2011年・気弱な選手名鑑(野手編) 10月29日作成

背番

氏 名

年齢

出身校

年数

身長

体重

投打

昨季成績

寸評

2 城島 健司 35 別府大付属(94年1位)→ソフトバンク→マリナーズ 13 182 94 右右 144試合 .303
28本91点9盗

ダイエー時代はパ・リーグMVP、ベストナイン6度、ゴールデングラブ賞を7度受賞。05年オフにFAでマリナーズへ移籍し捕手として日本人選手史上初のメジャーリーガーとなった。09年オフ、マリナーズを退団し阪神に移籍。10年は97年に古田敦也が記録した164安打を抜き捕手のセ・リーグ最多安打記録を更新。ゴールデングラブ賞も受賞し捕手として史上初のセ・パ両リーグでの受賞となった。

シーズン終盤に左膝を負傷していた事が判明しオフに手術を受けたものの僅か数ヶ月で実戦に復帰し開幕戦出場を果たしたが、打撃不振に陥りその後右肘痛を訴えたため、6月10日に出場選手登録を抹消された。

<入団前の期待どおり、もしくは以上だったこと>
・歯に衣を着せぬ潔い発言。
・強肩ぶり
・やや外寄りの球も巻き込むようなスイングでスタンドまで運んでしまう打撃技術。

<入団前の期待以下だったこと>
・初球から積極的に振ってくる打者だとは知っていたが、状況に関係なくあそこまで何でもかんでも振ってくるとは。「捕手としての配球のヨミ」とか、なんかそーゆーのは?(泣)
・足の遅さ(今岡以上?:涙)

しっかり治して来期は復活してほしいのだが、それはそうと、結局今シーズンを棒に振ってしまったわけで、元々の「今年の開幕に間に合う」とか「間に合わない」とかいう話は何だったのだろうか。矢野のときも同じだったのだが、これらの「復帰プログラム失敗」には責任を取るべき人間が必ずいる筈だと思うのだが、ついぞそういう話は出てこない。そんなコトで良いはずは無いと思うのだがどうだろうか?。

38 橋本 良平 23 智弁学園和歌山(06年3巡) 5 183 93 右右 1軍出場なし

06年高校生ドラフト3順目で入団。高校時代は「城島二世」と呼ばれたほどの逸材で飛ばす能力は高いと言われている。
09年はウエスタンで打率.200、10年は自己最多となる57試合に出場し打率.191、3本塁打。

今年はウエスタンで52試合、打率.243、1本塁打、8打点。毎年着実に成長しているといえばそうなのだが今年で5年目。捕手は育成に時間のかかるポジションであることは判るのだが、成長スピードが遅すぎるし、しかも「守備よりも打撃が売り」というタイプなのは、更に一軍入りが遠くなることを意味する。

39 小宮山 慎二 26 横浜隼人(03年5巡) 8 178 84 右右 10試合 .250
0本2点0盗

捕球から二塁までの送球が1.9秒、遠投110mの強肩が武器。課題の打力向上で1軍定着を目指す。10年は5月に一軍昇格し8日の広島戦で9回に城島にかわりマスクをかぶると裏の攻撃では2点タイムリー二塁打を放った。オフには引退した矢野がつけていた背番号「39」を継承。ウエスタンでは39試合に出場し打率.220、2本塁打。

9月11日・2連敗し今日負けると今シーズンはジ・エンドとなるであろうヤクルト戦で試合途中からマスクをかぶったが、やっと同点とした直後の八回裏二死一塁で「明らかな長打狙いで真っ直ぐ一本に絞ってフルスイングしている」畠山に対し、素人目にも「内側の真っ直ぐは間違っても要求するなよ」と思いながら見ていたところ、榎田へ「まさかの真っ直ぐ3連発しかも内角」を要求し見事に決勝2ラン被弾で3連敗。毎年恒例の「横浜・村田に被弾してジ・エンド」という悪しき流れを断ち切る功労者となった(涙)
終盤はスタメンでマスクを被るチャンスを多く与えられた。捕球・スローイングは安心してみていられるレベルなので、あとは打撃なのだが、多くを期待するのは難しい。
 
45 清水 誉 27 関学(06年大社6巡) 5 177 78 右右 3試合 .250
0本0点0盗

06年の社会人・大学生ドラフト4順目で入団。09年は矢野の故障の影響もあり開幕一軍でスタートし5月17日のヤクルト戦で初スタメン出場・初安打を記録するなど20試合に出場したが、10年は3試合の出場に留まった。ウエスタンでは60試合出場、打率.236、3本塁打。

今年も中途半端な立ち位置のままで終わってしまった(涙)。

50 藤井 彰人 35 近畿大(98年2位)→近鉄→楽天 13 170 78 右右 8試合 .222
0本0点0盗

楽天移籍一年目の05年プロ入り最多の113試合に出場。08年には90試合に出場。リーグトップとなる盗塁阻止率.429も大きく評価され、岩隈とともに最優秀バッテリー賞を受賞した。10年は正捕手の座を嶋に奪われる形となり、出場試合は8試合にとどまった。シーズン終了後、出場機会を求めFA権を行使。シーズン終盤に左膝を負傷し手術を受けた城島の穴を埋められる捕手を探していた阪神側との思惑が一致し阪神との2年契約に合意した。

今年は、城島が膝の手術から早い回復を見せて開幕に間に合わせたため、当初は藤井の出場機会は限られいたが、その城島が春先から不振に陥り、6月初めに右肘痛で登録抹消されたため6月6日のオリックス戦から先発起用されるようになった。その後、チームは徐々に上昇をはじめ、6月の月間MVPを受賞したスタンリッジは「MVPは彼に渡したほうがいい」と藤井を絶賛。強気ファンからも「やっぱ捕手は守りやで」「見事なリードや、城島なんかもういらんわ。」と称賛の声が多く上がったが、シーズンが佳境に入ってきた辺りから、「スタメンを張り続けてきた疲れ」+「配球パターンを読まれてしまった」、で投手陣が打ち込まれ始め、掌を返したように「藤井のクソリードで負けた」と罵倒され続けた(涙)。しかし、そもそもの元凶は、この後の岡崎の項にも記載しているが、先のことを全く考えていない首脳陣にあったと思う。

