'97ロシア・ウラジオストク編

どこまでも続く純白の大地、困ったときにはすぐ声をかけてくれる親切な人たち。これが、1991年冬、ロシア(当時はソ連)を旅したときの印象でした。 このとき感じたロシア人への親近感と、3年前に同じ活動に参加した大学時代の先輩の体験談が、今回私がこのような活動に参加するきっかけでした。
この活動は、ソビエト連邦が崩壊し国内が混迷する最中、佐々淳行氏らが代表を勤めるJIRAC(日本国際救援行動委員会)によって始められ、今回はその6回目にあたるものです。
海外ボランティア初体験で不安もあったのですが、大変すばらしい経験を得ることができたと思っています。

○日   程:1997年8月21日〜8月24日
○主な活動先:@ウラジオストク市内の老人ホーム訪問。A市内孤児院の孤児を招待してのジラック祭(縁日)の開催。B日本人抑留者墓地の清掃、参拝


セダンカ老人ホーム@

最初の活動はセダンカ老人ホームの訪問。ここでは、日本から持ってきた医薬品を贈呈した。写真は、ホーム内のホールのようなところで、前日練習した歌などを披露しているところ。

セダンカ老人ホームA

次に老人ホームを少人数に別れて各部屋ごとに訪問し、ご老人たちと交流を深めた。 私も、日本から持ってきたプレゼントを渡して回ったが、逆に孫でも尋ねてきたかのように大歓迎してもらい、大変嬉しかった。

JIRAC祭@

次のプログラムのJIRAC祭では、我々が宿舎にしていたロシア太平洋艦隊の兵学校の宿舎に市内の孤児院の孤児たちを招待して、縁日風のお祭りを開催した。

JIRAC祭A

子供たちは市内各所の孤児院からバスでやってきて、孤児院ごとにこの日のために練習したと思われる出し物を披露してくれた。

JIRAC祭B

年長の子供となると、かなり本格的なダンスを見せてくれたりする。

JIRAC祭C

子供たちと記念に1枚。みんなつらい過去を背負っているはずだが、この日ばかりは心の底からの笑顔を見せてくれたのでは。。

JIRAC祭D

このイベントには、ロシア太平洋艦隊の兵学校が全面協力してくれた。この写真は兵学校の生徒とのスナップショット。 マキシム君といい、年は19歳で片言の英語を話す純朴な青年だった。

日本人抑留者墓地

最後のプログラムは、日本人抑留者墓地の参拝と清掃。 墓地と言っても、区画ごとにアルファベットと数字が割り付けてあるだけで、埋葬されている方の名前も分からない。写真は、日本人が最近建てた石碑。

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