
「ん?どわぁぁぁああ〜」
「な、な、なんで、レイなのよ!!」
「・・・???・・・」
「!!じゃなくて、なんでレイがいるのよ!!」
「・・・・・・・」
「いくらアンタでもダメよ!アタシはシンジのものなんだから」
「・・・何を言っているのかわからないけど、それはわたしの言葉」
「あ〜あ、やっぱり夢だったのね・・・」
(そうよねぇ、あのシンジがあんなこと言うわけないわよねぇ〜。
はぁ・・・もしかしてこれって「よっきゅ〜ふまん」・・・・・(ぼっ))
「!
そ、そういえば、なんでレイが、アタシの部屋にいるのよ!」
「・・・ここ、わたしの部屋」
「えっ!?」
やっと焦点が定まりだした瞳で見回してみる。
たしかに、レイの言うとおり、まわりを包んでいるはずのぬいぐるみたちがいない。
「・・・ホ、ホントだ?!」
「・・アスカ、寝ぼけてここにきたわ」
「へっ!?うそっ!!」
どたばたどた
「ア、アスカ、どうしたの!なにか叫び声が聞こえたけど」
「んったーくっ、朝っぱらからうっさいわね、なんだってゆーの、まったく!」
部屋の入り口には、悲鳴(?)を聞きつけたエプロン姿のシンジと、それに叩き起こされたご機嫌斜めのミサトが立っている。
「な、なんでもないわよ!」
「ぬぁにが『なんでもないわよ!』よ!あんな声上げといて」
「そうだよアスカ。本当にどうしたの?」
「シ、シンジ!!」
しぱしぱとしている目に、不思議そうにしているシンジの顔が飛び込んでくる。
その瞬間、さっき見ていた夢の光景が、鮮明に蘇ってくる。
交差する夢と現実、くっきりと桜色に染まる頬。
そんないつもと違う態度にミサトの目は怪しく光る。
きゅぴ〜ん
(・・・なんだか知んないけど、シンちゃん絡みであることは確かねぇ。
面白そうだから探ってみましょ・・・真実はいつもひとつ!な〜んてね♪)
「・・・で、その”なんでもない”アスカちゃんがレイの部屋でなにしてるわけ?」
「べ、別にいいじゃないの!」
「・・・ふ〜〜〜ん・・・」
「なんでもないって言ってんでしょうが!!」
「アスカ」
「な、なによっ!」
「顔、赤いわよ」
「なっ!!そ、そんなことないわよ!寝ぼけてんじゃないの!!」
「残念でしたぁ〜。さっきの悲鳴ではっきりと目が覚めてるわよ。
それよりも”アスカちゃん”こそ寝ぼけてるんじゃないの?」
「はぁ?なんでアタシが寝ぼけてるってゆーのよ」
「さっきからず〜っとシンちゃんのこと見つめちゃって。
シンちゃんの夢でも見たのかしらねぇ〜(はぁ〜と)」
「!!!!!
ち、ちがうわよ!!なんでアタシが、シンジの夢なんか見なきゃいけないのよ」
(あはは、ホントなんて分かりやすい娘なのかしら・・・・・ちょっち、からかってあげましょ♪)
「ねぇねぇ、どんな夢だったの?」
「だから違うって言ってんでしょうが!!」
「”はぐはぐ””はぐはぐ”?」
「・・・・・」
「う〜ん、じゃ”ちゅう”?」
「しつこい!」
「じゃ、シンちゃんとひとつになっちゃったとか?」
「(ぼっ)ば、ば、ば、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」
「あらぁ〜♪図星だったみたいね、よかったわね〜☆」
「な、なに訳の分かんないこと言ってんのよ、アンタわぁ!」
「・・・アスカずるい・・・」
「レ、レイまでなに言ってんのよ、アタシはキ・・・・・」
「ふふん♪キ・・・・・の続きはな〜にかなっ♪”さしスせそ”のどれかかしらね〜?」(ニヤニヤ)
ミサトの誘導尋問にしてやられたアスカ。
自分の口から言わされて、恥ずかしいやら、悔しいやら、真っ赤になって何も言うことができない。
「しっかし、シンちゃんもやるわね〜、夢の中でも惚れさせちゃうなんて」
「違うって言ってんでしょーが!
