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2009年7月31日〜8月6日 グアム(アメリカ)

韓国、台湾、中国、東南アジアなど身近な外国のひとつにグアム(アメリカ)も含まれるでしょうね。
空路約3時間で、そこはアメリカです。沖縄に行く感覚で行けちゃいますからホント身近な所ですね。
今回は、ちーちゃんの受験も終わり、やっと時間ができたので夏休みを利用してやってきました。
最初は春休みにと思っていたのですが、入学手続きやらいろいろあって延びちゃいました。
また、新型インフルエンザ流行でどうなることかと気をもんでの出発でした。
目的は、DUTY FREE(娘の希望であります)
そして、スキューバダイビング(これも娘の希望であります)
「公立に入ったから親孝行したやろ」と、せがまれました。親バカ

グアムやサイパンは先住民族がチャモロ人で、ハワイのポリネシアンとはまったく違う先祖だそうです。
そしてメキシコ系やスペイン系に近く、チャモロ語はスペイン語の影響をかなり受けているそうです。
だからチャモロ人の高齢者はスペイン語も理解できるそうです。
そしてグアムは、女性が主人の島で、女性にしか財産を所有できなかったそうです。
長女、次女、三女・・・に相続が分配され、男は婿入りして相方の家に入る。
もちろん姓も女性の姓に変わるようです。だから女性の方が力を持っているとか?

グアムはアメリカにあって、アメリカではない独自の文化があります。
子どもは小学校で歴代アメリカ大統領の名前を覚えるそうですが、
どの州にも属していないし、大統領の選挙権もない。

アメリカ本国からは、どこか置いてきぼりにされ、
今度は沖縄にあるアメリカ基地移転で大きく様変わりをする運命です。
主要な産業もなく観光でしか生きられない島グアム。
それが、基地の街へと大きく変貌する今、メリットもデメリットも感受していくことでしょう。



2007年12月1日〜2日 北海道 函館

吉永小百合・渡辺謙など豪華キャストで作製された『北の零年』は2005年1月にロードショウしました。

日本を大きく激変させた明治維新の中で時代の波に翻弄されてゆくサムライたちの悲哀がそこにあります。
主従546名が半月に及ぶ船旅の末に荒涼とした北の原野に辿り着く。そこには想像を絶する苦難の数々が待ち受けていました。
時代の激変が産み落とした北海道開拓史のタペストリーが至高の感動を紡ぎ出します。(オフィーシャルサイトから抜粋)

北海道開拓史にみる苦難の数々は、過酷な自然に耐えた気の遠くなるような長い時間の営みに他なりません。
辛抱し、辛抱し、希望を持って、夢を持って、耐えてきた歴史の積み重ねなのです。

幕末の開港以来港の発展とともに歩んできた函館は、異国情緒あふれるモダンな町です。
中でも函館山から見える夜景は世界三大夜景にも挙げられています。
季節がら街中はクリスマスデコレーションで飾られ、この街の魅力を一層引き出すものでした。

ぶらっと訪れるホワイトクリスマス
最高のプレゼントになること間違いなしです。

えっ、誰にプレゼントするんですかぁ(~_~;)



2007年3月10日〜12日 八甲田バックカントリースキー(青森)

八甲田は本州最北端のみちのくの地青森にある山です。
しかし、八甲田山という単独の山はなく、いくつもある連峰を総称して八甲田山と言います。
大岳(1584m)を主峰として北から前嶽、田茂萢岳(たもやちだけ)、赤倉岳、井戸岳などを一般に北八甲田と呼びます。
ほとんどの峰々が美しい円錐形でゆるやかに裾を延ばした柔らかな感じのする山々です。
しかし、あい反する厳しい気象条件と相まって織りなされる美しく深い神秘的な彩りは、
四季折々を通じて楽しめ、十和田八幡平国立公園に指定されています。
そして自然が創りだした芸術とでも言える樹氷の間を縫ってバックカントリースキーが楽しめる日本で数少ない山でもあります。

八甲田の冬の厳しい自然は、氷点下を越える寒さの中に強風が伴います。
風速1m/sで体感気温が1℃下がりますから風速20〜25m/sの強さといえば氷点下30℃以上の世界なのです。

樹氷ができる条件は 〇アオモリトドマツが自生している 〇雪が適度に降る 〇冬型の気圧配置で強い西風が吹く など
不思議な自然現象でできるもので、日本では蔵王など限られた地域にしか見られません。
つまり樹氷が出来る気候条件は、常に寒さが厳しく、強風でほとんど晴れないところなのです。
八甲田の12月から3月までの晴天率は例年10%以下ですから
今回も当然のように毎日が吹雪と濃霧という悪条件で、綺麗な写真は撮れませんでした(ーー;)
カメラを出すことさえ困難な状態で、ケイタイのカメラ機能での撮影です。

