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フランス・ゴシック訪問記録(その5)
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目次

1.サン・ドニ大聖堂
2.ノートルダム大聖堂(パリ)
3.ノートルダム大聖堂(シャルトル)
4.サン・テティエンヌ大聖堂(ブールジュ)
5.ノートルダム大聖堂(ランス)
6.ノートルダム大聖堂(アミアン)
7.サント・シャペル


ノートルダム大聖堂(ランス)

ランス大聖堂 西正面全景
写真2831 西正面全景

建設 1211年〜13世紀末(一部は15世紀後半)。第一次大戦の空爆により大きな被害を受けたが戦後完全に修復された。
全長 138.7m
身廊天井高 38m

文献調査

ランスの街は、ローマ建国の伝説があるロムルスとレムスの兄弟のうち、レムスの兵士たちによって基礎を置かれたと伝えられる。フランク王クローヴィスが、496年、ランスの司教だった聖レミギウス(レミ)により洗礼を授けられキリスト教徒となる。その後、816年、ルイ一世がランス大聖堂で戴冠式を行って以降、フランス国王の戴冠式の場となった。(1429年、ジャンヌ・ダルクがオルレアンから敵地を越えてランス入りを決行したのも、シャルル七世を戴冠させるためであった。)

現在の大聖堂は、1210年の火災後、1211年5月6日に最初の石が設置され、内陣のある東側部分から再建が開始された。その後、1233〜36年には、建造資金源として課された重税に苦しむランス市民により、大聖堂の工事を率いる高位聖職者に対し反乱が勃発し、建造の速度は極端に鈍ることになる。13世紀末にはほぼ完成したと考えてよいが、遅々としたペースで工事は15世紀後半までも継続されていく。

外観を眺めたときの重要な要素は、控壁の上に載る整然と並んだ大きなピナクルである(写真2870)。ランス以前にもピナクルは控壁の上に設けられたが、ランスのものほど目立たなかった。ただ、R.マーク(1990)によれば、ランスの場合、このピナクルが果たす構造上の役割は――アミアンと異なり――非常に小さいものに過ぎないという。

ランス大聖堂 大きなピナクル ランス大聖堂 ステンドグラスが嵌められたタンパン
写真2870 大きなピナクル 写真2840 ステンドグラスが嵌められたタンパン

西正面では、三つの扉口が前方へ迫り出すなど、立体的デザインが目を引きつける。ランス独自の手法として、他の聖堂では一般には入口の上には浮彫のある尖頭形の壁面がくるのに対し、そこにステンドグラスを配していることが特徴的である(写真2840)。本来そこに彫刻としてあらわされるべきテーマは、もっと上方の三角形の破風に移されている(写真2844)。西正面の入口左右の壁に並ぶ等身大を超す彫像については、圧倒的な量感、そして表情や身振り、衣服の布地の流れなどから、よりリアルな人物をあらわそうとする彫刻家の営みを評価したい(写真2845)。

ランス大聖堂 扉口の破風 ランス大聖堂 西正面中央扉口の彫刻
写真2844 扉口の破風 写真2845 西正面中央扉口の彫刻

内部に目を移そう。

ランス大聖堂 外陣の壁面構成
写真2881 外陣の壁面構成

外陣は東西に細長く、垂直方向の上昇感を強調している(写真2881)。壁面構成では、クリアストーリーを二分する中央柱の真下にあるトリフォリウムの小円柱を、他よりも太くすることにより、上下の小円柱の垂直的な繋がりを暗示していることなどに表れている。

これに対して、内陣は広大な印象を与える。シャルトルと比較して、内部では平坦な壁面が減少し、外観では石積みの重厚性が後退して軽やかさが前面に出てくる。シャルトルでは、彫刻が扉口周辺に集中していたが、ランスでは、膨大な量の彫刻が外部の様々な箇所に分散して設置され、全体としてきわめて豪華な建築物となっており、その後数々の破壊を受ける以前は、「ヨハネの黙示録」に登場する天上の都市エルサレムが地上に降り立ったようだったろうと想像される。

ランスの内部空間は明るいが、これは当初のステンドグラスがほとんど現存していないためである。フランス革命以前の1740年代からすでに、地階の窓がロウソクの節約などの目的で透明ガラスに置き換えられていたが、さらに第一次世界大戦ではステンドグラスのほぼ半分が破壊されたのである。1914年9月19日、大聖堂は空爆により巨大な十字形の炎と化す。現在の大聖堂はその後のランス市民の努力により修理されたものである。被害の大きかった彫刻は、大聖堂に隣接するかつての司教館「トー宮殿」に移され、修復作業はいまだに終わっていない。

訪問後の私見――「見せる聖堂」、ファサードの迫力、彫刻の写実性、シャガールのステンドグラス

今回の旅で訪問するゴシックの大聖堂のうち、最も期待していたのがここである。つまり、もともと大きな期待を抱いて訪問したわけだが、ランスのノートルダムは期待を裏切らないものであった。

最初に見えたのは西のファサードだった。第一印象は彫刻など、個々のパーツが思っていた以上に大きく、迫力があるということだった。(但し、あまり繊細さは感じられない。)これまで写真はよく見てきたが、実物を見たあとで写真を見ると、それまでとは違った見え方をする。実物の迫力が再現前するのだ。この点で、実物を体感することの重要性を再認識した。

