'10ネパール編

 今回のネパール行は、2000年の初訪問から数えて10回目となる記念すべき訪問。 当初は正直、ここまで続くとは思ってもいなかったのだが、今では自分自身の年中行事の一つとして定着して しまった感がある。なぜこんなに続いたかを語り始めると長くなるのでここでは避けるが、自分としては、 無理なく、楽しく続けている。その気持ちがある限り、今後も続いていくだろう。

 さて、今回は2年前にご一緒した高校時代の部活仲間のYさんと二人での訪問である。私のみるところ、 Yさんもネパールにはまった一人である。

 ネパールの政情は相変わらず不安定で、6月末に辞職した首相の後任がいまだに決まらないという異常事態 が続いている。しかし、一般市民にはそんなことは関係なく、ちょうどお祭りの時期と重なったこともあり、 街行く人々の表情は明るく、楽しげに見えた。一つ気になったのは、本来明けているはずの雨季が 未だ明け切っていなかったこと。近隣のインド北部やパキスタンでは少し前に大洪水が発生したが、ネパールも その影響を多少受けているらしく、ネパールの友人によれば今年は雨が多いとのこと。我々も滞在中、何度か雨に 降られたが、それ以上に日本の梅雨を上回るような湿度で、何もかもがジメジメしているのがちょっと不快であった。

 今回の活動では、サンリサ孤児院、パシュパティナーの老人ホーム、ダディンの石割の集落の小学校や バグタプルの校舎の問題を抱える小学校を訪問した。

○日   程:2010年9月19日〜9月25日
○主な活動先:@バグタプル市/シルタル小学校、 Aカトマンズ市/サンリサ・オーファネッジ・ネパール、 Bマハデブェンシ村/ウッゾル・バビシャ・バル・シクシャ・パリヨズナ小学校、 Cカトマンズ市/ソーシャル・ウェルフェア・センター・ブリダシュラム


シルタル小学校にて@

昨年も一緒に孤児院を訪問したラビンドラから、ぜひ紹介したい小学校があるとのことで訪問。我々の宿のある パタンからは、車でわずか30分ほどのところにある小さな村の小学校で、この村はラビンドラのお父さんが 生まれた村だそうだ。

シルタル小学校にてA

児童の数は200人弱。校舎は2階建てで、各学年ごとに別教室で授業は行われている。

シルタル小学校にてB

どの生徒にも教科書やノート、鉛筆は行き渡っており、また学年ごとに先生がいて別々に授業が行われて いることから、一見するとこの学校には問題がないようにも思われる。 この学校が抱える最大の問題は校舎。壁や床はいたる所ボロボロ、梁にも歪みが見られ今にも崩れそうである。 1階の天井と2階の床は写真のような板が渡してあるのみで、滞在中も2階で鉛筆を落としてしまい、 それが床の隙間から1階に落ち、下で授業を受けている生徒がペンシルが降ってきたと ヒソヒソ話している声が聞こえてくるといったことがあった。

シルタル小学校にてC

日本から持参した鉛筆、ボールペンのほか、現地で買い足したノートと消しゴムを生徒全員に配布。

シルタル小学校にてD

机と椅子が足りないため、一部の児童は床に敷いた筵の上で授業を受けていた。

シルタル小学校にてE

その他、現地で買ったサッカーボール2個とバトミントンラケット2本セット×4とバトミントンのシャトル 20個ほどを寄付。先ほどのノート等も含め、Nさんからお預かりした資金で購入させていただいた。 (計9,329ルピー≒11,106円)

シルタル小学校にてF

実は、この小学校の新校舎の建設がイギリスのNGOの支援によって進行中である。土地は、村人が提供したそうだ。 新校舎は建設開始から1年が経過しているそうだが、途中、資金がショートしたりしたため、現在でもまだ屋根や 壁の一部がない状況である。

シルタル小学校にてG

建設中の校舎の隣には、同じく村人による土地の提供を受け、講堂と運動場を建設する計画があるとのこと。 しかし、資金がないので今のところ着工のメドは立っていないそうだ。建設には100万円ほど必要とのこと だが、さすがに私個人では如何ともしがたい。

