デートDV ドメスティックバイオレンス

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 ドメスティックバイオレンスデートDV被害者救済運動の裏側を暴く。
(DVでっち上げ、DVシェルターの虐待、女→男の暴力、DVナンパなど関連情報を募集中)
  1. 章.DVの定義や取り決め
    1. DV(ドメスティックバイオレンス)の定義
    2. DV被害者救済の対象(なぜ女性だけを救済)
    3. 定義と利権の関係
    4. ジェンダーバイオレンス(gender violence)
    5. デートDVとは
    6. 小出しのドメスティックバイオレンス用語・政策
    7. DV冤罪を生み出す構図
  2. 章.DV離婚産業とDV離婚犯罪
    1. 離婚の口実となったDV
    2. 別れさせ屋と復縁屋
    3. 弁護士とDV特需
    4. 夫婦共犯の偽装DV離婚
    5. 夫婦共謀でっち上げの例
    6. 痴漢冤罪とDVでっち上げの共通点と相違点
  3. 章.DV(ドメスティックバイオレンス)理論のカラクリ
    1. カウンセリングの間違い
    2. 男女の体力差
    3. 物真似理論
    4. 誘導尋問・洗脳
    5. 思い込み
    6. 暴力のサイクル
    7. スタインメッツ調査
    8. 文化との関係
    9. 別れない理由「共依存」の嘘
  4. 章.DV被害者とDV加害者の性別
    1. 調査の方法
    2. DV被害者の性別と被害の程度
    3. 男性DV被害者の数(意外に多い男性のDV被害者)
    4. 激しく増えるDV被害者の謎
    5. 犯罪者の男女比
    6. 女対女の暴力
  5. 章.DV加害者の職業
    1. DV加害者のタイプ
    2. 男性警察官は4倍DV加害者になり易い?
    3. 無職・暴力団関係者・建設作業員が少ないのはなぜ?
  6. 章.DVシェルターの実態
    1. DVシェルターの費用対効果
    2. DVシェルターの透明性
    3. DVシェルターは必要か
    4. 暗黒のDVシェルター
    5. DV加害者再教育プログラムの実態
  7. 章.デートDV
    1. デートDVの定義
    2. アウェアの実態
    3. デートDV教育
    4. デートDV危険度チェックリスト
    5. 内閣府のデートDV調査
    6. オヤジ好みのデートDV運動
    7. 男の30%女性から暴力を受ける
  8. 章.DV行政の実態
    1. 口先だけの行政
    2. 11月のDV月間
    3. 講師の質
    4. 放置されるDVナンパ
    5. 定額給付金騒動
  9. 章.マスコミの責任
    1. ブームへの便乗
    2. テレビ
    3. 北海道新聞
    4. NHK
    5. 週刊ポスト
    6. アエラ(AERA)
    7. 藤原紀香と陣内智則のDV騒動

まえがき

 ドメスティック・バイオレンスに興味を持ち、いろいろと調べてみた。その結果、従来の研究や著名人の説について様々な疑問を感じた。
 例えばDV被害者救済活動家と称する人による「男性被害者は極めてまれ」という証言をよく耳にするが、カラクリがあってDV相談数が極めて少ないだけの話だ。これは当たり前であって実際に男性のDV相談を受け付けている機関は殆どないからだ。後で詳しく述べるが夫婦間暴力の被害者の3〜4割が男性なのだ。
 歪められたドメスティックバイオレンスやデートDVの定義の確認や運動が悪い方向に行かない様に監視が必要だ。
 ここではDV(ドメスティックバイオレンス)及びデートDVに関する行政や運動の問題点を徹底的に検証する。

DVやデートDVの定義や取り決め

DV(ドメスティックバイオレンス)の定義

 まず最も基本となるのが言葉の定義である。これが定まらないことには話が進まない。
 ドメスティック(domestic)とは「家庭内の」という意味だ。バイオレンス(violence)は暴力だ。直訳すると「家庭内暴力」になる。しかしDV(ドメスティックバイオレンス)活動に取り組んでいると称する人などによって使われるDV(ドメスティックバイオレンス)は別の意味で使われている事が多い。定義がばらばらでありジェンダーフリーと同様に曖昧さがある。
 一般に使用されている「ドメスティック・バイオレンス」や「DV」は、法令等で明確に定義された言葉ではない。内閣府による次のような解説がある。
「ドメスティック・バイオレンス」とは英語の「domestic violence」をカタカナで表記したものです。略して「DV」と呼ばれることもあります。
「ドメスティック・バイオレンス」とは何を意味するかについて、明確な定義はありませんが一般的には「夫や恋人など親密な関係にある又はあった男性から女性に対して振るわれる暴力」という意味で使用されることが多いようです。
ただ、人によっては、親子間の暴力などまで含めた意味で使っている場合もあります。
内閣府では、人によって異なった意味に受け取られるおそれがある「ドメスティック・バイオレンス(DV)」という言葉は正式には使わず「配偶者からの暴力」、「夫(妻)・パートナーからの暴力」などという言葉を使っています。
 私が知っているだけでもドメスティックバイオレンスには次の三つの意味がある。
@家庭内暴力
A夫婦間暴力
B夫や恋人など親密な関係にある又はあった男性から女性に対して振るわれる暴力
 DV(ドメスティックバイオレンス)を文字通り直訳した本来の意味が@だ。
 DV防止法による解釈では妻から夫への暴力も含めた夫婦間相互の暴力とされているのでAの意味として使われている。しかし、新聞などではBの意味で使われる事が多い。Bの定義を採用した場合、当然ながらDV被害者は女性だけになる。
 ドメスティックバイオレンスの講演会で講師が「ドメスティックバイオレンスは夫や恋人など親密な関係にある男性から女性に対して振るわれる暴力として使われるのが一般的で、家庭内暴力はファミリーバイオレンスと呼ばれる」と説明しているのを聞いたことがある。しかし、ドメスティックバイオレンスを家庭内暴力と解釈したり訳したりするのは必ずしも間違ってはいないようだ。言葉のイメージからするとむしろ「家庭内暴力」の方がよほど自然であり、定義もすっきりしている。
 要するに全然違う意味のドメスティックバイオレンスが複数あり、個人や団体が自分の都合で勝手に好きな意味で使っているのが現状だ。
 政府がドメスティックバイオレンスの定義について関知しないというのも無責任な話だ。それなら最初からドメスティックバイオレンスなる言葉を使わなければよかったのだ。ジェンダーフリーと同様に安易に外来語を使えばトラブルが発生することは分かり切っていた。しかしながら、政府が「我関せず」という態度に徹する以上使う側が何らかの対策を立てなければならない。
 だからドメスティックバイオレンスという言葉を使う場合に、どのドメスティックバイオレンスかを明確にする必要がある。

DV被害者救済の対象

 前項で述べた通りDV(ドメスティックバイオレンス)の定義は様々だ。当然の帰結として被害者の定義も様々であり、救済の対象をどの範囲に絞るかが大きな課題となる。
 既に述べた通りドメスティックバイオレンスの定義として「夫や恋人などの男性から女性に対する暴力」と説明する人も少なくない(そのうち恋人など未婚者間で起きるものがデートDVと呼ばれている)が、二〇〇一年四月に成立した最初のDV防止法では救済の対象は配偶者から暴力を受けた人(男性も含む)だけとなっている。
 DV防止法はこれからも頻繁に改正されると思われる。未婚の恋人などを救済の対象に入れるかどうかが問題になるが、入れるのなら恋人かどうかの判定が問題となる。もし恋人も救済の対象とするなら恋人同士であることを一体誰がどう決めるのだろうか。被害を訴える女性が「彼は付き合っている恋人だ」と主張すれば全面的に認めるのなら、対象とする被害者や加害者の範囲がどんどん広がっていく可能性がある。例えば、女子学生と担当の教授。通常は「君と僕は恋人同士で付き合っている」などと言わないし、まして恋人同士であることを確認する文書に署名することもないだろう。
 女性だけをDVシェルターに収容すればよいのかという疑問もある。DV(ドメスティックバイオレンス)活動家が自腹を切って個人的に活動しているのなら、女性だけを収容しようと構わないが、国や自治体から助成金を貰っているとなると話は別だ。男性だって税金を払っているのだから、DVシェルターに男性を収容するかどうかについては男性の意見を無視する事はできない。被害を受けている比率に応じて男性もDVシェルターに収容すべきではないのか。このような意見は何も男性の側だけから出ている訳ではない。女性からもそうすべきだという意見がある。男性をDVシェルターに受けいれないというのは、男性に対する差別というだけでなく、多くの心有る女性まで傷つけてしまう事になる。
 男性は救済の対象にしないが同性愛者は救済の対象にする公的機関の例もあると聞いている。しかし、これも妙な話だ。なぜなら男性被害者は数が少ないという理由で実質的には救済の対象になっていない(DV防止法では男性も一応救済の対象になっている)のに何故被害者がもっと少ない同性愛者が救済の対象になるのか。しかも、同性愛者間の暴力は「男による力の支配」とは何の関係もないからだ。同性愛者を救済の対象に加えることに反対はしないが、もし加えるならば「男社会による支配の構造」を理由としたDV(ドメスティックバイオレンス)理論の前提が大きく崩れてしまう。
 また、家庭内暴力には親子間暴力や兄弟姉妹間暴力もある。その人たちを無視する理由も不可解だ。
 姉から暴力を振るわれたと訴える女性がDV(ドメスティックバイオレンス)運動のあり方について不満を唱えていた話を聞いたことがある。なぜ男性が加害者で女性が被害者の時だけ大騒ぎするのか。もし女性に対する性差別をテーマにしているのであれば、女性から女性への暴力に対しても配慮すべきではないだろうか。「反撃される可能性が低いから」という理由で女性を暴力の標的とする女性は少なくないからだ。
 そう考えるとどんどん救済の対象が広がっていく。

定義と利権の関係

 ここまでの話で「細かい定義の問題でけちつけるなんて小ざかしい揚げ足取りの議論だ」と思う方がおられるかもしれない。しかし、ニートやジェンダーフリーやドメスティックバイオレンスなど大きな社会問題となりマスコミや国会でも大きく取り上げられている用語(特に外来語の場合問題が起き易い)は定義の仕方によって巨大な利権が絡む場合が少なからず存在し、国家の命運を左右すると言っても過言ではない。
 ニートの例で説明する。インターネットのフリー百科事典であるウィキペディアには次のような解説がある。
「ニート利権」と呼べるものも発生している。新しい概念を把握したとして売れっ子になった玄田有史を始め、他の学者も概念の発生時は思い思いに「ニート」で社会問題が出たとして本を売り顔を売ったし、教育者や年配者の中にも若者叩きのためにニートを利用したり果たまた過剰な体罰を行っていたとして知られる戸塚ヨットスクールの戸塚宏が保釈後すぐに「ニートは教育の問題」とし自分らの教育によって立ち直らせることができるというような発言をするなどし、また国の各省庁も予算を取るために「ニート対策」を打ち出しているが、ニートの把握が十分になされていたとはいいがたい。
 ジェンダーフリーでもブームに便乗して落語家が自治体の講師として続々と参入する事例があったが、このようにブームに便乗する「にわか講師」が現れるのは世の常である。これが評論活動で小遣いを稼ごうという程度であればまだかわいいものだが、各省庁のどこが主導権を握るかによって巨大な利権が動くことになる。
 管轄としては内閣府、文部科学省、労働厚生省など様々考えられるが、その際に肝心なのはニートの定義である。
 ニートにはもともと怠け者という意味はなく、むしろ国家の無策によって就業も就学も出来ない若者というイメージがあったようだ。しかし、日本では「労働意欲も学習意欲もない怠け者の若者」という意味で使われている。
 国家の怠慢と見るか若者自身の怠慢でみるかによって事情が大きく変わってくる。
 もし前者であれば、当然のことながら国の責任であるから国が責任を持って若者が就学や就職できるような環境を整えなければならない。しかし、後者であるとすれば、本人の責任だから「そんな連中のために必ずしも金を出す必要がない」という意見も出てくるだろう。
 労働対策として動く金は億単位を越えることは間違いないが、兆単位になる可能性もある。定義一つによって国家の命運をかけると言っても過言ではない巨大な金が省庁間で行き来するのだ。
 ドメスティックバイオレンスやデートDVも同様に定義し方によって業界や省庁が巨大な利権を得たり失ったりする。このように定義というのは極めて重大な問題であり、明確に決める必要がある。

ジェンダーバイオレンス

 第6回千葉県男女共同参画推進懇話会条例専門部会の議事録に次の様な記述がある
<事務局>
 まず、「ドメスティック・バイオレンス」(以下「DV」という。)を分かりやすく表現するというのは、例えば普通は「配偶者に対する身体的な暴力」とかいろいろな書き方がありますが、どうでしょうか。
 国では、「事実婚を含む配偶者からの身体に対する不法な攻撃であって、生命または身体に危害を及ぼすものをいう」というのがDVの定義になっています。
 最近、アメリカではDVとは言わないそうです。「ドメスティック」という言葉が誤解を生みやすい。家庭の中でというイメージがあります。家庭の中で行われるのではなくて、本当はGV(ジェンダー・バイオレンス)なんだと。
 ということで、DVという表現を極力避けてGVと言い始めたという話を私は聞きました。それで日本のDVの定義というのは狭過ぎないかと思っていますが、離婚した夫婦というのは、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(以下「DV防止法」という。)から外れるんですね。
 ここで書かれているように左翼フェミニストなどがよく使う「夫や恋人など親密な関係にある又はあった男性から女性に対して振るわれる暴力」という意味の言葉をドメスティックバイオレンスと呼ぶのはとても不自然なことである。
「家庭内では女性が被害者で男性が加害者である事が多いから」という言い訳もよくされるが、これも変だ。と言うのは家庭内においてはむしろ女性が加害者である比率が他の他の犯罪と比べ相対的に高いからだ。これは「最近の女は凶暴化した」とか「日本の男性は紳士だから暴力を振るわない」という意味ではない。暴力事件の加害者の大半は男性だが、一般的に女性の方が家の中に入る時間が長い。特に幼児を相手にした場合は圧倒的に母親の方が力が強い。
 そういう点で語源が家庭内暴力であるドメスティックバイオレンスという言葉を「男性から女性への暴力」と説明するのはかなり強引で不自然な感じがする。デートDVなる家庭内とは全く関係ない概念が強調される昨今においては一般に使われているDVが家庭内とはますます関係の無い方向に行っており更にDVの概念を分かりにくくしている。
 性差別意識に基づく暴力という意味であるジェンダー・バイオレンスという言葉を使った方がよほどすっきりする。意味的にも分かり易いだけでなく、この言葉の方が短く日本人にとって発音しやすい。中高年の中にはドメスティックバイオレンスの略語であるDVを「デーブイ」と発音する人もおり、「でぶ」に聞こえてしまう場合もあるというジョークのような話が出来上がっている。
 またDVはディジタル・ヴィディオの略語でもあり検索エンジンで調べるとディジタル機器関連の項目が上位にヒットしてしまい、コンピュータ全盛の昨今ではとても使いにくい言葉になっている。
 このように意味が分かりにくく発音もしづらく検索もしづらいDVという用語にこだわりジェンダーバイオレンス(GV)を使わない理由は恐らくジェンダーという言葉を使う事にためらいがあるからだろう。かつて飛ぶ鳥を落とす勢いだったジェンダーフリーという用語は「極端に偏った思想である」という右派の攻勢を受けて最近では殆ど使われなくなった。ジェンダーフリー運動には確かに一部に過激な活動があるなどの問題はあった。しかし、ジェンダー自体は単なる単語であり右も左も無く過激な思想とは関係ない。右翼だって「ジェンダーを使っていけない」とは言っていないし、そもそも右翼に気兼ねする必要も無い。
 国際化という事もあるし、正しい本来の意味を持つジェンダーバイオレンス(gender violrence)という言葉を使うべきだろう。

デートDVとは

「デートDV」なる言葉がいつ頃誕生したのかよく分からないが、2006年4月15日の時点でインターネットに「デートDVって何ですか?」という質問があるので、2006年前半には既にデートDVという言葉があったようだ。
 しかし、デートDVという言葉が定着するのには時間がかかり、よく耳にするようになったのは2007年後半辺りからだ。
 これについてもいろいろ調べた結果、統一的で明確な定義はなされていないが、ほぼ共通する凡その定義は次の通りだ。
 DVの定義を「夫や恋人など親密な関係にある又はあった男性から女性に対して振るわれる暴力」とした場合の夫婦間以外の恋人などの関係にある者の間で発生する暴力のことである。
 これもまた運動をしている人たちは「加害者は男性で被害者が女性」というイメージをやたらと強調している。
 家庭内暴力における夫婦間暴力の割合が際立って高い訳でもなく既に述べた通り、DV(ドメスティックバイオレンス)という言葉の定義自体が曖昧で不自然な物ではあるが、デートDVは輪をかけて不自然な言葉だ。前述のジェンダーバイオレンスを使えばすっきりするのだが、あくまでドメスティックにこだわる姿勢が話をややこしくしている。
 DV(ドメスティックバイオレンス)は英語の意味と日本で使われる意味がかなり大きく乖離してしまってはいるが、実際に英語としてそのような言葉は存在する。
 それに対してデートDVは完全に和製英語だ。家庭内とは全く関係ないのになぜ家庭内を示すドメスティックを入れなければならないのか理解に苦しむ。
 デート・バイオレンスで良いのではないだろうか。或いは「恋人の暴力」ならもっと簡単ではないか。字数も短くてすむ。なぜわざわざ特別発音しやすいわけでも分かり易い訳でもない「デートDV」なる言葉を使うのだろうか。単に良い言葉が思いつかなかっただけなのだろうか。
 この言葉が出てきた背景にはそれまでのDVシェルター運動家が中心の講演などが飽きられ始めたという事がある。何年にも渡り延々と女性の被害の深刻さとDVシェルターの必要性を代わり映えなく訴え続けてきた運動に対して聞き手の側が「また同じ話か」という印象を持ち始めたのだろう。DVシェルターの運営者がボランティアとしてのノウハウを伝授する講演をしているのであればともかく実際にはDVシェルターとDVの実態の単なる紹介だけを繰り返してきただけだから、聞いている方としてはこれ以上聞いてもあまり意味が無い。
 でもデートDVなる言葉を使った運動がそんなに流行るとも思えない。特に緊急性の無い事例をテーマとしている場合が多いからだ。また、外来語は飽きられ易いし、特に和製英語の場合はその傾向が強い。デートDVなる言葉の登場がDV運動を一気に崩壊させる可能性もある。

