沖縄戦で集団自決を巡る議論について



今、沖縄県で軍の命令あるいは軍の関与で多くの住民が自決に追いやられたことについて議論があります。実をいうと、この議論は1980年代から90年代にかけて家永教科書裁判で既に決着がついたことです。ただ、否定派が事実を認められずに、論破されたことを持ち出しているだけです。そのことを説明します。

軍命の定義



「集団自決というのは日本軍の圧倒的な力による強制と誘導によって起きた肉親同士の集団殺し合いであり、言葉の本来の意味において集団自決はなかった」と厳しく反論し、住民の「集団死」と天皇軍隊による住民殺害は同質同根であることを事実を挙げて立証した。(安仁屋政昭編「裁かれた沖縄戦」P8)

つまり、住民は自らの意思でなく、軍によって追い詰められて自決を強いられたってことです。

例えば、渡嘉敷村では、米軍に保護された沖縄県民が渡嘉敷村民に降伏勧告が来たら、軍はその人間をスパイとして殺してしまったのです。

15,6歳の少年二人が日本軍によって銃殺された。二人の少年は恩納河原の玉砕の時、負傷し、人事不肖に陥ったが、のちに意識を取り戻して、彷徨しているうちに、米軍にとらわれ、降伏勧告のために赤松の陣地にやられたのが、運のつきだった。彼らは、自決の場所を逃げ出したいう理由と、米軍に投降し、米軍に意を通じたという理由で処刑された。(「鉄の暴風」P39)

他にもこうした例はあります。

「当時防衛隊に入った大城徳安という国民学校の訓導は、島では身寄りのない身重の婦人や子供たちの安否を気遣い、部隊を離れて家族の許に行った。その結果、彼は日本軍に逮捕され処刑されたのである。私の又従兄弟(15歳)と彼の又従兄弟(16歳)の二人は、自決で怪我をして米軍に保護され治療を受けたあとに、山に戻って来た。我々住民と生活をともにしたいという思いからである。彼らは日本軍本部(赤松隊長)に呼び出され、米軍に通じたという理由で殺害された。  また米軍から日本軍陣地へ、降伏勧告状を携えて派遣された伊江島の青年男女6名も同様に殺害され、一人一人が掘らされた穴に埋められた。(中略) (その他にも)戦争のために精神の異常をきたした住民が殺害されたという悲話もある」(安仁屋編「裁かれた沖縄戦」)

捕虜になることはできない、追い詰められた住民は自決する以外に道を見出せなかったのです。 だから安仁屋政昭氏は集団死と軍による住民虐殺は同質同根だと言っているのです。 ちなみに同じ国家機関でも、文部省とは異なり、厚生省では集団自決を自主的な死とはしておらず、「日本軍による強要ないしは誘導、追い詰められた死」としております。

曽根綾子氏のいかさま



『ある神話の背景』が出版された1973年には、曽根綾子氏の主張が事実に反することを立証する証言が出ていた。渡嘉敷村の兵事主任であった新城真順氏(戦後、改姓して富山真順)は、「日本軍から住民に対して自決命令が出ていたこと」を明確に証言している。新城元主任の証言の要点は、つぎのとおりである。

。隠坑苅鞠3月20日、赤松隊から伝令が来て兵事主任の新城真順氏に対し、渡嘉敷部落の住民を役場に集めるように命令した(非常呼集)、新城真順氏は軍の指示にしたがって17歳未満の少年と役場職員を役場の前庭に集めた。

△修了、兵器軍曹とよばれていた下士官が部下に手榴弾を二箱もってこさせた。ひとり一箱を担ぐのが精一杯であった。兵器軍曹は集まった二十数名手榴弾を二個ずつくばり訓示した。「米軍の上陸と渡嘉敷島の玉砕は必至である。敵に遭遇したら一発は敵に投げ、捕虜になるおそれのあるときは、残りの一発で自決せよ」

3月27日(米軍が渡嘉敷島に上陸した日)、兵事主任に対して軍の命令が伝令によって伝えられた。それは「住民を西山陣地近くに集結させよ」というものであった。駐在の安里巡査も集結命令を住民に伝えてまわった。

ぃ碍遑横呼、恩名河原(おんながわら)の上流フィジガーで住民の「集団死」が起きたが、そのとき、防衛隊員が手榴弾を持ちこみ住民の「自殺」をうながした事実がある。死者は329人にのぼった。
沖縄出張尋問が終わったあと、富山真順氏は編者(安仁屋)に対して次のように語っている(1988年3月30日)「玉砕場のことは何度も話してきた。曽根綾子氏が渡嘉敷村の取材に来た1969年にも、島で唯一の旅館であった『なぎさ旅館』で、数時間も取材に応じ事実を証言した。あの玉砕が、軍の命令でも強制でもなかったなどと、今になって言われるとは夢にも思わなかった。事実をゆがめられていることに驚いている。法廷の皆さんにも真実を訴えるためにも、私の証言を再確認する次第である」

(安仁屋正昭著『裁かれた沖縄戦』P68〜70)

ところが、曽根氏は自らの著書に富山さんの聞き取り調査で知りえた事実について書き記しておりません。自説に都合が悪いから無視したんでしょう。これをペテンと言わずして何をペテンと言うのでしょうか。