは、最後には私が孝雄さんと結ばれるらしいからいいんです」
島田陽子も沖・中野コンビのよさをほめている。
このドラマを担当しているOプロデューサーは、コンビをこう診断している。
「とにかく沖、中野のふたりは、歯車がぴったりあっているっていう感じだな。
キャスティングが成功していると思いますよ。沖くんの男らしさ、中野くんのシャープさ、このふたつがぶつかりあうのはすばらしい。
ふたりとも、このドラマで成長して、現代の恋愛を追求する役者になってもらいたいですね」
また、スタッフのひとりであるMさんは、
「あのコンビは、本番待ちのときなんか、よく仲よく世間話をしていますよ。よくドラマのコンビだから、本当の愛が生まれることがあるけど、あのコンビはそれとはちょっとちがう感じなんですね。
たとえば、気のあった友だち同士っていう感じなんです。ベタベタしたりするところがぜんぜんないクールな関係。みていて気持ちがいい二人ですね」
そのクールという点ではアシスタント・ディレクターのKさんの診断も同じ。
「沖くんをはじめてみたとき背が高い人だなという印象を受けました。
中野さんの方はホットな人だと思っていたんだけど実際は、とてもクールな人なんで、びっくりしましたよ。そんなふたりだから、とても健康的なんですね」
このコンビを、以上の診断から名称をつけるとすればスマート・コンビという形容がぴったり。
だから石坂文学の主人公にはうってつけのコンビなのだ。

今読み返すと、ナウなドラマの内容より記事の文体の方が面白くて笑ってしまうし、クールやホットな性格の定義も不明だ。
中野良子さんと沖さんの仲が良くてちょっぴり心配だが友達同士だから心配ないという書き方はティーン雑誌としては妥当なのかも知れないが、それにしても若者の性の意識が1972年と今ではこんなに変わってしまったのかと驚く。
さて、この頃の沖さんは“若者の愛と性”をどう考えていたのかという記事がある。
沖さんの一人称で書かれているが、これも習慣セブンティーンなのでどこまで本人が語ったものかは不明だが、ヒントにはなるだろう。

■■週刊セブンティーンより■■
≪愛のないSEXなんておれはいやだ!!≫
セックスの中の若者たち
-現代はセックスの反乱の時代といってもいいだろう。
いま、愛と性をテーマにしたふたつのドラマに出演している沖雅也が、そのドラマの体験からあなたに緊急発言!!

★大胆なセックスの表現
秋の話題作、フジTVの『光る海』と東宝の『高校生無頼控』で、ぼくは主役を演じている。
『光る海』は、石坂洋次郎先生の代表的な作品。ぼくが扮する野坂孝雄は、大学を出てTV局の営業部にはいったばかりのサラリーマンだ。
大学時代の、才色兼備の同級生には、島田陽子さん(葉山和子)と中野良子さん(石田美枝子)のふたりが出演。
孝雄をめぐる、彼女たちの恋を中心に、若者たちの周囲の、おとなの恋も描いてドラマは進行していく。
『光る海』が、放映前から話題となっているのは、TVドラマとして初めて、セックスが大胆に取りあつかわれているからだ。
孝雄をはじめとする若者と、おとなたちの会話には性に関する話題がどんどん出てくる。友だちの間で、あるいは家族の間で…。
野坂孝雄の父は、病院の院長で、両親とこどもたち3人の家族は、とても明るい。
「ママが、夢中でパパを愛していたら、ことのついでに、ぼくたちが生まれたってことだね」
「夢中で愛したのは、パパのほうだって、訂正してちょうだい」
孝雄と母の会話だ。
家庭の茶の間に、性の会話がはいってくることにはいろいろと問題があるだろう。
現在のぼくには、ともに暮らす家族がいないから、家庭での性の会話は無縁だ。
こどものころ、ぼくが育った家庭は、ひと口でいうなら、封建的な家庭だった。
だから、野坂家のような親子の間の性の話など、とんでもない。そんなことはいっさいない家だった。
しかし、ぼく自身が、将来、家庭をもったときは、野坂家のように明るく、セックスのことでも、親子の愛だで、ポンポン語りあえるようなムードがあっていいと思う。
明るさと、健康さ。これが『光る海』に現れる性の姿であり、石坂文学の個性でもある。この2つの要素が貫かれているから『光る海』の大胆なセリフは、けっしていやらしくないのだ。
30歳をすぎたおとなは、このなかのセリフを顔をしかめて聞くが、ぼくたちは平気だな。若者の間では、性はいやらしいものではなく、口にするのが恥ずかしいことでもないのだ。
『光る海』の会話に、拒絶反応を示すのは、性をタブーとして育てられた世代のひとたちだろう。
★愛がなくて接吻はできるか?
『光る海』の、ふたりのヒロイン、葉山和子と石田美枝子は、ぼく野坂孝雄をめぐって、ライバルになる。
作家志望の美枝子は、孝雄にこんなことをいう。
「さびしいな、今夜は‐ 男と女の間で、結婚や恋愛をぬきにして、キスしてもいい場合があるんじゃないかしら‐」
孝雄は、こわい顔をして美枝子と接吻する。ふなれなために、歯をガツガツと鳴らしたりして…。
恋愛をぬきにした接吻‐
ぼくは思うのだが、こんなことをいうのは、美枝子という女の強がりだ。
彼女はさびしがりやで、そのさびしさをストレートに出せない性飽くから、こんな強がりのおとあとなって、出てくるのだと思う。
もし、ぼくが女の子からそういってキスを求められたら‐
ぼくはキスするだろう。
ぼくに限らず、男というものは、愛情がなくても接吻できるものなのだ。
しかし、ぼくは女の子に美枝子のようなセリフは、いってもらいたくない。
そんなことばは、女の子の口から出るべきものではないと思う。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

