JJ3GXQ
アマチュア無線ワ−ルド

アマチュア無線事始め
無線機とアンテナ
去っていったリグたち
アワ−ドの事
堀江謙一さんとの交信
Hobby Roomへ


*当局とQSOされた方でカ−ドが未受領の場合はメ−ル掲示板でご連絡下さい。
100%完全発行してますが、迷子のカ−ドもあるようです。

 

日本アマチュア無線連盟 アマチュア無線を始めたいという方、一度見て下さい。
大阪、中野無線 大阪は日本橋のお店は小さくても無線に関しては老舗中の老舗。なんでも御相談にのってくれます。
淡路島は緑町の
JS3EZZのホ−ムペ−ジ
私と同じメンバ−でこちらはベテランOM。コ−ルサインはJS3EZZ。無線に関してはなかなかの行動派。淡路島七福神アマチュア無線倶楽部のことがわかります。アワ−ド希望の方は是非、訪問して下さい。
6エリアは春日市
JG6TYNのホ−ムペ−ジ
九州は福岡の松山氏のホ−ムペ−ジ。アマチュア無線家のHP作りに、すごく参考になります。また、松山氏は趣味が豊富でどんな話題も0Kです。楽しいQS0が出来ますよ♪
JI7DPI,の
こだわりのホ−ムペ−ジ
東北は岩手、宮古市の山根氏のウエブサイト、ちょっと一言のペ−ジ、考えさせられます。ロックも好きでエレキギタ−、ストラットキャスタ−を弾かせたら、リッチ−ブラックモアよろしく右に出る者は−−−−?
小島教官のウエブサイト 7M4FWH、現在長野県は大町の教習場で2,4輪の教官です。ハムでオフバイク好き、愛車はXLR250!今いるQTHが羨ましいです。何故ってアルプスに囲まれてます。山好きの私にとってはね、そこは。
コ−ルサインはJJ3GUW、彼のおかげ?で無線を始めました。バンド時代はドラムス担当、高校卒業後、一人で僅かばかりのお金とザックとシュラフを持ってシベリア経由でヨ−ロッパへ。ロンドン滞在記はとても長いですが、必読の価値あり。よろしくお付き合いを、私JJ3GXQも登場いたします。
JA6MBYのHP 福岡は小郡市の田中さんのサイト、仕事の都合で国内色々と。奈良はとりわけ13年!
関西に精通し九州弁は忘れたそうです。特に6mバンドがお気に入り。
ダブルさんJI3FSWのHP 読売アワ−ド一万局達成の0Mです。マラソンマン(通称、炎のランナ−)でもあり年の割には元気です。
JN7AKY大志田さんHP 岩手は盛岡市の大志田さんのサイトです。移動運用が好きで、7エリアのリクエスト受付中とか!



























アマチュア無線

---
アマチユア無線事始---                                                                                    
アマチュア無線を始める前はKING OF HOBBYとか云われてる事ぐらいは知っていたんだけれど、実際は回りにやっている人が居なかったのであまりよくわからなかった。ほとんど関心がなくていつしか忘れていました。今となっては回りに一杯いたんのですが。  これはいいなって初めて実体験したのは、子供が小さかった頃、東京から洲本に帰ってきた友人の(現JJ3GUW)の家族らと東京時代に毎週のごとく行っていた信州(長野)へキャンプ旅行に行こうということになり、夏のお盆休みに霧ケ峰や八ヶ岳に行った時でした。

出発前にハンディーレシーバー(受信機)を渡され、2台の車に家族とキャンプ道具を積んでいざ出発。(携帯電話も今ほど普及してない時代でした。 根本的に違うんだけれどね、前者は特定の相手で通話料もかかるけれどアマチュア無線は特定の相手も含めて、不特定多数と話が出来、通話料はかからない。 ただ、僕は無線の免許を持ってなかったので、受信のみ出来るレシーバーを持たされたってこと。)

片やトランシーバー、片やレシーバー(受信しか出来ない。)だから通話は出来ないものの、Masaからの指示は走行しながらでも受けられる。 高速走行中でも、次どこそこのPA,SAでトイレ休憩しようとか、いちいち車止めて話す必要もないしね。 間に何台も車が入っても彼からの指示は明瞭に受けられる。 こんなおもちゃみたいな物でも結構電波が飛ぶのには、いや-驚きました。 アマチュア無線で電波を飛ばすには国家資格がいるのですが、勿論当方、無線免許は持ってません。 だから僕が使えるのは受信機のみで、これなら免許のない僕でも何ら問題なく使えるってわけだ。

