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第一話「江戸日本橋」
放送日: 1978年8月25日
ゲスト(準レギュラー):小沢栄太郎 吉田日出子 岡田英次


必殺シリーズ第十三作、からくり人シリーズの第四弾。視聴者には前のシリーズで東海道五十三次殺し旅をしていたということを「知ってるわね。改めて説明しないわよ」と強要するかのように、登場人物がどうして集まったかの詳しい説明はないまま始まる。ただし、殺しの元締・永寿堂与八(岡田英次)と実行犯の出雲太夫一座は初対面で、中継ぎ役として永寿堂の子飼いの殺し屋・唐十郎(沖さん)の顔合わせがある。

山田五十鈴(お艶) −三味線の名手にして一座の座長。三味線のバチが武器に変わる
芦屋雁之助(宇蔵) −一座の座員にしてどじょう救いの名手。魚籠で頭蓋骨を粉砕
高橋洋子(うさぎ)(第5話より体調不良のため真行寺君枝に交替)−どじょうすくい踊りの名手。お色気たっぷりの躍りで、どうやら今でいうストリップまがいのことも舞台でしている様子。どじょうすくいのざるに火をつけて飛ばすが、殺戮能力はなし
江戸屋小猫(鈴平) −主として情報係または連絡係として活躍するが、得意の動物の声帯模写で敵を撹乱することもある。
キャストの冒頭に沖さんの名前が出るので、沖雅也主役!と言い張ることも出来るが、最後に『お艶・山田五十鈴』が立ち上がり方式で「あたしゃ格が違うんだよ」と登場する。「必殺仕置屋稼業」の中村主水(藤田まこと)と同じだ。

ちょっと見には「必殺仕置屋稼業」の市松と双子とみまがうほどだが、よく観ると微妙に化粧や髪型を変えている。着物の柄も遊び人の市松とはちょっと色合いが違う。殺し屋の父の元で育った根っからの殺し屋であった市松とは違って、元は堅気の板前だったという設定もあって、前髪をおろし気味ににして涼やかな印象だ。赤い手袋を右手にはめているのが特徴なのだが、これが何故かとても色っぽい。当初、出雲太夫一座は唐十郎に不信感を抱くが、真面目な人柄に安心したのか、すぐに打ち解ける。

第一話は葛飾北斎(小沢栄太郎)が娘・おえい(吉田日出子)と引越しをする天保4年の夏から始まる。
北斎が引越し好きで生涯に九十六回引っ越したというのは有名な話だが、ここでは「ベロリン」という舶来の藍色の絵の具が欲しいばかりに娘を遊郭に売り飛ばそうとしたり、阿片の力を借りても作品を作りだそうとしたエピソードが紹介される。

そんな北斎が滝沢馬琴から絵の版元・永寿堂を紹介され、富士山を描いて、そこに殺しの相手を潜ませるという裏稼業に手を染めることになるのだが、絵の中に潜ませたヒントだけがあぶりだしで赤くなるという設定も、前作で知ってるからそんなこと細かく説明しないで次に行くわよ状態で話は進行する。この作品で久々に必殺に帰って来た私には、面食らうことが多かった第一話だ。

津軽藩は阿片を密売して儲けているのだが、盲目のゴゼ(私の日本語変換では漢字が出ない)たちの三味線に阿片を忍ばせ、上京したゴゼたちから阿片を取り上げた後は皆殺しにするという、かなりごむたいなことをしていた。
たまたま日本橋で絵を描いていた北斎自身がその殺人を目撃して、最初の依頼がはじまる。

