海外探検記

海外に行く決心した理由
 日本とは、どういう国だろうか。今、あなたが感じる日本は、世界の中でどのような立場にあるのだろうか。
日本の中から見た日本と、日本の外から見た日本を、ここでは割愛するが、僕は客観的に日本という国を発信できる日本人の一人だと自負している。

 一年間の旅を決心した動機は、若い時にしかできない、又、若いからできる、との想いから、また、日本を外から見つめたい時間がほしかったこと。さらに付け加えると、団体行動を始め協調性を柱にした日本の教育から、個人の能力を尊重する海外の教育事例に憧れたから。

 訪問先については、ワーキングホリデーとして、日本と提携国(アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、など)を考えたが、よくよく話を聞いてみると、そのような提携国では、日本人がうじゃうじゃおり、よっぽど信念を持っていないと、異文化・異習慣・異言語のコミュニケーションは不可能だとのこと。
 そのような現実もあり、最初の訪問国をメキシコにした。

 出国前に自分の中で決めていたことは、
@ 海外では日本人同士の付き合いをさける
A 日本人がいくような所にはいかない(貧乏旅行なので、おのずと安全地帯へは、行けない)
B 日本語は使わない
です。


海外で経験した一部分を抜粋
 異国の地、ベニート・ファレス国際空港に真夜中について、税関を通過し、ターミナルを出た瞬間。鼻髭はやした巨漢のメキシコ人が、僕のバックパックを無理やり引っ張ろうとするや、塊となるが、僕も必至となるや、夢中で逃げ通した(後でわかるが、いわゆる、白タクと呼ばれる人たちであった)。

 異国の地にいた期間は、1995年3月21日〜2001年4月27日の6年とちょっとに及ぶ。生死をさまよう危険なことには何度となく遭遇 {国境でのゲリラ襲撃、首都での流血事件、警官による拉致事件、仕事で大事故(救急車で移動約500kmは前代未聞)}。自分の身は自分で守れ、安全はタダではない、警察を信用できない、、、僕が肌身に感じたことである。

 異国の地では、中南米を旅し、また、仕事を始めてからはメキシコを中心にヨーロッパへ足を運んだこともあり、訪問国は30を超える。

 これを読んだあなたへ。海外を恐ろしい所と感じますか。日本で生活しているような感覚で行くならば、正直恐ろしいです。日本では当たり前でも、海外で日本の常識が通用することなんて、殆ど皆無です。
要は、”郷に入れば郷に従え”です。

若いあなたへ伝えたいこと
 あなたには、若い時に寄り道をする勇気を持って、可能性に挑戦してほしい(学校を卒業して、会社に就職して、結婚して、子供をもうける、このようなライフスタイルは一般的であり、諸君の親御さんもそのような既定路線をのぞまれていると思うが、それで良いのか)。 
 海外では、様々な国の現地の方との交流や、あなたと同じような外国からの旅行者に出会うが、そのような人とのコミュニケーションにより、さらに世界の中での日本の立ち位置が解ってくるのではないだろうか。
 
 あるイスラエル人との出会いで、一こま紹介する。彼とは、中米のガティマラとホンジュラスの国境を陸路にて横断した。イスラエルは、地政学的に海を除いて仮想敵国(建国を認めていない国がある)に囲まれている。兎に角、交渉に長けている。弱みを見せない。強い。小国が生き延びている現実を、この旅行者を見て納得した次第だ。
 あなたが、日本人としての誇りが持てない、自分に自信がない、と感じているならば、一度、外の世界を見聞する時間を持ってほしい。それによって初めて日本を客観的に見つめられるようになり、その後のあなたの進む道も開けていくものと思うからだ。
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