それにその夢の中”でも”ってのはなによ!”でも”って!!
それじゃまるでアタシがシンジにベタ惚れしてるみたいじゃないの!!」
「あれ、違うの?」
ミサトの”ワザトラシイ”心底驚いたという表情。
「(くっ!!)
違うにきまってんじゃないの!!
シンジがアタシに惚れてるっていうから仕方なく・・・」
「へぇ〜〜〜、じゃあアスカはシンちゃんのこと好きじゃないんだ?」
「そ、それは・・・ミ、ミサトには関係ないじゃないの!」
「あら、そんなことないわよ」
「な、なんでよ!・・・まさか、シンジに手出そうってんじゃないでしょうね!」
「・・・・・・・なに言ってんのよ、アスカったら」
「その間はなによ!その間は!!」
「えっ、いやぁ〜・・・それもちょっといいかも〜っなんて・・・」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!、歳を考えなさいよ歳を!
自分の歳の半分もいかない子供に手を出すなんて犯罪よ!」
「ちょっとした冗談じゃないの」
「ミサトが言うと、そうは聞こえないのよ!」
「まぁまぁ、それはそれとして、わたしにもちゃんと関係あるわよ」
「だからどうしてそうなるのよ!」
「だって、わたしにとってシンちゃんは、大切な家族であると同時に、大事な弟だと思ってるわ」
「・・・まぁそうね・・で?」
「弟がしあわせな結婚をできるかどうか、相手を見極めてあげるのも姉の仕事のひとつなのよ!
その点レイは合格よねぇ、なんてったってシンちゃんのこと大好きって言ってるんだから!
う〜ん、やっぱり愛よね愛!うんうん、素直が一番」(ニヤニヤ)
「フ、フン、うっさいわねぇ〜!
なにが”姉の仕事”よ。そんな『行き遅れた』姉なんかいらないわよ!」
「な、なぁ、ぬぁんですってぇぇぇええ〜!!!!!!」
(あ〜ぁ、始まっちゃった・・・。綾波と避難したほうがよさそうかな)
「綾波、顔洗ってからでいいから、朝食の準備手伝ってくれるかな?」
「・・・・・・・ええ」
いつもなら包み込むようなやさしい微笑が返ってくるのに、今日のレイは素っ気ない。
(???どうしたんだろう?機嫌でも悪いのかな?
でもアスカじゃないんだし・・・うーん・・・)
ふとそんなことを考えていると、近づいてきたレイが突然バランスを崩す。
ふらっ
だきっ
「ど、どうしたの綾波、大丈夫?」
「・・・・・・・ええ」
「あら〜、レイったらいつの間に!それは『朝は低血圧で弱いの、ちゃんと支えてくれる?大作戦』じゃないの」
「・・・・・またキサマか?」
「ん?なんか言った?」
「アンタが仕込んだに決まってるじゃないの!!」
「なによ失礼しちゃうわね〜、これはまだ教えてないわよ」
「”これは”ってなによ、”これは”って!」
「”これ”は”これ”に決まってんじゃない」
「アタシはそんなこと言ってるんじゃないわよ!!」
「うっさいわね、わたしがレイになに教えようと関係ないじゃないの!!」
「あるもあるも、大ありよ!!アンタが馬鹿なことばっかり教えるから、レイが変な勘違いするんじゃないの!」
「馬鹿とはなによ、馬鹿とは!!それが保護者に向かって言う言葉?」
「そういうことは、保護者らしいことしてから言いなさいよ!だいたいミサトはね〜・・・・・」
「ぬぁんですって〜、アスカこそ・・・・・」
いつものことだが、ふと傍で見ているとまるで本当の姉妹のように思うことがある。
これが二人の愛情表現なのかもしれない。
付き合わされるほうは、たまったものではないが・・・
「・・・・・・・はぁ・・・・!
あ、あの、綾波もそろそろ離れてくれるかな?