一座の前に顔を出した唐十郎は怪しい人物と映り、うさぎが火付きのザルを投げるが、唐十郎の着物の帯締めがしゅるる・・と伸びて、ザルは真っ二つに割れる。さっと手を引くと伸びた帯締めはあ〜ら不思議、くるくると腰に巻きついて元に戻るのでありました。
殺しの時は短い釣竿状のものが、これまたしゅるると伸びて、鋭い先端で首を刺す。
沖さんはアイドル時代に趣味をきかれると、必ず「釣りと盆栽」と答えていた。テレビ進出を果たした頃のグラビアでは釣り堀で釣る写真もある。趣味が仕事に役立って良かったというところか。どうでもいい話だが、この手の伸びる釣竿は実際に携帯用として販売されており、それをもらった日は一日唐十郎気分でしゅるる・・・と伸ばしまくった。もちろん魚一匹殺す腕はない。

最後は真っ赤に燃える炎が悪の痕跡を燃やし尽くすのだが、この火事は時代劇の第一回によく出て来るという。何でも火事のシーンを入れると視聴率が上がるのだそうで、それでゲンをかつぐ意味も込めて第一回に火事を持って来るらしい。


第二話「隠田の水車」
放送日: 1978年8月25日
ゲスト:外山高士 遠藤征慈 早川絵美 他


唐十郎の素性の片鱗が見え始める。一座のためにせっせと料理をするのだが、あまりの腕の良さに宇蔵から元は板前だったのではないかと見抜かれてしまう。まずく作ればよかったのに。

水車の下に映る小さな亀があぶり出しで赤く光る。このわかりにくいヒントに賢明な視聴者ならすぐ気づくだろうが、永寿堂の使者として唐十郎が一座を毎回訪れるのなら、何も証拠品になりやすい絵に託す必要はなく、唐十郎が直接お艶に口頭で伝えれば良かったのだ。そうでもしないと気まぐれな北斎先生が富嶽百景を描いてくれないからだったのか?まあ、北斎の実在の絵を使ってあぶり出しをするという趣向は面白いし、そこで湧き上がる主題歌「夢ん中」のバリエーション・『殺しのテーマ』のホルンの音が響くことで今後の展開を期待させる。

第二話で唐十郎は、市松と同じく子供好きであることを披露する。だが、子供よりもっと好きだったのは動物だったようで、浦島唐十郎となって、子供が捕らえた亀を買い取ろうとして断られている。しかも「おじさん」と呼ばれている。

殺しのシーンでは早くもバリエーションを見せ、二人同時串刺し技や、先端の針の部分だけを使って後ろから首を刺す技も見せ、視聴者に「やはり市松と同一人物なのでは?」という疑問を抱かせる。


第三話「駿州片倉茶園ノ不二」
放送日: 1978年9月8日
ゲスト:堀雄二 大木実 佐藤万里 吉本真由美 他
冒頭で宇蔵に「面を見ているだけでムカムカするんですよ」と言われる唐十郎だが、到着を待つ一座のために懸命に走って来る生真面目さだ。お艶に頼まれればホイホイと何でもするし、彼女が命を狙われた時には、さっと前に立ってボディガードもつとめる。

川べりに座って赤い手袋をきりりと口で締める姿が北斎の絵より美しい。堀雄二の時代劇らしい堂々とした演技が光る回。


第四話「神奈川沖浪裏」
放送日: 1978年9月15日
ゲスト:三浦真弓 御木本伸介 黒部進 大林丈史 他


唐十郎の素性が早くもこの回で明らかになる。七年前、大手の魚問屋・上総屋で板前として奉公していた唐十郎には、お静(三浦真弓)という許婚がいた。またまた姉さん女房出現だ。そのお静が上総屋に犯されて逆上した唐十郎は、止めに入った者を刺して島送りになったのだが、その時に一緒だった三人組(黒部進・大林丈史・内田勝正)が今回の事件に絡んでいたため、つかまって拷問を受けることになる。いつもの悪役たち、そして必殺シリーズではいつも拷問を受ける沖さん。うさん臭い奴だと思っていた唐十郎の悲しい過去を知ったからくり人たちは、力を合わせて唐十郎を救い出してくれる。
助かった唐十郎は寝間で眠る上総屋に静かに針を向ける。横には今や上総屋の妻となったお静が何も知らずに寝ていたが、ラストの唐十郎は無表情のまま夜道を去って行くだけだった。