彼が使っていたトランシーバーの電力0,15w。 会話の前に「こちらはJM1TBC/モ−ビル、次のSAで休憩します」って感じで指示をして来る。 普通は相手のコ−ルサインを頭につけてから交信が始まるようですが、なぜこんなことを云うのかその時は分らなかったけれど無線がドライブ中、キャンプ場でもとても便利だと云うことはこの時痛感して興味を持ちました。
それから半年後ぐらいで淡路の地元でもアマチュア無線第四級の講習会があり友人何人かと受講してようやくアマチュア無線を理解し免許証を取得しJJ3GXQという世界に一つしかない、世界中で通用するコ−ルサインを手に入れたのです。 

無線従事者免許証と無線局免許証を取得してからは先ず中古のハンデイ−機アイコ ム社の IC-PT2という145MHZのFM機を購入しました。これはJJ3GUWが145MHZのハンデイ−機を持っていたのでこれで彼とは簡単に交信しあえたからです。お互い常時スタンバイ(待ち受け状態)」にしておけば、JJ3GUW聞いてますか。こちらJJ3GXQ、お-い今、何してんの?今日こんな事あって-どうのこうのとよくおしゃべりしてました。ロ-カル(ここでは無線仲間)で無線を使って話すことをラグュウといいますが、彼とは家が見通しの距離(直線距離で1キロあるなし)だったので、わずか3ワットの出力でもなんの問題もなく交信出来ました。

でも同じ時期に免許を取った仲間たちとQSO(話す事)するには送受信する為の空中線(アンテナ)が必要でした。電波のその時コンデション、山や建物などの遮へい物などにも左右されるので、勿論距離が離れてるとある程度の送信出力もいるのですが。    無線を始めるには色々と設備、準備が必要で、無線機、アンテナ、アンテナケ−ブル、スタンドマイク、SWR計、各種フィルタ−、コネクタ−類などまたOM(無線のベテラン)の指導、協力もね。最初は何もわからなかったので、JJ3GUWには大変お世話になりました。

彼が淡路に帰ってきて友人達に無線の免許を取らせたのは彼の魂胆だったのですが。東京時代に築いた仲間達を淡路にもつくり、ましてや最強のDX、海外交信、集団を構築せんとする。しかしそのもくろみははかなくも履がえされましたが、実際DXもやるのは当局のみ。しかし彼には今となっては皆感謝してると思います。新しい楽しみを増やしてくれたことでね。)

当時は比較的空いていたバンド50MHZ(6m)を仲間用として運用していきました。いつでもみんながスタンバイしておき、一人が誰かを呼び出して二人がQSOしているとそのうち、その会話をワッチ(受信)してもう一人が会話に加わって話が盛り上がる、そんな事が多々ありましたね。開局申請はHF3,5〜29MHZ,50MHZ,U,VHF,の145,433MHZ。の範囲で行いました。また無線をするには不特定多数の人と交信するので交信証(QSLカ−ド)が必要です。それを交換するのでそれも作らなくてはいけません。間違いなく貴局とは何年、何月、何日、何時何分にどのバンド、どの周波数で交信しましたという証明書です。 JJ3GUWの提案で珍しいロ−カル色を出したいというので淡路島の伝統郷土芸能で淡路人形浄瑠璃にしようということでその人形浄瑠璃の人形をモチ−フにつくりました。
                        これがそのカ−ドです。

当局のQSLカ−ド第1号です。                       





    無線機(リグ)とアンテ ナ

現在所有して運用しているリグとアンテナは以下の通りです。                        
(固定機)
*八重洲FT920S           
  HF,50MHZを使える3台目のリグで気に入ってます。                             
*アイコムIC820
  144,430MHZのデユアルバンダ−のオ−ルモ−ド機。

 (ハンデイ−機)     
*アイコムIC-T22
  145MHZFM機
                                                            *アイコムIC-W31
  145,430MHZの2バンドFM機
                                                            
*八重洲VX-5
  50,144,430MHZの3バンドの送受信可能なFM機。他短波、
  AM,FM,TV音声受信可能な多機能ハンデイ−機。コンパクトで
  アルミダイキャストの頑丈なボデイ−、最大5ワット
  送信可能で今一番気に入ってよく使ってます。      
               
 
(モ−ビル機)
*八重洲FT900S
  HF機で操作パネルと本体が離れ、本体はシ−トの下でパネルは
  ダッシュボ−ド部に取り付けてます。国内交信はもとよりDX
  (海外交信)も楽々OKです。ほんまかいな?