え、えっと、その、イヤとかじゃなくて、ご飯の用意をしないといけないから・・・」
「・・・・・・・」
「綾波?」
「・・・・・・・」
「もぅ、レイったらやるわね!朝から情熱的ね〜♪
うんうん、素直が一番(ニヤニヤ)」
「ふ、ふん。
・・って、こらレイ!いい加減に離れなさい」
ミサトのからかい視線は癪に障る、が、さりとてこれは乙女の一大事。
これ以上は!とばかりに割って入る。
その手から伝わるレイの体温。
「ん?・・・ちょっとレイ、アンタ熱あんじゃないの?身体、熱いわよ」
「・・・きっと床で寝てたから・・・」
「???
なんで床なんかで寝てたわけ?」
「・・・・・ベッドから落ちて、明け方近くまで気を失っていたから・・・」
そう言ってアスカへいたいけな瞳を向けるレイ。
「えっ?え??・・・う、うそっ〜?!ア、アタシのせいなの?」
「綾波!!だ、大丈夫なの?」
「う、うそ、アタシ・・・」
「・・・これはかなり熱があるわね。
シンジ君、レイを急いでベッドへ。アスカはリツコに電話。すぐ来てもらって!」
「は、はい!」
「わ、わかったわ」
「どう、レイの具合は?」
「・・・大丈夫、少し熱が高いけど、ただの風邪ね。
しっかりとした栄養と睡眠をとることね、そうしていれば自然と治るわ。
ちょうど季節の変わり目だから、最近はやってるのよね」
「ほっ〜。
よかったわ。やっぱりこういうときには頼りになるわ」
「ときに”も”と言ってほしいところね」
レイを診ながらも軽口を言い合う二人。
リツコの言うように、そんなに重い風邪ではないようだ。
とりあえずは、ホッと胸をなでおろす。
しかしその一方で、すこし青ざめた表情で、レイのタオルを取り換えているアスカが気にかかる。
「風邪の原因で多いのは睡眠不足よ。
夜更かしは、ほどほどにして、ちゃんと寝ないと駄目よ」
「・・・はい」
いつものクールさながらも、いたわりを感じさせる声。
睡眠不足という言葉をあえて使ったのは、事情を聞いたリツコなりの心遣いなのだろう。
レイに対して、そしてアスカに対しての・・・。
「じゃ、薬出しておくわね。飲んで少し休むといいわ」
「・・・はい。
ありがとうございます。赤木博・・先生・・・」
「気にする必要はないわ、それよりも早く良くなりなさい。
・・みんな心配するから」
「はい」
「じゃレイ、今日はガッコ休んで、ゆっくりと寝てなさい」
「でも・・・」
「ダメよ。無理してシンちゃんに迷惑かけたくないでしょ?」
「えっ、め、迷惑だなんて」
「・・・・・わかりました」
その言葉とは裏腹に、表情はしゅんとしている。
四人で暮らすいま、独りになるということはほとんどない。
だからこそ、アスカの心は締め付けられる。
その気持ちが痛いほど分かるから。
「ミサトの言うとおりよ。
風邪は引き始めが肝心だから無理しないほうがいいわ。
・・・それに、今日しっかりと静養していれば、明日には学校へ行けるくらいになると思うわ」
「・・・はい」
「・・・・・」
レイの症状を見るかぎり、1日で完治するのはたぶん難しいだろう。
それは、リツコもミサトも分かっている・・・そしてレイ達も。
それでも、リツコはあえてそう言ってくれているのだ。
「・・・ありがとうリツコ」
「か、可能性を言ったまでのことよ!」
そっぽを向いて頬をかくリツコ。
照れ隠しをするそんな親友の姿を、ほほえましく思う。
今日も何も言わずに、すぐ駆けつけてくれた。
リツコも変わってきている・・・・・違うかもしれない、元のリツコに戻ってきているのだ。
不器用だけど温かい、出会ったころのリツコに。
そう思うと、なんだか急に元気な声を出したくなった。
「よしっ、じゃあ決まり!レイはしっかりと休むこと!