『光る海』のなかで、孝雄の同級生、浅沼一郎は、在学中から恋人と同棲している。
親の許可も得ていないのに恋人は妊娠し、おなかはパンク寸前だ。
孝雄たちの協力で、赤ちゃんが生まれるまえに、ふたりは結婚式を挙げるのだが、まだ若く、十分な収入もないとき、愛する女性が現れたら‐ ぼく自身は、向井のような、学生結婚はしないと思う。
ぼくひとりなら、貧乏は平気だ。おカユをくってものりこえていけるだろう。
しかし、ぼくは愛する女の子に、おカユはたべさせたくない。
ひとりなら、おカユをたべてもいいが、ふたりでおカユをたべることは、ぼくの性格としてはでいない。
わかってもらえるだろうか。
★愛とは、思いやり・忍耐…
いま、若者の性について論争が盛ん(数行不明)あっという間に別れ、また別な相手とくっついたり(数行不明)。
好きになった‐だからいっしょにいたい、という気持ちはぼくにもわかる。
しかし、好きになった、いっしょにいたい、という気持ちがすなわち愛か、といわれると、ぼくはそれのみが愛ではないような気がする。
愛とは、いったいなにか。
これは大問題だ。愛について語りはじめたら、何ページあっても足りないだろう。正直いって、ぼく自身は愛がまだわからない。
だが、好きだ‐ いっしょになろうよ、ということだけが、愛ではあに、という気がしていることだけは確かだ。
愛とは、思いやり、忍耐、相手を理解することなど…しいていえば、ぼくは愛とは無限であるような気がしている。 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