小出しのドメスティックバイオレンス用語・政策

 前述の「デートDV」なる言葉をはじめとしてモラルハラスメントやパワーハラスメントなど新たな用語が次々に登場し続けている。
 DV防止法や男女雇用均等法などの法律や政策についてもしょっちゅういじりまくっている。
 なぜそうするのか。「デートDVとは」の項で多少解説した通り用語の場合は一気に出してしまうと直ぐに飽きられてしまい、陳腐化してしまうからだろう。ウーマンリブやジェンダーフリーといった用語は一時的に運動を盛り上げる事に成功したもののすぐに陳腐化してしまい、後になるとむしろ「過去における狂気の運動」というイメージだけが残り、むしろ負の言葉となってしまっている。
 政策の方は暫く変える必要のないように制度を整えてしまうと、政治家や弁護士など関係者の仕事が無くなり儲からなくなるからだろう。
 せっかく作った言葉が長続きしない。新しい用語を次々に登場させる事は結果的に男女共同参画の足を引っ張っているだけである。

DV冤罪を生み出す構図

 朝日新聞2008年2月8日の生活面にDV(ドメスティックバイオレンス)に関する次の記事がある。
事実認定より「安全が第一」

 夫婦間の暴力を犯罪と明記し、被害者保護と自立支援を目指すDV防止法。内閣府の意見募集に反対意見を出した「真のDV防止法を求める会」を運営する男性(43)は「本当のDV被害者は、救われるべきだ。しかし、離婚を有利に進めるために、被害者だと主張する人もいる事を知ってほしい」と話す。
 首都圏の会社員(43)の場合、妻が2年前、息子を連れてシェルターに逃げ込んだという。前日妻とももみ合いになり、たたいたことが理由にされた。翌年、妻からの申し出でDV防止法に基づく保護命令が出たが、男性は即時抗告し、高裁で命令が取り消された。
 この男性は「妻は深夜に服を着ずにうろつくなどの奇行があり、詳細な日記をつけていたため、止めようとしただけでDVではないと認められた」という。
 別の男性(38)は「『DVじゃありません』と訴える機会もない」と話す。妻はDVを理由に子どもを連れてシェルターに入った。1年半、どこにいるのかも分からず子どもにも会えなかった。「出産にも立ち会いかわいがってきたのに」
 この会が求めるのは、妻だけでなく夫婦双方の話を聞き、DVかどうかの真実認定をすることや、DVの有無とは別に子どもとの面会を保障することなどだ。
 DV防止法による一時保護は、各都道府県の婦人相談所の所長が決定する。個性労働省の通知で、被害者の健康や配偶者からの追跡の恐れ、経済状態などを総合的に判断し、必要と認められる場合に保護することになっている。ただ、婦人相談所には本当にDVがあったのか調査する権限はない。「加害者に確認すると、どこの相談機関に行ったのか居場所が分かってしまうため、法の趣旨からも難しい」(厚生労働省)
 全国女性シェルターネット共同代表の近藤恵子さんは「被害者が逃げてきているという事実が、DVの明確な証拠。暴力的な関係の中で育った子どもも被害者だ。裁判所で面接交渉の取り決めが成立すれば父親に会わせられるが、加害者に居場所を知られないことが最大の安全である以上、シェルターにいる間の面会はできない」と話す。

 これを読んで妙に思うのは「加害者」とか「被害者」という呼び方だ。事実認定より「安全が第一」 というタイトルからすると収容前に警察や裁判所などでDVの事実を認定していないようだ。それなら被害を訴えた人が虚偽の申告をした可能性もある。裁判での判決はおろか警察での取調べすらしていないのに「加害者」とか「被害者」と呼ぶのはおかしい。DV加害者どころか正式な容疑者ですらない。
 また厚生労働省のいう「加害者に確認すると、どこの相談機関に行ったのか居場所が分かってしまうため、法の趣旨からも難しい」という理屈はDV相談機関の場所を知られたとしても被害を訴えた人の場所を教えなければよいだけの話だから全く筋が通っていない。
 全国女性シェルターネット共同代表の近藤恵子氏の「被害者が逃げてきているという事実が、DVの明確な証拠」という理屈にいたっては一体何の根拠があってそんな事を言っているのか理解に苦しむ。「加害者に居場所を知られないことが最大の安全である以上、シェルターにいる間の面会はできない」という理屈についてもDVシェルターの場所を教えなければよいだけの話で別の場所で面会する事に何か問題があるのだろうか。

DV離婚産業とDV離婚犯罪

離婚の口実となったDV

 離婚する人が裁判などで有利になる条件の代表として現在の日本では配偶者の浮気とDVの二つが最も有力な候補としてあげられる。相手の癖や体臭など比較的些細な欠点が嫌になって別れたくなったような場合、その理由を裁判所でそのまま主張してもわがままとして裁定が不利になりやすい。相手の浮気やDVがあれば割とすんなり別れられるが、浮気については相手がしてくれないことには口実として使えない。その点DVは容易にでっちあげる事ができる。DVの基準がどんどん緩和され、最近では「誰が食わしてやっているんだ」という軽い言葉の暴力でさえDVと認められるようになっている。
 素人の女性が離婚調停を有利に進めるために「そうだ。DV法を利用してやろう」と思うことはあるかもしれないが、現実問題として素人が法律の専門家に頼らずに独自で運用するというのはかなり難しいと思われる。
 離婚調停の専門家の中にはDV法を使った離婚を離婚産業が強力に後押ししているに違いないと見る向きも多い。
 果たしてその実態は如何なるものであろう。

別れさせ屋と復縁屋

 実際、「ドメスティック・バイオレンス」などキーワードでブログを見ていると探偵業などの別れさせ屋が堂々と工作事例を示している事が少なくない。
 次の様な驚くべき工作事例が公開されている。

Aさん:女性:22歳<配偶者(夫)との離婚工作をご依頼いただきました。> 主人とは、できちゃった結婚だったのですが、子供が生まれてからもだんだん彼のする事なす事が嫌になって。ちょっとしたクセでも目について同じ部屋にいても吐き気がするほどです。でもこんなことを言っても自分のワガママでしかないのかな?と思い、また子供の親権のこともありますので我慢をするしかないとあきらめていました。ですが、広告でこちらのことを知り離婚工作を依頼し、主人に女性を近づけて浮気をさせることができました。良かったです。

Fさん:女性:37歳<配偶者(夫)との離婚工作をご依頼いただきました。>
実は彼が出来まして、この人と一生を共にしたいと強く思うようになりました。勿論主人に言ったって、二人とも多額の慰謝料を請求されるに決まっていますし、子供も取られてしまうに違いありません。彼と話し合いしても、いつ離婚できるんだ!とケンカになるばかりで・・・。こちらに相談したところ、担当の方に私たちの仲はバレないようにというアドバイスも頂きました。工作も進み、主人は何も知らずに離婚届に判を押しました。勿論子供も私が引き取れることになりました。

 これが果たして違法にならないのか不思議なのだが、誰でも参加できる無料の「はてな」ブログで堂々と実名で宣伝している。
 別れさせ屋と対になっているのが復縁屋で同じ業者がやっている事も多いので、依頼者は金を二重に支払うという馬鹿な事をやっているわけではある。
 いずれにせよ配偶者のDVか浮気を工作するのが離婚産業の基本なので最近のDVブームはこれらの商売にとって大きな福音とも言える。
 この連中の良心はあまり期待できない。別れさせる事が大事なのであって、その後、依頼者が経済的に自立していけるかどうかまでは責任を持っていない。依頼者が良い条件で別れる事に成功したとしても、その後の人生を考えるとむしろ被害者とさえ言えるかもしれない。

弁護士とDV特需

 昨今のDVブームで最もご利益があったのは弁護士と言えるかもしれない。DVの相談はもちろんのことDV法をはじめとして何度も作り直しているDV関連法案や条例の制定自体も法律の運用を本職とする弁護士や法関連の学者などが中心となって進めてきた。弁護士にとって未曾有のDV特需と言えよう。
 東京弁護士会所属の鈴木隆文弁護士は麻鳥澄江氏との共著「ドメスティック・バイオレンスー援助とは何か援助者はどう考え行動すべきか」の中で「父親は不要である。父親はタネとカネを出したに過ぎない」と述べている。
 鈴木隆文氏は性同一性障害であることを告白している。性転換手術を済ませたらしいので彼女と呼ぶべきなのかもしれないが、この発言は常軌を逸している。いかに男が嫌になったといえ極端だし表現が下品だ。
 鈴木隆文氏は精子なしで妊娠した例を根拠に父親が不要であることを強調したり、精子銀行を使って出産した女性の例を引き合いに男性の存在意義が低下していることを指摘したりしている。しかし、それなら逆に言うと現代の技術では母体がなくても卵子さえあれば子は生まれるのだから母親もまた不要と言えるのではないのだろうか。
 DV被害者救運動は弁護士が中心となって牽引してきたが、この手の極論を唱える弁護士は多く、金が目的か本気なのか何れにせよろくなものではない。

夫婦共犯の偽装DV離婚

 妻によるDVでっち上げより更に厄介な問題がある。夫婦共犯の偽装DV離婚だ。
生活保護をめぐる不正は後を絶たない。場合によっては母子家庭の生活保護費として二十万円以上支給される事もある。生活保護費をもらえるかどうかは大きな問題だ。
 DV被害者と認定された女性は生活保護などの助成を受ける際にかなり有利になるそうだ。そこに付け込んでろくでもないことを考える夫婦が出てくると考えられる。夫婦が共犯になってDVをでっち上げるのだ。
 そうするとDV被害者と認定された女性は母子加給や生活保護などの認定を受ける上でかなり有利になる。夫はDV加害者と認定された事により多少の不利益をこうむることになるが逮捕や収監などされたとしても一時的な損失に過ぎない。慰謝料や養育費のやり取りは共謀者間で金が動いているだけだから両者を総合すると損はない。
 この場合、非常に厄介なのは実態が表に現れにくい事である。本当に別れて暮らしているかどうかは現実問題としていちいちチェックするのはかなり難しい。DVでっち上げのように夫が必死で無罪を訴え続ける場合でさえ今まで潔白が証明された例は一つもない。
 まして夫が加害を積極的に認めた場合に「彼は本当に加害者だろうか」などと疑う声は殆ど聞かれない。
 北海道の滝川市で億単位の生活保護費不正受給が発覚したが、もともと不正が発覚しづらい生活保護で更に不正が発覚しづらい偽装DV離婚が加わると非常に厄介な事になる。
 何らかの対策が必要だ。

夫婦共謀でっち上げの例

 島根日日新聞のサイトに夫婦共謀のDV法悪用の事件に関する次の記事がある。
DV被害者用の仮名保険証を悪用/元夫婦ら3容疑者を逮捕/不正に通帳など入手
掲載日:2009/01/18
 ドメスティック・バイオレンス(DV)被害にあった被害者に対し松江市が仮名で交付した国民健康保険証を使って、金融機関から貯金通帳とキャッシュカードをだまし取ったとして、松江署は十六日、住所不定、無職の河島政宏(40)、元妻の河島瞳(47)両容疑者と息子(18)を詐欺や有印紙文書偽造などの疑いで逮捕したと発表した。政宏、瞳の両容疑者は同罪で十五日に起訴された。
 松江署によると、三人は共謀し、昨年十一月二十六日、息子が仮名で取得した国民健康保険証を使用して松江市御手船場町の金融機関から預金通帳一通をだまし取った疑い。さらに、同月十一日と二十一日にも瞳容疑者などが仮名で取得した国民健康保険証を使って同市上乃木と雑賀町の金融機関から通帳三通などをだましとった疑いが持たれている。
 松江市保険年金課によると、瞳容疑者らは「夫からDVを受けているので別の名前で国民健康保険証を交付してほしい」などと市の担当者に言って仮名の保険証の交付を受けた。その後も紛失したなどと嘘を繰り返し言って複数の仮名の保険証を受け取っていた。
 同課によると、DV被害者の安全を守るため仮名の国民健康保険証を交付することがある。交付を受けるには、県女性相談センターの証明書などが必要だが、瞳容疑者は持参していたらしい。
 松江署の調べに三人は「架空名義の保険証を使って金融機関で口座を開設し、カードローンの契約を繰り返していた」と容疑を認めており、同署は余罪があるとみて詳しく調べている。
 松江市市民部の矢野正紀次長は「DV被害者の安全を守るためにやっていることが悪用され残念。今後は関係機関との連携を強めて対応したい」と話した。
 朝日コムのサイトによると計一〇枚の仮名の健康保険証を受け取っていたそうだ。この事件で考えさせられるのは「夫にばれた」という申告だけで計十枚も保険証を発行する行政の対応だ。それまで気づかなかったのだろうか。チェックが如何に甘いかが分かる。
 私が危惧していた通り、やはり夫婦で共謀してDVをでっち上げた場合には発見と摘発がかなり難しいという見本の事件が発生してしまった。  被害者が金融機関なので発覚したのだろうが、これが生活保護費の不正受給であれば恐らくばれる事はなかったであろうと思われる。

痴漢冤罪とDVでっち上げの共通点と相違点

 妻の証言を一方的に取り入れるDV法の欠陥については保守系の運動家などから指摘される事がたびたびある。確かにDVでっちあげは起こり得る気はしていたし、実際にかなりの人が被害にあっているようだ。
 DVでっち上げや冤罪は殆ど問題になっていないが、痴漢冤罪はかなり話題となり多くの人から同情を受けている。
 共通の問題としては駅員、警察、裁判所などの関係者が女性の証言を一方的に聞く。それが痴漢冤罪というとんでもない結果を招いていた訳だ。  それでは痴漢冤罪が大きく注目される一方でDVでっち上げや冤罪が注目されないのはなぜか。両者の間には大きな違いがある。
 痴漢冤罪の場合、訴える方は大抵悪意のない単なる勘違いである場合が多い。悪意がある場合にしても「憂さ晴らしにやった」とか「ちょっと小遣いがほしかった」というように組織だった賢い犯罪者はあまりいない。巨大な犯罪組織や知能犯が裏に隠れている事は比較的少なかった。
 それに対してDVでっち上げの方は確信犯である。素人が「離婚に有利になるようにDV法を利用してやろう」と思う事はあり得ない訳ではないが、実際の運用になると簡単にはいかない。離婚相談の専門家の中には「絶対に専門家が裏で後押ししている筈だ」という意見がある。
 最初から金目当てに組織的、計画的に動いている法律のプロが後ろにがっちり控えている状況は痴漢冤罪と比べると遥かに切り崩すハードルは高い。その証拠にDV冤罪を訴える人は多いが、無実が証明された人は一人もいない。
 これから先もDV冤罪被害者にとって長く辛い闘いが続く事だろう。

DV(ドメスティックバイオレンス)理論のカラクリ

カウンセリングの間違い

「ウィメンズネット・こうべ」学習会資料の中に「DV(ドメスティックバイオレンス)の相談を受けたとき、あなたにできること」という項目があるが、その中の一つに次のような説明がある。
 暴力を受けている女性は「自分に落ち度があったから」と自己を責めている場合が多いので、繰り返し「あなたは悪くない」「自分を責めないで」など自己肯定できる言葉をかける。
 これはウィメンズネット・こうべに限らず、本や講演会などでよく見聞するアドバイスであり、DV(ドメスティックバイオレンス)理論の基本となっている考え方だ。
 このカウンセリング方法の問題点を考えてみる。
 まず、暴力を受けていると言っても本人がそう言っているだけで実際どうなのか分からない。その時点では被害者ではなくあくまで被害を訴える人である。また、女性に限ったことではないが、人は他人と何か揉め事があった場合に自分を正当化したがるものである。
 DV相談員がたまたま女性の体に外傷を発見し、「DV(ドメスティックバイオレンス)ではないか」と思い尋ねてみたというならともかく、カウンセリングする側としては自ら訴えに訪れた女性に対して、その人にも問題がないかを確認すべきである。例えば、女性の方が先に暴力を振るった事が男性の暴力を誘発する原因になった可能性もあるし、もしかすると暴力被害そのものが嘘である可能性もある。
 カウンセリングの手法を聞いていると多くの場合、どうも女性の言い分を一方的に聞き入れるのがカウンセリングであると思い込んでいる人が少なくないようだ。
 正しいカウンセリングとは被害を訴える主張に疑いを持ち、相手の男性の言い分も聞いてみることである。
 偏った質問方法がDV相談者からの間違った答えを生み出し、統計に反映され、女性の被害比率を高くしている。それと共に、自分で半強制的に誘導したその答えを聞いているうちにDV相談を受けている方自身が「ああ、やっぱりDV理論は正しかったんだ」という言わば自分自身に対する誘導尋問のような行為をしている。
 一方的な決め付けは男性の冤罪被害者を増やすと共に「どうせまたデタラメだろう」という意識が社会に醸成されることにより女性自身のためにすらならないだろう。

男女の体力差

 男性から女性への暴力と女性から男性への暴力を比較する際に数の違いがやたらと強調されることは既に述べたが、それと共に男女の体の違いに関する妙な解説を聞かされることが少なくない。
 ドメスティックバイオレンスに関わっているNPO法人理事の女性がドメスティックバイオレンスに関する講演会で「男性と女性では体力など体が全然違いますから、女性が男性に暴力を振るったところでたかがしれています」というような話をした事がある。
 このように女性が男性に暴力を振るっても男性の被害が如何に大した事が無いかを強調する例は多くの場面でしばしばお目にかかる。
 しかし、これはあまりにも馬鹿馬鹿しく現実離れしている。「平均的な体力や体格の男女について、男性が女性に暴力を振るった場合と女性が男性に暴力を振るった場合では、一般的に前者の方がダメージがより大きい可能性が高い」という事に過ぎない。 女性の方が男性より肉体的に強いカップルもあるし、それは無視出来ない。
 女性の方が肉体的に弱いカップルについても男性が無抵抗で女性が思い切り殴れば決してその被害は無視できない。男性が無抵抗でいれば屈強な男性とひ弱な女性のカップルでも女性が男性に大怪我を追わせる事は十分可能だ。
 急所を攻撃された場合の脆さは男女でさほど差が無い。むしろ男性のほうが弱いかもしれない。
「女が男に暴力を振るうわけが無い」という意見もよく聞くが、腕相撲やボクシングの試合でも想像しているのだろうか。もちろん「急所を攻撃してはいけない」とか「グローブを嵌めなければいけない」とか「蹴ってはいけない」など厳密なルールがあり男性の闘争心が旺盛な状況での素手の真剣勝負となれば女性が男性を負かす事は容易ではないだろう。しかし、実際の暴力の場では両者が同等の戦闘意欲を持っていたり対等な状況ばかりとは限らない。繰り返しになるが大人しい人が無抵抗でいれば女性はもちろん男性だって窮地に陥るし、凶暴な男性の場合でも寝ている時や背中から襲われれば重傷を負う可能性は十分にある。
 凶器を使った場合はどうなのか。暴力は素手で行使されるとは限らない。アイロンを投げたり包丁を振り回したりする女性がいても大した問題は無いのだろうか。
 男女間の暴力の罪の重さについて、どちらの体の平均値が強いかで決めるのではなく、怪我の程度など相手に負わせた結果で決めればよいのではないだろうか。男性がかすり傷すら追わない程度に女性を軽く小突く事と女性が男性を骨折させるのと一体どちらの罪が重いのだろうか。
 一般的な男女の肉体的な強さの違いを持ち出して罪を決めるのはどう考えてもおかしな話だ。

