2002年8月25日〜2002年9月1日
海外旅行24回目 8日間 同行者:2名
聖蹟桜ヶ丘駅8:57発〜新宿線・京成線経由〜空港第2ビル11:03着

成田空港13:25発(CJ630便)〜大連15:25着/17:00発(CJ6621便)〜延吉空港19:35着


中国・延吉「柳京飯店」(泊)
2002年8月25日(日)
成田から大連行の搭乗率は20%以下のガラガラ状態。夏休みシーズンにこんなに空いてて、大丈夫なのか心配になる。
大連からの便は満席。瀋陽までは日本人、瀋陽からは韓国人が占めていた。そのせいか、瀋陽までは日本語、瀋陽からは朝鮮語でも機内アナウンスがあった。また、リコンファームは大連の空港のチケットカウンターで簡単にできた。
延吉空港で、天池を旅行するため先に中国入りしていた友人と落ち合う予定であったが見当たらず、第2待ち合わせ場所である白山大廈でめでたく合流。
中国北方航空公司(60,000円)
中華人民共和国2次ビザ(10,000円)









航空保安料(800円)  ※アクロスで手配
成田空港旅客サービス料(2,040円)
延吉駅10:05発(普通列車)〜図們駅(乗合タクシー)〜琿春



↑中国ロシアの国境

中国・琿春「電力大廈」(泊)
2002年8月26日(月)
延吉天池国際旅行社へ朝鮮ビザを取りに行くが、日本で教えてもらっていた住所に旅行社がなかった。親切なタクシーの運転手が携帯電話で連絡を取ってくれ、なんとか旅行社に辿り着くと、今度はビザがまだ出来てなかった。
旅行会社と打合せして、ビザは明日琿春まで持って来てもらうことにして、列車に乗って、中朝国境の図們へ。国境付近は観光地化されていて、朝鮮グッズを売る土産物屋も多かった。日本語を話す満州育ちのお婆さんもいて、歴史を感じる。
乗合タクシーに乗って、次は琿春へ。ロシアとの国境は琿春市街からタクシー約30分。ここも土産物屋が軒を連ねてはいたが、あまり活気はなかった。
朝鮮民主主義人民共和国ビザ(招請状)
(中国・延吉天池国際旅行社で受取)

ビザのみの手配は基本的に行っていないため、国境までの車も手配。3人で3,880元のところ、車を片道にして3,000元とした。
琿春〜防川〜元汀里〜羅先

↑朝鮮ロシア親善橋を渡る列車。

↑豆満江駅で発車を待つ平壌行。

朝鮮・羅津「羅津ホテル」(泊)
2002年8月27日(火)
朝7時、琿春賓館のロビーで延吉天池国際旅行社のガイドと落ち合い料金を支払って朝鮮ビザを受け取る。朝鮮ビザに国境までの交通が含まれるので、訪朝前に中朝ロ3ヶ国が接する防川展望台に寄ってもらう。朝鮮とロシアには鉄道橋があり、ちょうどたった1両の客車列車が走っていた。
中国時間11時に豆満江にかかる元汀橋を渡って朝鮮に入国。昼食後、豆満江駅へ。たまたま16時50分発の平壌行の夜行列車がホームに入っていたので、改札口を通ってホームを歩かせてもらう。列車には外国人は乗車不可。寝台車も連結されていたが車両は痛みが目立ち、窓ガラスが割れていたりした。
朝鮮の道はほとんど未舗装、夜は停電ばかりで、インフラは粗末に感じた。
朝鮮旅行手配(朝鮮国家観光総局)
観光総局の日本連絡事務所で手配した。メールで必要事項を知らせると、本国に連絡を取り見積り額を提示してくれる。通信費用は日本円で郵便振込(1人5,000円)、査証代金は中国延吉にて中国元払い、朝鮮国内旅行代金は朝鮮旅行中にUS$払いとなる。料金は日本出発前に決まるが、中国延吉の旅行会社では帰りの迎えは要らないということで交渉し、若干値引いてもらった。
朝鮮国内の旅行は、観光場所によっては関係各署の許可が必要となるため、観光したいポイントは日本で予め申請しておく。朝鮮の旅行代金は今回は1人283ドルであったがガイドとの夜の懇親会費用は別途旅行者負担(ドルまたは朝鮮ウォン)となる。