シンちゃんとアスカは、朝ごはん食べて、とっとと学校に行く!」
「は、はぁ」
「ちゃんと食べてらっしゃい、でないとお昼までもたないわよ」
「えっ、あっ、そうですね」
「ア、アタシは・・」
「ダメよ、アスカまで風邪引いたらどうするの。ちゃんと食べていきなさい。
じゃないと私みたいな”ないすばでぃ”になれないわよ」
明るめに振舞うミサト。
軽くポーズを決めている。
「はぁ〜・・・
そんな時間ないんじゃなくて?
それにいつまでもここにいたらレイが休めないわよ」
「!ントだわっ!!もうこんな時間じゃないの!
ほら、シンちゃん、アスカ急がなきゃ」
「は、はい!」
「・・・・・」
「それじゃ僕、おかゆ作りますね」
「悪いわね、シンちゃん」
「いえそんな、綾波・・・今日はゆっくりと休んでてよ」
「・・うん・・」
「クスリも効いてくるころだから、少し眠るといいわ」
「・・はい・・」
「!そうだ、リツコも一緒に食べてきなさいよ。まだなんでしょ?朝ごはん」
「私はいいわ。朝はいつも、コーヒーだけだから」
「そんなこと言わないで食べてきなさいよ。
朝早く呼び出しちゃったお詫びもあるしさ。
ねっシンちゃん。」
「ええ。ぜひ食べていってください」
「・・・ありがとう。
そうね、じゃ、悪いけどいただくわ」
「行ってきます!」
時間も時間だけに、朝食もそこそこに学校へと急ぐ。
ミサトとリツコは、今日は少し遅れて行くことにしたようだ。
「おかゆは温めるだけになってます。冷蔵庫にりんごが剥いてありますから。
それじゃあリツコさん・・・じゃなくて、リツコ先生お願いします。」
「ふふ、いいのよ。プライベートは、リツコさんで」
「あ、はい、すいません」
「あ、あとミサトさん、氷なんですけど・・・」
「大丈夫よシンジ君、早く行ったほうがいいわ。
遅刻するわよ」
「あっ、はい、わかりました。
ミサトさん戸締り・・・」
「だぁ〜、分かったから、早く行きなさい」
「じゃ、行ってきます!」
「・・・行ってきます」
「はい、ふたりともいってらっしゃい!
車に気をつけていくのよ〜」
ぱたん
通いなれた桜並木の通りを急ぐ。
陽の光をいっぱいに受けて色鮮やかな桜も、今日は少し褪せて見える。
頬をなでるやさしい風もどこか痛い。
まるで、いくつかのピースが抜け落ちたパズルのよう。
いつも、三人で歩く道。
いつも、話を切りだすのはアタシ。
いつも、話をしている途中に、ミサトの車がワンクラクションを置いて通り過ぎてゆく。
いつも、遅刻ぎりぎりに学校へと駆け込む。
それが三人で歩く通いなれたいつもの道。
でも今日は、
イ・ツ・モ・ト・オ・ナ・ジ・ジ・ャ・ナ・イ。
シンジとふたりなのは、嬉しいことのはずなのに・・・アマリウレシクナイ。
なんでだろう・・・・じゃないや・・・理由は分かってる・・・
・・・レイがいないから・・・そしてそれはアタシのせい。
沈黙がやけに重く感じる。
そんな雰囲気を軽くしようとシンジがしゃべってくれる。
気を使ってくれてるんだ。
それなのに・・・
ウ・レ・シ・イ・ケ・ド・コ・コ・ロ・ガ・イ・タ・イ
この瞬間、レイはベッドで独り、何を感じているだろうか。
そう思うと・・・
「・・アスカ?」
「・・・えっ!?