サンリサ・オーファネッジ・ネパールにて@

4年連続となるサンリサ孤児院の訪問。孤児院を訪ねると、会長さんら男性スタッフが屋上で何やら作業を 行っている。よく見るとバラバラになった卓球台を組み立てようとしている様子。 実は、昨年私が寄贈した卓球台が雨に打たれてぐにゃぐにゃになってしまったので、板の部分だけ新たに買って 付け替えるのだそうだ。本当は私が来る前に完成させるつもりだったようだが、国内で買うより安いのか インドで購入した板を運ぶ途上、道路ががけ崩れで一時通行止めになったために到着が遅れ、 組み立てが我々が来る当日になってしまったそうだ。いかにもネパール的な話だが、全く隠そうともせず、 私の目の前で堂々と作業する姿は、ある意味微笑ましくもある。

サンリサ・オーファネッジ・ネパールにてA

卓球台の組立作業は試行錯誤が続くのみで遅々として進まず。この状況に土木関係の仕事をしている 同行のYさんの技術者魂に火がつき、作業を手伝うことに。さらには最初は眺めるだけだった子供たちも 加わる。もちろん私もYさんのアシスタントとして手伝った。 Yさん曰く、卓球台を解体する際、脚と板をかなり強引に外したために、接続部の金具が捻じ曲がってしまっており、 まずこれを真っ直ぐにすることが必要とのことで、その作業に取り掛かる。

サンリサ・オーファネッジ・ネパールにてB

卓球台の組立作業が進む傍らで、手伝いに加われない年少の子供たちに紙ひこうきや紙でっぽうを折ってあげる。 特に紙でっぽうは好評で次々に子供たちからせがまれ、このために日本から持ってきた広告紙はすぐなくなってしまった。

サンリサ・オーファネッジ・ネパールにてC

紙でっぽうで遊ぶジョティ(左)とクシャル(右)。ちなみに広告紙のような大きくて表面がツヤツヤで薄手の 紙のほうが、色紙で折るよりパチンという良い音が出る。

サンリサ・オーファネッジ・ネパールにてD

会長さんが、知り合いのネパールの卓球のナショナルチームのコーチを呼び、そのコーチのアドバイスを受けて ようやく組み立て作業は進捗。しかし、完成したのはもう日が落ちてかなりしてからであった。 完成を祝して、わずかな灯りを頼りに卓球を楽しむ。私の相手をしているのはそのナショナルチームのコーチ。

サンリサ・オーファネッジ・ネパールにてE

ジャヤ(左)とディネシュ(右)がネパール伝統の横笛で曲を演奏。この日は時間の関係もあり演奏してくれた のは2曲ほど。なかなかのものであったが、彼らの本当の実力は4日後に明らかとなる。

サンリサ・オーファネッジ・ネパールにてE

最後に夕食をいただく。今日の訪問で、この1年の間にこの孤児院に大きな変化が起こっていたことがわかった。 孤児院設立時から、ここで生活していた最年長のスリジャナとサンディプの姉弟が、 彼らの叔父に引き取られたのであった。彼らの叔父は、2人を働かせたりせずに、 学校にきちんと通わせることを役所に誓約して2人を引き取って行ったそうだ。 特に成長期に差し掛かっていたスリジャナは、前回会った際に驚くほど大人びてきており、今回、 その成長ぶりを見ることができないのは残念な気もするが、2人が健やかに日々過ごしていることを祈りたい。

インドラジャトラ

今回のネパール滞在中、カトマンズのダルバール広場などで開かれるお祭り「インドラジャトラ」を観ることができた。 最大の呼び物は、生き女神「クマリ」が一年に一度だけ山車に乗ってカトマンズの街を巡幸するイベントである。 私も何とかクマリを写真に収めようと山車に近寄っていったのだが、とにかくすごい人で撮影は叶わず。 クマリを諦めて、クマリと一緒に巡幸するガネーシャの山車に近づくと、こちらもかなりの人ごみではあったのだが、 山車の上に登っていたおじさんが、ネパール人に揉みくちゃにされながら写真を撮ろうとしている私を見つけ、 「写真を撮ってやるのでカメラを渡せ。」とのこと。そうして撮ってもらったのがこの1枚。 ガネーシャは12〜15歳ぐらいの少年であった。