もっとも綺麗な写真を撮るのが目的なら天候の安定する4〜5月に訪れるのが正解ですが、
良質の新雪を求めてやってきたのですから仕方のないことかもしれませんね。



2006年8月15日〜16日 有馬・神戸

有馬の温泉は古く日本書紀にも記された歴史ある温泉です。
そして平安時代には清少納言の枕草子にも記載され、
豊臣秀吉公もここを訪れて戦の疲れを癒したそうです。
関西では身近な温泉ですが、
ひさしぶりに湯〜湯〜とゆったり浸かってきました。極楽極楽。
ここの温泉は金泉(含鉄ナトリウム塩化物強塩高温泉)と銀泉(二酸化炭素泉・ラドン泉)があって三つの効用を楽しめます。

そして、神戸は異国情緒たっぷりで、美味しいものがいっぱいの素敵な街です。
あちらこちらに寄っていたら腹一杯で食べ切れませんよぉ。
今回訪れたお店は、あつあつチーズケーキとチーズ料理が自慢の
『REAL DINING 観音屋』というお店です。
パスタにCAFEなどもお手ごろ価格で気軽に寄れるお店です。もちろんお味は保証します。
お土産は知る人ぞ知る
『神戸Frantz』というお店です。
半熟チーズケーキに半熟プリンは一度食べたら癖になりますよぉ。

神戸に来たら六甲は外せません。ドライブも楽しいし、
夜景も最高。日本で最初に「100万ドルの夜景」と言われたそうです。
今では「1000万ドルの夜景」だそうで、物価も価値も桁違いになりました!



2005年11月3日〜6日 ピピ・アイランド(タイ)

ピピ島はタイ・ブーケット島の南東48kmにある島です。
レオナルド・ディカプリオ主演の
「ザ・ビーチ」では、アンダマン海に浮かぶ ここピピ・レ島が『伝説の島』になっています。

これまでと違う何かを探すために、過去のものを捨ててきた。
ユートピアを求めて旅する若者がたどりついた南の島。
そして見つけた地上の楽園には、透きとおった青い海と美しい自然があった。
まさに捜し求めていたユートピア伝説の島だった、はず。
しかし、あることを境に命が狙われる。ロシアンルーレットに賭けられた引き金の運命は?
冒険とロマンスの物語りです。

スマトラ沖地震によるインド洋津波によって大きな災害が起きてからまだ一年が経っていません。
今回訪れたピピ・ドン島でも大きな爪あとを見ることになります。
折れ曲がった椰子の木、一瞬で押し流され崩れたままの家々。ここでも多くの犠牲者が出たようです。

ディカプリオ扮するリチャードのようにバックパッカーになって美しい島を満喫してきました。



2005年8月7日〜10日 沖縄

南の島でエネルギーを充電しましょう。さんさんと輝く太陽の国、沖縄です。
南の島には豊かな自然と豊かな食べ物があります。
そしてやさしく受け入れてくれる温かさがあります。
しかし外国に来たような錯覚を覚える風土に衝撃を受けました。

日本の中で唯一地上戦が行われ痛ましい被害を受けた沖縄。
また敵軍だけではなく、日本軍にさえ見放された沖縄。
集団自決と言う惨劇があった沖縄。
戦後60年、沖縄返還後33年が経った今も沖縄本島の20%に米軍基地があります。
基地反対を唱える沖縄。海上ヘリポート建設による自然破壊を唱える沖縄。
一方では基地周辺事業による補助や基地使用料など基地に依存して生活している沖縄もあります。
すべての問題を私たちヤマトンチュ(日本人)は忘れています。
戦争によって歪んでしまったウチナンチュウ(沖縄人)の心も・・・。
沖縄の人にとって、まだ戦争は終わっていないのかもしれません。



2004年11月20日〜22日 バンコック(タイ)

真空飛び膝蹴りを繰り出すヒーローに憧れ、キックボクシング(ムエタイ)
を見ていた少年は、足にサポーターを付けてヒーロー気分であった。
いつの頃知ったのかわからないが、貧しいタイの少年にとってムエタイの選手になって強くなることが
豊かな生活をするための唯一の選択肢だと。タイから遠く離れた日本の子供にはかけ離れた世界だった。
そんなイメージしか持たないで降り立ったバンコックでした。
一日150パーツ(約450円)の収入で生活する人々と日本製の電化製品が買える人々。
貧しさと華やかさが入り混じった国である。
街のいたるところで売り子が寄ってきます。彼女たちの収入こそ最低賃金165パーツ
(約495円)を保障されない不安定な生活をしている人々でしょうか。
観光地で眼にする建物や、金色に輝く仏像が美しくきらびやかなだけに
相反する庶民の生活に大きいギャップを感じます。
日本で何気なく使う500円玉に深く考えさせられる旅でした。