52 原口 文仁 19 帝京(09年6巡) 2 181 80 右右  1軍出場なし

09年のドラフト6巡目で入団。帝京高では3年時に夏の甲子園に出場し5番打者として3試合で打率.385を打ちチームの8強入りの原動力となった。遠投100 m、本塁・二塁間の送球が1.8秒台という強肩が武器。09年はウエスタンで9試合出場、打率.143、0本塁打。

2年目の今年はウエスタンで48試合に出場し打率.329、2本塁打、11打点と、近年の他の高卒捕手に比べると明らかに実戦能力が高いことが伺え、実は密かに期待している。

57 岡崎 太一 28 智弁学園→松下電器(04年自由枠) 7 180 85 右右  1軍出場なし

04年のドラフト自由獲得枠で入団。09年は矢野が故障で開幕に間に合わなかった影響もあったがオープン戦でも盗塁阻止率10割をキープし念願の開幕一軍登録。4月7日の広島戦では阪神移籍後初登板となった先発の久保と社会人時代以来のバッテリーで初スタメン出場を果たし、初安打、初打点を含む猛打賞と活躍するなど、計14試合に出場したが、10年は一軍出場は無かった。

今年は6月12日の西武戦でプロ5度目の先発マスクのチャンスを与えられたが、同じく今季初先発で岡崎とコンビを組んだ安藤が二回途中KO。五回に榎田が一死満塁の大ピンチを招くと藤井彰に交代させられ、以降は殆ど起用されないまま鳴尾浜行きとなり、相変わらず一軍首脳陣からは全く信用されていないことが明らかとなった。おまけに7月にはウエスタン・中日戦で死球を受け「左手第五中手骨骨折」と、まさに踏んだりけったりだ(涙)。

しかし、35歳のベテランであることに加え昨年8試合しか出場していない藤井一人でシーズン最後まで乗り切れる訳も無く、
「城島の長期離脱も来年以降のことを考えればこれは逆に千歳一遇のチャンス。藤井を中心に回しつつ週一回程度のペースで他の捕手も使いながら次の正捕手候補を見極めていけば良い。」
と思っていたのだが、全くそんな気配は無く「そんなコトで良いのか?何か考えがあるのか?」と心配していたところ、案の定、藤井のリードが読まれ打撃も疲れで全く打てなくなってから慌てて小宮山を使い始めたものの、時すでに遅くシーズンは佳境に入っており、痛恨の一打を浴び続けたうえに仕上げはヤクルト戦3連敗を決める決勝2ラン被弾、と、まさに悪い予感どおりとなってしまった。ここまで仕事を真面目に出来ない首脳陣にチームを任せてしまったフロントの責任は本当〜に重い。

60 中谷 将大 19 福岡工大城東(10年3位) 1 184 85 右右

10年のドラフト3位で入団。高校通算20本塁打。ポスト城島として期待されている大型捕手。

吉竹2軍監督曰く「彼の課題は守備」なんだそうだ。もちろん高卒捕手が簡単に通用はしないのだろうが、高校2年までは外野手だった選手であり、「捕手として育成するには相当の時間がかかる」と言っているように聞こえる。古田や城島のように「主軸を打てる捕手」なんて十年に一人に出るか出ないかのレベルであって、打撃に期待する選手なら早めに捕手は辞めさせないと、結局どっちつかずの選手を増やしているだけになりはしないかと思う。更に言うなら、「そんなことなら捕手というポジションに拘らず将来主軸を打てる打者」を優先してスカウティングすべきとも思うのだが、どうだろうか。

背番

氏 名

年齢

出身校

年数

身長

体重

投打

昨季成績

寸評

0 大 和
(前田大和)
23 樟南(05年高4巡) 6 176 64 右右 62試合 .273
0本4点8盗

09年は一軍では主に代走・守備固めとして起用されたが7月22日の東京ヤクルト戦でプロ初安打を記録。10年は代走で重要な場面で盗塁を決めるなど60試合を超える一軍公式戦出場をはたし初のヒーローインタビューも経験した。

5月15日に鳥谷が中日戦で右手ひと指し指を裂き10試合近くスタメンを外れたため、大和にとっては存在感をアピールする大チャンスだったのだが、その2日前の5月13日に左肩亜脱臼でしっかりリタイア済みであり、その素晴らしい間の悪さに呆れた気弱ファンも少なからずいたことは想像に難くない。

エンピツのように細い体は相変わらずで、右方向にも強い打球が打てない。このままずっと代走・守備固め要員のまま生きていくつもりなんだろうか。

鳥谷 敬 30 聖望学園→早大(03年自由枠) 8 180 81 右左 144試合 .301
19本104点13盗

10年は開幕から3番遊撃手として出場。5月にマートンと交錯し腰椎を骨折した後、成績を落とし4試合スタメン離脱。6月から7月まで1番打者を務め、3番に戻った8月から一気に調子を上げ、赤星の持っていた球団月間安打記録を更新する43安打を放つなど月間打率.422を記録して月間MVPを初受賞。10月2日の対広島戦で遊撃手としてプロ野球史上初となるシーズン100打点を記録。シーズンを通して自己最高の成績を残し、リーグトップの得点圏打率.360、満塁打率.500を記録するなど勝負強さも見せた。