ウッゾル・バビシャ・バル・シクシャ・パリヨズナ小学校にて@

昨年に続いて、石割の集落の小学校を訪問。原則として2年続けて同じ小学校を支援することはしないように しているのだが、この学校には机も椅子もなく、教科書もノートも鉛筆もない状況であったので、 より踏み込んだ支援をするために再訪した。 写真は、我々が寄贈した机と椅子。我々が寄贈したピカピカの机と椅子以外に、少し使用感のある机・椅子 もあり、これは昨年の訪問後に別の外国人が寄付していったとのこと。今回の我々の寄付により、 児童75名全員に机と椅子が行き渡った。

ウッゾル・バビシャ・バル・シクシャ・パリヨズナ小学校にてA

先生用の机と椅子(来客用も含む)、さらには書棚なども寄贈。

ウッゾル・バビシャ・バル・シクシャ・パリヨズナ小学校にてB

この他、みかん箱サイズのダンボール一箱分の書籍や教材を寄贈。児童用の机・椅子に32,000ルピー、 先生用の机・椅子(来客用も含む)に18,000ルピー、書棚2個に29,000ルピー、書籍・教材に 3,700ルピー、これらの運搬に4,500ルピー、合計87,200ルピー(≒103,810円)を 提供。この資金は、毎回活動にご支援いただいているNさんと私で折半した。

ウッゾル・バビシャ・バル・シクシャ・パリヨズナ小学校にてC

日本から持参した物資を配布。配布したのは、カバン、鉛筆、消しゴム、ボールペン、クリアファイル、ノート、 衣類、タオル、石鹸など。また先生にもビジネスバッグとチョークや鉛筆、ボールペン、マジック、鋏、 カッターナイフなどを寄贈した。これらの物資提供には多くの方々にご協力いただきました。

ウッゾル・バビシャ・バル・シクシャ・パリヨズナ小学校にてD

配布物を見せ合う子供たち。今回感じたのは、彼らの身なりが昨年よりかなり良くなっているということ。 昨年制服を着ていた児童は一人しかいなかったが、今年は半分以上の児童が制服を着ていた。 また、昨年は健康状況が良くないのか覇気のない子供も見られたが、今回はどの子供も元気な印象であった。 その変化の理由はわからない。彼らの生業である砕石がよく売れるのか、それとも我々より先に机・椅子を寄付 した外国人などからの支援があるのだろうか。

ウッゾル・バビシャ・バル・シクシャ・パリヨズナ小学校にてE

配布後も残っていた子供や先生、見物に来ていた親たちと記念撮影。理由はともあれ、 彼らの生活レベルが向上している様子が伺われ一安心。 ただ、学校に先生が一人しかいないこと、10時以降子供たちが石割の仕事をしていることなど、 問題がすべて解決したわけではない。写真をクリックすると拡大します。

石割りの集落にて

学校での配布活動を終え、近くの彼らの住居兼仕事場へと向かう。昨年は見られなかった石を割る作業を 見ることができた。彼らは河原から拾ってきた石をハンマーで割り、それを売って生活している。 割った石は舗装道路のアスファルトの下に敷く砕石等として利用される。ここで暮らす人たちは、 ここへ来ればお金が得られると聞き、ネパール各地からやってきた人たちだ。昨年より家の数が増えており、 今なおやって来る人がいるようである。 写真をクリックすると、物資配布から石割りの作業まで動画(You Tube)でご覧いただけます。

ソーシャル・ウェルフェア・センター・ブリダシュラムにて@

ほぼ毎年訪問している身寄りのない老人たちが暮らすソーシャル・ウェルフェア・センター・ブリダシュラム。 (※昨年までは単に「養老院」と表記していましたが、今回から施設の正式名称で表記します。) 訪問時はちょうど昼食の前で、老人たちが食器を持って中庭に出、配膳を待っているところであった。

ソーシャル・ウェルフェア・センター・ブリダシュラムにてA

レンガ造りの施設の裏に、コンクリート製の新たな建物が建設されていた。これも寄付によって建設されたもの。 ここで暮らす老人の数も昨年の205人から231人に増えたそうだ。

