ヌワンコ・カヌ
Nwankwo Kanu |
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フルネーム |
ヌワンコ・クリスチャン・カヌ Nwankwo Christian Kanu |
| ニックネーム |
パピリオ |
| 国籍 |
ナイジェリア |
| 生年月日 |
1976/8/1 |
| 出身地 |
オウェリ |
| ポジション |
FW(CF),MF(OH) |
| 身長 |
197cm |
| 体重 |
80kg |
| 代表デビュー |
1994/5/5 |
| 管理人評価 |
B |
| 所属クラブ |
| 1991-92 |
フェド・ワークス |
| 1992-93 |
イウアンヤンウ |
| 1993-96 |
アヤックス(オランダ) |
| 1996-98 |
インテル(イタリア) |
| 1998-04 |
アーセナル(イングランド) |
| 2004-06 |
ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(イングランド) |
| 2006- |
ポーツマス(イングランド) |
| 主なタイトル |
| 1994/95 |
UEFAチャンピオンズリーグ優勝 |
| 1995年 |
インターコンチネンタルカップ優勝 |
| 1996年 |
アフリカ年間最優秀選手(CAF) |
| 1999年 |
アフリカ年間最優秀選手(CAF) |
| コメント |
難病である心臓弁膜症を克服した心優しきファイター。恵まれた体格を活かしたポストプレーには定評があり、足元も器用な現代的FW。
弱冠15歳でナイジェリアのクラブチーム、フェド・ワークスに入団し、そのシーズンに早くも30試合に出場、9得点を挙げている。この頃のカヌは他の同年代プレーヤーと比べて体格、技術共に際立っており、世界で最も将来を渇望される選手の一人だった。1993年U-17優勝を機にアヤックスに引き抜かれ本格的なキャリアを歩み始めると、1994/95シーズンには10代にして早くもUEFAチャンピオンズリーグ優勝を経験。1996年にはナイジェリアにオリンピック金メダルをもたらし、同年インテルに移籍した。
誰もが羨むエリートコースを歩んでいたカヌだが、インテルで受けたメディカルチェックで重大な事実が判明する。それが心臓弁膜症という大病であり、この耐えがたい事実はインテルとカヌ自身に大きな影を落とした。だがインテルのフロントはそれを理解し、カヌに病気を克服するための時間を与える。1996年11月28日、アメリカで数時間にも及ぶ手術を受け、なんとか一命をとりとめた。だが「走る事ができるようになる可能性は有るが、サッカーをプレーする事など論外」という医師の言葉が示しているように、選手生命は絶たれたように思われた。それでもカヌは決して諦めなかった。必死にリハビリに励み、一人で歩けるようになり、走れるようになり、やがてボールを蹴り始めた。
1998年2月9日、サッカー界にとって最良の日が訪れる。ヌワンコ・カヌが15ヶ月間のブランクを経て、再びピッチに登場したのだ。アウェーのフィレンツェにも関わらず、観客は大きな歓声を上げカヌの勇気を称えた。結局インテルで過ごした3シーズンは12試合に出場し1得点を挙げただけだったが、カヌにとってこの3シーズンで得たものは、計り知れないほど大きいものだった。 |
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