物真似理論

 最近、日本で説明されているドメスティック・バイオレンス関連の説は、欧米での研究が基本となっている場合が多い。というより、そっくりそのまま欧米で唱えられている説を日本に持ち込んだと思われる。それはドメスティック・バイオレンスという英語の名称がそのまま使われている事が如実に象徴している。ドメスティック・バイオレンスの加害者の男性をバタラー、被害者の女性をバタード・ウーマン、ドメスティック・バイオレンスの被害から立ち直った女性をサバイバーと呼ぶなど、欧米で生まれたドメスティック・バイオレンス関連の用語をそっくりそのまま使っているような例が少なくない。
 欧米の研究者の名前も盛んに引用されている事からも、欧米の物真似理論という印象を免れない。日本でのドメスティック・バイオレンス関連の本の中でレノア・E・ウォーカーなどの文献がしばしば参照される。恐らく、日本で紹介されているドメスティック・バイオレンスの理論についてもレノア・E・ウォーカーの理論を物真似したものが大半であろうと思われる。盗作と言われても仕方の無いような作品が多く見受けられる。だから、本の内容はどれも似通っていて個性が無い。
 英語を使うのが格好良いと思っているのかもしれないが、私は大して格好良いとは思わない。
 日本で紹介されているドメスティック・バイオレンスの話は殆どが欧米の物真似でありながら、その中で一つだけ欧米とは異なる解釈をされたものがある。ドメスティック・バイオレンスというのは、本来は「男性から女性への暴力」だけという一方的なものではなかった。「女性から男性への暴力」をも含めた双方向的な意味をもつものであった。それが、何故か日本ではドメスティック・バイオレンスは男性から女性に対する暴力だけという事に限定されてしまった。誰かが悪意を持って勝手にドメスティック・バイオレンスの意味を改竄してしまったようだ。
 最近、ドメスティック・バイオレンスが注目されているから、ドメスティック・バイオレンスについて何かを書けば売れるという安易な姿勢が目立つ。ドメスティック・バイオレンスのブームにたかる便乗商法に見えるものも多い。
 国によって状況が全く違うのだから、ドメスティック・バイオレンスの質が全く同じという事は有り得ない筈だ。企業、学校、官公庁、社会風土などを考慮して日本に適した学問の研究をしなければならない。

誘導尋問・洗脳

 また、夫や恋人からの暴力被害を訴える女性が受けた暴力に関する報告例というのも大体決まりきっている。これは、ドメスティック・バイオレンスの加害者の性格や行動が常に似通っているからなのであろうか。
 これについては、宇宙人を見たと証言している人たちの目撃報告例と状況がよく似ている。宇宙人を見たと証言している目撃者によると、宇宙人は肌の色がグレイで吊り上がった目をした生き物だという報告例が少なくない。これは地球上に現れる宇宙人が一般にそのような姿をしているからなのだろうか。グレイの肌をして目の吊り上がった宇宙人が最も多いタイプなのかもしれない。
 しかし、もっと別の考え方をすると、テレビや雑誌などでよく目にする宇宙人の絵を見た記憶がイメージとして脳に刷り込まれているせいとも考えられる。目撃者と称する人は必ずしも嘘をついている訳ではないかもしれないが、覚醒状態にあった時の曖昧な記憶がテレビや雑誌などで見た宇宙人の姿とが無意識のうちに重なってしまった可能性がある。
 DV(ドメスティックバイオレンス)の運動家と称する人たちの話を聞いていると、ドメスティック・バイオレンスの被害者と称する女性に対する事情聴取の方法について致命的な欠陥がある場合が少なくない。「被害を受けた女性は長期間に渡り男性から一方的な暴力的支配を受け続けた事により、自分が悪いと思い込んでいる事が多いから、『あなたにも悪い所があったんじゃないの』とは決して聞いてはいけない。『あなたは悪くない』と慰めなければならない」というのがよく聞くDV相談方法だ。女性の証言を全面的に信じる姿勢は美しくも何ともない差別的な態度に過ぎない。女性自身が自分にも問題があると認めているにも関わらず、無理矢理パートナーの男性を一方的な悪人に仕立て上げる例も目立つ。むしろ、DV相談相手の女性に対しては、「あなたにも何か悪い所がなかったか」を聞くべきだろう。
 また女性自身が「DV(ドメスティックバイオレンス)を受けていない」と言っているにもかかわらず、運動家が「それはDV(ドメスティックバイオレンス)です」と強く主張し、本人にDV(ドメスティックバイオレンス)を受けている自覚が無いことを嘆く事例はしばしば見受けられた。しかし、本人がDV(ドメスティックバイオレンス)と思わないような事例であれば無理にDV(ドメスティックバイオレンス)と自覚させる必要もないのではなかろうか。

思い込み

 最近ではドメスティック・バイオレンスに関する報告は本や新聞やテレビなどで盛んに行われている。被害を受けた事になっている女性もドメスティック・バイオレンス関係の本を日頃から読んでいる場合は少なくないだろう。それらを参考にして似たようなもっともらしい話をでっちあげた人がいても不思議ではない。被害を訴える人が聞き手に信用されるように、よくある報告例と似たような作り話をしている可能性もある。また、興奮状態にある人は記憶が曖昧である事が少なくない。「あなたは悪くない」と聞き手から何度も繰り返し言われているうちに誘導尋問や洗脳のような形になり、質問した人が自分でも気付かないうちに被害を訴えた女性に暗示を掛けた状態になっていたという場合があるのではないだろうか。「あなたは、パートナーからこんな事をされたのでは」と聞き手が誘導しているうちに、話が膨らんでしまった可能性がある。
 そもそも、ドメスティック・バイオレンスに関する話を聞いていると矛盾が多い事に気付く。「ドメスティック・バイオレンスついては最近になって研究が始まったので実態は良く分かっていない。実際の数はデータより遥かに多いかもしれない」などと言いながら、具体的な数字を挙げている人も少なくない。最初から「男性に対する暴力より女性に対する暴力の方が圧倒的に多い」と決め付けている人も少なくない。調査データと現実の数値が大きくかけはなれている可能性は多いにありうる。

暴力のサイクル

 レノア・ウォーカー氏はDV(ドメスティックバイオレンス)の研究家として日本でも有名な人物である。彼の研究を根拠として引用するDV(ドメスティックバイオレンス)本は日本でもたくさんある。と言うよりDV(ドメスティックバイオレンス)の本を読めば必ずと言ってよい位その名前を見かける。
 しかし、果たして彼の理論が科学的に検証されたものなのかどうか疑問の声も根強い。何故なら標本数が少な過ぎる上に標本が任意抽出でないからだ。
 彼の著書「バタードウーマン」から標本に関する記述を記す。
 一九七五年の夏、私はコロラド州デンバーに移り、コロラド女子大学で研究を続けることになった。そしてこのカレッジの教員になったことがこの研究を非常に進ませた。新聞、ラジオのトークショー、テレビの特別番組で、また口伝えで、私のことを聞いた女性たちがぞくぞくと話をしたいと申し出てくれた。面接に応じるという申し出や実験対象になるというボランティアは期待以上の数になり、とても私一人でさばききれなかった。研究を始めたばかりの頃、この大昔から続いてきた問題はほとんど公表されることがなかった。ところがいったんメディアが取り上げ始めると、虐待されていた女性たちは自由に話せるのだと感じ始めた。ある新聞に全米心理学会での私の講演記事が出ると、たちまち五〇人余りの女性から面接のボランティアになるという電話をもらった。それから半年後になっても、何人かの女性が、話をする勇気が出るまで私の電話番号を控えておいたと言って電話をして来る有様だった。私がオールナイトのトークショーに出た後には、昼間に電話をかけるのが恐いのでという女性たちが電話をしてきた。
 私が詳細に話を聞いた女性の人数は、現在まで一二〇人にのぼる。断片的な話を聞いたのは三〇〇人余りである。これに加えて、バタードウーマンの保護に関係した人たちからも話を聞いた。彼女たちは、米国全国から私のもとに来てくれた人たちと、一九七六年に私がイギリスのバタードウーマンの避難所を訪れた時に話をしてくれた人たちである。全員自分から進んでボランティアになってくれた人たちで、多くの人から無作為に選んだわけではない。したがって私はこのデーから明確な原則を引き出せるとは考えていない。この理由で、本書ではデータの分析に統計を使わないように心がけ、むしろ被虐待女性たちが示した共通点に重点をおき、そこから一般論を引き出した。本書で紹介する話は面接で聞いた多くの話の典型的な例である。私はバタードウーマンたちの話に耳をかたむけることによってのみ、彼女たちに何が起こりどのようにして犠牲になったのかを理解でき、そして理解することによって、この恐ろしい犯罪が行われない社会を作るには何をすべきなのか、知ることができると信じている。(P7〜P8)
 標本の数が一二〇人では話にならないし、断片的な話を聞いた人の数でさえ三百あまりに過ぎないのでは如何にも少な過ぎる。全世界のお手本となる理論のデータにしてはあまりにも貧弱過ぎる。しかも研究の実態としてはせいぜい四〇人程度のバタードウーマンに関する調査から生まれたものに過ぎないという指摘もある。
 医学でさえもっと多くの臨床検査例が必要とされるだろう。ましてメンタルな部分の多いドメスティックバイオレンスの研究において果たしてこの程度の事例で結論を出してよいものだろうか。
 しかも標本が任意抽出ですらないのだ。
 レノア・ウォーカー氏の主張する理論の代表として「暴力サイクル説」がある。三つの段階があるが、次の三段階の説明は「女性のための相談支援センター・DV」のホームページから引用した。本やHPなどにより表現は微妙に違っても内容は殆ど同じである。
@ 緊張の蓄積期
加害者の緊張が高まり、小言を言うことが多くなったりする。女性は、その気配を感じています。加害者はいらいらしており、関係がとげとげしくなり、暴力が起こります。
A 暴力爆発期
感情のコントロールができなくなり、激しい怒りと暴力が爆発します。女性が重度のケガを負うような暴力が発生する場合があります。
B ハネムーン期
暴力を絶対に起こさないと謝罪します。女性をいとおしみ、同情心に働きかけようとします。女性に相手が変わるのではないかという期待を抱かせます。

 但し、注釈として「※人によって現れ方や周期は様々です」とご親切に書き添えられている。別のHPでも「※被害を受けた方全員にこのサイクルが当てはまるわけではありません」との注釈を見かけた。
 この注釈の意味は要するに「レノア・ウォーカー氏の提唱するような暴力のサイクルが必ずしもDV(ドメスティックバイオレンス)の全ての事例について正確に当てはまるとは限らない」ということだ。何%まで一致したというような具体的な数値が示されているのを見たことが無い。そういう逃げがあるのだ。もしかするとせいぜい二割程度しか当たっていない可能性もある。せめて「七〇%位は暴力サイクル説の理論と合致しています」といった感じで当たっている割合を具体的な数字を出してほしかった。
 この理論はDV(ドメスティックバイオレンス)活動家によって「優しくなったと思っても、どうせまた元に戻って直らないから、男がDV(ドメスティックバイオレンス)をやめるのを期待しないで分かれなさい」という方向に持っていくのに使われる事が多い。当事者を離婚させたい弁護士などにとって実に都合の良い理論なのだ。だからこそよく使われるという見方も出来る。
 レノア・ウォーカーの提唱するサイクルの内容自体が実に単純であり大した発見ではない。夫婦間に限らず、多くの場合の人間関係においてこの手のサイクルは存在するであろうし、既に説明した通り全ての夫婦間暴力の事例に当てはまっているわけでもない。うんと広い意味で解釈すればかなり多くの事例が当てはまるだろうから、「こういうサイクルではなかったか」と言われた人にしてみれば、「そう言えば確かにそれらしきことはあった」と思う人も多いだろう。「そうだと思えばそうだ」という程度の理論に過ぎない。

スタインメッツ調査

 前述のレノア・ウォーカー氏の調査とは全く異なる調査結果もあるので紹介する。
 次の文章は、下村満子著 『男たちの意識革命』 274頁〜275頁 (昭和六一年、朝日文庫)から引用した。
「性的いやがらせ」や「レイプ」のほかに、女性運動家たちが、これまで「男性の女性に対する横暴」としてやり玉にあげてきたいくつかの事柄がある。「妻に暴力をふるう夫」というのもその一つだ。夫の暴力から逃げ出す妻たちのための「避難所」は、すでにたくさんつくられている。
 ところが、一九七七年のデラウェア大学スタインメッツ調査によると、家庭内暴力を「ものを投げつける」「こづく」「なぐる」「蹴る」「物でなぐる」「ナイフや銃で脅す」「ナイフや銃で負傷させる」といったカテゴリーに分類し、妻と夫の双方について調べたところ、あらゆる項目で、妻が夫に対して暴力を働く場合が、その逆の場合を、多少だが上回っていたという事実が確認された。
 つまり「妻に暴力を振るう夫」より「夫に暴力を振るう妻」のほうが多い、ということである。これは他の二つの同様の調査でも、同じ結果が出ている。
 夫の声があまり表に出ず、妻の訴えのほうが多いのは「男がそれを恥として黙っているだけのことなのだ」とその調査は述べている。
 引用した文章を読めばお分かりになるだろうが、この年代で既にアメリカでは今日のドメスティックバイオレンス理論や運動(当時はなんと呼んでいたか分からないが)の先駆けのようなものが存在していたということだ。だからこそ、それを検証するためにスタインメッツ調査が行われたのだろう。
 心理学者スザンヌ・スタインメッツ氏によるこの調査については否定的な意見もある。「五七組のカップルを対象とした調査に過ぎず、こんな少数のデータで一体何が分かるのか」という意見だ。これは一理あるが、前述のレノア・ウォーカー氏の研究結果にしてもせいぜい四〇人程度のバタードウーマンに関する調査から生まれたものであるから五十歩百歩だ。
 他の反論としては「そんな古い年代のしかもアメリカのデータを持ち出してどうする」という意見もあった。しかし、それならレノア・ウォーカーの理論こそ古い年代のアメリカのデータであり現代の日本に当てはまるかどうか分からないので、それも的外れな意見と言える。
 また、既に述べた通り、この時点でアメリカでは今日のドメスティックバイオレンスの先駆けとなる理論が存在し、果たしてそれに対抗することが目的だったかどうかは分からないが、スタインメッツ調査はそれを検証する目的で行われたのであろうから、この年代のアメリカのデータであるということは深い意味を持つ。
 今ここではレノア・ウォーカー氏のデータとスタインメッツ氏のデータのどちらが正しいか或いはどちらがより真実に近いかについては述べない。仮にスタインメッツ氏の調査結果が間違っていたとしても、それなりの意義のある報告ではある。つまり調査の仕方によってこれだけ結果が大きく変わり得るということだ。
 下村満子著『アメリカの男たちはいま』(朝日新聞社、一九八二)によると「アメリカでは、夫から妻への暴力よりも、実は、妻から夫への暴力の方が多い、という調査研究が一九八〇年代初頭の時点で最低3件はあった」そうだ。
 これについても恐らく反論はあるだろう。例えば「夫から妻への暴力よりも妻から夫への暴力の方が多いという報告は3件程度に過ぎないが、その逆の報告は遥かに多い」というような主張がありそうな気がする。ただ、3件程度であっても決して無視できるデータではない。そもそも運動は流行に左右されることが多い。もし、その3件がレノア・ウォーカー氏の理論より先に注目されていれば、運動の流れは正反対になっていた可能性だってあるからだ。
 私としてはスタインメッツ調査を絶対視する気は毛頭ない。既に述べた通りレノア・ウォーカーの調査は更に標本数が少ない上に必ずしも全ての女性について当てはまっている訳ではない。スタインメッツの調査や理論を否定するのであれば、レノア・ウォーカーの理論は更に当てにならない事になり、元々レノア・ウォーカーの理論を拠り所にしてきたDV(ドメスティックバイオレンス)運動や理論は矛盾することになる。

文化との関係

 世界中でDV(ドメスティックバイオレンス)運動が爆発的に盛り上がり、支持されつつある。これはDV(ドメスティックバイオレンス)理論が正しいからこそ世界中から受け入れられているのだと一見思われそうだが、逆にその事が私には怪しく見える。
 女性に対する暴力が圧倒的に多い(本当かどうか疑わしいが)と主張するDV(ドメスティックバイオレンス)活動家が、そうなっている理由について、「女性に対する暴力を許容する文化があるから」という説明がなされることがしばしばある。また、DV(ドメスティックバイオレンス)活動家などの報告によると世界中で女性のDV(ドメスティックバイオレンス)被害が確認されているそうだ。
 しかし、もし文化が「女性に対する暴力」の原因だとすれば逆に男性に対する暴力の方が多い国が一つくらいあっても良さそうなものだ。DV(ドメスティックバイオレンス)の関係者からそういう報告例が全く無い理由は何なのか。二通りの理由が考えられる。

@男性が先天的に暴力的だから
Aそもそも女性に対する暴力が圧倒的に多いという報告や女性に対する暴力的支配の構造があるという報告自体にデタラメが多い。

 男性から女性に対する暴力が多い理由が@だとすればこれは文化とは関係のない理由で女性に対する暴力が多発していることになる。
 Aが正しいとすれば、そもそもこの理論自体が間違いという事になるから「女性に対する暴力」は文化とは関係ないことになる。
 私は「女は殴っても構わない」などと聞いたことは生まれてから一度も無い。逆に「女性に暴力を振るうのはけしからん」というような話は何度も聞いたことがある。
 平成十四年度の内閣府男女共同参画局配偶者等からの暴力に関する調査では「身体に対する暴行を受けた」被害者のうち男性の比率は三四・二%である。決して少ない数字ではないし、むしろ一般犯罪と比べて女性が加害者である比率が際立って高い。
 間違った理論が流布した理由と思われる可能性のある幾つかの事柄についてこの章で既に説明した。カウンセリング、誘導尋問的質問、思い込み、物真似理論、そういった裏側があるから、この方法では誰がどこで調査しても個々の社会の文化と関係なく結局は同じような結論に導かれてしまうのだ。
 いずれにせよ文化という概念は主観的なものだから、否定も肯定も出来ない。DV(ドメスティックバイオレンス)と文化との関連性に明確な根拠は何も無い。