ソーシャル・ウェルフェア・センター・ブリダシュラムにてB

この施設には、Nさんからお預りしたお金の一部を活用させていただき、16,000ルピー (≒19,048円)を後刻、銀行振込により寄贈した。

再びサンリサ・オーファネッジ・ネパールにて@

再びサンリサ孤児院を訪問。この日は土曜日で学校はお休み。訪問時は、ちょうど音楽の先生が来ており、 希望する子供たちに笛と太鼓を教えているところであったため、その模様をしばし拝見させていただく。

再びサンリサ・オーファネッジ・ネパールにてA

私と卓球をしているのはスイスから来たマーチンさん。ガールフレンド(?)とともにトレッキングしに ネパールへ来たのだが、その途中、2週間ほどサンリサ孤児院で寝泊りして子供たちの世話をしている のだそうだ。我々のネパール滞在が1週間であることを伝えると、残念そうな表情で何度も 「それは短すぎる。」と言っていた。私も状況が許せば2週間ぐらいここにゆっくり滞在したいのだが。

再びサンリサ・オーファネッジ・ネパールにてB

Yさんのカメラが子供たちの手に渡ってしまい、メモリーがいっぱいになるまで写真を撮られてしまった。 この写真も子供が撮影した1枚。私が手にしているのは、今回大活躍した小型のムービーカメラ。

再びサンリサ・オーファネッジ・ネパールにてC

おやつの時間。様々なお菓子が盛られたお椀の中には、我々が日本から持ち込んだ柿の種、うなぎパイ、 コアラのマーチも含まれている。

再びサンリサ・オーファネッジ・ネパールにてD

おやつの後は子供たちによる演奏会。会長さんの話では、ここにいる子供の多くがその希望を聞いたうえで 楽器やダンスなどを習っているとのこと。昨年は、子供たちのダンスをたっぷり見せていただいたが、 この一年で今度は子供たちの何人かが楽器を操れるようになった。左からビンドゥー、サラソーティー、 ジャワラ、ラクパ。

再びサンリサ・オーファネッジ・ネパールにてE

左からディネシュ、カラ、ジャヤによるネパールの楽器による演奏。3人の演奏はなかなかのもの。 特にディネシュはまだ7歳ぐらいのはずだが、腕前は年長のジャヤにも負けていない。 彼は何事にも好奇心旺盛で積極的。昨年は型破り(?)なダンスを披露してくれたが、今年の笛の演奏は 堂々たるものだった。将来が楽しみだ。

再びサンリサ・オーファネッジ・ネパールにてF

曲を重ねるに従いますます盛り上がり、演奏に合わせて歌やダンスも加わる。 オンチューのダンスもかなりそれらしくなってきた。初めて会ったときからは見違えるような成長ぶりだ。 単に体の成長だけでなく、一緒に食事をした際に私が食べ終えるとオンチューがスッーとやってきて私の食器を 下げてくれるなど、他人への思いやりや周囲の状況判断がごく自然にできるようになってきた。 写真をクリックすると演奏会の模様が動画(You Tube)でご覧いただけます。

再びサンリサ・オーファネッジ・ネパールにてG

この日はネパール滞在の最終日。この後は空港へ向かうだけとあって、時間の許す限り子供たちと遊んだ。 写真は普通に卓球をしているように見えるが、実は真っ暗で球が何となくしか見えていない。 子供たちのパワーに最後はこちらがヘトヘトであった。 写真をクリックすると子供たちと過ごしたひと時の動画(You Tube)がご覧いただけます。

再びサンリサ・オーファネッジ・ネパールにてH

最後にみんなでカメラへ向かってバイバイ。サンリサ孤児院には日本でお預かりしたNさん、Tさんの資金と 我々2人で計40,000ルピー(≒47,619円)を寄付(銀行振込)したほか、石鹸や歯磨きなどを寄贈した。 スリジャナとサンディプの抜けた孤児院では、来年の新学期前をメドに新たに2人の子供を受け入れる予定だそうだ。 次回の訪問時には、子供たちの更に成長した姿と新たな2人の顔を見ることができるのかななどど考えながら 孤児院を後にした。写真をクリックすると拡大します。

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