行雲流水

これまでの旅の中での出来事や感じたことなどを思いつくまま綴ってみました。自分の予想では、30話ぐらいでネタ枯れするのではないかと思っていますが、 とりあえず続けられるだけ続けてみます。
毎日はとても書けません。毎週もムリでしょう。筆が進んだときだけ書きます。読んだからといって別にためになる話ではありませんが、 ときどきお付き合いいただければ幸いです。


30.知れば知るほど謎は深まるばかり
ネパールへ行くと、体が2つあればと思うことが多々ある。いつも短い滞在期間で欲張ったスケジュールを立ててしまうことも原因の一つなのだが、 それ以上に、毎晩毎晩、ネパール人の友人から入れ替わり立ち替わり食事の招待を受け、……(2005.9.3記)

29.お騒がせカップル
ヒマラヤ観光で名高いネパール・ポカラには、湖としてはやや小ぶりなペワ湖という湖がある。 湖の向こうにマチャプチャレやアンナプルナの山並みを望むショットは、ガイドブックなどで必ずといっても良いほど取り上げられており、ネパール随一の観光地となっている。 ……(2005.8.27記)

28.かつてそこで戦争があった
アジアを旅するとき、どうしても避けては通れないのは、戦争の記憶との出会いである。 日本人買い物客で賑わうシンガポール。その観光スポットの片隅には、日本軍の侵攻と占領政策を今に伝える博物館があった。……(2005.8.20記)

27.孤児院再生計画進行中
すでにこのHPでも紹介させていただいているとおり、来月中旬、ネパールを再訪する計画をしている。 そしてこれまたHPで紹介済みの存続の危機に立たされている孤児院も、その際訪れる予定である。……(2005.8.13記)

26.弦楽四重奏の夕べ
私の友人の少なからぬ者は、「YGはアジアの変わったところばかり行っているので、ヨーロッパなんて好きじゃないだろう。」 と思い込んでいるようである。こんなとき私は「いえいえ、そんなことはありません。ヨーロッパも大好きですよ。一応、……(2005.7.24記)

25.ネパール皇太子の来日
6月23日のこと。何か面白い出来事はないかと中日新聞を漫然と眺めていた私は、ある新聞記事にくぎ付けになった。 「ネパール皇太子に聞く 自然保護と開発両立の知恵探す」という活字とともに、パラス・ネパール皇太子夫妻が……(2005.7.18記)

24.YGが通った後には...
草の根国際協力に取り組んでいながらこんなことを言うのも変なのだが、実は自分は不幸をもたらす存在なのではないかと思ってしまうことがある。 何が言いたいかというと、つまり、自分が旅をした先々で、……(2005.7.3記)

23.日中友好の宴
中国を友人のM氏とともに旅行中、上海から北京まで寝台列車に乗車した。 中国の寝台列車には、日本で言うところの1等寝台にあたる軟臥車と2等寝台にあたる硬臥者がある。我々は、当時、学生の貧乏旅行者だったため……(2005.6.26記)

22.女性だけのお祭り
ネパール南部のチトワン国立公園内ののどかな田園地帯を車で移動中のこと、前方に色鮮やかな服装をした大勢の女性たちが、道いっぱいにたむろしているのが見えた。……(2005.6.19記)

21.きゅうりが追ってくる
きゅうりが追ってくるといって、別にきゅうりに追いかけられる夢を見たわけではない。ここでいう「きゅうり」とは、ウズベキスタンの警官のことである。……(2005.6.11記)

20.来た、見た、感じたウズベキスタンA
前回は、堅い話だったので、今回はもう少し肩の力を抜いてウズベキスタンで見たこと、感じたことをお伝えしたい。……(2005.5.29記)

19.来た、見た、感じたウズベキスタン@
4月29日から5月4日まで、ウズベキスタンを旅してきた。今回は、純粋な観光旅行で、帰国後は、現地の暮らしぶりや国民性、 文化について書くするつもりだったが、テレビ、新聞等で報じられているとおり、直後にウズベキスタン東部のアンディジャンという町で、……(2005.5.22記)

18.牛糞に触ってみた
ミャンマーやネパールの田舎では、乾燥させた牛糞が家庭用燃料として利用されているのを何度か目にした。 これらの地域で共通するのは、ガスがないのは当然のこととして、周囲の樹木も伐採されてしまったため、……(2005.4.17記)

17.歩くスキー
日本でスキーといえば、誰もがリフトに乗って斜面を滑り降りてくるゲレンデスキーを思い浮かべるが、これは世界共通かといえば必ずしもそうではないようだ。 ……(2005.4.10記)