山田五十鈴さんがお雛様のように美しい。宇蔵に「ヤキモチを焼くんじゃないよ」と言っている位だから、お艶と宇蔵の二人にはちょっとした関係があるのかも知れないし、「小娘じゃあるまいし」という割には唐十郎のことを気にしている節もある。この手の美しさには年齢は関係ないようだ。ウルトラマンに憧れて育った私には、あのうりざね顔も羨ましく思えた。唐十郎と何かあっても不思議ではないという雰囲気があるのは、森光子・ヒガシ君を見慣れたせいか?

堅気だった頃の唐十郎の髪型が、鶴吉を思い出させてくれるのが嬉しい。

この回は週刊TV番組に台本が丸ごと掲載されたが、彼らの武器に名前があることを初めて知った。以下の通り。

お艶の三味線 = “必殺からくり三味線”(そのまんまやないか)
うさぎのザル = “火焔盤ザル”(円盤のように飛ぶから)
宇蔵の魚籠 = “必殺頭蓋骨割りビク”(雁之助氏曰く「悪人がビクビクするというわけです」うぎゃあ〜)
唐十郎の釣竿 = “瞬間屈伸式釣竿”(健康器具の名前みたい)
「この釣竿はひとふりすると5メートルも伸び、先端と手元に武器が仕込んである。「フェンシングみたいに振り回すんですが、カッコいいですヨ」と沖雅也は上機嫌」だって。

プロデューサーの仲川利久氏のコメントも掲載されている。
「『必殺からくり人』は三度目の登場ですが(実際は四度目)、今回も山田五十鈴さんを中心に旅芸人一座の殺しの行脚をお目にかけます。ただ、前回は三味線の低い響きを基調に話を展開させましたが、今回は世の中が不況の折でもあり、逆に安来節でパァーッと明るさを出していきたいと思っています。
(中略)出演者は山田五十鈴さん、芦屋雁之助さんというからくり人コンビを中心に、年齢的な面を考慮して選定しました。若い二枚目ということで沖雅也さん、女性の代表ということで高橋洋子さんに出てもらいました。皆さん期待通りの好演です。
(中略)雁之助さんの殺しのテクニックが話題を呼んでいますが、あれは少しでも殺しの臭いをやわらげようということです。

そうだったのか。確かにいったん頭蓋骨がパリパリ砕かれて潰れて、元に戻された顔が皺だらけというのをリアルに表現したら、食事中の人はぶったまげてしまうだろう。だからといって、皺を筆で描くだけで良いのか?


第五話「本所深川」
放送日: 1978年9月22日
ゲスト:花沢徳衛 青木義朗 阿藤海 他


この回からうさぎが真行寺君枝にバトンタッチ。高橋洋子と比べると、かなり色っぽくて女らしいうさぎちゃんだ。「唐十郎さん」と呼ぶ台詞にも、チーママ風な甘さが感じられる。
涼しげな長い羽織姿に編笠が一段と映える唐十郎。みかけはともかく、ストーリーとしては個人的に一番好きな回だ。「孤独なのに子供を愛する男」を演じさせたら沖雅也は天下一品だ。あの目でニッコリされたら、いくら子供でも虜になるであろう。

軽業一座から逃げ出して来た子供たちと老人・隼の俊次(花沢徳衛)が、悪代官・神尾主水正(青木義朗)と手を組んで両替商から金をだましとろうとする。河童に化けた子供たちに恐れをなして逃げた両替商たちだが、俊次は神尾 に殺され、子供たちの命も狙われる。からくり人たちは子供に目をつぶらせておいて仕置を完了するのだが、金は自分たちのものだと主張する子供たちの説得役に回ったのが唐十郎だった。長い台詞だが全部記録する。