別れない理由「共依存」の嘘

 DV被害女性が夫からなかなか別れられない、或いは別れたがまた夫の元に戻ってくる場合が少なくないのだが、DV被害者救済活動家と称する人の中には「共依存」が背景にあるとする人が多い。
 共依存とはウィキペディアに次の様な解説がある。
共依存とは相手との関係性に過剰に依存し、その人間関係の囚われている状態をさす。
 つまりDV被害者はDV加害者に精神的に依存しているからと理由付けしているのだ。これは本当だろうか。
そういう人も中にはいるかもしれない。ただ、平均的、全体的な数値として考えた場合の答えとしては間違いだと思う。
 この考え方には重要な視点が致命的に欠落しているからだ。共依存であるとする根拠は要するに「妻が酷いDVを受けたにも関わらず加害者の元に戻ってくるのは精神的な理由があるからに違いない」ということらしい。
 しかし、これは単にそれしか思いつかなかっただけの事ではないかと私は思う。共依存によるとする仮説以外の有力な候補となる説を紹介しよう。  女性の社会進出がかなり進んだとはいえ専業主婦はかなりの数で存在するし、働いている女性にしても子供を抱えて満足な生活を送れるだけの十分な収入を得ている女性は必ずしも多くはない。
 結局生活が立ち行かず元の夫を頼らざるを得ないという人もかなり存在する。要するに経済面で夫に依存せざるを得ないというだけの話なのだ。
 こんな事はごく当たり前のことでちょっと考えれば誰にでもすぐに思いつきそうなものだが、DV被害者救済活動家は画一的にこうだと一方的に決め付けたがる傾向があり、その事が問題を分かりにくくしている。

DV被害者とDV加害者の性別

調査の方法

 DV(ドメスティックバイオレンス)の件数に関する報告に使われている主な調査方法を挙げると大きく分けて次の三つになる。
@女性相談所や警察などに対するDV相談や通報の数
A警察による検挙件数
B内閣府や自治体などによるアンケート調査
 その他にもDV(ドメスティックバイオレンス)団体独自の調査などがあるかもしれないが、公的機関やマスコミなどによって実施された比較的大規模な調査としてはこの三つが主となる。
 それぞれの調査方法でDV加害者やDV被害者の男女比などについて非常に大きな違いが見られる。後で数値の違いについて詳しく説明するが、男性被害者数で比べると一般的に最も少ないのが@で最も大きいのがBだ。調査者や年によって多少変動はあるだろうが、@の場合男性被害者がせいぜい1〜2%に過ぎない事が少なくないが、Bの場合だと被害者の三分の一が男性であるようなデータも存在する。
従って、必ずしもそれぞれの調査結果の数字が正しいわけではないので、その点を具体的に検証する必要がある。少なくとも、この中のどれか二つは正確な数値ではないという事だ。もしかすると全てが間違っている可能性もある。
 それぞれの問題点について検証する。
「DV相談や通報の数」だと男性のDV被害者数が最も低くなるのは男性が被害を受けてもDV相談や通報がなければ被害者としてカウントされない。男性の場合DV相談する場所が殆どないし、DV防止法では一応男性も救済の対象となってはいるが警察での対応は冷淡な場合も少なくない。それらの理由で男性の被害者数が極端に少なくなっている可能性がある。男性からのDV相談や通報の数が少ないというのは「男性からのDV相談や通報を受け付けてくれないから」という考え方も出来るのであって、もしそうだとすれば逆に男性こそが被害者であることになる。
DV相談や通報の数」と「アンケート調査」は自己申告を含む報告された数字であり、多くの場合科学調査などによる具体的な検証はしていない。それに対して「検挙件数」は医師による診断や現場検証など具体的な捜査や双方に対する聞き取りなどの確認が行われる事もある。その点において詳しい客観的な調査であると言えるかもしれないが、被害者の性別による検挙の偏りや恣意的な調査、或いは検査能力の優劣や警察の怠慢など警察官の態度によって実際とかけ離れた数値が現れる可能性もある。
「アンケート調査」が正しく行われているとすれば「DV相談や通報の数」のように男性の言い分があまり聞かれないという男女間の不公平が比較的低くなる可能性があり、その点で公平であると言えるかもしれない。但し、DV被害者と称する人の身体検査などの具体的な調査をしない場合が多いので嘘をつく人がいる可能性もある。アンケート調査の最大の欠点としては、「嘘をついた側に有利な結果が出てしまう」という傾向があることだ。男性の方に嘘が多ければ実際よりも男性の被害が相対的に高くなってしまうし、女性の方に嘘が多ければ実際の数値よりも女性の被害が相対的に高くなってしまう。
「DV相談や通報の数」と「アンケート調査」は共に回答者の主観を含む場合が少なくないので嘘をついていなかったとしても回答者の考え方で答えが変わってくる可能性がある。
 アンケート調査は回収率の大小が結果を大きく左右する。男女共同参画に関する調査では、私が知っている中で最低の回収率は約十七%で最大が約七五%である。誰を対象にした調査でどの程度の回収率であるかを把握する必要がある。

DV被害者の性別と被害の程度

内縁を含む配偶者間における犯罪
(平成15年)
殺人傷害暴行総数
重い⇔軽い
女性の被害件数1331,2112301,574
女性被害者の%61.995.498.391.6
男性の被害件数82584144
男性被害者の%38.14.61.78.4
 警察発表の資料を見てみよう。表は平成十五年の内縁を含む配偶者間における犯罪(殺人、傷害、暴行)の検挙件数の割合である。
 犯罪の程度によって男女の被害の比率が大きく違うことが分かる。これが何故なのか考えてみよう。
 暴行→傷害→殺人の順で男性のDV被害者の割合が増えていく。
 一般的には暴行が最も軽い罪で殺人が最も重い罪だ。つまり犯罪の程度が重くなるほど男性のDV被害者の比率が増えていることになる。特に殺人に至っては被害者の四割近くを男性が占める。このことが一体何を示すかは人によって見解が大きく異なる。
 殺人に関する女性加害者の比率が傷害や暴行と比べて相対的にかなり高い理由についてDV(ドメスティックバイオレンス)活動家が講演会などでよく唱える説にこういうものがある。
「長年に渡り執拗にDV(ドメスティックバイオレンス)被害を受け続けてきた女性がついに我慢できなくなって殺してしまう例が多い」。
 素朴な疑問としては「そのことを本当に確認したのだろうか」。その確認方法というのは「夫を殺した妻がそう言っていた」というだけのことではないのだろうか。
 夫を殺した妻の言い分はそうなのかもしれないが、殺された夫の言い分はどうなのか。これは死人に口無しなので当然本人に聞くことは出来ない。夫の生前に妻に対する暴力が存在したかどうか確認することは難しい。
 考えようによっては、その意見と全く別の見方も出来る。実は傷害についても暴行についても女性加害者の比率はもっと遥かに高いのではないか。しかし、男性はDV(ドメスティックバイオレンス)被害を恥としてあまり訴える事は無いし、警察も男性の訴えに冷淡であることが少なくない。訴えても取り合ってもらえない事は少なくないようだ。DV(ドメスティックバイオレンス)講演会の講師をしていた男性警察官が「男の癖にDV(ドメスティックバイオレンス)の被害を訴える奴がいる」と馬鹿にしたような口調で話しているのを聞いたことがある。そういう事情から男性に対する比較的程度の軽い犯罪はDV(ドメスティックバイオレンス)としてカウントされないのではなかろうか。しかし、重度のDV(ドメスティックバイオレンス)ほど警察も無視しづらくなるし、特に殺人となるとさすがに警察も放置は出来ない。そういう理由で犯罪の種類による男女比の大きなばらつきが発生したのではないだろうか。暴行→傷害→殺人の順に見事に並んでいる事実は、この仮説を裏打ちする有力な証拠と考えられる。
 果たしてどちらの見方が事実に近いか。冷静になって考えれば分かると思う。実際の数字は傷害も暴行も男女比に大差はない可能性は十分にあり得る。

男性DV被害者の数

内閣府男女共同参画局偶者等からの暴力に関する調査(%)
平成十四年度平成十七年度
男性の比率男性の比率
身体に対する暴行を受けた15.58.134.326.713.834.1
恐怖を感じるような脅迫を受けた9.01.312.616.18.133.5
性的な行為を強要された19.19.332.815.23.418.3
 内閣府男女共同参画局は平成十一年度から平成十七年度まで三年おきに「配偶者等からの暴力に関する調査」を実施している。全国二〇歳以上の男女四、五〇〇人を対象にした無作為抽出によるアンケート調査である。
 平成十四年度の調査は一〇月から十一月にかけて行われ、三、三二二人(女性一、八〇二人、男性一、五二〇人)から回答があった。
 平成十七年度の調査は十一月から十二月にかけて行われ、二、八八八人(女性一、五七八人、男性一、三一〇人)から回答があった。平成十七年度調査の有効回収率は六四・二%だった。行政が行う男女共同参画の調査の中では有効回収率はかなり高い方だ。
 ちなみに平成一〇年に愛知県で行った「男女共同参画意識に関する調査」では配布数が四、一九五人とほぼ同格であるが、回収率は二四・二%であった。
 平成一四年度の調査では、配偶者や恋人からの被害経験を聞いたところ、「身体に対する暴行をうけた」は女性一五・五%、男性八・一%、「恐怖を感じるような脅迫をうけた」 は女性五・六%、男性一・八%、「性的な行為を強要された」は女性九・〇%、男性一・三%が『あった』と回答した。身体的暴行、心理的脅迫、性的強要のいずれかをこれまでに 1度でも受けたことのある人は、女性一九・一%、男性九・三%で、女性の約5人に1人となっている。
 平成十七年度の調査では女性の三三・二%、男性の一七.四%が被害を経験している。つまり男性被害者が全体の三分の一以上を占めている事になる。具体的な行為について見ると「性的な行為を強要された」という項目を除いて男女とも被害が増えているが、「身体に対する暴行を受けた」の項目における男性の比率は前回とほぼ同じである。
 前項の「被害の程度と被害者の性別」で紹介した警察の統計では被害総数の内、男性被害者の占める割合は8・4%である。これはDV(ドメスティックバイオレンス)活動家からよく言われるような「男性への暴力は極めて稀」と言えるような数字ではない。男性の被害の比率が更に高い可能性がある事は既に示唆した通りだ。
 平成十四年度と平成十七年度で差異があるが、平成一七年度については男性被害者の割合が三分の一以上を占める事は既に述べた通りであるが、平成十四両年についても三項目の内2項目について男性被害者の割合が約三分の一を占める。この2回の調査を見た限りでは年による被害者の性別比の差異はあまり大きくなさそうである。
 内閣府と警察の数値に乖離があるのでどちらを見るべきか意見が分かれるだろうが、どちらが正しいにせよ男性に対する暴力が少なくとも一割程度は存在するようであり、よく言われるような極めて稀と言えるような数字では全くないし、無視できない。
 むしろ一般の暴力犯罪と比べて女性加害者の比率が異常に高いとさえ言える。

激しく増えるDV被害者の謎

配偶者からの殺人、傷害及び暴行事件の検挙状況の推移
資料出所:警察庁調べ
区 分年 次
平10平11平12平13平14平15
殺人189 170 197 191197215
殺人のうち夫から妻129 105 134 116120133
傷害295 403 8881,0971,2501,269
傷害のうち夫から妻273 375 8381,0651,1971,211
暴行 35 36 127 156219234
暴行のうち夫から妻 33 36 124 152211230
合計519 6091,2121,4441,6661,718
合計のうち夫から妻435 5161,0961,3331,5281,574
 二〇〇三年四月一一日の内閣府の発表ではドメスティック・バイオレンス(DV)の被害を受けた経験がある女性は五人に一人だった。二〇〇六年四月一六日の内閣府の発表では三三・二%に上っている。
 僅か三年足らずでDV(ドメスティックバイオレンス)被害女性の数が五人に一人から三人に一人に膨れ上がっている。一年間でドメスティックバイオレンスが約三割増えている計算になる。たまたまその年だけそうだったというなら、さほど驚くべきことでもないのかもしれないが、発表される数字を見ていると常に毎年のように右肩上がりに順調に増え続けている。実際、DV(ドメスティックバイオレンス)関係者から毎年のようにDV(ドメスティックバイオレンス)が激増していることが報告されている。DVシェルター活動で有名な女のスペース・おんの近藤恵子氏は2005年11月に札幌で行われた講演会で最近DV(ドメスティックバイオレンス)が激増していると証言している。
 しかし、僅か数年間でそんなに増えるというのは異常であり不自然だ。それも長期に渡り前年よりDV(ドメスティックバイオレンス)の数が著しく増え続けているというのもまた不自然である。たまには減ったり停滞することがあってもよさそうなものだ。
 果たしてDV(ドメスティックバイオレンス)は本当に増え続けているのだろうか。私はそうは思わない。
 なぜ統計ではDV(ドメスティックバイオレンス)が増え続けるのか。そのカラクリを簡単に言うとDV(ドメスティックバイオレンス)の定義を緩和したために件数が増えた事が一つ。また、DV相談窓口を増やすなどしてDV相談数が増え、今までDV(ドメスティックバイオレンス)とされてこなかった事例までDV(ドメスティックバイオレンス)とされるようになったからだろう。最近では言葉の暴力までドメスティックバイオレンスに入れてしまっている。「誰のおかげでメシが食えるんだ」というのもドメスティックバイオレンスになるそうだ。
「実際にはDV(ドメスティックバイオレンス)はそんなに増えていないのではないか」という仮説を裏付ける証拠としては上記の表を見て頂くとよく理解できる。 DV(ドメスティックバイオレンス)の報告例の中でも殺人の件数はあまり増えておらず横ばいである。それに対して傷害や暴行は激増している。特に暴行の増加は著しい。この章の「被害の程度と被害者の性別」で述べた通り、数値は殺人、傷害、暴行の順に軽くなり、その順であてになる。最も罪の重い殺人がほぼ横ばいで最も罪の軽い暴行が突出して増えていることを考えると恐らく表2の調査期間である平成十年から平成一五年の間においてDV(ドメスティックバイオレンス)の件数はさほど増えていないのではないかと考えられる。
 DV(ドメスティックバイオレンス)と同様にデートDVについても急増している事が強調されているが、これはもっと怪しい。なぜなら内閣府によって行われたデートDV調査は2007年が始めてであり、2008年3月現在ではデートDVに関する過去の調査結果が無いからだ。但し、民間のデートDV調査で激増しているという調査結果が出たのかもしれないが、本当にDV(ドメスティックバイオレンス)とデートDVが共に急増しているという調査結果が出たのであればやはり調査に問題がある可能性が高い。
 DV(ドメスティックバイオレンス)が増加していることを強調しすぎることは運動家の意図とは逆に保守派の男性を勢いづけることになりかねない。年配の男性から「俺たちの時代には男が女に暴力を振るうことなんてことは無かった、今の若い男は駄目だ」という話を聞く事もある。「昔はよかった」という話にされてしまうと、昔に戻した方が良いという話になってしまう。それでは本末転倒だ。

犯罪者の男女比

日本の犯罪に占める女性の割合(2001年)
殺人傷害暴行脅迫強盗
18.3%8.1%6.2%6.2%6.0%
 ドメスティックバイオレンスと性差別の関係を考える上で重要なのが、一般の犯罪における男女比の割合がどの程度になるのかという事だ。DV(ドメスティックバイオレンス)における男性の比率が多いと言っても、犯罪、特に暴力犯罪全体に占める男性の割合がそれを遥かに上回っていれば、DV(ドメスティックバイオレンス)と性差別や「女性に対する暴力を許容する文化」との関係が疑わしくなってくるからだ。ここでのデータは「ジェンダーの世界地図Vol・3」(編集は藤田千枝、著者は菅原由美子と鈴木有子)を参考にする。この中で日本の犯罪事情を調べてみよう。
 刑が確定している日本の犯罪者に関して言うと二〇〇〇年では男性は女性の一六倍である。
 また、一九ページに一九七四年から二〇〇一年までの個々の暴力犯罪に占める女性の割合が記されている。これによると、この期間中に殺人に占める女性の割合は約二〇%近辺で横ばいだが、他の犯罪については全てが二〇〇一年においてピークになっている。
 二〇〇一年のデータを見てみると女性の割合が最も多い犯罪である殺人についても女性の比率は約二割程度に過ぎない。その他の傷害、暴行、脅迫、強盗などは女性の比率は全て一割以下である。
 この本の中には「犯罪者は圧倒的に男性が多い」という文言が盛り込まれているが、これはわざわざ具体的な資料を持ち出さなくても犯罪者は圧倒的に男性が多い事は多くの人にとってなんとなく想像がつくだろうが、今挙げたような具体的な数値を実際に見てみると「やはりそうであった」ことが改めて確認できた。
 このデータをDV(ドメスティックバイオレンス)の男女比と照らし合わせた場合どういう事になるか。平成十六年度の内閣府の調査では夫婦間暴力の加害者の約三分の一が女性であり、警察による殺人の検挙件数では加害者の約四割が女性である。これらの数字を見比べるとDV(ドメスティックバイオレンス)の場合に女性加害者の占める割合が一般の犯罪と比べて異様に高いとさえ言える。
 従って暴力事件の男女比について数字を見た限りにおいては、女性に対する差別の構造や妻に対する暴力を許容する文化があるとは考えづらいという事がここでも改めて確認された。

女対女の暴力

 既に述べた通り姉からの暴力に苦しむ妹もいるし、娘から暴力を受ける母親も少なくない。しかし、定義のところでも少し触れたが、女性に対する暴力の加害者には女性が少なくない。ドメスティックバイオレンスやデートDVの原因が文化的なものとされているが、むしろ男性は女性に対して暴力を振るう事に罪悪感を抱く事が少なくない。
 確かに女性の方が非力だという理由で女性を標的にする卑怯な暴力は決して少なくないと思う
 親に暴力を振るう子供の中には、父親に暴力を振るうと体力差があり反撃されたら負けそうなので、非力な母親を狙う卑怯な事例も少なくない。
 そういう事例の中には生きるか死ぬかの深刻な事例も決して少なくない。しかし、なぜかフェミニストと呼ばれる人たちやDV被害者救済活動家と称する人たちは女性が加害者である暴力に対してはあまり興味を示さない。
 これはなぜか。要するにあくまで「男対女」という構図を作りたいのではないだろうか。本当に困っている人を救いたいのではなく、女性の人権をダシにして男性を悪者にしたいだけなのではないだろうか。
「弱い者を標的にするのは卑怯だ」という話であれば、加害者が女性であろうと容赦なく取り締まるべきだろう。