き、聞いてるわよ」
「・・・大丈夫だから」
「えっ!?」
「すぐに治るよ」
「リツコさん、そう言ってたじゃないか」
「・・・うん」
シンジの言葉は、いつもココロを軽くしてくれる。
アタシをやさしく包んでくれる。
『でも、でも・・・・・』
アタシの足取りは、ココロと同じように、重いままだった。
ぱたん
「ふぅ〜、やれやれねぇ」
「ふふふ、まるで母親みたいね」
「失礼ね〜、子供を産んだ覚えはないわよ」
そう言いながら満更でもなさそうなミサト。
案外、主婦というのも悪くないのかもしれない。
・・・これで家事ができればね・・・
天は二物を与えずとはよくいったものだ。
「ん?どったの、ぼーっとしちゃってさー」
「・・なんでもないわ。
それより、わたしたちもご飯にしましょう。
ミサト、3限目授業あるんでしょ」
「う〜ん、そうだったわね。じゃ朝ご飯にしましょうか」
いつもより少し遅めの朝食。
リツコと二人での朝食というのも珍しいかもしれない。
「・・それにしても、アスカ大丈夫かしら」
「ちょっちね〜。やっぱ自分のせいって思ってるでしょうね・・・。
まぁ2、3日したら元に戻るとは思うんだけど」
「そうかしら。
あれで結構責任感じてるわよ、きっと」
「う〜ん、素直じゃないものね」
「そうね、ミサトみたい」
「ぐはっ、
それはお互いさまよ。リツコも同じでしょーに」
「そうだったかしら」
「そうよ!」
丁々発止で弾む会話。
忙しい朝のほんのひととき。
「さてっと、ごちそうさま」
「ごちそうさま。
あいかわらず、シンジ君は料理上手ね」
「ほ〜んと。
最近はレイも手伝ってるから、ますます料理の幅が増えてるみたい」
「ミサトも習ったほうがいいんじゃない。加持君に飽きられるわよ」
「いいのいいの、そしたらずっとシンちゃんに養ってもらうし〜」
「それは無理ね。そうなったらアスカとレイに追い出されるわね、確実に」
「わたしのシンちゃんはそんな冷たくないも〜ん」
「ほらほら、馬鹿言ってないで、早く着替えてきたら」
「へいへい」
「あっ、ミサト」
「ん、な〜に?」
「コーヒーメーカー借りるわね」
「どうぞ〜ん、ついでにわたしのも入れといて」
「はいはい」
プルルルルルル
『うん?・・・こんな朝早く誰かしら?』
プルルルルルル
『はいはい・・・』
がちゃ
『もしもし?』
『リ゛ツ゛コ゛ぉ〜』
『・・・・・はぁ〜・・・
また飲みすぎたのね』
『コホッ、コホッ、ち゛が゛う゛わ゛よ゛〜』
『コホッ、コホッってあなた・・・もしかして』
『そ゛う゛な゛の゛』
『タバコの吸いすぎ?』
『ん゛な゛わ゛け゛、コホッ、コホッ。
素゛直゛に゛風゛邪゛って゛聞゛け゛な゛い゛わ゛け゛』
『あら、ごめんなさい。
ミサトが引くとは思えなくて』
『ど゛う゛い゛う゛意゛味゛よ゛、ホ゛ン゛ト゛に゛』
『それで、この忙しい朝の時間にどんな御用かしら』
『あ゛っ、そ゛う゛だった゛、コホッ、コホッ。
今゛日゛、大゛学゛の゛講゛義゛、コホッ、コホッ、代゛返゛し゛と゛い゛て゛』
『何言ってるの。今日は試験じゃないの』
『・・う゛そ゛〜』
『試験が終わったら、すぐに帰って寝ることね』
『・・・・・・・・・・』
『聞いてるの?』
『・・・・・・・・・・』
『ちょ、ちょっとミサト!!』
『・・・・・・・ん』