かといいって、ぼくは、若者の性のまじわり、いわゆる婚前交渉を否定してはいない。
そのふたりによって、いろいろなケースがあるだろう。
ふたりのあいだに、納得と、お互いの理解があればあとはそのひとたちの自由だ。
フリーセックスと称して乱交を実践している若者たちがいる。そんなことはやめろと、お説教する気は、ぼくにはない。
自分で考え、納得できることなら、やってもいいというのが、ぼくの持論だ。
その連中が、納得しているのなら、それでいい。(切り取られて数行不明。当時の私がどうしても許せずに切り取ったのか!?)
★健康で納得できる愛を…
性のまじわりは、愛のあかしである、という考えに共感するティーンが多いそうだね。
すると、手もふれないで相手のことを思う愛 -プラトニックラブは、愛ではなくなってしまうのか?
いや、プラトニックラブだって愛だ。愛にちがいない。
いいことだ、とぼくは思う。ぼくは、プラトニックラブが好きだ。
ティーンの愛と性の限界も、よく話題になるな。
高校生だから、キスまでにしておくべきだとか。
愛を、そんなひとつの枠でしばるのは、まったくナンセンスだ。
個性、周囲の環境、愛する一組一組は、みんなそれぞれちがうのに、まとめてきめつけてしまうのは、無理解もいいところだよ。
ぼくが、ティーンにのぞみたい愛と性は、第1に健康であってほしいということ。
『光る海』の孝雄たちのように、陰気さ、不健康さのまったくない姿であってほしい。 第2に、自分たちでよく考え、納得のできる行為だけを実行すること。
周囲の意見も、もちろん聞くべきだ。
しかし、必ずぜんぶを守るべきではない。なにを聞き、なにを考えるかには、理性が必要だ。
納得と責任をもって、前向きに進んでほしいね。
もうひとつ、ぼくが若い女性にいいたいことは、愛されることよりも、愛することを知ってほしいということだ。
女の子は、とかく、愛されることだけを望みがちだが、愛することができるひとだけが、ほんとうの愛の価値を知れるのだ。
★“愛”の演技に全力投球!!
『光る海』にばかり触れて『高校生無頼控』のスペースが少なくなった。
この映画について、いろんな批判が、もうぼくの耳に入っている。
ぼくが扮するムラマサは野坂孝雄とは対照的な、不良っぽい若者だ。
ムラマサと女性との性交渉も、非常に大胆に描かれている。
なぜ、ぼくは、批判のでることを承知で、この役をあえて引きうけたか。
その理由は、ぼくが俳優だからだ。
俳優である以上、ぼくはあらゆる役に、積極的にとりくんでみたかったのだ。
そして、りっぱに役をこなせることを、見せたかったのだ。
『さぼてんとマシュマロ』をはじめ、いままでのぼくの役は、ティーンのアイドル的なものが多かった。
その役に安住していればドラマの魅力的な主人公イコールぼく自身ということになって、人気は続いていくことだろう。
役の型にはまって、人気の出ることはうれしいことでもあるが、こわいことでもある。
ぼくはあえて、いままでの型を打ち破り、俳優としての可能性をためしてみたい。
もともと、ぼくは『クラスメート』のような、不良っぽい学生役が好きであったし。
どんな批判がで、どんな結果になってもぼくは『高校生無頼控』に出たことを後悔しないし、演技には全力でぶっつかる。
『光る海』も、脱アイドルをめざす、おとなのぼくの作品として全力投球する。
若者のぼくが、遊ぶ時間もないことを、気のどくに思ってくれるひともいるが、仕事だから、少しも悔いはない。
ぼくの演ずる若者の愛と性の世界を、期待して見守ってほしいのだ。

いやはや、大上段に構えた内容。
保険体育の教師が生徒たちに説いているようだ。本当に沖さんの言葉かどうかわからないが、当時の私は「はい!わかりました!!」と読んでいた。
『高校生無頼控』に出演ついての言葉あたりが沖さん自身の言葉かとも思うが、この映画の出演は、ここまで言い訳しなければいけなかったものだということがわかって興味深い。


■■週刊セブンティーンより■■
《たどりつく愛はひとつ…》
美枝子派と和子派の衝突で沖雅也が苦しい板ばさみ

沖雅也は、いま悩んでいる。いや、迷っているというべきだろうか?
個性的で自分の主張をまげず、愛の表現にもものおじしない中野良子と、その反対に、おっとりとひかえめで、ひそかな愛を捧げる島田陽子のあいだにはさまれて…。
ティーンに圧倒的人気のTVドラマ『光る海』(フジTV・月・夜8時)は、沖雅也をめぐる対照的なふたつの女性像をえがきながら、新しい時代の愛のモラルを追求する。毎回のようにドキンとするほど大胆なセックスの会話や、強烈なラブシーンが展開するが、少しもいやらしくない。3人の若者の生き方が、さわやかな青春の愛と性を、考えさせてくれるからだ。
小説家のタマゴ石田美枝子(中野良子)は、ゆたかな感受性と強い自我を持った、自由奔放な現代女性。
幼いころに両親が離婚し母が銀座でバーを経営しながら彼女を育ててくれた。
そんな家庭環境も、美枝子を独立心に富んだ娘にした理由のひとつだろう。
貿易会社に勤めるOLの葉山和子(島田陽子)は、めぐまれた家庭に育った素直な性格の娘で、聡明だがつねに思慮深いところがある。はなやかなイメージの美枝子にくらべると、地味でつつましく、引っ込み思案に見える。
そして野坂孝雄(沖雅也)は、美枝子や和子といっしょに大学を卒業し、いまはテレビ局に勤務している好青年。医者の息子でスポーツマン、さっぱりした気性で女の子にモテるタイプだが、和子の好意を感じながらも、積極的な美枝子にひきつけられる。
美枝子と和子はライバル同士。そしてたがいに孝雄に思いを寄せる三角関係なのだが、ドラマではいまのところ、美枝子と孝雄の愛が進行中だ。
やっぱり男性は、ナウなフィーリングで自分をまどわすような女の子が、好きなのか?やさしくておとなしいタイプの女性は、敗北しちゃうのか?
それとも男はチャッカリ屋で、意外と保守的なところもあるから、恋愛と結婚の相手を区別してつき合うのか?最後にしあわせをつかむのはどっち……?
ドラマが進むにつれてテレビ局へファンの投書が殺到している。その大半は結婚についての感想と注文で沖雅也の相手に中野良子を熱望する“美枝子支持派”と島田陽子を強くおす“和子支持派”の正面衝突。あまりの大反響に、担当の岡田太郎プロデューサーは、頭をかかえこんだ。