ようやく念願の打率3割を達成できた・・・と思ったら、FA権取得ですか。「西武がポスティングでメジャー移籍が濃厚な中島の穴埋めに地元選手として鳥谷を狙っている」という噂があり、かつて「やっぱ大阪合わねえ〜」との名言を吐いたとのウワサもあることですし、ワタシが鳥谷だったら「引退するまで甲子園で罵倒され続けるよりも、地元埼玉の若い選手が多くて明るいチームでやりたいなあ」と思うだろうから、本気で獲得の意思が表明されたら、やっぱり出るんじゃないでしょうか(涙)。

関本賢太郎 33 天理(96年2位) 15 186 93 右右 79試合 .256
1本12点1盗

09年は新井が三塁へ回ったため一塁手で開幕を迎え、6月にブラゼルの入団により二塁へ回るなどチームの穴を埋めたが、夏場に右足の内転筋を痛めて1か月以上離脱、また失策も自己ワーストの10と大幅に増えシーズンを通しての打率も前年の.298から落としてしまった。10年はブラゼルが開幕から一塁で固定され、三塁には新井が固定され、平野との二塁手争いにも敗れる形で代打での出場が主になったが代打での打率は.355を記録した。 オフにはFA権を行使の上、3年契約を結び残留した。

今年はチームの打撃不振から交流戦中盤で平野を中堅・関本を二塁で使うことが多くなり、このスタメン起用以降、それまで低迷していたチームもやや上昇しはじめた。9月1日には打撃不振の新井に代わって4番でスタメン出場し、この4番起用で1軍で1〜9番の全打順を経験したことになった。

今年もまた「関本がいてくれて助かった」という声を多く聞くシーズンになったが、だからといってスタメンでずっと使っていると「しぶとい打撃技術と選球眼は確かだが長打は期待できず塁に出ても足が遅くホームに帰ってくるまでヒットが3本必要。守備位置も一塁か三塁。」という彼の弱点が露呈してしまう。

ちなみに、その走力は年々劣化が激しくなっており、7月31日の横浜戦では一塁走者・関本、打者・藤井でエンドランをかけていたにも関わらずフツーに内野ゴロゲッツーをとられてしまうという離れ業をやってのけてみせた(涙)

4 上本 博紀 25 広陵→早稲田大(08年3位) 3 173 70 右右 28試合 .333
0本2点2盗

08年大学社会人ドラフト3位で入団。早大時代は1年生春から4年秋までのリーグ戦全試合を連続フルイニング出場。4年時には主将も務めた。
10年は7月8日の東京ヤクルト戦でプロ初出場。7月9日の横浜戦で8回から代走で出場し、二塁への盗塁を決めた際、相手捕手橋本将の送球が上本の身体に当たり外野に転がる間に一気に本塁へ生還。プロ初盗塁が初得点、さらにこの試合の決勝点となり、プロ2試合目で甲子園のヒーローインタビューに立った。さらに8月25日の広島戦では、梅津からプロ初安打を放つとともに初打点も記録。続く9月5日に地元広島で行われた広島戦では前日死球を受け欠場した平野に代わり8番・二塁でプロ初スタメン出場、プロ初の猛打賞を記録した。

今年は、坂が3月末に「右手人さし節骨骨折」、大和が5月13日に「左肩亜脱臼」、更に鳥谷が5月15日の中日戦で「人差し指負傷」と、「呪いのエロビデオを内野手連中の間で回しているんじゃないか」と思いたくなるくらい遊撃手が次々にリタイアし、そのうえ鳥谷の代役で途中出場したこの試合では決勝タイムリーを放ってお立ち台、続く17日のオリックス戦ではスタメン出場し、4打数3安打2打点2盗塁と大暴れ・・・と、「斉藤祐樹じゃないけど一体どんだけ持ってんだ」とのツッコミを入れたくなるほどのラッキーボーイぶりを見せてくれた。

「このまま上本がブレイクすれば、一気にチーム全体が変わってしまうかも」との期待を抱かせたが、その後は尻すぼみで鳥谷が復帰した頃には打率は2割まで落ち込んでしまうなど、まだまだ力不足だった。守備の精度が悪くポロリをやってしまう点や引っ張りならスタンドまで運べるツボを持っているが右方向に強い打球を打てる技術がないなど課題もまだまだ多くあるが、それ以上に素晴らしいのは走塁技術。7月9日のヤクルト戦で見せた 一死二、三塁(三塁走者・上本)で、どうみても本塁封殺のタイミングだったセカンドゴロで見事ホームに生還したスタートはまさに「プロの走塁だった。「二塁・平野」は守備面を考えると絶対に外せないところなので、センターも守れるように練習させたらとさえ思うのだが、どうだろうか。

5 平野 恵一 32 桐蔭学園→東海大(01年自由枠)→オリックス 10 169 66 右左 139試合 .350
1本24点6盗

阪神移籍初年度の08年は3年ぶりに規定打席に到達、リーグ最多の犠牲バント47個を記録しカムバック賞を受賞。09年は金本・新井・鳥谷らクリーンナップに次ぐ自己最多となる132試合に出場。10年は二塁を中心に外野も守るユーティリティーな活躍を見せ、前年の自己最多を更新する139試合に出場しリーグ2位の打率.350を記録し、いずれも自身初となるベストナインとゴールデングラブ賞を二塁手部門で受賞した。

「もっと打てる選手の筈」とずっと思っていたが、ようやく昨年ブレイクしてくれた。今年はどうだろうと心配していたが、序盤は苦しんだものの、結局打率.295でセ・リーグ打撃成績5位。もう少し四球を多く選べると良いのだが、以前に比べて随分粘れるようになった。相変わらずヘタクソな盗塁はもう諦めるとして(苦笑)、今年はセーフティバントをあまり見せてくれないのが寂しかった。全力疾走した後にツラそうな表情を見せることがあるが、足に故障でも抱えているんだろうか?。とにかく大きな怪我の無いよう頑張ってほしい。