16.お答えします
昨年9月にHPを立ち上げて以来、その甲斐あってようやく少しずつご質問やご協力の申し出のメールを頂くようになった。 メールをお送りいただいた方には、直接回答をお送りしているのだが、……(2005.4.3記)

15.上海少年闇両替団
今は、もう一本化されたのだが、かつて中国の通貨制度は、中国人民が使用する人民元と、外国人が使用する兌換券の2本立てになっていた。 我々外国人が円やドルを両替して手にする通貨はこの兌換券で、町で買い物をしたりする限りにおいては……(2005.3.26記)

14. トラブル、トラブルまたトラブルC
悪夢のような1日が過ぎ、ソ連入国2日目。ホテルのロビーで両替を済まし、旅の行程の変更をホテル内にある国営旅行会社の事務所で行う。……(2005.3.20記)

13. トラブル、トラブルまたトラブルB
社会主義国ソ連の洗礼は、空港だけでは済まなかった。ホテル到着後、まずは空港でできなかった両替をしようと、ホテルのロビーで両替を依頼する。……(2005.3.5記)

12. トラブル、トラブルまたトラブルA
1日遅れのハバロフスク空港到着後、入国審査のカウンター前ホールで無事のフライトにまずはほっと一息つく。入国審査はまだ始まっておらず、係官が現れるのをホールで待つ。……(2005.2.26記)

11. トラブル、トラブルまたトラブル@
1990年2月、学生最後の旅に出た。約1ヶ月間の予定で東シベリアのハバロフスクからシベリア鉄道で大陸を横断し、ヨーロッパを一周するという大雑把なプランを立て、帰りの切符も持たずに出発。しかし、この旅の滑り出しは、……(2005.2.18記)

10. ベルリンが幸せだった日々
1990年3月、ベルリンを訪れた。ちょうど半年前、ベルリンの壁が崩れ、長年隔てられていた東西の行き来が自由になった。……(2005.2.13記)

9. 報じられないネパール
今月1日、ネパールで国王が首相を解任し、権力を掌握したとの報道がなされた。 この事件以来、何人かの知人から「ネパールってどうなのよ。」という問合せを受けたこともあり、今回は、私にとって因縁浅からぬこの国の情勢について、……(2005.2.5記)

8. 将軍様のお通り
将軍様といっても北朝鮮の将軍様の話ではない。ミャンマーでの話である。ミャンマーは、ご承知のとおり軍事政権下にある。軍事政権といっても今日の民主主義国家日本ではイメージしがたいことだが、……(2005.1.29記)

7. コートがない!
サンフランシスコから機中泊、シカゴで飛行機を乗り換え、トロントに着いたときのこと。いつものようにバッゲージクレームで荷物を待つが、なかなか出てこない。とうとう最後の一人になってしまい、……(2005.1.23記)

6. 漓江下りの思い出
香港へ1週間の予定で旅行した際、中国本土へも足を伸ばしてみたくなり、香港の旅行会社で2〜3日間のツアーを探してみることにした。香港で1、2の大きな旅行会社へ行ってみると、……(2005.1.22記)

5. モスクワで大屋政子に出会う
1990年2月26日の夕方、その人は何の前触れもなく、モスクワのインツーリストホテルのロビーに現れた。イチゴ柄の真っ赤なワンピースは、まさにテレビで見たまんま。……(2005.1.10記)

4. バイカル湖上ハイキング
ユーラシア大陸横断中立ち寄ったイルクーツクから、バイカル湖畔のリストビヤンカ村まで足を伸ばしてみた。季節は2月。湖面は風上の入り江と思われるごく一部分を除いて結氷していた。……(2005.1.9記)

3. 日本人の目は退化している
ネパール・シンドパルチョーク郡の山間の村でボランティア物資を配布した帰り道、ハプニングや不手際が重なって出発が遅れ、雷雨の中、3時間山道を歩く羽目になった。しかも途中で日没。時々光る稲光以外は真っ暗闇である。……(2005.1.1記)

2. JAL初搭乗
実は、今年(2004年)初めてJALに搭乗した。今までかれこれ国内、海外併せて30回以上は飛行機に乗ったと思うが、JALには乗ったことがなかった。大韓航空やロイヤルネパール航空には何度も乗ったし、さらには……(2004.12.31記)

1. サバイバル英会話?
東南アジアのとある国での出来事。レストランで食事をしていたところ、同じテーブルの日本人男性がボーイを呼び、おもむろに「シガレット ディッシュ プリーズ」と言った。……(2004.12.31記)



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