2004年8月11〜12日 徳島阿波踊り

徳島といえば阿波踊り、初めて阿波踊りの真髄をみせられて
体の芯から振え出した。こんなにも優雅で熱気のある踊りだったとは。
笛、締太鼓、鼓、三味線、かねのリズムが奏でる二拍子の芸術。
眠っていた日本人のDNAが目覚めて、自然に体がリズムを打つ。
有名連による選抜を見ることができた。
テクニックの限りをつくし、フォーメーションまで考え抜かれた踊りは芸術である。
8月12日から15日まで桟敷でみるもよし、街角でみるもよし、どこにいても阿波踊りを堪能できる。



2004年5月4日 信州白馬塩の道祭り

旅の土産(弟25回塩の道祭りフォトコンテストで入選しました)

日本海でとれた海産物や生活の必需品である塩をもって
険しい山道を背負子を担ぎ、牛に担がせ信州の村々まで届けた塩の道。
小谷村から白馬村まで千国コースを歩きました。
穏やかな春の日差しを浴びて過ごした楽しい一日でした。



2003年3月21日〜31日 ツェルマット(スイス)

旅の土産(マッタホルン山頂の景色)

ヨーロッパアルプスの雄大な景色と多彩なコース
滑走距離の長さには恐れ入る。
クラインマッタホルンへはゴンドラとロープウェイを2本乗り継いでいく。
コルナグラートへは登山列車にのってゆっくりといける。
スネガは地下からケーブルカーのような列車にのっていく。
ざっとまわるだけでも3日は必要。
初心者でも体力があればコースは整備されているので大丈夫。



2001年3月17日〜24日 ウィスラー&ブラッコム(カナダ)

ホワイトカナダは日本から8〜9時間で出逢える素敵な世界です。
バンクーバーから2時間でいけるウィスラー&ブラッコムは計画的に開発された
2つのスキー場からなり、それぞれ個性的でまったく違うイメージを受けます。
ウィスラースキーエリアは、丸い山の形どおり落ち着いたスキー場でゆっくり楽しむのによいでしょう。
ブラッコムスキーエリアは切り立った山の形のように刺激の多いスキー場で、オフピステはもちろん
ニンテンドー64テラリンパークでエアーやレール、クロスコースを楽しむことができます。
ゲレンデ内のツリーランも最高。子供はくねくね木を避けていくのが楽しそう。
すぐ後ろを追いかけていると枝のビンタを食らってしまう。
2つのエリアとも上部にはボウルがあり、レベルに応じて楽しむことができます。

クリフジャンプする?
ここではこんな所と思うような所から飛び降りてますよ。



1987年8月22日〜31日 サザンレイクス(ニュージーランド)

南南東に進路をとること約13時間で真冬の世界へ降り立ちます。
南半球は冬真っ盛り、日本の暑い夏から脱出です。

しかしそこはニュージーランド。
住んでいる人間よりも羊の方が多い国ですから、時間はゆっくり流れ、
山なみの白い世界と緑の大地がきれいなコントラストを見せる自然豊かな美しい国です。
スキー、ゴルフ、バンジー・ジャンプにジェットボート
ラフティング、トレッキングにフィッシングなどアウトドアスポーツを一年中楽しめるのが魅力です。
あとは体力と気力で時間の許す限りチャレンジしてみましょう。

今回一番の目的はヘリ・スキーでした。天候に左右されるので待つこと2日。
早朝にやっとOKの連絡が入り、クイーンズタウンの町からヘリポートへ向かいます。車で約30分のドライブです。
ヘリポートといってもただの空き地でした。(・・?
そこでヘリの乗降の仕方、ピーコン(雪崩時の救難信号発信機及び救助用探知機)の操作の仕方を聞きます。
ちょっと緊張。
隠されたピーコンを探す「宝探しゲーム」をしながら操作を覚えていきます。
ヘリポートから遥かむこうの頂までは「あっ」という間です。(あんまり早いんで楽しむ時間さえありませんでした。)
どのコースも始まりは切り立った岩山の絶壁です。慎重に慎重にガイドについていくと、少し開けたバーンにでます。
誰も滑っていない斜面がどこまでも続いています。
ガイドに続くみんなの滑りを見ていると、アリさんのように小さくなっていきますので、かなりの滑走距離だと思います。
滑っていて面食らったのは、周りに目標となる物体がないのでスピード感がわかりません。
午前2本午後2本がセットになっており、サンドイッチ、フルーツなどのランチ付きです。
今回はクイーンズタウンから一番手軽なサザンレイクスヘリスキーを利用しました。
当時4ラン400ニュージーランドドル(1NZ$=約80円)でした。
2004シーズンは720NZ$になっている?、高すぎますよね。
最近のNZではローカルなクラブスキー場でバックカントリーを楽しむこともお勧めです。
ローカルとは言ってもロープトウでトップまで上がれば全山オフピステですから
深雪をたっぷり楽しむことができるでしょう。

いつまでも変わらないのがニュージーランドの魅力であり
いつも新しい発見があるのがニュージーランドの魅力でしょうか。