額を包んでいるのは、熱を吸った温いタオル。
トントントン
ねぎを刻む音だろうか、規則正しいリズムは包丁とまな板のハーモニー。
ふわりと漂ってくる香りは、甘いご飯と、少し苦めのコーヒー。
キッチンに立つ後姿から覗く白いエプロン。
『・・・おかあさん?』
懐かしい言の葉。
過去にあるはずのやさしい調べ。
『ん・・・起きたの?』
『・・・えっ、リツコ!?』
瞳に映るのは、ブロンド姿の親友。
身に纏っているのは、キッチンにかけてあったはずの白いエプロン。
遠い昔に流れていた日常、記憶に埋もれたはずのやさしい母の白。
『えっ、とは、随分なご挨拶ね』
『えっ〜と、その、びっくりしちゃって。
あれ?・・・声が治ってる』
『クスリが効いてきたのね』
『?そんなの飲んだ覚えがないけど』
『飲ませるのも一苦労だったわ。
あなた、だいぶうなされてたから』
『・・・・・そう』
自嘲気味な笑いが出るミサト。
『夢か・・・・・』
遠のいていくありし日の記憶。
それは自分が生きている証でもある。
『いつも済まないね〜』
『・・・それは言わない約束でしょ。
とでも言えばいいのかしら』
『さっすがリツコ、わかってるじゃない。
あとは、”よよよよよ”って感じで父娘が抱き合うの』
『ふふっ、それだけ言えれば心配ないわね。
もう少しで、おかゆができるわ』
『ん、ありがと』
ぼんやりとした眼であたりを見まわす。
いつもの部屋、脱ぎ散らかした洋服たち、窓から差し込む陽の光が暖かい。
電話を切ったあと、かなり眠っていたみたいだ。
試験を終えたリツコがいるということは、随分と時間が経っているのだろう。
何気なくテレビをつけるミサト。
映し出される画面は、ミサトのココロを素通りしていく。
『・・・ん、おいしい。
昨日から何も食べてなくて、ゴホッ、ゴホッ』
『大丈夫なの?』
『・・・ん〜・・・』
『薬は飲んだの?』
『・・・ん〜、ちょっち切らしてて・・・』
『あきれた。風邪薬がないなんてミサトのとこくらいだわ』
『切らしてるだけだって』
『どうだか』
これは自分の旗色が悪そうと、話題を変える。
『そういえば試験どうだったの?』
『たいしたことないわ』
『『たいしたことない』か、さっすがリツコ女史。
大学創立以来の天才であらせられる』
『・・・・・・・』
『しっかしどうしようかしら。
試験受けれなかったのはちょっちまずったかも』
『そうね』
『ねぇ〜リツコさぁん』
『・・何かしら、甘えた声で』
『えへへ、そのぉ、お願いがありましてぇ〜』
『期末のレポートは必要ないわよ』
『ほえ??』
『この単位には追試があるでしょ』
『追試?そんなのあるの?大学で?』
『みたいね』
『ふ〜ん。そうなんだ、まぁ試験なんてのがあるくらいだもんね』
『・・・・・・・』
『リツコさぁん』
『何』
『え〜っと、今度のですね、追試のヤマなんかをですね、その教えていただけたらと思いまして・・・』
『・・・そうね、どうしようかしら?』
『お願いっ!!なんでもするから』
なにせ、まともに講義に出ていないミサト。
ここはリツコに縋るしかない。
『なんでも?』
『なんでも!!』
『ふふふ、そうね・・いいわよ』
『やった〜、さっすがリツコさん!』
『どうせ、わたしも受けなければいけないものね』
『・・・??