「夢ってえのは大切にしなきゃいけねえよ。その夢にかけた梯子が泥の梯子だったら、登ろうとするおめえたちまで汚れっちまうんだぜ。
盗んだ金じゃあ夢は買えねえんだ。悪い奴等の血で汚れた金じゃ絶対に夢は買えねえんだぜ。わかったか。
よし、肩組め。さあ!こうやって六人力を合わせりゃ何だって出来るんだ。夢ってのは銭で買うもんじゃねえ。」
そういって、子供たちに財布を差し出す唐十郎だが、子供は「施しは受けねえ」と拒絶する。
「馬鹿野郎。いいか、こいつはやるんじゃねえ、貸すんだ。俺は人に金を恵んでやるほど金持ちじゃねえや。おめえたちが大人になったら、どこに行ったって必ず取り立てにいくからな」

そういって微笑む唐十郎は、その後何事もなかったかのように、スタスタと江戸へ戻るのだった。

「沖雅也 in 太陽にほえろ!」で岡田晋吉プロデューサーが
『何故、今、自殺なのか。と、怒りさえ憶える。スコッチ刑事は、その画面の中でいつも被害者や加害者に対し、生きることの喜びを説いてきたのではなかったか』
と書いているが、私にとってはスコッチを越えて沖雅也という人そのものが夢であり、自分の幸福より優先したい人だった。夢や希望を売る、そんな仕事に携わる人間がファンのことをちっとも省みないまま、一人で死を選んでしまったことに腹立たしさを感じることがないといえば嘘になる。何枚もあった遺書に、一言でもファンについて触れてくれたことがあるか。「沖雅也としてではなく、日景城児として死んでいきます」とは、一体どういうつもりだ。ファンは沖雅也のと日景城児を100%分けて好きになっていたとでも言うのか。
本放送では「いいシーンだな」という程度の認識しか持たなかった上記の台詞だが、亡くなった後の再放送では、そんな怒りが湧いた言葉だった。だから、私は今、沖さんにこう言いたい。
「馬鹿野郎。いいか、私は諦めるんじゃねえ。待つんだ。私はあんたに死なれて平気でいられるほど愛情に満たされていねえや。私があの世に行ったら、どこにいたって必ず会いに行くからな。拒絶するなんて許さないからな」


第六話「下目黒」
放送日: 1978年9月29日
ゲスト:南条豊 亀石征一郎 村田みゆき 他


目黒のお狩場が舞台。1983年版「大奥」の『上様はさんまがお好き』でも目黒が舞台になっているが、目黒も昔はこんな田舎だったのかと驚いてしまう。もっとも原宿も戦前は牛が歩いていたというから、目黒の都市化も戦後のことなのかも知れない。目黒川といえば今や立派なドブ川だが、ここで出て来る目黒川はうさぎちゃんが水浴びをする清流だ。

この回でも唐十郎は好青年ぶりを発揮していて、恋人を人質に取られた友吉(南条豊)が飛び出て行こうとするのを止めようとしている。
「生き残ってこそ本当の幸せがあるんじゃねえのか」
第五話同様、沖さんがこの世にいないことを愁う日は、この台詞に「君に言われたくない」と返してしまうのだが、ちょうど私の小鳥が死んだばかり(2004年4月1日)なので、鷹の鳴く姿が死んだ時の姿を思い出させる。死というのは誰にでも必ず訪れるものであり、それが自殺であっても、運命なのだと今はしみじみ思う。


第七話「駿州江尻」
放送日: 1978年10月6日
ゲスト:真木洋子 辻萬長 今井健二 他


あぶり出しで赤くなった物や人、あるいは場所から殺す相手を探し出すという面倒な方法は続けるが、とうとう唐十郎が「北斎さんの話では・・・」と事件のあらましを冒頭で説明する。聞き込みにも積極的に回り、一座と馴染んで来た様子を見せるのが頼もしい雰囲気だ。個人プレーの市松を知っていると、この頼もしさがますます光る。ただし、市松のように色気は売り物としないのだが、それも清潔なイメージでなかなか良い。