25 新井 貴浩 34 広島工→駒大(98年6位)→広島 13 189 95 右右 144試合 .310
19本112点7盗

移籍初年の08年は前半戦から好調で高打率をキープしチームの首位独走に貢献したが、前半戦終了間近に腰痛を訴え一時登録を抹消。北京五輪の日本代表には選ばれ、4番一塁手として全試合に先発出場するも、満足な打撃を行うことはできず、シーズン終盤の読売の逆転優勝を許す大きな要因となった。09年腰痛の影響もあって絶不調に陥り打率は.210〜.220を推移。8月以降は持ち直したがリーグワーストの20併殺打を記録するなど不本意なシーズンに終わった。10年は4月18日の対横浜戦で金本がスタメン落ちしたことより阪神移籍後初めて4番に座り、それ以降ほぼ全ての試合で4番を打ち続けて自己最高の打率、打点、盗塁を記録した。

今年は東日本大震災後、労組プロ野球選手会会長として開幕日変更の問題で奔走し続け、一時は野球界のヒーローにまで上り詰めた感があったものの、「どうせシーズンが始まったら手の平を返したように叩かれまくるのでは」と心配していたところ、案の定そのとおりになってしまった(涙)
実はシーズン開幕前は「金本は移籍後3年目の05年に40本塁打を達成し、打率、本塁打、打点の3部門で前年の自己記録を更新、チームも優勝してMVPに選ばれた。新井も今年で移籍4年目。昨年は4番を打ち続けて自己最高の打率、打点を上げ、開幕前は労組プロ野球選手会会長としても活躍するなど充実しており、今年は一皮むけた活躍をしてくれるのでは・・・」と密かに期待していたのだが、チャンスで新井さんが打席に入ると「三振でいいから、頼む、ショートゴロゲッツーだけは勘弁してくれ」と祈りたくなるくらいチャンスで打てない場面を何度も見せつけられ、一時は7番にも降格された。今年で35歳なのに未だに「4番の重圧」とか「メンタル云々」を言われること自身、来年以降ももう大きな変化を期待することの難しさを表している。
シーズン終盤、優勝争いから脱落した後はプレッシャーから解放されたのか順調に打点を積み重ね、打点王を獲得してしまったのもある意味凄いが、もともと上手くないところに不安のある腰に加えて肩もおかしくなっているのにサードを守らされている点については同情の余地はかなりある。

32 新井 良太 28 広陵→駒沢大(05年大社4巡)→中日 6 187 89 右右 45試合 .153
1本2点1盗

05年のドラフトで中日ドラゴンズから4位指名を受け入団。10年は6月9日の対楽天戦で一軍での初本塁打を放つも、一軍に定着することができずに終わった。オフに水田圭介との交換トレードで阪神に移籍。兄・貴浩と同じチームでプレイすることになった。

11年は開幕一軍に帯同し4月19日の対読売ジャイアンツ戦で、移籍後初安打をプロ入り初のサヨナラ安打で決めた。4月22日には兄・貴浩もサヨナラ安打を放ち、史上初の同年に同一チーム所属の実兄弟揃ってのサヨナラ安打が実現した。

よく練習する選手らしく、中日の若手野手からは兄貴分として慕われていたようだ。打撃もタイガースの若手にはいないタイプで、今年などはチャンスはかなりあったと思うのだが、43試合、打率.192、3打点と目立った活躍は無く、ウエスタンでも35試合で打率.241、2本塁打、16打点とインパクトのある成績は残せなかった。 ちなみに、スイングの軌道からホームランを放ったときの「どやっ!」ポーズまで兄貴と似ているのは良いが、クソボールに手を出すところまで似なくてもと思うのだが、どうだろうか。

35 坂 克彦 26 常総学院(03年4巡)→近鉄→楽天 8 180 84 右左 28試合 .269
2本7点1盗

コースに逆らわない器用なバットコントロールが売り。二塁をメインに遊撃、三塁も守れるユーティリティープレイヤー。09年は開幕一軍を勝ち取ったものの、5試合に出場し4打数無安打で4月に二軍降格。6月に右手首を骨折して8月に手術したこともあり、シーズン中の再昇格はなかった。

今年は外野手にも挑戦しキャンプから俊介らと中堅争いを繰り広げていたが、3月末の練習中に「右手人さし指末節骨骨折」でリタイア。開幕1軍を逃しただけならまだしも、その後も鳥谷が5月15日の中日戦で右手人さし指のツメを負傷、その2日前の13日に大和が左肩を負傷しており「遊撃手がいない」という大チャンスが訪れたにも関わらずみすみす逃してしまい、その「持って無さぶり」は目を覆わんばかりだ(涙)。

37 野原 将志 23 長崎日大(06年高1巡) 5 184 87 右右  1軍出場なし

高校通算30本塁打をマークした走攻守3拍子揃った遊撃手として06年高校生ドラフト1順目で入団した期待の若手。

ようやく今年は初の一軍入りを果たし8月28日のヤクルト戦(  甲子園)7回一塁走者の桧山に代わり代走でプロ入り初出場を果たしたものの、続く平野の左前適時打で1点を勝ち越しなおも一、二塁としたところで、大和が代走に起用されすぐに引っ込められるという衝撃のデビューを飾った(涙)
09年はウエスタンで86試合、打率.282、5本塁打、37打点、5盗塁と年々少しずつ成績を上げてきたが、今年は95試合で打率.233、4本塁打、26打点、7盗塁とパッとしなかった。 どうも「これは!」と思うものが見えてこない。
 
58 荒木 郁也 22 日大三→明大(10年5位) 1 180 75 右左

10年のドラフト5位で入団。 内外野ともにこなすことができ、チーム状況に応じて使い分けることができる。打撃に課題は残るが、将来のスピードスターとして飛躍を期待する選手。