リツコが?!なんで???』
訳がわからないミサト。
『今から行っても間に合わないもの』
『???』
・・・そういえば日の光がやけに当たる。
気がつかなかったが、陽の差し方からみて、まだ昼前かもしれない。
あわてて時計を見てみる。
『・・・11時少し前。
リツコあなた・・・』
『電話口で倒れた人を放っておいて、平気で試験が受けられるように見えて?』
事もなげに言うリツコ。
『リツコっ・・・』
瞳に熱いものが込みあげてくる。
リツコは今までテストというテストにおいて一番だった。
『ふふ、そうね、卒業するまでずっと一番ってのもいいかも知れないわね』
天才科学者である母、そしてその再来と謳われるリツコ。
もちろん、本人も周囲もそのことを知らぬはずがない。
向けられる期待の中に入り混じる羨望と嫉妬。
幼いころからずっと浴びせられてきたものだった。
『跳ね除けるためには一番であり続けるしかなかったわ』
酒の席で、ふとそう漏らしたことがある。
それが唯一できる抵抗だったのかもしれない。
でもリツコはここに来てくれた、テストを放棄してまで。
私のために・・・
きっとあらぬ噂や詮索が飛び交うことだろう。
そう思うと、たまらなくリツコを抱きしめたかった。
『ごめんね、ごめんねリツコ!』
『・・何言ってるのよ、困ったときはお互いさまでしょ』
『だって、だってテストが・・・』
『・・そんなことどうだっていいことでしょ』
まるで子供をあやすような穏やかな声。
”そんなこと”なはずないのに!・・・
涙が溢れて、目の前がゆがむ。
『でも、でも!!』
『・・馬鹿ね、何泣いてるの』
『だって・・・だって』
『友達でしょ?わたしたち』
『リツコ!』
ぎゅっと力いっぱい抱きしめる。
リツコは何もいわず、そっと髪を撫でてくれた。
『早く治してくれないと困るから』
『・・・ぐすっ・・困る?』
『そうよ。
あなたがいないと困るから』
『レポート・・・なわけないし、サークルは一緒じゃないし、
・・・わたしがリツコにできることなんてあるの?』
『ふふふ、あなたがいないと・・・』
『わたしがいないと?』
『一人のランチは美味しくないわ』
それはリツコが見せた、いままでで一番きれいな笑顔だった。
「ミサト、ミサト!」
「・・・・ぅ・ん・・・」
漂う香りは、少し苦めのコーヒー。
「いつまで寝てるつもり?」
「・・えっ?!」
「もう!
早くしないと3限目遅刻するわよ!」
いつの間にか20分ほどの時間が経っている。
部屋で鏡を見ているうちに、少し眠っていたようだ。
遠い日のリツコとの想い出。
リツコを初めて親友と感じたとき。
それ以来、その関係は近くに感じたり、遠くに感じたり。
寄せては返す波のよう。
リツコのココロはいつも波の間に隠れている。
でもいまは・・・
「えへへっ・・おかあさんっ」
「??いま何か言った?」
「ううん、なんでもない!」
「変な子ねぇ」
『ありがとう、Best Friend!!』
ベランダに差し込む穏やかな陽の光は、ミサトのココロまで温かく染めた気がした。
き〜んこ〜んか〜んこ〜ん
がらがらがら
始業チャイムと同時にクラスへ駆け込む。
「ま、間に合った・・・」
「シンジくん、アスカちゃん、ぎりぎりセーフ!」
若い女性のおっとりとした明るい声。
息を整えながら、教壇のほうを見ると、伊吹先生が笑顔で両手を横に広げていた。
「はいはい、じゃ、席について」
今日は、ミサトが遅れるため、副担任のマヤがHRを行うようだ。
ミサトが遅れてくることを残念がる生徒もいる一方で、マヤのHRを楽しみに思った生徒も多い。
美人教師が多いと言われる第壱中学校だが、マヤの人気もずいぶんと高いようだ。
レイやアスカは”恋愛の対象”や”同性としてのうらやましさ”としてならば、ミサトやリツコは”憧れの大人の女性”として。
マヤはその中間、”憧れのお姉さん”といった感じだろうか。
清潔感のあるショートカットの髪が、その魅力をいっそう引き立たせている。
「え〜、綾波さんが風邪でお休みとの連絡がありました。
みなさんも気をつけてくださいね〜」
「シンジ〜」
「え、何?」
「ええんか、家に病気の奥さん残しといて」
「えっ?!」
ムードメーカーであるトウジの一言にクラスがどっと沸きあがる。
『なに馬鹿なこと言ってんのよ!!』
アスカの怒った声が聞こえてくる。
それから始まるいつもの出来事。
・・・いつもなら・・・
どうしたことか、今日は何も起こらない。
不思議不思議と、アスカに集まるクラスの視線。
「・・・・・えっ!?何?」
「こっちの奥さんも、なんか変やで。
シンジ〜、奥さんが調子悪なることしたんちゃうか〜?」
ふたたび、クラス中がどっと沸きかえる。
「ば、ばか言ってんじゃないわよ!」
いつもどおりのセリフ。
それから始まるいつもの光景。
誰もが思った『さっきは、聞こえてなかったんだろう』と。
アスカの表情の違いを読み取れたのは、シンジとヒカリくらいだった。
今日のアスカはどこかかみ合わない。
ひとことで言えば、らしくない。
見た目よりも、元気がないのがはっきりと分かる。
さっきも、
「何言ってんのよ、シンジ。
絶対こっちよ!