あの顔と風体であちこち聞き込みに回ったために、すぐに怪しまれて逆に張り込みをされる。一座の者たちと共に宿で相談中、外で聞き耳をたてている者の気配を感じた一同の動きが面白い。お艶が「さ、お稽古だよ〜」と、いきなり三味線を弾き始め、太鼓の音が響く・・・そして遠慮がちに踊る唐十郎がツボだ。

事件の鍵を握る哀しい運命の女・お京(真木洋子)の妹が人質となり、お艶は自分でみつけた交換の品をあっさりお京に渡してしまう。脚の悪い妹のために、殺されることを知りながらお京は敵の元に向かうのだから、尾行して彼女を守ることが出来たのではないだろうかと思うが、彼女が刀でばっさり切られてから疾走して来た唐十郎が現れる。早業で殺しまくる唐十郎とバタバタと倒れる敵。でも遅かったじゃないの。必殺のお約束だから仕方ない。怒りに手袋の紐を口でくわえて震える姿も絵になるので許すことにする。


第八話「甲州犬目峠」
放送日: 1978年10月13日
ゲスト:中村孝雄 勝部演之 江幡高志 他


相変わらず自分で運んで来た絵のあぶり出しの結果を一緒に見ようとしない唐十郎には、何か訳でもあるのだろうか。みかんの汁をつけているところから知っているのだろうか。それにしても、あぶり出しをする時になると、ちょっと離れたところでポーズを取るのが解せない。意外とナルシストなのだろうか。とうとう今回の唐十郎は、殺された者のダイイング・メッセージまで語る。ますます絵はほんのにぎやかしだ。

はやり病の痘瘡患者が入ってしまったために閉鎖・売却を余儀なくされる温泉だが、そこは良質の銅が沢山眠っている場所だった。事情を知ったお艶と宇蔵は、痘瘡患者になりすまして湯治場にに入り込む。顔にボツボツをつけるのもいとわない山田五十鈴に妙に感心してしまった。


第九話「深川万年橋下」
放送日: 1978年10月20日
ゲスト:岡崎二郎 木村元 横森久 井原千寿子 他


元武士たちがお家再興のために、やくざと「人質賄い」という何だかよくわからないシステムで人質を交換しあい、結局元家老が儲けているという話。 やくざの雷(いかずち)党の本間左近を演じている岡崎二郎氏は、沖さんとは日活時代のチンピラ役仲間だが、今回は首筋を後ろからグッサリひとつきされている。
今回の殺しはひと味変えてあり、唐十郎は籠に乗って登場。まずは赤い手袋だけを空につき出す形で見せ、その後ご丁寧に手を裏返して見せる。黙って見せられている方の立場になってあげてほしい。さらに桃太郎侍ばりの大立ち回りを演じており、左手で左近を刺しながら右手で釣竿を伸ばしての殺しという大技を見せる。宇蔵は畳を押しながら現れるし、お艶も吹き矢という新技を披露する。うさぎはうまくもない歌を歌うし、鈴平は・・・犬の泣き声か。
北斎の絵の中に溶け込んで行く姿が美しい。


第十話「墨田川関屋の里」
放送日: 1978年10月27日
ゲスト:草薙幸二郎 住吉道博 他


走る馬を赤く光らせた図。北斎は実に事件をよくみかける人であり、そこから事件の真実まで知って殺す相手を指示しているのだから、立派な必殺メンバーの一人と言って良いかも知れない。お艶が「それにしても、こういう成り行きになることまで、よく分かったねえ」という台詞もごもっともだ。

今回唐十郎が殺す相手は剣の達人ということになっているようで、藁束を斬るシーンまで儲けて対決ムードを高めたかったようだが、もうひとつ相手に迫力がなかったため、いつもの殺しの枠を出なかった。最近の唐十郎は、ほとんどの場合短剣を使用しており、やはり錠、市松同様首の後ろの急所フェチらしい。


第十一話「甲州三坂の水面」
放送日: 1978年11月3日
ゲスト:山本清 深江章吾 高杉早苗 佐野アツ子 他


終盤に向かって何故か眉毛が濃くなる唐十郎。同時期に放映されていた「姿三四郎」も弟の鉄心として登場した頃だったから、沖縄の山から出て来たという鉄心の役づくりのために眉毛も揃えずにいたのか?