*八重洲C5900
  50,145,430MHZの3バンドのFMカ−トランシバ−。ロ−カルとの固定や
  モ−ビルからの連絡や気軽にV,UHF運用が楽しめます。車からはマイクを
  持たなくてもいいハンズフり−で運用してます。走行中は先ずは安全運転                            
*八重洲FT290MKU 
  144MHZのポ−タブルオ−ルモ−ド機でアウトドアで主にSSBで運用。

*八重洲FT690MKU
  50MHZのポ−タブルオ−ルモ−ド機。FT290と姉妹機でこのバンドは
  Eスポが開くと北海道や沖縄の局がすぐ近くの局とQSOしてるように
  強力に入感しているかと思えばあっという間にコンデションが落ちてしまう
  為非常にスリリングで楽しいバンドです。

  以上の4台の無線機を車に常時積んでます。
           (いつでも、どこでも無線が出来ます。)??

     







    アンテナについて                                      
  固定用のアンテナの設備はあまり良くありません。
  本当はもっとお金をかけて何十メ−タ−もあるタワ−や、自動昇降の
  クランプアップタワ−とかを建てて何エレもある八木アンテナを
  欲しですが、いかんせん、先立つものがありません。現状はHFは
  ナガラのバ−チカル、いわゆる垂直GPアンテナです。 周波数は
  7,14,21,28MHZの4バンドです。50MHZもGPです。
  145,430MHZもGPです。すべて二階のベランダからあげてます。              
  ちなみにメ−カ−は第一電波工業製。

  モ−ビルアンテナのHFも第一電波工業のMDシリ−ズ,
  モノバンドの7,21,28のカ−トリッジコイルを交換して使うタイプです。
  あと50,145,430はトライバンダ−アンテナのCR627を使用。
                            





   去っていったリグたち!! 
     
*ケンウッドTS730V
 開局当時JJ3GUWに借りていたリグ。現在JK3HSKが所有。

*八重洲FT840S
 初めて自分で購入したHF機。

*トリオTR750
 145MHZのオ−ルモ−ド機でJJ3ECUより廻してもらい現在JJ3EYNが所有。

*アルインコDR06SX.とDR10SX
 50と145MHZのモ−ビル機でJJ3EYNが使用中。

*スタンダ−ドC5700
 145,430MHZの2バンドモ−ビル機。C5900に買い換えのため下取りに。

*アイコム IC-PT2
 145ハンデイ−機でJJ3ECUのロ−カル局へ(開局のため)格安譲渡。

*スタンダ−ドC510
 145ハンデイ−機でJK3HSKへ格安譲渡。

    
 



    アワ−ドの事


免許を取った最初の頃はロ−カル達と50,145MHzで、家から車からいわゆるトランシバ−ごっこばかりやってました。でもそれだけでは、すぐ飽きてしまいます。折角QSLカ−ドも作ったことだし、いろんな人達と交信しなくてはと思い、当時コンデションの上がっていた21MHzの短波帯もはじめました。

CQを出している局になかなか呼びかけ出来なくて、やっとこちらのコ−ルサインJJ3GXQを呼んでもらった時はドキドキものでした。 しかし、慣れればどうってことないんだけれど。そうやって7,21,28,50、145,433MHzと交信回数も増え自らもCQを出せるようになりました。いわゆる(はまった)とゆう時期でホ−ム(家)からモ−ビル(車)から、しばらく無線三昧の日が続きました。      

何年も前のことですよ。そうやって毎日、色んな周波数で多くのひとたちとQSOしていたのでQSLカ−ドも沢山集まりました。毎月JARL日本アマチュア無線連盟から届くカ−ドの整理も大変でした。各エリア別、周波数別、アルフアベット別にね。そうこうしているうちにアワ−ド(あなたはよくガンバリましたといういわゆる賞状です。)にも関心が起こりアワ−ド取得に結構頑張りました。
日本アマチュア無線連盟発行の簡単なものから取得していきました。以下がそうです。
左上はAJDといって日本の10エリアと交信してQSLカ−ドが揃えば貰えます。7Mhz SSBの特記付きです。HFを始めると誰もが取得出来ると思います。上手くいけば一日で交信出来る時もあります。     N0−51297

真中は同じく21MhzのAJD、このバンドはコンデション(電波状態)に左右されるので一年では難しいかも知れません。    N0−51894
 
右上はWAJAといって日本全国1都1道2府43県のアマチュア局と交信してカ−ドが揃えば申請して取得出来ます。簡単なようですが、わりとよくワッチして根気がいります。                  N0−19676