行動的な中野良子か?女らしい島田陽子か?

その数から見ると「孝雄を美枝子を結婚させて!」という投書が圧倒的。ちょっと小生意気で、男性にも遠慮なくズケズケものをいう美枝子は、女の子に嫌われそうな感じだが、そうではなかった。
「孝雄と美枝子がいくらケンカしたっていいんです。現代の結婚はメッタメタに傷つけ合いながらでもそれによってふたりが成長して行けば、それが理想の姿ではないでしょうか。
私たちにとって美枝子は理想の女性像、才能とゆたかな感情を持ったすばらしい女性なんです。むしろ孝雄のほうがもっと魅力的な男性になってくれなければ…」(栃木県佐野市の高3、受験生)
「美枝子はエゴイストかもしれないけど、勝ち気で行動力があるところが大好き。
沖雅也さんの孝雄の相手にぴったりです。和子はマジメすぎて、沖さんにはものたりないと思います。クラスメートたちも美枝子と孝雄の結婚に大サンセイ!
ふたりの仲がもしこわれたら、『光る海』なんかもう見ないわよ」(静岡県浜松市の高校生グループ)
「昔なら美枝子は生意気このうえもない女性でしょうが、いまではもっとも魅力的なタイプ。孝雄を困らせたり怒らせたりするのも、それだけ彼を意識し、頼りにしているからです。美枝子は片親だし、自分をよく知ってくれる孝雄を結婚するのがいちばんです。あんなに強がるのも、ほんとはさびしいから…。かならずふたりを結婚させて!心からのお願いです」(川崎市の短大1年生)
これに対して数こそ少ないが、和子と孝雄の結婚を強く望む投書も、どんどんまいこんでいる。
「もしも美枝子と結ばれたら、孝雄はほんとにかわいそう。結婚しても彼は美枝子をシンから理解できないでしょうし、彼女も結局物足らずに去って行くと思います。ぜったい孝雄は和子と結ばれなければ、幸福にはなれません。素直で女らしい和子を見捨てないでください」(埼玉県越谷市の高校1年生)
「孝雄はまったくおバカさんだ。美枝子みたいなフワフワした女なんか好きになって!気まぐれでウヌボレの強い美枝子のどこがいいのか。もし失恋したら和子があまりにもみじめだ。小さな胸を痛めて苦しんでいるのに、なんて鈍感な男!早く気づいて和子と結ばれるようにしてやってほしい」(東京都調布市の“和子ファン”)