今年はウエスタンで93試合に出場し、打率.236、0本塁打、15打点、11盗塁(盗塁死7)。何度かプレーを見たが、正直あまり印象に残るものが無かった。

66

黒瀬 春樹

26

県岐阜商(03年2巡)→西武

8

180

83

右右

8試合 .278
0本0点0盗
04年に西武から2位で指名され入団。ニューヨーク・メッツへ移籍した松井稼頭央の後を継ぐ大型内野手として期待された。強肩が持ち味。二軍では打撃が高く評価されているが、守備にやや難があるためなかなか一軍に定着してこない。今年は開幕から2軍で打率3割をマークしていたが、5月25日江草仁貴との交換トレードで阪神へ移籍した。

内野手に怪我人が続出したためフロントが慌ててトレードを画策したものだが、元々鳥谷の怪我は指の裂傷で長期間かかるものではなく、案の定、入団発表した5月26日の3日後の29日には鳥谷はスタメン復帰。6月4日に一軍登録されたものの3日後の7日には登録抹消、その後は一軍からお呼びがかかることは無く、「一体何のために慌てて獲得したのかよく判らん」という声もよく聞く
 

69 森田 一成 22 関西(07年高3巡) 4 185 93 右左 1軍出場なし

07年の高校生ドラフト3順目で入団。関西高時代に右肩脱臼による2度の手術を経験しており、リハビリや育成枠落ちを経て10年7月に支配下選手に再登録。期待の左の長距離砲候補。

今年はようやく念願の一軍入りを果たし、7月26日の中日戦(甲子園)では代打出場しネルソンから球団史上初となるプロ初打席初ホームランの同点2ランを放ち、お立ち台にも上った。

数少ない長距離砲候補であり、今年一軍で僅かながらも実績を残したことで来期以降への期待がかかるわけだが、まだまだ全体的にスピード不足という印象。インパクトの瞬間伸び上がるような姿勢になる悪癖があり、仮にスタメンで我慢して使い続けたとしても一軍投手の内角の切れのあるボールに今の打撃で対応するのは厳しい。一軍に定着するためには、かなりのレベルアップが必要だろう。 秋のキャンプでは死ぬほど練習してほしい。

67 クレイグ・ブラゼル 31 ロイヤルズ→西武 4 191 95 右左 143試合 .296
47本117点1盗

09年のシーズン途中に打撃不振の新外国人メンチの代役を探していた阪神の目に留まり、5月28日に正式契約。6月5日に一軍登録されオリックスとの交流戦で初本塁打を放った。また、米国で長男が生まれた8月26日の対横浜戦ではプロ野球18人目となる1イニング2本塁打を放った。
10年は開幕から好調で新外国人のマット・マートンと共にチームを牽引。6月29日には3打席連続ホームランを放つなど、1986年に記録したランディ・バース以来となる助っ人外国人40本塁打を記録した。豪快なフルスイングから放たれるホームランが魅力のパワーヒッター。

今年は他チームの長距離砲と同様に統一球と広くなったストライクゾーンへの対応に苦労し、シーズン序盤は打率が2割台前半で本塁打もあまり出なかったが、徐々に打率を上げ、8月末に右太ももを故障して戦線離脱した影響もあって最終的には打率.282、本塁打16本、73打点という結構微妙な成績だった。本塁打が少なくなると彼の「走れない」「チャンスに弱い」等の欠点が目立ってきてしまう。
一塁コンバート後にゴールデングラブ賞を獲得した新井を翌年(09年)に拙い守備で定評のある三塁に戻し、シーズン途中でブラゼルを泥縄補強したところからチーム構成がおかしくなってしまったのは前政権の犯した大罪のひとつであり、本来は三塁に新外国人を入れるのがベストなんだろうが、まともな外国人打者をとってこれる確率は低いので、現状維持のままでいかざるをえず、和田新監督の言う「守りの野球」への道のりははるかに遠いものとなるだろう。せめて、時折見せる無謀な走塁をしないようにお願いしたいものだ。

120 田中 慎太朗 26 立正大(07年育成1巡) 4 181 82 右右 1軍出場なし

07年のドラフトで初めて育成枠で指名した選手。

今年はウエスタンでも打撃力が上がってきたのが見て取れたが10月10日に戦力外通告を受けた。やはり余程の強打の選手でもない限り、育成枠とはいえ一塁しか守れない選手を獲得するものではない。
 
122 阪口 哲也 19 市和歌山高(10年育成1位) 1 180 77 右左 10年の育成ドラフト1位で指名を受け入団。市立和歌山高では、1年の春季大会からベンチ入りし、高校通算20本塁打。粘り強い打撃が持ち味で、三振の少なさも魅力。

まだ実戦を殆ど見ていないでコメントは差し控えます。

125 藤井 宏政 21 加古川北高(08年育成3巡) 3 183 80 右右 1軍出場なし

08年ドラフト育成枠3巡目で指名され入団。3年時は3番遊撃手として甲子園出場。高校通算33本塁打を放った長打力と、遠投100mの強肩を備える。

二軍首脳陣の話では「昨年から今年にかけて一番成長した選手」だそうで、春は1軍のオープン戦に出場し、その後も坂や大和の怪我もあり黒瀬が移籍してくるまでは2軍のショートのレギュラー扱いだった。最終的に77試合に出場しての打率.304、2本塁打、16打点は立派なもの。もう支配下登録してあげても良いのではないだろうか。
 
127 穴田 真規 18 箕面東高(10年育成3位) 1 180 78 右右 10年の育成ドラフト3位で指名を受け入団。50m走6秒6、遠投105m。シュアな打撃が持ち味で、高校通算31本塁打のスラッガー。渋谷高時代の中村紀洋を指導した箕面東高・長谷監督は中村と比較し「飛距離はノリ(中村)以上」と評価した。

まだ実戦を殆ど見ていないでコメントは差し控えます。

128 マルコス・ベキオチナ 25 2Aトレントン 1 188 80 右両 実戦を殆ど見ないうちに10月10日に戦力外通告を受けた(涙)。

 