パーツの大きさの例としては、たとえば、アーキヴォルトが思ったより大きい。バラ窓の左右からフライング・バットレスが見えているのも、ファサードの列柱の間隔が大きいためと言える。ピナクルは文献調査の項で述べた通り大きいのだが、まるでそれら一つ一つが塔であるかのように感じられた(写真2870)。

ランス大聖堂 大きなピナクル ランス大聖堂 中央扉口の破風
写真2870(再掲) 塔のように大きなピナクル 写真2844(再掲) 中央扉口の破風

大きさ以外で興味を引いたのは、中央扉口のアーキヴォルトの上の破風にある彫刻である。人物上部の屋根の部分が、おどろおどろしい感じがしており、バルセロナにある(ガウディが手がけた作品として有名な)サグラダファミリアを連想させる(写真2844)。

このように西正面は壮大で技術的にも高度な技量を見せているのであるが、北正面を見ると印象が全く違うことに驚く(写真3069)。彫刻は野暮ったく、頭がでかい。

ランス大聖堂 北翼廊扉口のタンパン
写真3069 北翼廊扉口のタンパン

とはいえ、教会堂の東側の外観はデザインがよく考えられている。手すり状の、アーチを用いた装飾で放射状祭室の天井を巧みに隠し、教会堂全体の統一感を演出している(写真3082)。ここは西正面やシャガールのステンドグラスと異なり、短時間だけしか見ないで立ち去る観光客が見ないで終わってしまう可能性がある箇所なので、少し回り道して見て欲しいところである。また、外部全体の控壁も重厚にならないように柱を使って軽快さを演出している(写真2870)。(これと類似のことはパリやアミアンなど他の教会堂でも行われているので、珍しいことではないようだ。)

ランス大聖堂 内陣概観
写真3082 内陣概観

このようにランス大聖堂では、様々な方法で本来の構造をより美しく見せるような工夫が施されている。この傾向は、ゴシックの大聖堂では多かれ少なかれあるものだが、ランスではそれが特に顕著であり、「見せる聖堂」になっていると思う。

内部は三身廊で側廊は細長い。柱はパリのものより太そうだが、線条要素もほどほどに太いのでバランスがよく、特段太いという印象を与えない。柱頭やファサードの彫刻に刻まれている葉のモチーフが他の教会堂ではみられないほど高度に写実的な印象を与える(写真2890)。全体的にこの大聖堂の彫刻は写実的な傾向が強く、この写実性はランス大聖堂の特徴であると私は考えている(写真2845)。(これも評判通りであったといえる。)

ランス大聖堂 写実的な柱頭彫刻 ランス大聖堂 西正面中央扉口の彫刻
写真2890(再掲) 写実的な柱頭彫刻 写真2845(再掲) 西正面中央扉口の彫刻

トリフォリウムには窓がなく、廊下もない。完全に飾りになっているように見える。トリフォリウムの歴史的変遷に関してはサン・ドニの項で既に述べたので、ここでは繰り返さない。

ランス大聖堂 身廊
写真2953 身廊

外陣は明るく、内陣の方向に向かうと暗くなるようにステンドグラスが配置されている(写真2953)。内陣の一番奥の放射状祭室にあるシャガールのステンドグラスは期待していた以上の出来だった(写真2921)。色の濃淡の移り変わりが絶妙。悲しげな感じが伝わってくるが、絶望はしていない心象が表現されていると感じる。個人的には、向かって右側のガラスの紫色に惹かれた。なお、身廊からアプシス方向を見ると、アプシスのアーチの向こうにシャガールの濃い青が映える!内陣上方のステンドグラスより、そちらに目が導かれるほどである。なお、シャガールのステンドグラスの隣の隣(南方向)の祭室のマリア像も美しい。訪問前には、個人的にはシャガールのステンドグラスには――ここにあることは知っていたが――全く期待していなかったので、嬉しい誤算であった。

ランス大聖堂 シャガールのステンドグラス
写真2921 シャガールのステンドグラス

内部から西正面方向を見ると、バラ窓が見事である(写真2942)。特に上のバラ窓とその下のトリフォリウムの階の組み合わせがよい。単体では下のバラ窓の方が上のものより密度が濃く、魅力的に見える。

ランス大聖堂 西正面バラ窓
写真2942 西正面バラ窓

ランス大聖堂について一言でまとめるとすれば、既に述べたが「見せる聖堂」ということになると思う。しばしば指摘される彫刻の写実性もそうした文脈の中に位置づけることができるし、西正面のタンパンにステンドグラスを使うというアイディアや、内陣の外観、構造的な機能を持たない(従って、恐らくは視覚的な効果を狙った)塔のような大きなピナクル、文献調査の項で述べたトリフォリウムの柱の太さの変化といった極めて微妙なものなども、それまでの試行錯誤の後にこそ到達しえたものであるが、それらはいずれも構造上の問題と言うよりも視覚的な事柄に関わっている。シャルトルやブールジュと言ったランスよりも着工時期が早い聖堂と比べて、ランスでは、ゴシックが一つのスタイルとして遥かに成熟して確立していることを感じさせるのである。(この点はアミアン大聖堂にも言える。)



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