恋愛するなら美枝子 結婚するなら和子

当初はこのほかに、
「孝雄が美枝子と和子のどちらかと結ばれるのは、残酷です。残された人を不幸にするよりも、みんな未婚のまま将来に夢を残しておいてください」(神戸市東灘区の中学3年生)
という“中間派”も少なくなかった。
ところが『光る海』は石坂洋次郎の長編小説をドラマ化したもの。その原作によると、美枝子ファンは大ショックだろうが、ラストで孝雄は和子と婚約するのだ。そのパーティーの席で、美枝子はこういう。
「私はハッキリいって、野坂孝雄君の肉体にしょっちゅうひかれていました。
恋愛や結婚はヌキにして彼のたくましい肉体にかみつきたい。肉体をひっかきたい。肉体を重ね合わせたい…。そういう妄想を、どんなに頭にのぼらせたか知りません。
その彼が、私とは白と黒ほどにもちがい、しかもズッシリした人間性を感じさせる和子さんと婚約した。
これでもう、私の妄想は2度とあばれることがないでしょう。
和子さん、野坂君、ほんとうにおめでとう…」
そのスピーチを聞きながら、孝雄と和子は、ふたりの思いやりと根気で、ほんとうの愛を育てていこうと心に誓う。
そして仲間たちが、『山男の唄』をコーラスし、孝雄と和子は、抱き合って長い長い接吻をする!
「冗談じゃないわ!」
といきり立たないでほしい。岡田プロデューサーは視聴者の意向を十分にくんで、原作にはかならずしもとらわれず、ドラマの結末をどうつけようかと、考えている。
「ドラマは3月いっぱい続くので、いまのところ3つのセンを想定しています。
仝矯遒里箸り、孝雄と和子を婚約させるか。
∋訥絢圓梁真意見をくんで、現代劇に孝雄を美枝子を結びつけるか。
どちらとも決めずに終わらせるか。
男性があこがれる理想の女性像は、和子と美枝子をミックスしたものだろうが、そうもいきませんしね」
それなら、沖雅也は理想の女性像をどう考えているのか?
沖のファンにとっては重大モンダイ、彼はさわやかにこういった。
「美枝子は才能とセンスが抜群で、打てばひびくという感じ。
恋をしたら、きっとすばらしい女性だと思うね。
その反対に和子は1歩さがって男性を理解しようとする、あたたかい気持ちを持っている。
男はだれでも、イニシアチブを取りたいもんだし、結婚したら、和子はきっといい奥さんになるんじゃないかな。
それぞれに魅力を感じるけど、美枝子は恋人むきで自分の天分をのばしていける女性だし、和子は結婚して家庭に入るほうがしあわせだと思う。
ドラマのラストがどうなるか、ぼくもすごく期待してるんだ」

文句のつけようがない。

“現代の愛”のなかで 孝雄と美枝子は結ばれるか?
中野良子はこう思う。
「美枝子はなんでも自分で体験して、道の世界を開拓していくタイプね。いいたいこと、したいことを、ストレートにこどもっぽく表現するところが魅力だけどほんとはさびしいんじゃないかしら?
その点、私は和子の方が強い女だと思うし、どんな環境にも順応して、しあわせをつかめる人だという気がする。
孝雄と美枝子の結婚を希望する声が多いとしても、美枝子はしばらく誰とも婚約なんかしないで、自分の人生をエンジョイしていくほうがいいみたい。
たとえ結婚しても、個性が強すぎて、家庭に落ち着ける女性じゃないと思うんです」
ひょっとすると、彼女も美枝子的な性格なのだろうか?
これに対して島田陽子は、
「美枝子は頭がよくて行動的だし、自由奔放にふるまって自分のストレスを解消するタイプ。私にとってもあこがれの女性像だけど現実にああふるまうことはできないわ。もし私が和子自身で、美枝子とひとりの男性を争う立場になったら好きだといえないであきらめちゃうでしょう。
結婚だけが女のしあわせではないと思いますが、和子は妻の座に落ち着ける女性、美枝子は自分を押えてまで順応できない人。そういう個性が魅力で、恋愛中にはきっと男性を夢中にしますね。美枝子をすばらしいとは思っても、私は和子的な人間じゃないかしら」
とすれば『光る海』のキャスティングは、沖雅也をふくめて最高というわけだ。 ドラマで和子の妹になる小林麻美もひとこと。
「私も現代っ子ね。自由で気ままに生きてる美枝子って大好き。和子はオットリしたお嬢さんタイプだけど、ちょっと物足りないのよ。孝雄が最後にどっちを選ぶか、胸がわくわくしちゃう」
最後に原作者の石坂先生から、現代の“愛のモラル”について聞くと、
「男性にとって美枝子は恋人にしたい女、和子は結婚相手にしたい女性ともいえるでしょう。しかし私があの小説を書いたときといまでは時代がちがいます。
当然若い人たちの考え方も変わっているのだから、愛がたどり着く方向さえ正しければ、原作とドラマの脚本が別であってもいいんです。時代とともに変化するのは当然ですからね」
孝雄が和子でなく、美枝子と結ばれる可能性もあるわけだ。
沖雅也は、はたしてふたりの女性のどちらを選ぶだろうか?

役名と演者の芸名がごちゃまぜになっていて、最後の一文などは読解力のなかった私をかなりハラハラさせた記事。
感想や意見を読めばわかるように、ティーン雑誌が視聴者をあおっている内容なのだが、この『光る海』自体が、大学を卒業した若者を描いているため、ちょっと中高生とは年代のずれが感じられた。
当たり障りのないコメントといい、沖さんは確実にアイドルを脱皮しつつあるのだなと感じて、おいてけぼりをくらったような寂しさを感じたものだ。
芸能人と一般人という途方もなく遠い距離は妄想で埋めるにしても、中学生と社会人の距離は普通の世界でも大きかった。


以下の記事はネタばれになりますので、再放送までとっておきたい方はここでストップして下さい。

■■週刊セブンティーンより■■

《さようなら青春の7か月…》
最終回をむかえた『光る海』愛の結末はこうなる!!