下2枚はJARL信越支部発行の長野五輪記念のアワ−ドです。7Mhzだと割と簡単でした。        N0−616、391

      
      他に取得したアワ−ドは以下の通りです。
*JCC 7Mhz,SSB --日本の100市と交信  N0−31425

*JCG 7Mhz ,SSB--日本の100郡と交信  N0−7828

*8Jジャパンスペシャルコ−ルアワ−ド−−特別記念局と交信 N0−0169

*50Mhz−100−−50Mhzで100局と交信  N0−9305

*144Mhz-100-----144MhzSSBで100局と交信  NO-4933

*435Mhz-100-----435MhzFMで100局と交信  N0−2450

*紋別市オホ−ツク、タワ−オ−プン記念
               氷海展望搭賞        N0−128

*JARL70周年記念アワ−ド関係4枚

*淡路島七福神アワ−ド関係9枚(達成賞含む)

などですが、多分QSLカ−ドの整理をすればもっと取得出来るのですが、ちょっと最近面倒くさくなってます。





     


     
堀江謙一さんとの交信

1996年春に太平洋ひとりぼっちで有名なあの堀江謙一さんがまた、南米のエクアドルから東京への約120日間の航海の旅に出るという話をマスコミやCQ誌で知りました。今回も無線機を積んで航海中、各局と交信するらしい。今回、航海に使うヨットはソ−ラ−パワ−システムの特製ヨットで名前はずばりモルツマ−メ−ド号。今から思えば割と話題になっていたように思います。ヨットには食料などの生活必需品のほか無線機も積み込まれていました。広い太平洋上で自分がいる位置や無事を報告しなければならないという義務からでもありましたが、多くのアマチュア無線家と交信会話をすることで孤独感をいやす目的もあったと思います。


堀江さんが太平洋をひとりで渡るという冒険を始めたのは約37年前で、この時はラジオしか積んなかったので誰とも話し(交信)をする事が出来ず、独り言をつぶやいたりして、たった一人で冒険航海する孤独感をかみしめたようです。無線機を積んでの航海は2回目からで、この時から独り言はなくなったとの事です。


そうして交信する局数も増えてついに堀江さんをサポ−トするアマチュア無線家の417グル−プが結成されました。何故417グル−プかというと交信時に使用する電波の周波数が決まって21,417Mhzだったからです。アメリカ、ハワイ、日本に約90名いて、仕切り役を日本とハワイ、そしてアメリカ西海岸で立ててそのコントロ−ラ−同士が連絡を取り合いながら、スム−ズに話が出来るように電波の交通整理をするのです。


アマチュア無線を始めてから活発に交信していた時期だったのでこれは是非とも実現しなくてはと思いました。堀江さんが日本に近ずいたこの時は北海道の根室の局が仕切っていて交信希望の局を1エリアから10エリアまで交信開始時間の前に募ります。先ずこのリストに載ることが大前提でした。堀江さんとの交信は1時間限りなのですが、順番が回ってきても、その本番で電波のコンデションやアンテナの設備によっては堀江さんの信号が全く聞こえないこともあるのです。


さて当局、JJ3GXQはというとリストを取る時はBFなアンテナ設備とはいえ、北海道8エリアのキ−ステ−ションからはなんとかピックアップしてもらいました。交信時間にはモ−ビルを駆って洲本の柏原山までの登りました。何故、山に上がったかというと前にもリストアップしてもらい家から堀江さんとの交信を試みたのですが、全く信号が聞こえませんでした。それでロケ−ションの良い山に行きました。山頂で太平洋も近いし、ましてや、そこへは家から十数分で行けるのです。


さあ、リグのスイッチをいれ周波数を合わす、今、2エリアとの交信が始まっている。やはり交信を断念する局がある。いよいよ3エリアだ。やはりここはロケがいい。堀江さんの声、信号が入感している。よし今日は行けるぞ。ガイド局が次、GXQどうぞ。はい。「JR3JJE/MM,堀江さん聞こえますか。こちらはジュリエット、ジュリエット、スリ−ゴルフ、エックスレイ、キュ−ベック、ポ−タブルスリ−JJ3GXQ/3です。兵庫県淡路島の洲本市にレポ−ト53で入感です。」「こちらにもRSレポ−ト53で入感してます。今、東経何度、西経何度、小笠原諸島何々島付近です。元気で航海続けてます。あと少しで東京です。カ−ドはQSLマネ−ジャ−まで送って下さいね。」やった交信成功!この時の交信証は、後日QSLマネジャ−のJA6RLM局より日本アマチュア無線連盟経由で無事に届きました。


(注)/MMとはマリンタイムモ−ビルの略で海上移動中の事です。陸上で移動運用中でしたら/ポ−タブル何処其処、当局の場合は/洲本市という訳です。 
(追記)堀江さんは1999年にもアメリカから太平洋を横断してますが、この時はアルミのビヤ樽で作ったヨットで航海しました。この時は当局、交信はしませんでした。
              
       

BACK