「イナーシャ ダンパー図解・考察」 text & illustration by tw (2008. 8.29 〜 2014. 3.15)

現在F1GPで流行中の「イナーシャ ダンパー (inertia damper)」、
または「ジャーク ダンパー (jerk damper)」と呼ばれるサスペンションの機構について図解と共に考察する。
下図はイナーシャ ダンパーを装着したフロント サスペンションの内部ユニットを示す。




(上図) 車体のフロントに荷重が加わったり、前輪がバンプや縁石に乗り上げた際には、
左右両方のプッシュロッドが上方へ押され、ロッカーを回転させ、
ロッカーが各スプリングダンパーをストロークさせる。
(尚、両輪が同じ量だけストロークした際には、アンチ ロール バーは捻られない。)

そしてイナーシャ ダンパーの作動は、ロッドがネジの様な螺旋の形状をしており、
更にイナーシャ ダンパー内の重りロッド貫通路にも螺旋が切ってあり、
ロッドが左右へ移動する事で、イナーシャ ダンパー内の重りを回転させる。

この、「重量を持っている物を回転させる」というところがイナーシャ ダンパーの狙いだ。
ところが、


上の映像の通り、ナットに回転をあたえれば軽く左右へ動くが、
ナット(スクリュー)を直接左右へ動かそうとしても動き辛い。
つまりイナーシャ ダンパー内部の回転する重りは、サスからの入力に対して動き辛いのだ。

それを踏まえた上で、下図のイナーシャ ダンパーの装着有無の、車体の荷重移動の様子をご覧頂きたい。




上図の荷重移動の様子とメカニズムについて説明する。

図の上側のイナーシャ ダンパーの無い従来のマシンでは、ストレートをスロットル全開で加速して来て、
ブレーキング・ポイントでフル・ブレーキングし、前輪に大きな荷重が加わる。
この際に、その荷重をフロントサスのスプリングが和らげる。
サスペンションで荷重を和らげる理由は、急激な荷重移動で車体の挙動が乱されない様にする為だ。

そして前輪に加わる荷重は、フル・ブレーキングを開始した最初の瞬間が最も大きく、最もフロントの車高が下がる。
その後、だんだんと前輪に加わる荷重は減少してゆき、フロントの車高はゆっくりと上昇してゆく。
それと同時に、前輪の荷重もだんだんと減少してゆく。

そしてコーナーへターンインを行うが、この時、もし前輪のグリップ力が不足している場合は、
ドライバーは、ブレーキを一瞬緩めて、次の瞬間に再度強くブレーキを踏み込んで前輪へ荷重を加えるテクニックを使う場合もある。
ただしこのテクニックを行う場合は、一瞬ブレーキを緩めている為、制動距離が少しだけ長くなってしまうデメリットがある。



そして上図の下側のイナーシャ ダンパー装着車の場合では、フル・ブレーキングを開始した瞬間は、
イナーシャ ダンパーが作動し辛い為にサスが動き辛く、前輪に大きな荷重が加わり、そしてフロントの車高が低下し辛い。
この瞬間はサスが動き辛い為に車体の挙動は安定性を失う為、
イナーシャ ダンパー未装着車よりもブレーキング開始時に強くブレーキは踏み込めない。
その代わり、イナーシャ ダンパーが作動し辛い事でフロントの車高が低下し辛い為、車体の姿勢変化による空力変動を抑制できる。

そしてブレーキング中に、作動し辛かったイナーシャ ダンパーの重りが、ようやく回転してくる様になる。
この重りは当然の事ながら重量を持っている為、回転運動をしていると慣性力が働く。
この重量物の回転運動による慣性力が、サス・ユニットをよりストロークさせようと作用し、フロントの車高を下げる力となる。

そしてフロントの車高低下は空力ダウンフォース発生中心位置を前方へ移動させる事となり、これは前輪の荷重となる。
よってイナーシャ ダンパー装着車の場合、コーナー入り口でイナーシャ ダンパー未装着車よりも前輪荷重が大きい事となり、
上記のブレーキング・テクニックはあまり必要とせずに前輪荷重を発生させながらコーナーへのターンインを行える。

ただし、上記のイナーシャ ダンパーの効力は、あくまで微力である。
しかし、僅かな差の積み重ねが勝敗を分けるF1GPだからこそ、微力であってもその効果は無視できない。



イナーシャ ダンパーは、ロッドと重り内側の螺旋軸のギヤレシオの設定によって、
回転する重りの作動のし易さをセッティング出来る。
作動性が重い程効果を発揮し、軽い程効果は少ない為、
サーキットのレイアウトによって、回転重りのギヤレシオを厳密に算出しなければならない。
単純に考えれば、ストレートの短いサーキットでは軽く作動するレシオを、
ストレートの長いサーキットでは重めに作動するレシオに設定する事になる。

総括すると、イナーシャ ダンパーは、走行中の車体の姿勢と荷重の加わり方をコントロールし、
且つ、車体の姿勢変化による空力性能の低下を緩和する機構だと考えられる。

このページのここまでの最新更新日: 2008. 8.29


(2014. 3.15土 更新)

イナーターについて。筆者はずいぶん永らくこのページを留守にしてしまった。
図は上を参照。 以下、2010年春のモーターファン別冊・特別特集F1のテクノロジー誌の内容をソースに、イナーターについて記述する。

まず、イナーターの原理が発明されたのは1997年、ケンブリッジ大学で制御秘術を専門とするマルコム・スミス教授で、
2002年10月に「Synthesis of Mechanical Net works: The Inerter」と題して論文発表した。

そしてF1界では、2005年第4戦サンマリノGPからマクラーレンが使用した。
(筆者が推測するに、おそらく採用はフロントサスからであると思う。)

イナーターは、サスを一定速度で動かしている時には半力が出ないが、加速度に対して半力が出るデバイスだ。

イナーターの装着時、サスを急に動かそうとすると動き始めと動き終わりに半力を出す。
加速度と比例して半力を出すのというポイントが従来のオイルダンパーに比べ革新的だ。

ただし、車輌のバネ(サス)の硬さとマスの軽さが合わないとイナーターの効果は無い。
乗用車の場合、車輌の上下の動きの固有値は1Hz以下だが、F1マシンでは3〜4Hzと範囲が異なる。
硬いサスだと効果を発揮し、柔らかいサスだと効果は出ないのだ。

(筆者注:F1では過去ルノー時代に徳永氏が「もうイナーターは使用していない」とコメントしていた記憶で、
 実際、ルノーのサスはよく動いていた。)

F1マシンの場合、イナーターを使用すると車体の共振が押さえられ、ヒョコヒョコしないで空力も安定するメリットがある。

イナーターの弱点としては構造上、ボトミング時のドン!という衝撃には弱いので、
クラッチを設けて破壊を防ぐ必要があり、やや重量物となってしまう点が挙げられる。

このページの最新更新日: 2014. 3.15土
(関連ページ:スプリング+ダンパー+イナーター 3種一体ピッチコントローラー

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