DV加害者の職業

DV加害者のタイプ

 加害者のタイプについては「特別なタイプが無く、年齢・学歴・社会的地位にも関係ない」という事がDV(ドメスティックバイオレンス)関連の多くの人や団体によって強調されている。これについては大体、趣旨や表現がほぼ同じなので恐らく「暴力のサイクル」に関する理論と同様に誰かが言った事を手本にしているものと思われる。
 諫早市のサイトには次のような問答がある。
質問:暴力を振るう男性は特別なタイプなのでしょうか?
答え:暴力を振るう男性に特別なタイプはなく、年齢・学歴・社会的地位にも関係がないことがいくつもの調査でわかっており、外から見たら「やさしい人」であることも珍しくありません。男性優位の社会では、女性を自分の思いどおりにすることが許されてきました。その結果、暴力を振るう多くの男性は「暴力」を肯定しているようです。
 しかし、非特定営利法人かながわ女のスペースみずら編の「シェルターから考えるドメスティック・バイオレンス 被害女性と子どもの自立支援のために」(明石出版)(125P)では「これまで出会ったDV(ドメスティックバイオレンス)夫に共通点はありますか」という質問に対して次のようにDV(ドメスティックバイオレンス)夫に典型的なタイプがあることを次のように明確に言明している。
 共通点と言うより典型的なタイプはありますね。まるで定刻の君主のように振る舞う彼らはなぜか、高学歴・高収入というパターンが多いんだけど、このタイプを説明するのにとてもぴったりな、印象的な夫婦がいました。
 具体的な数値が出された例としては「夫(恋人)からの暴力」研究会の「夫、恋人からの暴力についての調査」があるが、それによると職業や収入によって極めて大きな偏りや明らかな特徴がある。次の記述は「夫(恋人)からの暴力」研究会の著したドメスティック・バイオレンス 新装版(有斐閣)から抜き出したものである。
 一九九二年七月から十二月にかけて、マスコミ報道を見た個人からの協力申し出により、また、協力要請に応じてくれた全国の女性グループ、福祉機関、弁護士、社会教育機関を通じ、郵送または手渡しで、計四、六七五票のアンケート用紙を女性たちに配布し、無記名、自己記入式で回答を依頼し、郵送(料金受取り人払い)により返送させてもらった。九三年一月末までに、計八〇七名から回答が寄せられ、そのうち、夫恋人からの暴力については解答したのは七九六人であった(回答率十七%)。
 無作為抽出による調査ではなく、回答者は、自発的・積極的な協力者に限られている。これは詳しく書かれた回答を通じて、暴力の質・内容やその影響、すなわち、何が起きているのかを明らかにしたいというこの調査の趣旨に沿った方法である。もともと、発生率を推定することを目的にした調査ではない。また、先にも書いたように、調査の実施自体が、沈黙してきた女性たちの発言の場となるように、ということに重きを置いた。

 回答は全国から寄せられたが、約8割が、関東、東海、近畿の大都市圏に住む女性からのものであった。回答者の年齢は二〇代から八〇代までと幅広いが四〇代が最も多くて約四割を占め、平均年齢は四三・五歳であった。現在の配偶関係は、法律婚をしている人が六割、次いで離婚した人が約一割であった。学歴は任意の記入としたが、大半の人が回答し、短期大学・専門学校卒業以上の高等教育修了者が六割を上回って、どちらかというと学歴の高い人たちが、回答をしたことが分かる。回答者の七割は、常勤、パートタイマーなど何らかのかたちで職業をもっていたが、本人の年収は、「なし」の十六%を含めて一〇〇万円未満の人が全体の半数以上、三〇〇万円以上の人は三〇%であって。他方、世帯収入はさまざまであったが、半数以上は、調査実施年前年の家計調査による全国の平均年収を上回っており、一、〇〇〇万円以上も三〇%あった。
 また、「これまで最も深刻だったと思う身体的暴力」に限って、その暴力をふるった人を書いてもらったところ、当時の関係で、夫(八六%)が大半で、続いて恋人(13%)であった。
 加害者は当時、学生(2%)や失業中(1%)は少数で、圧倒的多数が何らかの職業に就いていた。「会社員・事務職」が約四〇%で最も多く、「専門職」(十五%)、「技術・作業職」(十三%)、「販売職」(十三%)、「大企業の管理職」(十一%)と続く。「公務員」、「医師」、「警察官」、「自衛隊員」、「小・中・高・大学教員」、「銀行員」、「住職」、「神官」、あるいは「議員」などをふくめ、ありとあらゆる職業の男性が妻や恋人に暴力をふるっていることがうかがえる。農林水産漁業従事者は少なかったが(〇・七%)、これは回答者の多くが大都市圏在住者であったことによると思われる。暴力をふるう男性は、普通の社会生活をしていない人、あるいは経済的に豊かでない人が多いと思われがちだが、必ずしもそうではない。

 会社員・事務職については就業人員が多いから加害者が四割程度存在しても特に不自然ではない。
しかし、「大企業の管理職十一%」という数字は私にとって異様に多く感じる。もしかすると大企業の管理職は意外に多いのだろうか。検証してみよう。
「日本では中小企業が圧倒的に多い。そして企業における管理職の比率は役職なしの社員よりかなり少ない」というイメージが私の頭の中にある。私は「日本では中小企業の比率が九九%」と習った記憶がある。大企業が少ないと言っても大企業は従業員が多いから社員数で大企業は二、三割程度を占めるかもしれない。また、管理職は右肩上がりの時代と違いピラミッド構造が崩れ、企業がリストラを進める直前の時代には意外に多かったのかもしれない。もしかすると実は調査した時期の社員の四割程度が管理職だったという事があり得ない訳でもない。
 しかし、そういう事情を考慮したとしても「会社員・事務職が約四〇%」というデータと比べた場合、やはり大企業の管理職が加害者である割合が突出して多いという印象はどうしても拭えない。また、私の疑問を裏打ちするような前述のデータとして「半数以上の家庭は、全国平均の年収を上回っており、調査当時の年収が一、〇〇〇万円以上の家庭が三割もあった」というものがある。
「夫(恋人)からの暴力」研究会の調査報告においてもやはり明らかに金持ちの比率が高いのだ。逆に失業中の人が加害者の割合が1%というのはひどく少なく感じる。もともとに本では失業率が低く、無職の人は結婚していない確率が高い、などの事情を考慮したにせよ、異様に少ないと言わざるを得ない。大企業の管理職が失業者の十一倍もいるのだ。
 それにしても「調査当時の年収が一、〇〇〇万円以上の家庭が三割もあった」というが、私の感覚からするとこの年収は異常に高い気がする。これについても自分が金持ちの弁護士になったつもりでもっともらしい理由を考えてみよう。
家庭の年収だから、夫の収入だけでなく妻の収入など家族全員の収入を含めているという事も金額が高い一因だろう。また、調査がバブルの絶頂期に行われたのだとすれば、「一、〇〇〇万円以上稼いだ人は珍しくなかった。特に稼ぎが良いとは必ずしも言えない」のかもしれない。
 しかし、そういう事情を考慮したにせよ、「半数以上の家庭は、全国平均の年収を上回っており」という記述は「この調査が正しいとすればやはり高収入者に加害者が多い」という事を示すものであり、「社会的地位に関係ない」という話は何ら根拠の無いデタラメということになりそうだ。

 但し、この結論はあくまで調査が正しいという前提に基づくものである。
 もし「夫、恋人からの暴力についての調査」のデータが事実より偏っているのだとすればそれは何が理由なのか考えよう。
 まず四、六七五票というのは調査データとしては十分な規模である。内閣府の調査でも大体そんな感じだ。これについては全く問題ない。
 信頼性にかける要素は幾つかあるが、その一つが無作為抽出でないという点だ。「無作為抽出による調査ではなく、回答者は、自発的・積極的な協力者に限られている」ということは調査者が公平に回答者を選ぼうとしても相手には拒否する権利があり、嫌だと言われたら回答を強制できないから、結果的には自分たちが意図する答えの方向に無意識のうちに近づきがちである。
 それから回答率が十七%という点だが、この数字は如何にも低い。これもまた現実とかなり違う答えが出てしまう可能性がある。ちなみに内閣府の行う調査では六五%とか七五%といった数字に達している。内閣府の調査のように六割を超える回答率を求めることは難しいにせよ、回答率の低さもまた大きく信頼性にかける要素である。
 調査票を見ていないので他にも何か理由はあるのかもしれないが、これらの理由によってかなり信頼性の低い調査結果になっている。

男性警察官は4倍DV加害者になり易い?

 下記のサイトはアメリカでのDV被害者救済活動家として有名な小山エミ氏(HNはmacska)のブログである。
警察がDV現場で加害者と被害者を区別することの困難/米国司法省報告メモ

 この中に下記の様な警察官に関する非常に気になる内容があった。

ただでさえ、警察官の男性はその他の職業の男性に比べてDVの加害者となる可能性が4倍も多いと言われている。その警察官に「被害者と加害者を見分けるにはこうすればいい」みたいな知識を教えたら、被害者支援のために役立てるどころか、かえってより巧妙なDVを行なうために悪用される恐れの方が大きいかもしれない。
 4倍という数字の根拠がどこから出てきたのか分からないが、異様に多い印象を受ける。  また、アメリカだけなのか万国共通なのかなど、どの国の警察官についてなのか詳しい説明が無いので良く分からない面も多いが、この真偽は非常に重要な意味を持つ。

 もし、この話が嘘であったとすれば大きな問題である。日米で有名なDV被害者救済活動家が嘘をついていたのだとすれば、活動に対する信頼が根底から揺らぐ事になる。日本のDV被害者救済活動はアメリカを手本にして発展していったものなので単にアメリカの運動が信頼できないだけでなく関わりの深い日本の活動もまた信頼を失う事になる。

 逆にこれが事実であったらどうか。これもまた衝撃的である。一般人の4倍というのはいかにも多い。
 DVの被害調査において警察発表のデータは大きな意味を持つ。警察の調査が果たして全ての案件において公平で客観的で科学的に行われているかどうかは疑問だが、少なくとも他の調査、例えば内閣府や自治体などの行政の調査やDVシェルター運営者などの民間団体などによる調査や発表データはその殆どが単なる聞き取りや警察データなどの流用に過ぎないものである。
 もし警察官が嘘をついているのだとすれば警察発表のデータの信頼性は大きく揺らぐ事になるし、DVに関する客観的なデータを知る事も難しくなる。
 日本の事情についても前項のDV加害者のタイプの中で紹介された調査結果の中にも警察官の割合が高いという報告があった。

 私はその説を全面的に信じているわけではないが、男性警察官の名誉と信頼回復のためにも徹底的な事実の究明が必要ではないだろうか。

無職・暴力団関係者・建設作業員が少ないのはなぜ?

 前項のDV加害者の職業でDV加害者の統計に関する記述に 失業者が1%に過ぎないとあった。暴力団関係者については全く述べられていない。人口の2割を占めるとも言われる建設関係者についても何も書かれていない。
 一般的にDV加害者が多いと思われるこれらの職業でDV加害者が極端に少ない統計結果になっているのはなぜなのか検証する。
 まず暴力団関係者については特にDV加害者になりにくいという訳ではないが絶対数自体が少ないから結果的にDV加害者が少なくなっている可能性はあり得る。しかし、失業中が1%というのはあまりにも少な過ぎないか。無職と失業者は違うから結果として失業者のDVが少なくなっているだけなのかもしれないが、そうだとすると統計自体が単なる言葉遊びに過ぎないと言われても仕方ない。
 建設作業員についてはどうか。乱暴そうな職業だから乱暴者だと決め付けるのは偏見と言われるかもしれないが、産業中に占める人口が多い事を考えると殆ど数字に表れていないのはやはり妙な気がする。それとも「専門職」(十五%)又は「技術・作業職」(十三%)の中に含まれるのだろうか。それならそうと説明してくれないとこれもまた言葉遊びのような不親切な記述と呼ばれても仕方ない。
 インターネットの掲示板などによるDV被害相談を見ると無職や暴力団関係者からのDVに悩んでいるという投稿がかなりの割合で存在する。これらの加害者は時間的自由度が高い人やどこまでも追いかけてきて付きまとわれ報復されそうな恐怖のイメージのある人たちだ。「怖くて逃げられない」という投稿が多いのだが、やはり、これらの職業ではDV加害者の割合が多いのではないだろうか。

 それではなぜ、無職や暴力団関係者のDVが少ないとされてきたか。これは私の推測だが、これらの連中はDV離婚させる事を商売としている運動家にとってはあまり関わりたくない事例だからではないだろうか。相手が医者などの高収入者であれば慰謝料などをがっぽり取れるが無職であれば慰謝料や養育費を期待できないし、暴力団関係者であれば報復が怖い。
 そういう事情で無職や暴力団関係者などのDVは少ない事にされているのではないだろうか。

DVシェルターの実態

DVシェルターの費用対効果

一時保護委託費日額単価(案)
形態14日以内14日超
暴力被害者1名単価6,600円5,220円
同伴児一人当たり加算1,570円1,570円
同伴者一人当たり加算1,960円1,810円
同伴者単独児童1名4,750円4,750円
大人1名5,140円4,990円
 既に述べた通り夫からドメスティック・バイオレンス(DV)の被害を受けた経験がある女性は二〇〇六年四月一六日の内閣府の発表によると三三・二%に上っている。
 それが正しいなら日本中に一千万人以上のDV被害者が存在する事になる。
 暴力を受けた女性の駆け込み寺として北海道で最も代表的な組織が「女のスペース・おん」だ。日本全国的に見てもシェルターの象徴的存在でもある。「女のスペース・おん」の一九九六年度のDV相談件数は僅か二五六件だったが、二〇〇五年十一月に代表の近藤恵子氏に対して質問した時の答えでは「女のスペース・おん」が年間に収容している数は二〇〜三〇ケース程度だそうだ。人数にするとせいぜい百人程度しか救えないことになる。しかも、その全てが救えるとも限らないし、虚偽の報告をした人が含まれている可能性もある。これでは焼け石に水という事になる。全てを民間シェルターで解決するならば少なくとも今の千倍にしないと全ての被害女性を救えない計算になる。
 もし被害女性の全てをシェルターで救うとなると莫大な金と人手が要る事になるだろう。シェルターの中には公共団体から助成金を貰って運営している所が少なくない。それだけの金を使うなら、もっと別の所に金を使った方が効果的だという主張もある。費用対効果としてシェルターが果たして有効かどうか徹底的に検証する必要がある。国家予算というのは限られているのだから、ドメスティック・バイオレンス対策に無尽蔵に税金をつぎ込む訳にはいかない。また、ドメスティックバイオレンス対策費の中でもシェルターだけに予算をつぎ込める訳でもない。日本国内で一千万人を超すらしいDV被害者を収容する施設を建設するとなると巨大な利権が動く事になる。ただでさえ公共事業はゼネコンや政治家の利権と結びつきがちだ。女性解放のつもりが、男の欲望のために利用されかねない。
 また、誰をシェルターに受け入れるかが問題だ。今述べたようにDVDV被害者の数が収容人数を遥かに上回っているのが現状だ。全てのDV被害者をシェルターに収容する事はとてもできない。より深刻な被害を受けた人を優先的に収容するべきだ。しかし、誰を先に受け入れるかを公平に判断するのは非常に難しい。この手のシェルターは一泊二千円程度が相場のようだが、中には何の被害も受けていないのに様々な理由でDV被害者を装い入所する不届き者が現れる可能性もある。その理由としては例えば、格安のホテルとしてシェルターを利用したり、離婚調停を有利に進めるためにDV被害者を装うなどの例が考えられる。
 セクハラにせよストーカーにせよ、そういう言葉が流行りだすと、DV被害者を名乗る人物がやたらと現れるものだ。シェルターの運営には大きな金が動く事になるので、仮に不正が全く無かったとしても、どのように公平に運用するかが大きな課題となるだろう。
 上記の表は女性DV被害者救済に取り組んでいると称する団体の資料である。これを見ると、シェルターの運営には莫大な金がかかる事が分かる。
 着の身着のままで住居を飛び出した人が二、三日でシェルターを退去する事は極めて困難だ。もし、二週間シェルターに滞在したとすれば、単身でも七万円以上がかかる事になってしまう。
 さらに、DV被害者には子連れが多く、二週間以内に自立できる人は殆どいないそうだ。しかも、シェルターにかくまうのは一時しのぎに過ぎない。
 という事は、国全体としてみると、兆円単位の負担をしなければならなくなる。
 本当に国はやる気があるのだろうか? そういう物理的な面、特に金銭に関しては何ら説明も報告も無い。
 DV被害者救済活動に取り組んできた活動家Bさんから「DV(ドメスティックバイオレンス)当事者が求めているものはシェルターではなく福祉である」との指摘があった。シェルターというのはそこに何年間も住む事を想定している訳ではなく、数ヶ月に及ぶ事すら殆ど無いそうだ。Bさんの会では会員の半数がDV(ドメスティックバイオレンス)と性暴力の当事者であり、行政との関係も精神保健福祉センターや福祉事務所、児童相談所などとの関係が大きいそうで、女性センターに行く事はまずないそうだ。少し考えれば、Bさんの話はごく当たり前の事なのだが、新聞やテレビなどで繰り返し、「DV活動=シェルター」と報道されると多くの国民は熱病の様にそれを信じ込んでしまっている。
 シェルターが全く無駄とは言わないが、あくまでそれはDV被害者救済活動の一部分に過ぎないという事を考慮すべきである。全ての金と労力がそこに注がれてしまうと、DV被害者にとっても却ってマイナスになりかねない。
 DV(ドメスティックバイオレンス)と性差別の相関関係は既に述べた通り数字的にはかなり疑わしい。百歩譲って「男性中心社会による女性差別の構造が女性に対する暴力を生んでいる。だから社会全体として女性に対する暴力の被害者に対して重点的に力を注ぐ義務がある」と仮定しよう。それならば、シェルターではなく母子家庭保護などの福祉で対応すべき問題ではなかろうか。
 そういった部分に関するビジョンを国や自治体は示していく必要がある。

DVシェルターの透明性

 シェルターの費用対効果が極めて低いことは既に説明したが、シェルターにはもう一つ大きな問題点がある。
 それは透明性が極めて低いという点だ。
「DV被害者の安全を確保する」と言う理由で、個人情報のみならず他にも重要な情報が殆ど公開されていない場合が少なくない。これでは本当に運動をしているのかどうか第三者による確認が極めて困難である。
 寄付金などで全ての運営費用を賄うのであれば仮に不正があったとしても金を出した人が損するだけなのでそれで構わないという考え方も出来る。しかし、補助金など公的資金の導入がある場合などにはそうはいかない。ある程度情報を公開してもらわないと補助金にたかる不正の温床になりかねない。一体何に金を使ったか公開してもらう必要がある。
 また、他に考えられる問題点としては情報が秘匿されていることにより例えば売春宿への人身売買の仲介などの犯罪に悪用される恐れがあることだ。中でセクハラや強姦などの性暴力の被害に合う可能性もある。シェルターに滞在する人は言わば行方不明のような状態になるわけだから、そこで何が起こっていても一般市民には分からないことになる。
 公的シェルターの場合、施設についての情報などは必ずしも極秘扱いしていないようだ。例えば北海道立女性相談援助センターについて勤務している女性職員から建物の場所に関する情報を教えてもらったことがある。シェルターであるという積極的な宣伝は一切していないし、現地に行っても地味な標識しかないし建物の前を通りかかっただけではDVシェルターだとはまず気付かない。「フェンスがかなり高い」と思う程度である。
 それに対して民間シェルターの場合、情報の閉鎖性が際立っている。場所はおろか内部に関する些細な情報ですらなかなか教えようとしない。例えば「差し支えの無い範囲でシェルターの収容能力や年間の収容人員を教えて欲しい」と民間シェルターの運営者に尋ねたところ、かなり緊迫した雰囲気で一瞬沈黙してしまった。そして威圧的な態度で「シェルターに関する重要な情報についての質問にはお答えできません」と返答がきた。結局教えてはくれたが、その程度の質問で張り詰めた雰囲気になるようでは実態が外部には全く分からないのが実情だ。
 そもそも場所を知られることがそんなに危険なのかという疑問もある。「シェルターの場所を突き止めた夫に関係者が殺された例もある」という話を講演会などでよく聞かされる。シェルターやDV被害者の情報については一切教えてくれないので、そのような事件がどの程度の頻度で発生しているのか想像もつかないが、本人がシェルターに逃げたことによって、関係のない実家や知人宅が危険にさらされている事件が実際に起きている。こうなると安全どころかシェルターの存在がDV被害者や関係者を危険に晒しているのであり本末転倒ではないか。隠していても夫に突き止められる場合もあり、逆に妻の親類ですら生存や居場所などの情報が分からなくなってしまうようでは、却って危ないのではないだろうか。シェルターを一箇所に重点的に固めておいて時折警察に警備してもらえばよいだけの話ではないだろうか。現に公設のシェルターでは一般人に場所が秘密扱いされていない施設も存在する。DV被害者の安全という名目で情報を非公開にするのは根拠が薄弱だ。
 民間シェルターに補助金を出す場合に、極右、極左、暴力団などに流れる可能性も高い。入居者の個人情報はともかくとしてシェルターの場所や規模程度の情報は公開すべきだろう。