背番

氏 名

年齢

出身校

年数

身長

体重

投打

昨季成績

寸評

00 柴田 講平 25 国際武道大(08年2位) 3 176 75 左左 1軍出場なし

08年のドラフト2位指名で入団。50メートル5秒7、遠投110メートルと俊足強肩、シュアな打撃が武器。09年はその俊足から「赤星二世」と呼ばれ開幕一軍も期待されたが、オープン戦で結果を残せず二軍スタート。9月26日には一軍登録され、9月30日の東京ヤクルト戦で中犠飛を放ちプロ初打点を記録した。オフにマリナーズから移籍した城島に背番号2が渡ったのに伴い、同年限りで引退した秀太の「00」を引き継いだ。10年はキャンプ中の練習試合で死球を受け右手第3中手骨を骨折。不本意なシーズンを送った。

今年はシーズン途中から一軍入りし、代走・守備固め中心で起用されていたが、8月14日のヤクルト戦(神宮)では8―3の9回2死満塁でバレンティンのセンターフライをまさかの落球。以前、この選手名鑑で、『どうも「センスの無い選手」というイメージが物凄く強い』と評したが、そのことを見事に立証してくれた(涙)。ちなみに彼のプレーを見る機会はそうは無いのだが、09年はフレッシュオールスターで、10年はキャンプ中の練習試合でも落球を目撃している。
ヤクルト戦以降も、中日戦(甲子園)ではレフトライナーを後逸するわ、広島戦(広島)では無死一塁で送りバントを失敗(二塁封殺)し一塁走者として二度も飛び出し牽制死、と1イニングで実質3アウトをひとりで献上しようとするわ、と、改善される気配は無い。真弓監督は彼の打撃センスを買ってか、シーズン終盤は先発投手の右左関係なくスタメンで彼を使い続け、その期待に応えるように徐々に打率もアップし2割7分台にまで引き上げた。以前は全くスタートを切れなかった「ここはミエミエでも盗塁やろ」の場面でもやっと切れるようになってきたり、意外とバントが上手かったりという点は評価していいし、来年以降に向け明るい材料といえばそうなのだが、「やらかし系の選手はいくら経験を積ませても結局はやらかす」がワタシの持論なので、あまり大きな期待はしていない。

金本 知憲 43 東北福祉大(91年4位)→広島 20 180 85 右左 144試合 .241
16本45点1盗

平成の鉄人。昨年はヤクルトとのオープン戦前の練習中に味方選手と激突して右肩を痛め、その後の診断で右肩の棘(きょく)上筋部分断裂という重傷であることが判明。それでも試合出場は続けていたものの、二塁走者の生還を何度も許したりするなど満足な送球ができず、打撃不振もあって自らの申し出により連続試合フルイニング出場の記録は1,492試合でストップ。 スタメン復帰した時期もあったが結局最後まで調子が上向くことはなく、打率、本塁打、打点全て阪神移籍後最低の成績に終わった。

今年は4月15日の中日戦で、8回表二死一塁で投手の代打として途中出場。しかし打席中に一塁走者の俊介が盗塁に失敗しイニングが終了、打席未完了のまま真弓監督は金本に代え投手を出したため、連続出場記録が1,766試合でストップした。
122試合、打率.218、12本塁打、31打点という数字をどう評価するかは統一球の導入で軒並みどの打者も数字を落としている中結構難しいところもあるが、特に前半戦から中盤戦にかけては右肩の影響からか外角寄りの真っ直ぐに対しポップフライを打ち上げることが多く、「いくら大流行だからといって甲子園に来てまで「K−POP」を見せてくれなくても(涙)」といった嘆き節が多くきかれたという噂もある。また、10月には金銭をめぐるトラブルで刑事告訴された“騒動”が起きたが、その後広島戦で2打席連続本塁打を放つなど調子を上げ「さすが金本、逆境に強いぞ」変な感心のされ方をしたりもした。

10月4日に解説で訪れていた野村前監督との会話でこんなくだりがあったそうだ
ノムさん「頑張ってるねぇ」
金本「いえ、いえ」
ノムさん「引き際は難しいなぁ。誰も言ってくれないし、自分で決めなきゃいけないもんなぁ」
金本「は、はい(苦笑)」
ノムさん「オレの場合は、よく分からなかったんだよ。最後は、あぁ、なんだ!(球団は)やめて欲しいのか!?って。それに気付いたから、やめたんだ(笑)」
金本「自分も気付けるように、頑張ります(笑)」

「もう、引退せえ」といったファンの声はシーズン中もずっと聞き続けてきたが、まさにボロボロになるまで現役を続けたように見えるノムさんですらこんな感じだったそうで、先日の楽天・山崎の退団劇等を見ても、意外と現場の選手の感覚はこんなモノなのかもしれない。特に、チーム内に実力のある若手がウヨウヨいる状況ならともかく、今のタイガースの外野手をみていたら「林や浅井には流石にバッティングは負けとらんやろ」「俊介?柴田?、ふーん」てな感じだとしても全くおかしくは無い。

という訳で、ワタシのスタンスは相変わらず「「リアル・あぶさん」への道をひた走って欲しい」なので、肩の回復具合も含め、来年44歳になるこの選手がどこまでやれるのかを見てみたいと素直にそう思う。ただ、新監督がどのような考えかは判らないが「いくらなんでもちょっと・・・」と思うような起用法は止めてほしい。

7 俊介
(藤川 俊介)
24 近大(09年5位) 2 177 72 右右 124試合 .255
1本10点5盗
09年のドラフト5位指名で入団。近畿大学では計5度のベストナイン、3年春にはMVPを受賞。50 m走5秒台の脚力が武器。
10年は開幕一軍メンバーに残り5月2日の対読売ジャイアンツ戦でプロ初安打となる三塁打、8月17日の対横浜戦でプロ初本塁打を放つなど、シーズンを通して出場選手登録を外れることなく124試合に出場した。
今年は開幕スタメン出場を果たし、4月15日の中日(ナゴヤドーム)では8回表2死1塁の代打金本知憲の場面で二盗を試みたが失敗、次の回、金本が守備につかなかったため、金本の連続試合出場記録を1766でストップさせるという首脳陣ですら出来なかった偉業を成し遂げた(涙)