3月26日、いよいよ最終回をむかえる『光る海』の撮影がこのほど終了。微妙にゆれ動く若者たちの愛を演じた、沖雅也、中野良子、島田陽子をとりまく恋にもピリオドがついた。気になる木になる愛の行方をTVより先に、あなたにおとどけします。

愛はいつだって、気まぐれで、そして真剣なもの。野坂孝雄(沖雅也)をめぐる、ふたりの女性、葉山和子(島田陽子)、石田美枝子(中野良子)の場合もまた、愛の喜びと悲しみに終始した青春のすがたが、今終わりを告げようとしていた……いつの日からか、和子のなかに孝雄は真実の愛をみていたのである。
「この部屋のどこかに、君の日記帳があるわけだな?」
「ダメよ、こっそり探したりしちゃ」
「読みたいな」
「盗み読みなんて、スカートめくりと同じよ。たとえ結婚したって死ぬまで読ませないから」
「……?」
「ああ、いえ、誰と結婚してもって意味よ」
「ああ、なるほど、正確にいえよ。ドッキリするじゃないか」
「なぜドッキリするの?」
「君の亭主にさせられるのかと思ったからさ」
「もしそうしたくなったら?」
「ためしてみようか?」
愛はめぐり、ふたたび孝雄と和子のもとへ静かにたどりついた。まるでなにごともなかったかのように。あるときは、はげしい美枝子の愛を感じ、あるときはやさしい和子の愛にひかれた孝雄の青春。まっすぐに、どこまでもまっすぐにのびようとする、それは若者の明日への糧となって育っていった。
若者たちは、陽の光をうけて、キラキラ輝く真昼の海に船出して行く。今にも燃え出しそうな、白い光のみちあふれた広く果てしない人生の大海原をめざして―
撮影終了後、スタッフ一同は、しらばくその場を動かず、撮り終えたばかりのビデオをみながら、だれからともなく拍手が…。原作をそこなわずエスプリのきいた現代的なフィーリングで話題を呼んだ『光る海』、それはあなた自身の青春のすがたかもしれない。

おたがいに楽しみながらできた役づくり。
「モテてモテていい気分だったよ」
と沖雅也。
「現実はきびしいわよ!」

撮影後、深夜からひらかれた、打ち上げパーティーでは、キャスト、スタッフ総勢60余名が集合。長いようで短かった7か月間をふりかえり乾杯!
「こんな長いスタジオ撮影ははじめてだったので、とっても勉強になりました。なんだか終わってさびしい感じ、せっかく盛り上がってきたところだったのに…」
と名残りおしそうな沖雅也。
撮影途中で、若い仲間が病気でなくなるという悲しいハプニングもあったが、なかでもハッピーなことは、この番組のディレクターである岡田太郎氏がうわさの吉永小百合さんとの結婚話で話題をさらったこと。パーティーの席上でも、スタッフにひやかされて頭をかきっ放しの岡田さんなどおとなの世界をちらっと見せられた。まるで『光る海』を地で行くような、にぎやかなパーティー。仕事中に、本当のお酒を飲まされて酔っぱらった中野良子さんや、スタジオ内で犬に好かれて追いかけられた島田陽子さんなど、失敗談もつきない。
「この番組では、教えられることがたくさんありました。若い女性の生き方や、考え方、人間にいちばん必要なものは何か?という永遠のテーマを、肩がこらずにみることができました」
そんな若い多くのファンに惜しまれながら終わる『光る海』。
スタッフ一同が青春をなつかしく、青春を一生けんめいに生きようとした7か月間に乾杯!




沖さんが撮影終了にあたって振り返っているのは、長いスタジオ撮影が勉強になったこと。素人にはわからないが、スタジオ撮影と外でのロケによるフィルム撮影では、演じ方や撮影方法がずいぶん違うのだろう。
それにしても、パーティーでの沖さんのスーツは派手だなあ…。
白黒写真なのでよく確認出来ないが、ネクタイも光っているし、ショートブーツもすでにご愛用であることがわかる。

この作品はCS未登場だが、1990年03月11日放送の「テレビ探偵団」に中野良子さんがゲスト出演された時に一部が流れていたので、テレビ局が原本を保存している可能性が高い。再放送を渇望!