湖に映った富士の山頂が赤くあぶり出されたため、鈴平は水中に潜るようにうさぎに言われるのだが、しぶる鈴平に「唐十郎さんだったらスイスイ泳いでみせるわよ」というのはひどい。スイスイ泳げるのだったら自分で泳げば良かったのに、上から場所を指示するだけというのはいかがなものか。
庄屋役の山本清氏は「はぐれ刑事」で最後まで沖さん演じる影山をかばってくれた先輩だったので、いくら年貢の上乗せをしていたとはいえ湖に沈める唐十郎が無情な人に思えた・・・と、他の作品とつなげ始めたらきりがないのでやめておこう。


第十二話「東海道金谷」
放送日: 1978年11月10日
ゲスト:今出川西紀 田口計 梅津 栄 松山照夫 他


市松と比べると真面目な青年というイメージだった唐十郎だが、ここへ来て人格を疑うシーンが冒頭に登場する。唐十郎と鈴平が川を渡るために渡し人足に頼み、唐十郎一人がちゃっかり「 」に乗っている。さらに、どうしても急いで川を渡りたいという女が人足に下品な言葉をかけられながら肩車をして川を渡るというのに、交替もせずにみつめているだけだ。いくら大事な図面を濡らしたくないとはいえ、意外と冷たい奴なんだなあと思ってしまった。
だからかも知れないが、その女は唐十郎には心を開かず、優しくしてくれた宇蔵に真実を語るのだ。
今回は連続殺し技を駆使し、最後は「おめえの商売闇渡し、俺のは闇殺し!」というなんだかとってつけたような台詞つきだ。 今出川西紀さんは「必殺仕置人」の記念すべき第一回のゲスト。そしてどうでも良いが、「東海道金谷」はお茶漬け海苔のおまけでよく出てきた絵柄。


第十三話「尾州不二見原」
放送日: 1978年11月17日
ゲスト:中島葵 山本亘 他


やたら派手な着物で登場した唐十郎。女に優しく(銃の音をきいて女だけかばう)、水に入って死のうとする女に、一緒に水に浸かって「さあ、死んでみろ」と手を差し伸べる。走れば着物が大きくはだけるし、どうりで当時後援会に行くとオネエサマが多かったはずだ。今だったらさしずめ『抱かれたい男』というのにランクインするであろうと思われる。ただし、例のごとく彼女の命を救うには間に合わない。走るの早いのになんでだ?

「結局、流されて生きるのが一番利口なんですかねえ」という台詞が、時代を超えて訴えかける。


第十四話「凱風快晴」
放送日: 1978年11月24日
ゲスト:清水紘治 早川雄三 他


最終回に北斎とおえいさんが戻って来る。ただし、版元の永寿堂の姿はなく、いつの間にかお艶たちと顔見知りになっている。新しい版元の梅屋は依頼人ではないのにからくり人たちの裏の仕事を知っているのもおかしいし、突如登場する殺し屋志望の浪人・赤星銀平(清水紘治)との対決に、唐十郎が異様なまでの執着をみせるのも不思議な感じだ。彼が殺された時の「お侍さん、俺との約束はどうなるんだ?」という唐十郎の台詞には、愛着すら感じられる。
清水紘治氏は「姿三四郎」でも同じような退廃的な殺し屋で登場する。同時期の撮影でもあり、偶然とは思えない。でもきっと偶然なんだろうな。

殺された北斎を偲んで外の風にあたる娘のおえいさんを、後ろからそっと見守る唐十郎。恋人との事件さえなければ、真面目で優しい青年として生きていたであろう。全てが終わって旅を続ける一座だが、彼の姿はない。

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