DVシェルターは必要か

 シェルターはDV被害者にとってあくまで一時保護の場所に過ぎないのだが、今やDV(ドメスティックバイオレンス)運動の象徴のような存在になってしまった感がある。DV(ドメスティックバイオレンス)運動家のシェルターに対する思い入れは大きい。必要性については疑いのないものとして語られ、「始めにシェルターありき」というような論調になってしまっている。 しかし、結論から端的に述べると「シェルターは必要ない」。緊急に避難する必要のある事例がやたらと強調されているが、緊急を要する重度のDV被害者についてもシェルター以外にDV被害者とDV加害者を引き離す方法は幾らでも考えられる。
 必ずしもDV被害者を現住所から移動させる必要はない。加害者を拘束してDV被害者を現住所で生活させることこそが自然である。シェルターを運営している活動家が「本来、加害者こそが家からいなくなるべきであって、DV被害者がこそこそ逃げ廻らなければならないのはおかしい」というようなことを述べているのを聞いたことがあるが、その通りである。
 DV被害者を匿うにしてもシェルターによる保護ではなく例えば警察が保護するという方法もある。
 そもそも緊急を要する暴力が発生したのであれば警察が加害者を逮捕すればよいのであって、そのための手順をわざわざDV防止法で規定してある。DV防止法がない時代にはシェルターが多少は役に立っていたのかもしれないが、今は特に必要性がない。
「シェルターのお陰で一時避難にせよ命拾いした人は多い」という意見もあるが、果たしてシェルターのお陰で命拾いした人がどれだけいるか分からない。また、もっと別の方法に同じ金と労力を注ぎ込んでいればDV被害者救済のために遥かに大きな成果を上げていた可能性だってある。警察が夫婦間暴力に殆ど介入しなかった頃にはもしかすると多少は役に立っていたかもしれないが、今ではDV防止法が成立した今では警察が対処してくれる事になっているのでもはやシェルターなど必要ない筈だ。もし警察が実際には十分に対処してくれないと言うのなら対処するように促せばよいだけのことだ。
 但し、シェルターやシェルターによる救済活動があってはいけないとは言わない。例え効率が極めて悪いにせよ個人で金と労力を負担するのであれば、それは個人の自由だから一向に構わないし、国や自治体が取り組む場合でも緊急避難が必要なDV被害者にとって有効な選択肢の一つなのだとすれば、シェルターがあっても構わない。
 問題はDV(ドメスティックバイオレンス)関連予算のうち、どれだけをシェルターに注ぎ込むか。どの場合にシェルターに受け入れるかといった枠組みをしっかり作る事が必要ということだろう。 DV(ドメスティックバイオレンス)活動家がシェルターにこだわる理由は今一つはっきりしないが、「私たちはこのやり方でやってきた」という過去の運動を懐かしむ傾向が強い。男女共同参画運動についてはそういう合理性にかける情緒的な運動は少なくない。DV防止法がなかった時代の名残で運動を続けているという惰性の状態になっている。言わば「運動のための運動」だ。過去の名残で運動を続けるという事はフェミニズムではよくある事だ。例えばアメリカでは出産休暇を廃止して有給休暇に置き換えるという企業が少なくない。これは女性の社会進出を進める上で非常に有効な選択肢の一つなので「出産休暇を廃止して有給休暇におきかえるべきだ」とジェンダーフリーの集会で主張したところ、古くから運動を続けてきたという年配の女性が「私たちが苦労して獲得した権利を放棄しろなんて許せない」という感情論で怒鳴りまくった。郷愁から抜け出すことの出来ない運動が男女共同参画の合理化を阻んでいる。
 という訳で繰り返しになるが、シェルターは必ずしも必要ない。他に考え得る様々な方法と比較した上で、シェルターの存廃を決めるべきである。

暗黒のDVシェルター

 妻の証言を一方的に取り入れるDV法の欠陥については保守系の運動家などから指摘される事がたびたびある。確かにDVでっちあげの懸念はあったが、実際にかなりの人がでっち上げによる被害を受けている。
 私が知っているDVシェルターは一つしかないが、DVシェルターの場所は一般には秘密になっている。謎の存在なのだ。
 保守派のサイトでは「DVシェルターは強制収容所のような所で、まず施設内での情報を他言してはいけないと誓約させられる。そして夫と別れるように洗脳される」と盛んに書かれてきた。携帯電話も所持金も没収され、始終見張られ麻薬中毒患者にでも接するかのような厳しい監視。にわかには信じられず最初は保守派がDV被害者活動家を陥れるために仕組んだ作り話ではないかと疑ってみた。
 しかし、調べてみるとそういう証言は何も保守派だけでなくシェルター運営の関係者自身からも批判の意見がかなり見受けられる。
 またシェルター側の紹介サイトからもルールについて携帯電話厳禁など厳しいルールがある事を示唆する内容のコメントをたびたび目にする。

 厳しい監視体制に関するシェルター側の言い分としては様々あるようだ。そもそもシェルターに受け入れる段階では被害の事実を確認していない。という事は、本当はDV被害を全く受けていないか大した被害を受けていない女が嘘の申告で入り込む可能性もある。ろくでもない入所者がかなり含まれている可能性がある。また真正のDV被害者についても心身が弱っているので麻薬中毒患者の様な挙動不審な人も少なくないようだ。勝手な事をされると規律が保てなくなるので厳しい規律で律する必要があるという言い分はあろう。  しかし、そもそもそういう事情を招いたのは自分たちの考えた方針に問題があるからであり、シェルターという存在自体に根本的な問題があると言わざるを得ない。

 DV防止法犠牲家族支援の会の野牧雅子氏のブログによると厳しいルールに耐えかね、「どうしてこんなところへ連れてきた」と母親に暴力を振るう子どももいるそうだ。暴力から守るためのシェルターが暴力の原因になっているのでは本末転倒だ。

 DVシェルターの情報を他言してはいけない理由が今一つ分からないが、果たして入所者の安全を目的としたものなのだろうか。DVシェルターの異様な監理体制を世間から覆い隠したいからではないのかという穿った見方も出来る。

DV加害者再教育プログラムの実態

 DV(ドメスティックバイオレンス)関連の運動の中でDV(ドメスティックバイオレンス)シェルターほどではないが比較的目立つ運動として「DV加害者の再教育プログラム」というものがある。
 こういった関係の書籍や講習会などは数が多い。しかし、この運動に対して疑問の声を聞くことは少なくない。
 DV被害者救済活動で有名な東京弁護士会の鈴木隆文弁護士は麻鳥澄江氏との共著「ドメスティック・バイオレンス 援助とは何か援助者はどう考え行動すべきか」(教育史料出版会)の中で次のように否定的な見解を表明している。
「この公的資金導入については無意味というほかない。そんな金があるなら暴力の被害を受けている女性や子どもに経済的な援助をすべきである」
 DV被害者救済活動家だからといって必ずしも仲間というわけではなく、それどころかDVシェルター運営者にとってDV加害者再教育プログラムは自分たちへの公的資金配分を脅かしかねない相手なのである。
 別の関係者からも同様な意見を聞いている。北海道立女性相談援助センターに勤めている女性と対談した際に彼女から「DV(ドメスティックバイオレンス)の男性加害者の再教育プログラムはあまり効果が無いという意見もある」という話を聞いた。
 当然と言えば当然だ。もともと加害者の意識を変えようという運動なので比較的ましな加害者については多少効果があるかもしれない。しかし、本当に深刻なのは全く反省していない加害者であり、言わば加害者の良心に頼るような運動だ。そんなものがあてになる訳が無い。逆に著しい効果があるのならばシェルターなんてやめてしまって、そこに公的資金を集約した方がよいのではないだろうか。
 大して効果がないということは有名なDV(ドメスティックバイオレンス)活動団体である「女のスペース・おん」の牧下徳子氏をはじめとして多くの関係者からそういう指摘を聞いている。「結局そういう人は変わらないから罰する方が効果的だ」という意見が圧倒的だ。
全国シェルターシンポジウム2005inあいち大会の「加害者プログラムと被害者の安全確保―米・英の経験から学ぶ」と題した基調講演において元ニューヨーク州家庭裁判所及び高等裁判所判事であり現在も弁護士として活躍しているマージョリ・D・フィールズ氏は「加害者プログラムは機能しないばかりか、かえって危険であり税金の無駄遣いである」と断言しているそうだ。
 二〇〇六年に名古屋のDV(ドメスティックバイオレンス)加害者や引きこもりなどの教育と称する活動をしていた名古屋のNPO法人で入所者がスタッフに殺害されるという事件が発生した。もともと評判の極めて悪い運動ではあるが、ついに死者まで出してしまった。
 このような理由で私は個人的にはDV(ドメスティックバイオレンス)加害者再教育プログラムには否定的な考えを持ち、公的資金投入には反対している。しかし、全否定はしない。この運動はシェルターによる救済やDV防止法の制定などの運動と違い、啓蒙活動である。人の意識を変えようという運動は殆どの場合効果があるのかないのか分からない。だから、「効果が無い」と証明する事は難しい。しかし、公的資金を投入するならばの話だが、自分の説を証明しなければならないのは「効果がある」と主張する肯定派の方だ。「あるかもしれないじゃないか。だから金をよこせ」は通用しない。
「再教育を受けた人を追跡調査して、その後どうなったか結果を確認すれば、効果が証明できる筈だ」と考える人がいるかもしれない。しかし、もし仮に統計をとって、加害者再教育プログラムを受けた人の再犯率が著しく低下していたとしても果たして本当に反省して人格が変わったからなのかどうかは分からない。単に処罰が恐くて一時的に反省したふりをしているだけの者がいる可能性もあるからだ。かなり長期的に渡り調査しなければ意味が無いので実際の追跡調査はかなり難しい。似たようなことは前述の鈴木隆文弁護士も指摘している。
 加害者再教育プログラムが無意味である事は殆ど明白なので行政による一切の補助を廃止すべきである。

デートDV

デートDVの定義

 デートDVの定義については「1.DVやデートDVの定義や取り決め」の「デートDVとは」で説明しているので、そちらを読んで頂きたい。

アウェアの実態

 デートDVに関して現在最も有名な団体がアウェア(aware)だ。日本財団からの支援を受けている。代表は山口のり子氏。
 この団体はDV(ドメスティックバイオレンス)加害者プログラムやデートDV防止プログラムなどを活動の柱としており、デートDV防止教育教材DVD「デートDV〜相手を尊重する関係をつくる〜」を制作している。

 この団体の活動の問題点を検証する。
 まず、既に述べた通りDV(ドメスティックバイオレンス)加害者再教育プログラムの成果は低い。
 大きな柱であるデートDV運動についても考え方に奇妙な点がある。平成17年9月8日にアミカス高宮で山口のり子氏の講演の内容を下記に記す。

DV(ドメスティックバイオレンス)最近はよく耳にします言葉ですが、大人の間だけの事ではありません。男女交際においても虐待や暴力による対等でない関係があります。
デートDVは結婚していない男女間での体、言葉、態度による暴力の事です。
親密な相手を思い通りに動かす為に複合的に使われるあらゆる種類の暴力を指します。

1.身体的暴力;相手に向かって物を投げる、たたく、噛むなど
2.言葉、心理的感情的暴力;汚い言葉を言う(ばか、ブス、デブ、汚いなど)
 無視する、嫌がらせ ストーキング、頻繁の電話、過剰な嫉妬
3.性的暴力;合意のない性交渉、交渉時に痛めつけたり侮辱したりする行為、
4.経済的暴力;お金を貢がせる

いろんな種類の暴力によって自己決定権を剥奪する。「力を持って相手を支配」する。相手を自分の思い通りにしたい。

ではどうしてデートDVが起きるのでしょうか。その一つに”暴力を甘く見る風潮”男の子は多少暴力的でもいい”と暴力容認の社会が背景となっている。
ジェンダーバイアス(社会的性差による偏見)。

*男らしさとは?*(一般的に思われている事例)
苦しくっても弱音をはかない。男は泣かない。感情を表さない。家族を養ってこそ男。強く競争に勝つ。女性を守らなければ。男は黙って・・・。
:女らしさ*
か弱い。守られる。おとなしくついていく。控えめ。貞淑、受身。夫・子供を第1に。理屈を言わない。学歴はそこそこ。家事育児は女性の仕事。

男はいつも自分が正しく、感情にふたをする事が当たり前という概念が頭にあると、思い通りにならなかった時に怒りが爆発し暴力となる。女性は自分の意見は持たず男性についていく。何か起こった暴力を振るわれてもしょうがない。こういった考え方が社会の中に根深く根づいている。
”女らしさ””男らしさ”ではなく、社会通念に左右されず”自分らしさ”を見つけよう。
*デートDVを起こさない為に*
1.間違った知識を学び落とす。(男らしさ、女らしさなど)
2.相手を尊重する対等な関係性を学ぶ
3.コミニケーション力をつける

男の子もつらい時には弱音を吐いていい、感情を表してもかまわない。女性も自分の意見を持って”嫌なものは嫌”ときちんと発言していい。

1つの事例を紹介してみます。
場面;デート中相手の携帯に電話が入り長時間話しています。あなたはいらいらします。その時の気持ちをどのように伝えますか?

男「何で食事中に長電話なんかするんだよ!」
女「だって大事な話なんだもん」
男「俺は大事じゃないのかよ。この間もそうだっただろ。もういい加減にしろ!」

このメッセージでは相手にとって批判されたり、責められたりするように聞こえます。このままけんかになりそうですね。
それでは同じ内容をちょっと言い方を変えてみましょう。

男「食事中に長電話されるといやだな。僕の事どうでもいい様に感じるよ」
女「あっ。ごめんね。でも大事な話なの」
男「そうかもしれないけれど、折角のデート中だから、食べ終わってからかけ直すって言ってくれない?」
女「うん わかった。」

自分の気持ちに焦点を当ててその気持ちを率直に相手に伝える事です。
この会話の後は、たのしいデートが続きそうですよね。

この研修会の内容は男女間の暴力となっていますが、これはいろんな立場の暴力にも当てはまるなと感じました。たとえば、教師と生徒、上司と部下、親子友人間など。「力による支配」があるところには、必ず暴力が介在します。
ただ、残念な事に現社会の中にある”ジェンダーバイアス”は私たちが小さい頃から知らないうちに刷り込まれており、大多数の人も当たり前と思っている事柄です。これを見直して学び直す事は難しいことですが、後回しにしてはいけないなと感じました。
 ジェンダーバイアスなる言葉が出てきて、デートDVの原因をジェンダーバイアスによるものと決め付けている。まず、この根拠がどこから出てきたのかさっぱり分からない。これは抜粋だから実際の講演ではちゃんと説明したのだろうか。インターネットをはじめとして様々な方法で調べてみたが、いずれもはっきりとした根拠が示されていなかった。「最初に結論ありき」という雰囲気だ。
 また、「男の子は多少暴力的でもいい”と暴力容認の社会が背景となっている」という説明と「男らしさとは」の「女性を守らなければ」という説明が矛盾している気がするが、問題ないのだろうか。
 デートDVの具体的な事例について見るとさほど差し迫った内容でないものも少なくない。この程度の事を問題にするのであれば例えば深刻な親子間暴力で悩む人を救済した方がよいのではないだろうか。

デートDV教育

 デートDVに関する啓蒙活動が授業で取り入れられている例が報告されている。
 高校などの授業で実際に採り入れられているようだ。だが、その内容には疑問がある。
 かつてジェンダーフリー活動家はジェンダーフリー啓蒙活動を強引に教育に採り入れようとして反発を買い失敗した。デートDV被害者救済活動家は多くがジェンダーフリー活動をしていた人がそのまま引き継いだものであり、講義の内容にもジェンダーフリー思想が多く入っている。
 例えば、「ジェンダーバイアス」などという言葉も聞かれるし、デートDVの原因がやたらと男女関係である事が強調されている。
 言わばデートDV教育は不評を買ったジェンダーフリー教育の焼き直しであり、別の形でジェンダーフリー教育を行っているに過ぎない。
 もちろんそういう考え方があっても良いのだが、教育に採り入れようとする発想はどうかと思う。左翼の押し付けを認めるのであれば右翼の押し付けも認めないわけにいかないからだ。
 愛国心、日の丸・君が代、道徳教育などについては強制を強行に拒んでいるにもかかわらず、自分たち特有の思想であるデートDV教育を押し付けるのはどういうものであろうか。
 デートDV教育はやめるべきだ。

デートDV危険度チェックリスト

 アウェアの代表の山口のり子著「若者のためのデートDV防止プログラム」の中に下記のようなデートDVチェックリストがある。
意識調査テスト あなたのデートDV理解度チェック

次のことがらで正しいと思うものには□の中にチェックを入れてください。なを、このホームページでは記入できませんので、下記のテストの解説から設問に関する答えを確認するか、印刷用のページを印刷して実際のテストとしてお使いください。

□ 1 DVなんておとなしかおこらない
□ 2 デートDVなんて高校生におきていない
□ 3 デートで暴力をふるわれる女の子なんてすくない
□ 4 おきたとしてもきっと1回だけだ
□ 5 望んでいないのにセックスする女の子なんていない
□ 6 いちどセックスしたら「彼女は俺のものだ」と思っていい
□ 7 デートでレイプされる子なんて自分が悪い
□ 8 お互いにきらいになって別れそうになったときおきる
□ 9 暴力をふるうのは相手を好きじゃないからだ
□ 10 暴力をふるわれる理由が女の子のほうにある
□ 11 うんと親しくなれば、女の子がいやがっても男の子がセックスした がるのはしかたない
□ 12 女の子がどうしてもセックスはいやなら避けられるはずだ
□ 13 セックスのとき男の子が避妊したがらなければ、女の子は無理強い できない
□ 14 女の子のほうから避妊してなんて言ったら嫌われる
□ 15 避妊なんて格好悪い
 ジェンダーフリー運動におけるジェンダーチェックテストを思い出させるが、あれは関係者の中からも「こんなもので意識が正確に判定できるわけではない」という疑問の声が少なからず上がっていた。
 またかという感じだが、それにしても印象的なのはやたらと平仮名が多い事だ。一体誰を対象としているのだろうか。小学生にもやって見せようという事なのだろうか。
「デートDVについて啓発するのだから何かもっともらしいことをやらなくては」という「運動のための運動」という気がしないでもない。いかにもこの手の運動家らしい。

