マリオ・ケンペス
Mario Kempes |
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フルネーム |
マリオ・アルベルト・ケンペス Mario Alberto Kempes |
| ニックネーム |
エル・マタドール(闘牛士) |
| 国籍 |
アルゼンチン |
| 生年月日 |
1954/7/15 |
| 出身地 |
ベルビジェ |
| ポジション |
FW(CF) |
| 身長 |
181cm |
| 体重 |
78kg |
| 代表デビュー |
1973/9/23(通算43試合,20得点) |
| 管理人評価 |
S |
| 所属クラブ |
| 1964-68 |
タジェレス・ベルビジェ |
| 1968-71 |
アトレティコ・ビブレティカ |
| 1971-73 |
インスティテュート・AC・コルドバ |
| 1974-76 |
ロサリオ・セントラル |
| 1976-81 |
バレンシア(スペイン) |
| 1981-82 |
リバープレート |
| 1982-84 |
エルクレス・アリカンテ(スペイン) |
| 1986-87 |
ファースト・ビエナ(オーストリア) |
| 1987-90 |
VSE・ザンクト・ペルテン(オーストリア) |
| 1990-92 |
クレムザーSC(オーストリア) |
| 主なタイトル |
| 1978年 |
ワールドカップ優勝 |
| 1978年 |
南米年間最優秀選手(エル・ムンド紙) |
| コメント |
1978年6月25日。リバープレート・スタジアムには大量の紙吹雪が舞っていた。ピッチでは1人の長髪のマタドールが、猛然と向かってくるオランダ人を楽々といなしている。そのマタドールは、まるでピッチをショーステージの様に錯覚させる力を持っていた。敵陣に攻め入る事を恐れず、DFを間一髪でかわす。そして一撃で相手を仕留める。正にマタドールだった。
ケンペスが世界一の座に就いたのが1978年、母国で開催されたワールドカップ。決勝戦の相手は2大会連続のファイナリスト、オランダだった。オランダにヨハン・クライフはいなかったが、トータルフットボールは廃れてはいなかった。決勝戦は延長に突入する。ここでマタドールが華麗に舞った。パスを受けたケンペスはドリブルを始める。襲いかかるオランダ人を軽々いなした後シュート。これをGKが辛うじてはじくが、ケンペスは既に次の動きに移っていた。こぼれたボールをいち早く足の裏でゴールにねじ込み、アルゼンチンは初めてのワールドカップを手にする。
このゴール自体はあまり華麗なものではなかった。しかしなぜか華麗に見えた。きっと彼はそういう才能を持っていたのだろう。 |
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