タイガースの野手の中で一番よく判らないのが、実はこの選手。
高校と大学で全ポジションをこなした経験があるなど器用でセンスの良い選手に見えるが「お前はブラゼルか!」と言いたくなるくらい何でも振っていき、酷いときは見送れば体に当たりそうなボールもスイングする。
・華奢で非力そうに見えるが、横浜・山口のインハイの直球をレフトスタンドに軽々と放り込むなど実は長打力が結構ある。
・俊足・強肩の選手に見えるが、ヒットで「二塁走者は三塁を回った!ホームはクロスプレイだ!」と誰もが思う場面でも「お前は赤星か!」と言いたくなるくらいショボいバックホームを見せてくれる。

開幕直後は打率3割をキープしていたのに、2割3分台にまで落ち組むなどすっかり見る影も無くなってしまった点も含め、まだまだ実力不足ということなんだろう。秋のキャンプでは徹底的に鍛えて欲しい。

浅井 良 32 法大(01年自由枠) 10 176 80 右右 85試合 .297
3本14点4盗

09年は赤星の代わりにセンター、桜井の怪我時にはライトを守るなど、自己最高の成績を残した。10年には、金本や桜井の不調で中盤以降はスタメンや守備固めで出場することが多くなった。

中堅からベテランの域に入っていこうとする年齢であり、外野手の中に守備に不安のある選手が多い中、今年はいろんな意味で活躍の機会があっておかしくなかった筈なのだが、開幕から見せてくれたのは相変わらずボール球にバットが止まらないスイングばかりだった。打率は1割ちょっとをウロウロするなど、大してされていない期待を更に大幅に下回った(涙)
昨年、9月9日の中日との首位攻防戦(甲子園)、延長10回裏一死満塁で代打浅井、投手はサイドハンドでシュートが武器の鈴木、「ここは追い込まれるまでは内角の厳しいシュートにだけは手を出すなよ」と祈りながら見ていたら、初球・内角の厳しいシュートを思いっきりスイングしどん詰まりのショートライナーでブラゼルが飛び出しダブルプレー(その後、ブラゼルが退場→野手がいなくなり西村が外野を守るというオマケ付)・・・という場面があったが、あのシーンがこの選手の全て凝縮して表しているといっても過言では無いのかもしれない(涙)

9 マット・マートン 29 ロッキーズ 1 185 99 右右 144試合 .349
17本91点11盗

03年ドラフト1巡目でボストン・レッドソックスに入団。06年にほぼメジャーに定着、144試合出場で打率.297、13本塁打、62打点の成績を残し、カブスでは人気選手の一人となった。08年7月にアスレチックスへ移籍、09年にはコロラド・ロッキーズに移籍。同年オフ外野手の強化を求めていた阪神が駐米スカウトアンディ・シーツの強い推薦もあって阪神に入団した。
10年は最終的にリーグ3位の打率.349、両リーグ通じて最多の214安打を放ち、最多安打のタイトルを獲得し、ベストナインにも選ばれた。

今年は開幕戦で55年の金田正泰以来、球団史上2人目の開幕戦初回先頭打者本塁打を放ったものの、打撃フォーム改造が失敗し低打率に喘いでいたが、その後持ち直し、結局は首位打者争いをするところまで打率を上げシーズン最多安打180を記録した。
ドラフト補強は失敗続きで若手投手・野手の突き上げも無し、本来はとっくに暗黒時代に突入している筈のチームをFA補強の連続と球団史上初めての優良外国人選手揃いとでなんとか延命している・・・というのがタイガースの現状であり、巷噂されるマートンのメジャー復帰など、考えただけでも恐ろしいことだ(涙)

24 桧山進次郎 42 平安→東洋大(91年4位) 20 177 78 右左 72試合 .254
1本12点0盗

「新・代打の神様」。 10年は5月18日の対福岡ソフトバンク戦で遠井吾郎の球団記録に並ぶ代打通算108安打、6月4日の対オリックス戦で球団新記録となる代打通算109安打を記録。今年は5月14日の中日戦で本塁打を放ち、球団新記録の代打通算14本塁打と球団3位の代打通算87打点を記録し、現在の記録を更新中

今年は打率2割7分台と昨年に比べアップ。近年は速い真っ直ぐに対する対応が相当キツくなってきていたのだが、今年はそれをあまり感じさせなかった。ネタも含めてこの選手名鑑では毎回色々書かせてもらっているが、統一球に各打者が苦しむ中でのこの成績は、素直に「素晴らしいです」という他ない。

31 林 威助 32 柳川→近大(02年7位) 9 178 81 左左 69試合 .289
4本22点1盗

07年は規定打席には及ばなかったものの打率.292、15本塁打、58打点の成績を残したが、シーズン中に痛めた右肩をオフに手術。08年も夏場に左膝靭帯を痛めて離脱。09年はWBC台湾代表に選出されたアジア予選で調子を崩し、代打中心での出場に終わった。10年も出場機会はさほど多くなかったが、得点圏打率.412を記録した。

4年前のワタシの構想では「今頃もう4番を打っている筈」だったのだが(涙)、相変わらずタテの変化に弱く、拙い守備もネックとなり、今年は63試合、打率.167、本塁打1本、5打点、と、散々な成績となっている。このまま終わってしまうのだろうか・・・。

33 葛城 育郎 34 立命大(99年2位)→オリックス 12 180 87 左左 42試合 .207
1本3点0盗

10年は20打数10安打というオープン戦の好調さは影を潜め、開幕から不振に苦しみ6月に一軍登録を抹消されると、残りのシーズンを二軍で過ごした。今年も一軍登録の無いままだったが、10月10日に戦力外通告を受けた。