内閣府のデートDV調査

 2007年11月9日19時55分配信 毎日新聞のインターネットのニュースに下記のような記述がある。
 内閣府は9日、10〜20代の若い世代での恋人間の暴力(デートDV)に関するインターネット調査の結果を発表した。男女とも50%が交際相手から肉体的・精神的な暴力を受けた経験があると回答。その際に相談した相手は「友達」が55.5%(複数回答)で最多だったが、42.7%は誰にも相談していなかった。
 デートDVは、配偶者や内縁関係者の暴力を規制するDV防止法が適用されず対策が難しいため、内閣府が初めて実態を調査した。事前に登録したモニター約60万人のうち10代と20代の未婚男女を無作為で抽出し、358人(男性192人、女性166人)から回答を得た。
 恋人との関係について、男性の35.4%(複数回答)、女性の56%(同)が「恋人が自分勝手な行動を取ると不愉快」と回答。「暴力を受ける側にも悪いところがある」と考える人も10.1%(同)いた。こうした考えが、デートDVが広がる背景にあるとみられる。
「恋人がいる」「過去にいた」と答えた258人のうち、男性の53.1%、女性の44.6%が携帯電話に絡む被害を経験していた。複数回答の内訳は、「電話に出なかったり、メールにすぐ返信しないと怒られた」(38.8%)▽「着信・発信履歴を勝手に見られた」(16.7%)▽「1日に何度も行動を報告するよう命じられた」(7.4%)などだった。
 このほか、恋人との間で「機嫌が急に悪くなったり、優しくなる相手にいつも気を使わされる」(33.7%、複数回答)▽「行動を制限される」(21.7%、同)▽「言葉で嫌な思いをさせられる」(13.2%、同)などの経験が目立った。
 これは2007年の調査だが、このデートDV調査では回答が358人なので通常の調査と比べて随分少ない。
 同じく内閣府が実施する「配偶者等からの暴力に関する調査」では全国二〇歳以上の男女四、五〇〇人を対象とし、平成十四年度の調査は三、三二二人(女性一、八〇二人、男性一、五二〇人)、平成十七年度の調査は二、八八八人(女性一、五七八人、男性一、三一〇人)から回答があった。平成十七年度調査の有効回収率は六四・二%だった。
 ここでは男女別の調査が報告されていないので、果たしてデートDVなるものが性差別と関係あるのかどうか分からない。
デートDVは・・・内閣府が初めて実態を調査した」とあるが、ならばデートDVが激増していると主張する人は一体何を根拠にしているのだろうか。デートDVに関する過去のデータが無いのだから比べようが無いではないか。
 また、「電話に出なかったり、メールにすぐ返信しないと怒られた」、「着信・発信履歴を勝手に見られた」、「1日に何度も行動を報告するよう命じられた」、「機嫌が急に悪くなったり、優しくなる相手にいつも気を使わされる」、「行動を制限される」、「言葉で嫌な思いをさせられる」といった事例は暴力としては比較的軽い事例なので果たしてそんなに騒ぐほど深刻な事態なのかどうかも疑問である。

オヤジ好みのデートDV運動

 原宿カウンセリングセンター所長の信田さよ子BROG「夢は枯野を駆けめぐったか?」に下記のような記述がある。
歌織被告の鑑定結果が報道されている。検察と弁護側双方の鑑定結果が責任能力なしというものだ。一致したことも異例だが、これほど歌織被告を極悪人(かつての毒婦?)と報道されているなかで出されたことも異例だ。
もともと、私はあの事件をDV被害者による夫殺しだととらえてきたし、DVの被害(夫からくりかえし殴られることの影響)がいかなるものかを一般のひとたちに知ってもらう好例だとも考えてきた。
検察側の鑑定医が国立精神神経センターの金吉晴先生だったことも幸いしたと思う。家族という密室の中で繰り返し暴力をふるうことが、相手にどのような影響を与えるのかということ、もし自分が受けているがわだったらどのような影響を受けているかを知る好機になるだろう。
残念ながらテレビでは、遺族がわの被害者感情に加担し、納得いかないという論調に終始していた。
もちろん被害者の遺族は納得いかないのが当然だろうが、できればDVの影響についても少し解説をして欲しかった。クローズアップ現代で「デートDV」の特集なんかやってる暇があったら、DVの与える影響、DVを見て育つ子どもへの影響をちゃんと報道してほしい、NHKさん!!
デートDVがこれほどもてはやされるのは、教育の一環という逃げ道があるからだろうし、いまどきの若者の問題にすり替えられるからだろう。だから私は、デートDVは扱わないと決めている。
 ドメスティックバイオレンスの被害を強調している歌織被告に関する記述には賛同できないが、デートDVに関する「デートDVがこれほどもてはやされるのは、教育の一環という逃げ道があるからだろうし、いまどきの若者の問題にすり替えられるからだろう」という主張についてはその通りだと思う。
 最近のデートDVブームで「女に暴力を振るうなんて今の若い男は情けない。俺たちの頃にはそんな事はなかった」と妙に勢いづいている中高年男性が少なからず存在する。しかし、調査によるとデートDVだけでなくDV全般について激増しているとされている(これについてはおおいに疑問があるが、既に述べたのでここでは繰り返さない)。若者だけが女性に暴力を振るっているわけではないのだが、その人たちの頭は完全に「今の若い者は」的な思想に凝り固まっている。古い精神文化を否定する事が目的の運動の筈だったのにこれでは本末転倒ではないか。
 DV運動は将来的に保守的なオヤジどもの手に落ちるだろうと予想しているが、デートDV運動はその傾向を更に加速させる事になりそうだ。

男の30%女性から暴力を受ける

「デートDV」意外な真実 男の30%女性から暴力受ける(2008/5/ 7)
 インターネットのJ−CASTニュースにこのタイトルでデートDVに関するニュースが書かれていた。内容の一部を抜粋する。
「DV」は配偶者や内縁関係など親密な関係にある人からの暴力だが、「デートDV」は、若い世代を中心とした恋人からの身体的、精神的、性的な暴力を指す。将来、夫婦間のDVに発展する心配もある。「デートDV」の深刻さをキャッチした横浜市が、2007年6月から12月にかけて市内の高校・大学に通う男女922人にアンケートしたところ、交際経験がある人の中で「デートDV」の被害に遭ったのは、女性371人中144人で38・8%。男性は204人中56人の27・5%だった。

 神戸市が07年10月から12月にかけ、市内の公立高校の男女生徒3020人を対象に行った調査では、「デートDV」を受けたことがある、と回答したのは女子が38%で、男子が28.7%だった。このうち、「なぐられたり、けられたりする」(男性3.9%・22 人、女性3.3%・21 人)、「命の危険を感じるほどの暴力をされる」(男性1.4%・8人、女性1.3%・8人)となっていて、「デートDV」を受けるのは女生徒が多いが、直接的な暴力を振るわれるのは男子生徒がやや多いことがわかった。

 タイトルを見るとDV被害者が「男」でDV加害者が「女性」とされていることに多少の違和感を感じるが、それはそうとこのデータを見る限りでは女性が一方的なDV被害者とはとても言えない。むしろ公立高校の調査では直接的な暴力を受けるのは男子の方が多い。
 デートDVの根底には男尊女卑がある筈ではなかったのだろうか。ドメスティックバイオレンスのところでも通常の暴力と比べて女性が加害者である割合が異様に高いことを指摘したが、この調査を見るとその傾向が更に顕著に現れている。
 別の調査ではどうか。
 日本DV防止・情報センターは06年10月〜07年2月、学生ら未婚男女285人(男性46人、女性239人)を対象にデートDV調査を実施した。男女とも6割以上が交際相手から肉体的・精神的な暴力を受けた経験があると回答。だが他人に相談したのは23.2%にとどまった。「相談することではないと思った」が57.4%(複数回答)、「みんなこんな関係だと思った」も29.4%(同)いた。
 この調査結果でも男性DV被害者がかなり存在するし、特に女性DV被害者が多いわけではなさそうだ。女性差別の構造が根底にあるとは考えにくく、むしろ逆の可能性すらある。

DV行政の実態

口先だけの行政

 自治体に対する不満は多くの活動家から聞かれるし、私に対する下記の様な訴えがインターネット掲示板の投稿にあった。
県で運営している婦人相談所、母子寮、私の知っている限りではこの2ヶ所ですが、県内では今、満室状態であり、受け入れ態勢はないと見ております。当〇〇〇〇では、このような状態を知り得た上で、個人シェルターを造ったわけであります。家を1軒建てるということは、人並みにはずれていると自覚しております。5月1日に開設しましたが、未だ協力者がいません。被害者の方々はわずかな人数でしたが、お世話させていただきましたが、県の認可はいただけないのです。なぜなのか−人数だろうか?内容なんだろうか?期間なのか?受け入れ態勢は万全と思っておりますが、県がなぜそれを確認しに来ないのか?○○さん(私の名前)、不思議に思いません?教訓になることがあれば、是非ご指導願いたいと思います。
 教訓や指導と言っても、私はDV被害者救済のノウハウについて多くを知らないし、無力な存在であるので具体的なコメントは差し控えた。ただ、行政にやる気が無いという事はこれまでの経験や上記の前項の理屈などでほぼ間違いないと断言できるので、その旨を伝えておいた。
 行政にやる気が無いというのは思いつきで言っている訳ではない。私は男女共同参画(最近では男女平等参画という表現に移行しつつあるようだ)関連の多くの人たちと関わってきた。私は某自治体の男女平等参画審議会の重鎮と顔見知りだが、審議会の終了後に喫茶店で、「男女共同参画に関して行政にはやる気があるようには思えない。女性票が欲しいなどの理由で、ただ、形式的に繕っているだけではないのか」という様な意見を述べた。すると、「その通りだ。やる気なんて無い。すぐに委員がころころ変わるのに、うまくいくはずが無い」と驚くほど正直に答えた。
 行政はDV(ドメスティックバイオレンス)対策を積極的に進めているような事を言って、DV被害者推奨を声高に訴えているにも関わらず、現実には前述の活動家H氏に対する様に、本当に何かをしようとする人に対しては極めて冷淡であるというのが現実である。

11月のDV月間

 いつからそうなったのは分からないが少なくとも数年前から毎年のように十一月はDV(ドメスティックバイオレンス)月間としてドメスティックバイオレンスの講演会をはじめとする啓蒙活動が全国一斉で活発に行われている。なぜそうなったのか詳しい理由はよく分からないが、恐らく行政としては「こんなに真摯にDV(ドメスティックバイオレンス)に取り組んでいますよ」という事を示したいのだろう。DV(ドメスティックバイオレンス)月間が生まれた理由はともかく、この事によって大きな問題が生じている。
「自分たちのところでもDV(ドメスティックバイオレンス)に取り組んでいる姿勢を見せたい。注目のこの時期に何もやらないわけには行かない」という事で無理にこの時期にDV(ドメスティックバイオレンス)関連のイベントを企画する公的な部署は少なくない。しかし、そういう人たちが必ずしもDV(ドメスティックバイオレンス)を理解している訳でも関心が高いわけでもない。要するに「やっているかどうかではなく、やっているように見えればいい」ということなのだ。そういう人が企画した行事というのは市民との地道な対話ではなく、有名人を呼んで大規模な講演会を開催するなど、やたら金と手間がかかって単に派手な運動に終始する場合が殆どだ。
 そのため、当然ながら全国的な傾向として、この時期にレベルの高い講師が不足する事態に陥ってしまう。中にはDV(ドメスティックバイオレンス)について詳しくないと自分で言っている警察官や吉本興業のお笑い芸人などが呼ばれる事もあるようだ。駄目な講師の実例については後で詳しく述べる。
 招聘する講師の条件については必ずしも知識や運動の実績などで決めている訳ではなく、警察官や大学教授や弁護士など、それらしき立派な肩書きがあるかどうかで決められる事も少なくない。
 講師の知名度と講演会の規模のバランスが取れていない集会も少なくない。収容人員が大きい会場であれば千人くらいの聴衆を呼ぶ事も出来る有名な講師を参加者が十名にも満たない講演会に招くといった事例もしばしば見受けられる。
 聴衆が十人だろうと千人だろうと講師の労力に一対百ほどの大差があるわけではない。小さな集会ほど効率が悪い。これだと男女共同参画予算が細切れになっているだけで却ってやらない方がよいのではないかと思う事もある。参加者が少なければ質疑応答の時間を増やすなどして少ないなりの良さを活かす方法がないわけでもないが、そういう工夫をしているところは私が見たところでは殆どなかった。
 DV(ドメスティックバイオレンス)行政に関連する職員やDV(ドメスティックバイオレンス)活動家から十一月のDV(ドメスティックバイオレンス)月間に批判が殆ど起きないのは奇妙である。もともとDV(ドメスティックバイオレンス)に関してまともな講演を出来る人事態が少ないのだ。しかも行政は知名度が高い人しか使いたがらない。それを一年のうちの一ヶ月に集中させればどんなことになるか容易に想像がつこうというものだ。上から与えられた事に対して疑問を持たずにそのまま受け入れる。そういう習慣が身についているのかもしれないし、それが役人の生き方として無難なのかもしれないが、受身ではなく個々の職員や運動家が自分で考えて積極的に改めていかなければならない。

講師の質

 DV(ドメスティックバイオレンス)やジェンダーなど男女共同参画に関する講演会は盛んに行われているが、講師の質があまりにも低い事が少なくない。
 その一例として二〇〇三年十一月に札幌市北区で行われた「いざというとき身を守るために〜警察の立場から〜」という演題で行われた講演について述べる。講師は警察官だったが、まず奇異に思ったのは最初に「私はドメスティックバイオレンスについて詳しくない」と何度も繰り返していた点だ。実際に話を聞いてみるとDV防止法すら満足に知らない様子だった。講演といってもこの人自身のDV(ドメスティックバイオレンス)に関する話は短くて殆ど中身が無かった。この人の独自の話と言えば「男の癖に被害を訴える奴がいる」という様なことを繰り返し述べていたくらいのものだ。本人がDV(ドメスティックバイオレンス)に詳しくないと言っているくらいだからろくな話が出来ないのは至極当然ではあるが。講演は主としてビディオ鑑賞と護身術の講習と質疑応答に費やされた。
 ビディオを鑑賞するだけなら何のためにわざわざ警察官を呼んだのか疑問だ。それなら自治体の職員がビディオを上映すれば良いだけではないか。DV(ドメスティックバイオレンス)に関する説明(と言っても殆どの時間をビディオ鑑賞に費やした)が終わって時間が余るといきなり護身術の講習を始めたのには呆れ返ってしまった。私は護身術を習いに来たのではなくDV(ドメスティックバイオレンス)の話を聞きに行ったのだ。
 質疑応答も中身が無かった。私が質問するとまともに答えられず怒り出した。彼は「そんな事答えられるか」と数分間怒り続けていた。私は間違った事を言ったとは全く思わなかったので「自分の言った事に間違いがあるのか」と問うと「いや間違っていない」と答えた。それなら一体なぜ私が叱られなければならないのだろうか。要するに自分にとって返答に困る難しい質問をされて即答するのが難しかったためにプライドを傷つけられた怒りからそのような態度に至ったようだ。しかも謝罪の言葉は一言もなかった。
 その後、夫から暴力を受けたと称する女性が自分の被害体験をだらだらと果てしなく喋り始め、講師が「まあまあ」となだめて質疑応答の殆どの時間を費やしてしまった。
 この講師は自分で「DV(ドメスティックバイオレンス)について詳しくない」と述べていることからもインチキ活動家と呼ぶのは違うかもしれない。私の見たところでは金儲けのために講師を引き受けたわけではなさそうだ。警察関係者という事で市の職員から依頼があったから断りきれずに仕方なく引き受けたといったところだろう。この人が悪いと言うより、知識や活動の中身を吟味せずに、もっともらしい肩書きだけで講師を選んだ札幌市職員に問題がありそうだ。
 男女共同参画においてはこの手のミスキャストの講演会は実に多い。中身が何も無い実りの無い集会であるにもかかわらず広報や新聞などに「極めて有意義な啓蒙活動が実施された」という形で紹介されることが多い。
 また、私が所属する会合でDV(ドメスティックバイオレンス)講演会の講師を誰にするか相談していた際に職員から「吉本興業のお笑い芸人も紹介されているがどうか」と言われた。直ぐに全会一致で「それは要らん」という事になったが、男女共同参画関連の講師として人材派遣会社に多くのお笑い芸人が登録されているようだ。そんな人たちがどんな講演をするかは押して知るべしだが、実際にジェンダー関係の講演を見た事があるが、あまりの酷さに呆れてしまったことがある。
啓蒙活動に関しては成果を判断する事が難しいので、集まった聴衆の数で評価しているようだ。
 結局中身などどうでもよく、ただ「私たちはやりました」という行政のアリバイ作りのようなイベントになってしまうのだ。

放置されるDVナンパ

 DV(ドメスティックバイオレンス)活動を行っている「なづな(女綱)〜ストップDV とやま」のホームページに次のような注意書きがある。
「DVサイト」を狙い、相談相手を装うネットナンパ師がいる・・・という情報があります。メールアドレスは記載しないこと、また、プライベートにおいてもそういう男性を見抜く眼を持つようご注意ください。
 このような注意書きは他の幾つかのHPでも見受けられる。
 実はDV(ドメスティックバイオレンス)活動は極めてナンパの成功率が高いと言われている。
 同志社女子大学嘱託講師の新井晋司氏は性暴力に関する彼のHPの中で下記のような但し書きを付けている。
私は被害者支援はまったくの素人です。性被害のご相談は、ホットライン(相談電話)、各種団体、専門家のサポートをご利用ください。性被害についての相談のメールをいただいても、ご返事できません。サバイバーのパートナーの方からのご相談にも、容易にはご返事ができませんので、ご理解ください。
 まともで良心的な男性研究者ならば、このように断りを入れておくのがDV(ドメスティックバイオレンス)関係者の常識だ。また、ジェンダー関連の集会などでも、「ドメスティック・バイオレンスの被害女性の救済に取り組んでいる警察関係者だ」などと称して女性の人権に自分が如何に尽くしてきたかを高らかに自慢しまくる怪しげな男性を見かけた事もある。そういう所で女性の救済を声高に訴える男性の飛び入り参加者には特に注意が必要だ。本当にまともな活動家ならそんな事はしない筈だからだ。
 まともなDV(ドメスティックバイオレンス)活動家やDV被害者の救済団体において、インターネットの掲示板やメールなどを使って専門家の男性が個別に指導するなどという事は聞いた事がない。例え、高い地位のあるDV(ドメスティックバイオレンス)専門家だからといって安心はできない。本当にDV(ドメスティックバイオレンス)関連行政などに関わっている弁護士や大学教授だからといって善人とは限らない。関係者の間では運動に取り組んでいる弁護士や大学教授だからといって信用できないというのが常識となっている。必ず、然るべき機関を通しすべきだ。そういう事がドメスティック・バイオレンス関連の掲示板では常識として喚起されている。
 私はDV(ドメスティックバイオレンス)活動家と称する男の行状の悪さを注意して、あべこべに性差別男にされて偽者や偽情報に苦しんでいる。
 また、ネカマといってインターネット上で女性を装う男もいるので、くれぐれも注意が必要だ。
 まともな活動家なら、男性がインターネットやDV(ドメスティックバイオレンス)関連の会合において飛び入りで実績を自慢したりしない筈なので、くれぐれも注意が必要だ。
 このように、暴力被害で苦しむ人たちの心を踏みにじるナンパ男の出現は、DV(ドメスティックバイオレンス)の認知が高まってくれば当然おこるべくしておきる事態である。
 心あるDV(ドメスティックバイオレンス)関連の掲示板では、女性に対して男性を見る目を養う事を勧めている。

