結城神社(ゆうきじんじゃ)

旧別格官幣社
御祭神は、結城宗広公です。

結城宗広公は、後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕運動に参加し、新田義貞公とともに「建武新政」の樹立に貢献。
南北朝時代にも、南朝方として北畠親房・顕家親子とともに足利軍を退けるなど武勲をあげます。
その後、足利尊氏により京都が制圧されると、一時奥州に逃れるべく船を進めますが、暴風雨にあい難破。
この結城神社鎮座地で没したと伝えられています。享年73歳。

当初は塚の上に六体の地蔵が安置され 「結城塚」と呼ばれていましたが、1824年「津藩主・藤堂高兌」により
社殿が造営され結城神社と呼ばれるようになり、現在に至ります。
結城神社
三重県津市藤方2341


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境内の神池
梅苑内に祀られた、結城医王大明神
拝殿
参道。この先を左に曲がると社殿がある。
地図
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梅苑内に祀られた、福松稲荷大明神
結城神社の一の鳥居
伊勢湾・阿漕浦より500mほど内陸に入った地に鎮座。
参拝は2009年9月23日
tel:059-228-4806
伊勢湾・阿漕浦の砂浜
結城神社から約500m離れた場所には伊勢湾が広がる。
かつて奥州へ逃れようとしていた結城氏の船が難破したのが、
この伊勢湾と伝えられている。
苑内のしだれ梅
墳墓の左に結城医王大明神(地主神)の社
地元の方からは「塩釜さま」とも呼ばれている。
梅苑内にある、ご祭神・結城宗広公の墳墓
社殿の向かって左手には梅苑が広がる。
結城神社は「しだれ梅」の名所として有名、とのこと。
御本殿
拝殿前、左右に狛犬。
境内。中央に拝殿。