サルバトーレ・スキラッチ
Salvatore Schillaci |
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フルネーム |
サルバトーレ・スキラッチ
Salvatore Schillaci |
| ニックネーム |
トト |
| 国籍 |
イタリア |
| 生年月日 |
1964/12/1 |
| 出身地 |
パレルモ |
| ポジション |
FW(CF) |
| 身長 |
175cm |
| 体重 |
70kg |
| 代表デビュー |
1990/3/31(通算16試合,7得点) |
| 管理人評価 |
B |
| 所属クラブ |
| 1981-82 |
パレルモ |
| 1982-89 |
メッシーナ |
| 1989-92 |
ユベントス |
| 1992-94 |
インテル |
| 1994-98 |
ジュビロ磐田(日本) |
| 主なタイトル |
| 1989/90 |
UEFAカップ優勝 |
| 1993/94 |
UEFAカップ優勝 |
| コメント |
特別なフィジカルも、特別な技術も、特別な精神力も持ち合わせていなかった。ただ一つだけ、ゴールとボールを結びつける難解で非不変的な方程式を知っていた。それだけでゴールを量産した。
「トト」のニックネームで親しまれたサルバトーレ・スキラッチのハイライトを見つけることほど簡単なことは無い。ジャンルカ・ビアッリがエースとして期待された1990年ワールドカップ。ビアッリは不甲斐ないパフォーマンスに終始し、イタリア代表は遂に大きな決断に至る。初戦のオーストリア戦でワールドカップの舞台にデビューしたスキラッチは、リーグ戦ではユベントスの選手として活躍した。しかし彼に対しては懐疑的な声が多かった。なにしろスキラッチは今まで平凡なプレーしか見せていなかったからだ。しかしそれも杞憂に終わる。スキラッチは相手ゴール前にボールがあるとき、なぜかゴールを決めるための最良のポジションに位置していた。後は足を一振りすればよいだけだった。初戦のオーストリア戦に途中出場すると、出場から僅か3分後の78分に先制ゴール。これが決勝ゴールになり、イタリア代表は堅守とトトのゴールで勝ち進む。準決勝でアルゼンチンに敗れるものの、スキラッチはアメリカ戦を除く全ての試合でゴールを記録。彼は常に主役だった。
ワールドカップ得点王に輝いたスキラッチは一躍スターダムにのし上がるも、その後ユベントスでポジションを失いインテルでも活躍に至らず。選手生活の晩年には魅力的なオファーを受け日本のジュビロ磐田に移籍。しかしながら怪我が多く、満足に活躍できた年度は1995年だけだった。同年度は34試合に出場31得点を記録した。 |
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