定額給付金騒動

 未曾有の不況に見舞われた2009年に麻生政権が打ち出した政策は国民一人ずつに1万2千円の定額給付金を支給するというものであった。
「こんな事をして効果があるか」という疑問が渦巻く中で強行されているが、 定額給付金は2月1日時点の住民基本台帳を基に世帯主に世帯全員分を支給するため、居場所を知られることを恐れて住民票を異動せずに別の場所で暮らすDV被害者は受け取ることができない。DV被害者から抗議の声が上がった。「定額給付金は世帯主が受け取ることになっているので、DVを受けて別居している妻の中には給付金を受け取れない人もいるしDV夫が妻の分まで給付金を受け取るのは納得できない」というものだ。
 これを受けて定額給付金の独自支給を検討する自治体も現れた。
 話を整理するとこの騒ぎのポイントは大きく分けて二つある。
 一つはDV加害者によって配偶者や家族の分まで自分の持ち物にされてしまう事。
 もう一つは住民票を異動せずに別の場所で暮らすDV被害者が定額給付金を受け取れない事。
 どちらも問題であろうが、一体どちらを問題にしているかで話が違ってくる。DV加害者がDV被害者の分まで貰えるというのは確かに不公平ではあるが、そういう問題は何もDVに限ったことではない。選挙や健康保険証だって世帯主にまとめて送られる。事情は良く分からないが、政府としてはDV加害者に対する支給停止は考えていないようだ。従って独自に給付する自治体では二重に支給する事になってしまう。
 別居しているDV被害者のために独自に給付金の支給を考えている自治体もあるようだが、税金の無駄遣いだと思う。DV被害者が受け取れない不公平は問題かもしれないが、そのためにかかる税金をもっと別の事に使った方がよいのではないか。そんなにDVと騒ぐのであればDV施設の拡充などにあててはどうか。DV被害者全体として考えた場合にはその方が効果的だろう。
 独自支給を表明している自治体は「DV政策をしっかり行っています」というポーズをとりたいだけではないのか。
 DVがどうこう騒ぐのであれば定額給付金をやめればよいだけの話だ。元々選挙対策の思いつきではじめた下らない政策を意地でも押し通す必要はない。DV加害者に限らず暴力団にかなりの額が渡るとも言われている。定額給付金においてDVの問題は一面的に過ぎない。少しでもDVがかかわると大騒ぎする。票や話題性を追求せんがための政策は必要ない。

7.マスコミの責任

ブームへの便乗

 ドメスティック・バイオレンスという言葉が日本の社会で一般的に認知されるようになったのは、二一世紀初頭当たりからだ。  約二〇年間DV被害者の救済らしき運動をしてきたある運動家H氏は、インターネットで私に対して次の様に不満を述べている。
〇〇の掲示板にも紹介してあると思いますけど、DV(ドメスティックバイオレンス)らしきことをやってきたのは約20年くらいになるんですよ。最近ですよね? ドメスティック・バイオレンスという言葉が社会を賑わし、あるいはメディアでとりあげられ、それに便乗したコメンテーターがもっともらしく意見を述べ、さも関わってきたように報道されているということが、言葉で語ることは簡単なんですよね。事実、コメンテーターあるいは司会者がDV被害者とか行き場所のない人とかを個人的に自宅に連れ帰り、ケアをしたり面倒を見たり、その生活を守ってあげたのかと言えば、それはないと思います。
 確かにその通りで、ドメスティック・バイオレンスという言葉が流行りだすと、専門家を装う人や訳知り顔の人がやたらと増えている。書店や図書館でも、ドメスティック・バイオレンス関連の本がやたらと多い。デートDVについても同様である。
 しかし、「この人たちが本当に運動をやってきたのだろうか」と疑問に思われる人たちも少なくない。どう考えてもそんなに多くの人がこの運動に古くから関わってきたとも思えないし、そんなに詳しいとも思えない。社会派の顔をしているが、実は何もしていないという輩が少なくない。テレビや新聞などのメディアなどの大衆に伝達する極めて有効な手段を擁していながら、今まで一体何をしてきたというのだろうか。
 例え便乗であり個人的な功名心でやっているにせよ、DV(ドメスティックバイオレンス)活動を啓蒙するのはよい事だという考え方があるかもしれない。しかし、ブームと言うのは一過性のものであり、飽きられ始めてくると逆に一気に冷める可能性もある。熱し易く冷め易い性格の日本人の場合はなおさらだ。
 特に、英語を使った場合などがそうだ。例えば、一時期ウーマンリブという言葉が爆発的に流行したが、最近ではウーマンリブという言葉を使う人は殆ど見かけない。何か恥ずかしくさえあるような雰囲気である。
 単に言葉が使い古されるというだけでなく、中身まで一気に冷めてしまうという事になりかねない。特にドメスティック・バイオレンスという馴染みの無いとってつけたような英語を使っているという事が一旦運動が下火になった時に災いする可能性が高い。
 私はその点を危惧している。

テレビ

 DVシェルターを運営しているNPO法人ウィメンズ函館の方と話す機会があったが、幹部がDV(ドメスティックバイオレンス)に対する世間の理解の無さを嘆いていた。
「DV(ドメスティックバイオレンス)って騒いでいるけど、そんなに重要なことなの。どうせ一過性のブームじゃないの」という声をよく聞くそうだ。
 私が「ブームというのはその通りだし、単に便乗している人が多いのは事実ではないのか」と尋ねると、「確かにTVなどを見ているとただ面白半分に煽り立てる例が多く、私たちとしてはそんな取り上げられ方をして却って迷惑だ」という返答があった。
 DV(ドメスティックバイオレンス)報道はマスコミ全般にそれぞれ問題がある。中でもTVには特有の問題がある。TVは主として視覚に訴えるメディアなので現場の画像がないと視聴者の反応は鈍い。音声による解説と字幕だけでは視聴者としては物足りない。つまり放送する側としては妻に暴力を振るう夫の画像が是非とも欲しいのだ。しかしながら、現実問題としてカメラの前でTV局に都合よくおあつらえ向きの暴力シーンを披露してくれる有難い夫などまずいない。
 夫を散々挑発してついに我慢の限界に達した夫が妻に手を出した場面を撮影して「ドメスティック・バイオレンスだ!」と大騒ぎするという手がよく使われる。実際には恐そうな夫ではなく大人しそうな男性がターゲットになる事が多いようだ。恐い男性だと後が厄介だからだろう。
 興味本位のDV(ドメスティックバイオレンス)報道はDV被害者にとっても何の解決にもならないどころかマイナスにしかならない。

北海道新聞

 2008年3月13日の北海道新聞にドメスティックバイオレンスに関する下記の記事があった。
 昨年一年間に全国の警察が認知したドメスティックバイオレンス(DV)の件数と、ストーカー規制法に基づくストーカーの摘発や警告件数がいずれも過去最高となったことが十三日、警察庁のまとめで分かった。
・・・略・・・
 被害者の性別は98・6%が女性で、年代被害者、加害者ともに三十代が最も多かった。
 これを読んで妙に思った。と言うのは北海道新聞ではDVについて「夫や恋人などによる女性に対する暴力」という説明の記事が長年に渡り何度も大きく掲載されてきたからだ。その定義からすると如何に女性が凶暴化して男性を凌駕する体力を身に付けようとDVにおける女性被害者の割合は百%の筈だ。
 ここで述べているDVというのは一体何なのか。夫婦間暴力についてなのか家庭内暴力全般なのか。それによっては話が全く違ってくる。少なくとも「夫や恋人などによる女性に対する暴力」とは違うという事は間違いない。
 自分で作った定義を守れないのではどうしようもない。デートDVの定義も含めて大新聞は行政と歩調をあわせて一貫した定義を使う義務がある。体制に逆らうというのならまだ許せるとして同じ会社の中で記者によって定義がばらばらというのでは読者が混乱するのでやめてほしい。

NHK

 2008年2月25日のクローズアップ現代でデートDVをテーマにした放送があった。「若者に広がる"デートDV"」「深刻化する"デートDV"・恋人から暴力」という風にデートDVが広がっていることを強調していた。スタジオゲストはDVコンサルタントの中島幸子氏と作家の石田衣良氏。
 具体的な事例としては「メールに返事がないと突然殴られた」「お風呂やトイレまで行動を逐一報告しろと言われた」といった陳腐な内容であり、よほど平和で話題が乏しいのかと思わせるようなものだった。
 中身のつまらなさはともかくとして疑問に思ったのは、デートDVが増えているとする根拠が明らかでない点だ。
 既に述べた通り内閣府の調査は緒に就いたばかりであり2008年2月25日現在、内閣府のデートDV調査はまだ一回しか行われていない。
 要するにデートDV関連の仕事をしている人たちがデートDV相談が増えていると証言している事をデートDVが激増している事の根拠としているらしいのだが、話題になったからDV相談が増えただけの事で実数がそんなに増えているとも限らない。
 客観的で中立であるべきNHKが民法のように興味本位で視聴率が上がりさえすればよいという態度でよいのだろうか
 あまりにもお粗末と言わざるを得ない番組であった。

週刊ポスト

 夫の三橋祐輔氏を殺害し遺体を切断した元妻の歌織被告に対する懲役15年の判決が2008年4月に言い渡された。
 判決については重すぎるという意見と軽いという意見に大きく分かれている。
 ここではDV(ドメスティックバイオレンス)がキーワードになっている。
 この事件について週刊ポストの5月9・16日GW合併特大号にもとんでもない事が書かれている。
 歌織被告のバラバラ殺人は「全裸緊縛写真」が引き金だった というタイトルの記事だ。一時はシェルターに収容されたものの夫の祐輔氏の元に戻った理由について、彼女が三橋祐輔氏に無理やり撮られた全裸緊縛写真が理由だというのだ。
 しかし、週刊ポスト誌の記事を読んでみると明確な証拠があるわけではなく単に歌織被告の友人が歌織被告本人からそう聞いたというだけのことなのだ。見て確かめた訳でもなく友人の単なる伝聞をいかにも衝撃的な真実であるかのように書いている。
 遺体が発見された際に「夫とは違う」と平気で義母を騙すような女の証言がどうして信用できるというのだろうか。
 証拠の実物がないし、友人だって見てもいないのだから、そのような物は存在しないと解釈されても致し方あるまい。
 ドメスティックバイオレンス・デートDVとか全裸緊縛というキーワードが入ると週刊誌としては話題性があり喜ばしいのだろうが、いくら私企業とはいえただ商品が売れればよいというものでもあるまい。

アエラ(AERA)

 朝日新聞出版のAERA2008年5月5日増大号は三橋歌織被告に対して同情的な記事を載せている。同誌は男性に対して極めて無神経な雑誌とは常々感じていたが、全ての女性が歌織被告に同情的であるかのような記述があった。アンケートをとったのだろうか。しかし、アンケートをとったという記述はどこにもない。一体何を根拠にそんな事を書いたのだろうか。
 歌織被告はかつて夫からかなり酷いDVを受けた経験があるようだ。その点で情状酌量の余地があるという意見も多い。
 しかし、この件に関しては果たして情状酌量の余地があるかどうか疑問だ。なぜなら彼女は生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれて犯行に及んだわけではないからだ。夫の三橋祐輔氏はDV認定されてからは暴力を振るっていないようだ。
「経済的に有利な条件で離婚に臨んだが、自分に有利な条件での離婚が困難になったために腹を立てて殺害した」。このように検察は考えている。
 決して緊急避難的な殺人ではない。夫に報復したいのであれば裁判に訴えればよいだけの話だ。
 最近では夫を殺害した妻は殆どがDV(ドメスティックバイオレンス)を言い訳にしている。歌織被告のような身勝手な人物を軽い罪に済ませてしまうのでは妻の夫殺しに拍車をかけかねない。女性に対する暴力の抑制には全くつながらない。
 DVやデートDVを言い訳にした殺人に対しては極刑で望むべきである。
 大した根拠も無く女性であるというだけで殺人犯に対して同情的な報道をするAERA誌の態度は犯罪を奨励していると言っても過言ではない。
 AERAとは対称的な記述がasahi.comにある。
殺意の正当化を非難、争点はDVから妻の「心」へ
2008年04月28日15時16分
 夫からの暴力で絶望的な気持ちになったとしても、夫を殺すことまでは正当化できない――。東京・渋谷の夫殺害事件で三橋歌織被告(33)は28日、懲役15年の判決を受けた。東京地裁で進められたスピード審理の中で、争点は「なぜ犯行に及んだのか」から「責任能力はあったのか」へと大きく変わり、異例の展開をたどった。
 「被告の精神障害は、責任能力に問題を起こす程度ではなかった」。河本雅也裁判長は、判決でそう指摘した。
 被告が事実関係を認める中、犯行当時の責任能力をどうとらえるのか。この点が焦点となって公判は進んだ。
 三橋被告は、精神鑑定医が同席した2月12日の被告人質問で、自らの精神障害の症状について初めて説明した。「周りが映画のワンシーンのように見えた」「大きな白いボールに包み込まれていた」
 それまでの公判で被告は、夫からのドメスティックバイオレンス(DV)や殺害時の詳しい状況について、よどみなく語っていた。
 「右手で(ワインの)瓶を逆さまに持ち、いっぱい、たたいた。彼の頭の部分に当たり、彼は『何で』と言って向かってきた」。三橋被告は時に涙を流しながら「夫が怖かった。24時間監視されている感じだった」と訴えた。
 DVを避けるためのシェルターに一時入所した後も、夫の暴力が続いていたのか。そう問われると、身ぶりを交えながら「偶然を装って、両腕をひねって首を絞めるなど暴力が注意深くなった」と説明していた。
 こうした訴えは、「夫からの暴力がなくなった後も、自分に有利な条件で離婚しようと画策していた」という検察側の指摘と、激しく対立。三橋被告が公判で反論する様子はワイドショーなどで詳細に報じられ、法廷での被告の発言は注目を浴びた。
 精神鑑定が転換点となった。「犯行当時、『もうろう状態』で責任能力が問えなかった可能性がある」とする結果が3月10日の法廷で報告されると、三橋被告は供述内容を大きく変えていった。
 「両手でボトルを持っていたが、体が重くて仕方なくて(夫の頭に)下ろした」「殴るところは実際には見ていないし、関係ない物が見えていた」。「カウンセリングの代わりの感じで(医師に)話した」という鑑定結果からは、弁護人も知らなかった内容が次々と明らかになった。
 殺害や遺体を切断した詳しい状況を問われると「覚えていない」と繰り返す一方で、警察に捜索願を出したり、凶器となったのこぎりなどを実家に送ったりしたことについては「自分がやっていることを分かってやっていた」とも述べた。
 「心神喪失」だと認められれば、三橋被告は無罪となる。だが遺体が見つかった後も夫の母親と電話で「警察で夫でないと確認した。別人で良かった」と一緒に泣き、公判で「私が間違いなく犯人」と悲惨な犯行の事実を認めた被告が、罪に問われなくてよいのか――。精神鑑定そのものに疑問を投げかける声まで上がり、犯行当時の被告の心情と事実に迫る難しさも、浮き彫りになった。
 三橋被告は、法廷で初めて夫の両親に会ったという。厳罰を求める両親に、三橋被告は「心からおわびいたします」と謝罪した。だが、夫に対する気持ちを問われると、三橋被告はこう振り返り、謝罪の言葉を口にすることはなかった。
 「彼に対しては、自分の犯したことを考えると、あまりにひどいことをしてしまったので、私自身まだ整理がついていないというのが正直ある」(河原田慎一)

 私の感覚からするとこちらの方がどう考えても正論に思える。

藤原紀香と陣内智則のDV騒動

 超人気芸能人の藤原紀香と全国的には知名度の低い芸能人である陣内智則の結婚は非常に大きな話題となり結婚式の模様はテレビっで大々的に報道された。しかし、約二年で離婚に至っている。芸能人の離婚は珍しくないが、それにしても早過ぎた。
 この理由についてマスコミからは陣内智則によるDVがあったと盛んに報道されている。事実はどうなのか検証しよう。
 藤原紀香側は陣内智則によるDVがあったとしているが、陣内智則はDVを否定している。そもそもDVと騒がれているが陣内智則は裁判で有罪判決を受けた訳でもなく起訴もされていない。それどころか逮捕すらされていないしDV法の保護命令を受けた訳でもない。要するに法的には無実だ。
 DVがあったとするマスコミの根拠はどうやら藤原紀香と建築デザイナーの直居由美里氏の二人の証言を基にしているらしい。藤原紀香は当人だから事実を当然知っているだろうが、直居由美里氏の証言については「藤原紀香が陣内との喧嘩で小指の爪をはがす怪我をしたり、陣内によって引き釣り回されたりした」というようなものなのだが、一つはっきりしない点としては本人が目撃したのかという点だ。嘘をついたと断定する気はないが単に藤原紀香からの伝聞をマスコミに紹介しただけなのではないのだろうか。
 そうだとすると唯一の証拠が藤原紀香自身の証言だけといういう事にならないか。
 そもそもDVがあったかどうか詮索する事に意味が無い気がする。既に当サイトで何度も解説した通りDVの基準はどんどん緩和されて「誰が食わせてやっていると思っているんだ」と言っただけでもDVだし、ついには無視する事までDVとされてしまった。愛情の冷めた夫婦間で対話の無い状態など当然の様に存在するのでDVがあったとしても不思議はないし、うんと広い意味での恐らくあっただろう。

 そもそもDVは行為の悪質さを示す指標ではないからDVがあったかどうか詮索しても全く意味が無い。 せいぜい揉みあった時にやたらと長い爪が割れた程度の可能性もある。 DVがあったかどうかでどちらが良いか悪いか嘘か本当か決められる話ではない。

 つくづくDV騒動の無意味さを感じさせる典型のような話題である。

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