44 甲斐 雄平 23 博多工→福岡大(09年3位) 2 185 83 右右 一軍出場なし

09年のドラフト3位指名で入団。遠投120 mの強肩と50 m走6秒の俊足が持ち味の大型外野手。

10年はウエスタンで41試合、打率.190、本塁打4本、14打点、1盗塁だった。今年は86試合と出場機会は増えたが、打率.227、本塁打0本、4打点、3盗塁と、全くと言って良いほど結果を残せていない。昨年と同じく、「いわゆるタメを作れない打撃なのでかなり時間がかかりそう」というのが感想で、大卒2年目でもこの数字というのはかなり危機的な状況だと思う。

51 桜井 広大 28 PL学園(01年4位) 10 180 91 右右 89試合 .255
9本30点1盗

09年はシーズン序盤に赤星の代役として1番中堅で出場する機会が多く、4月12日には07年以来となる本塁打を放つ。その後も好調を維持し規定打席には届かなかったものの初の打率3割越えを果たした。10年は開幕からレギュラーとなり、同年のチーム初本塁打も記録するも、7月11日に右ひじ痛が原因で登録抹消される。8月10日に一軍復帰した2日後の同月12日、対広島戦で城島・狩野と共に3者連続本塁打を放ったが、出場試合数・打撃成績ともに前年を下回り、オフには右ひじの手術に踏み切った。

今年はリハビリ→二軍での実戦復帰のコースを辿っていたが、10月10日に戦力外通告を受けた。タイガースは世間で言われる程シブチンではなく、特に怪我人には相当に優しいというか甘い球団だと思うのだが、「そのタイガースにしては随分バッサリ斬ったな」というのが正直な感想。怪我以外にも色々事情がありそうな気がする。

61 田上 健一 24 創価高→創価大(09年育成2位) 2 180 76 右左 2試合 .000
0本0点0盗

09年のドラフト育成2位指名で入団。50 m5秒7、遠投110 mという俊足強肩の外野手。10年の春季キャンプは二軍スタートだったが、キャンプ途中から一軍に合流。3月29日に支配下登録され、背番号も61に変更となった。7月18日にプロ入り初の一軍昇格を果たし、2試合に出場した。

今年はウエスタンで81試合、打率.245、本塁打0本、10打点、11盗塁だったが、宮崎でのフェニックスリーグでは打率.421と調子をあげていたため、9月19日に一軍登録され横浜戦(甲子園)でプロ初安打、21日の広島戦(広島)ではスタメンで3安打を放った。
いまだに全く実現していないが、甲子園球場をフランチャイズにする以上、このチームの外野手は俊足・強肩であることが必須条件なので、秋のキャンプでは一気にレギュラー獲りを目指すくらいのつもりで徹底的に鍛えてほしい。

94 野原 祐也 26 大宮東→国士舘大→BCL・富山(08年育成1位) 3 177 84 右左 一軍出場なし

08年のドラフトの育成枠1位指名で入団。09年はウエスタン59試合で打率.309, 2本塁打、19打点と好調で、7月26日に支配下登録。9月9日に初めて一軍昇格し12日の横浜戦で山口俊から代打でプロ初安打を記録した。2年目の飛躍が期待された10年は、3月の教育リーグで痛めた右手有鈎骨(ゆうこうこつ)形成術を行い不本意なシーズンを送った。

今年はウエスタンで77試合、打率.302、本塁打3本、25打点、5盗塁だった。ウエスタンでは入団以来3年連続で打率3割を打っている。結局今年も一軍からはお呼びがかからなかったが、「スタメン・浅井」なんて発表を見る度に「いくらか野原にもチャンスをあげても良いのでは」と思ったものだが、どうだろうか。

99 狩野 恵輔 29 前橋工(00年3位) 11 181 81 右右 32試合 .214
2本5点0盗

07年4月20日の巨人戦(甲子園)にプロ初打席でサヨナラ打。劇的デビューを飾ると、翌21日にはプロ初本塁打を放つなど、巨人3連戦で一気にブレーク。08年は右ひじの手術を受けた影響で出遅れ一軍出場は12試合に留まったものの、09年は矢野が故障で開幕に間に合わなかったこともあり、初めて開幕スタメン出場を果たし、その後も実質的に正捕手として活躍。矢野が復帰した後半も安藤や下柳以外の先発投手が登板した試合で捕手を務め、さらに捕手としては珍しい二桁盗塁を記録した。10年は城島の加入により出場機会に恵まれなくなったが、連続フルイニング出場を続けていた金本が故障でスタメンを外れるようになったこともあり、4月20日に一軍再昇格すると同日の対広島戦で左翼手として先発出場しシーズン初本塁打を放った。その後はなかなか出場機会を得られずに32試合の出場に終わり、10月10日のフェニックスリーグ・対横浜戦で腰を痛め、翌月に椎間板ヘルニア除去手術を受けた。

今年は外野手登録となったが、狩野自身は捕手と両立することを希望。手術明けのため春季キャンプは二軍スタートながらオープン戦から一軍に昇格していたが、腰痛が再発しチームを離脱。6月に実戦復帰し 8月26日のヤクルト戦では 決勝タイムリーを放ってお立ち台で涙を浮かべるシーンもあったが、その後また腰痛が再発し一軍登録を抹消されるなど、苦難のシーズンになってしまった。選手生命にかかわるような状況でなければ良いのだが・・・。
 

121 黒田 祐輔 25 静岡→駒大→シャンソン化粧品(07年大社4巡) 4 192 81 右右 一軍出場なし 10年まで投手登録だったが、オフに育成契約に。今季より俊足、強肩を生かして野手に転向した。

二軍戦で何試合か見た。投手からの野手転向組は打席でも相応の雰囲気があるものだが、この黒田の場合、打席に入っている姿はいまだに投手にしか見えない。という訳で、前途は相当に多難だと思う。
 

t05-03.gif