↑羅津を走る京浜急行バス

↑羅津駅。時刻表はこちら

朝鮮・羅先「南山旅館」(泊)
2002年8月28日(水)
朝食までは自由だったので散歩していると、京浜急行バスが走っていた。人通りの少ない路地に入ると、すぐ子供達が寄ってきて、どんな金でもいいからくれ、とせがまれた。韓国ウォンを見せると、韓国人なのか、と顔をこわばらせて後ずさりする姿が印象的であった。
朝食後はガイドに連れられての観光地めぐり。海洋革命史跡をぶらつき、テレコムセンター、銀行、本屋に寄って、羅津港を見学し昼食、市場で買物、ソヒャン山のハイキング、子供の音楽会と、盛りだくさんの観光内容。青年の日のイベントもすぐ近くで見せてもらった。昼間は運転手、ガイト、官吏の3人と常に行動を共にしたが、希望に沿うように世話してくれた。朝鮮では外国人は兌換券を使うと聞いていたが、銀行では中国元を朝鮮ウォンにそのまま両替してくれた。
夕食後の外出も自由だったので、街中を散歩。街灯は全くなく、車もほとんど走っていないので、暗闇の中を駅まで歩いたが、暗すぎて外人であるということが一般市民に分からないので、朝鮮人民になった気分で楽しめた。

子供達による合唱や楽器演奏を見せられた。歌は「金正日将軍の歌」

8月28日は青年の日だったので、イベントをやっていた。ただ躍るだけ。
21世紀の太陽 金正日将軍 万歳!
羅先〜元汀里〜琿春〜図們

↑羅津駅前の東武バス

↑行進する小学生。赤い旗を振り「金正日将軍の歌」を歌っている。

中国・図們「電力濱館」(泊)
2002年8月29日(木)
朝食前の散歩では、また羅津駅へ。駅構内には自由に入れたが、カメラが見つかって少し揉める。時刻表によると6時40分発の先峰行の通勤列車があるはずだったが、なぜか見当たらなかった。駅の売店では飲み物、パン、菓子などを売っていたので買物をして帰る。市街地には朝早くから多くの朝鮮人民がいたが、中国人旅行者が多いせいか我々日本人に気にとめる人はいなかった。街宣車のプロパガンダがうるさかった。
この日の観光は琵琶島。郵便局、香港資本で建てられたカジノもある高級ホテルに寄ってから琵琶島へ。琵琶島では日本海クルージングを楽しむ予定が、時間が合わないため魚釣りに変更。何も釣れなかった。昼食は海産物中心で、刺身をはじめ魚介類、カニを食べた。この食事が原因で帰国後、腸炎ビブリオに感染していることを知る。
朝鮮時間15時に出国し、国境の橋を歩いて中国へ入国。国境にタクシーはいたが、価格交渉で決裂。たまたま国境で会った朝鮮語を話す中国人の3人グループのタクシーに同乗し図們へ行った。

こんな看板があちこちにある。金日成、金正日に関するものが多い。
図們駅14:20発(普通列車)〜延吉駅



延吉空港20:15発(CJ6622便)〜大連周水子空港22:50着


中国・大連「国際机場濱館」(泊)
2002年8月30日(金)
午前中は国境付近を観光したかったので、ホテルで荷物を預かってもらおうと思ったら高くて断念。そこで、昨夜夕食を買ったホテル近くの商店のおばちゃんが、気さくで明るい人だったので、お願いしてみるとタダで荷物を預かってくれた。
午後、列車で延吉へ戻る。ここでは前に宿泊した柳京飯店で無料で荷物を預かってもらえた。夕食に犬肉を食べ、飛行機で大連まで戻る。大連着は大幅に遅れ日付を越えていたが、空港近くのホテルの客引きが到着ロビーにおり、しかもなぜか韓国語が通じたので宿の心配はなかった。
    金愛蓮さん→
延吉にある柳京飯店の受付嬢。普段は地味な制服を着ているが、この日は朝鮮民族の日が近いので民族衣装を着ていた。年齢は聞き忘れた。彼女以外にも柳京飯店の従業員には親切な人が多かった。
大連市内観光

中国・大連(泊)
2002年8月31日(土)
大連市内を観光。中心部までは空港前から路線バスが頻発していた。
日本が占領していた頃の建物や、ロシア人街などを見て歩く。トラムは2系統あり、運転士も車掌もみんな女性だった。大連は大都会で、日本のように垢抜けていて、中国や北朝鮮の田舎町ばかり旅行してきたせいか、女性の服装も大胆なように感じられた。しかし、やはり中国人だけあって腋毛の処理の甘い娘が多かった。スーパーで買物をして明日の帰国に備えた。

大連駅
正面の駅舎は建設工事中で、現在は右側の仮設切符売場、待合室を使っている。
大連周水子空港8:15発(CJ629便)〜成田空港11:55着 2002年9月1日(日)
あっという間に終わり。
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