ねぇ、レイもそう思うわよね?」
『 「・・・そうね・・・」 』
「・・・・・アスカ、綾波は休みじゃないか」
「今日の体育はアタシの得意なバスケね、レイ、勝負よ!」
『 「・・・負けないわ・・・」 』
「・・・・・アスカ、綾波さんはお休みよ」
いまも私と話しながら、どこかにココロを置き忘れてる。
「アスカ?」
「・・・!!、ご、ごめん・・・いま何話してたんだっけ」
ほら、らしくない。
「・・・今日は元気ないね」
「そ、そんなこと・・・」
「あるわ・・・・・違う?」
「・・・・・うん」
「私でよかったら、聞かせて。
いつも相談に乗ってもらってるし」
「・・・・・うん」
今日初めて、アスカの視線がちゃんと私を捉えた。
「・・・そう、そんなことがあったの」
「・・・うん」
今日は本当に日差しが暖かい。
やさしい蒼、穏やかな空。
学校だけでなく、街全体が春の陽気に包まれている。
そんな恩恵を受けた屋上の一角。
ふたりは手すりに頬杖をつきながら、どこともなく街並を見つめている。
「・・・アタシ・・最低だよね」
「まさか。
だってわざとじゃないんでしょ」
「うん・・・でも・・・」
「アスカ・・・やさしいね」
「えっ?」
「綾波さんのことちゃんと考えてる」
「それは・・だって・・」
「ここへ来たころのアスカだったらどう?」
ヒカリの言葉はアスカのココロに響く。
『・・・あの頃のアタシは・・・』
常に他人を意識していた。
常に一番でありたいと思っていた。
そうじゃないと誰もアタシを見てくれないから。
そうじゃないと誰もアタシを必要としてくれないから。
アタシにはそれしかなかったから。
アイされたいとずっと願っていた。
だから、他のヒトはどうでもよかった。
だから、他のヒトとは適当な距離を置いていた。
だって、他のヒトはアタシの辛さを分かってくれないから。
だって、他のヒトは大した苦労もしないでアイされていると思っていたから。
そして、アタシはたくさんのヒトを傷つけた。
でも、本当のアタシを見てくれるヒトに気づいたとき・・・
そんなことはどうでもよくなった。
アイされるには、アイすることが重要なんだと知った。
それがやさしさなんだと初めて知った。
そして気づいた。
・・自分は不幸だとずっと思い込んでいたんだ・・
回顧するアスカに背を向けてもう一度問いかける。
「・・・ねぇ、碇君のこと好き?」
「えっ!?」
「好き?」
「な、なによ、突然・・・」
「いいじゃない。好き?」
「えっと、あの、その・・・」
「大丈夫。誰にも言わないから」
「・・・たぶん」
「たぶん?」
「好き・・・です」
「ふふふ」
「んもう、何よ。ヒカリったら」
「じゃあ、私のことは好き?」
「えっ」
「ひとりの人間として信じてくれる?」
「うん、もちろん!」
「綾波さんより?」
「そ、そんなの・・・比べられないよ。
ふたりともアタシの親友だもん・・」
「ふふ、そうよね。私もそう」
「うん」
「私もアスカのこと信じてる」
「ヒカリ・・ありがとう」
ヒカリの意図が分からない。
「ふふ、答え・・・出てるじゃない」
「えっ??」
ココロを見透かされて驚く。
ふいに笑顔になるヒカリ。
「まだ分からない?」
「・・う、うん」
「私のこと信じてくれるんだよね?」
「うん」
「私と比べられない綾波さんのことは信じてあげないの?」
「!!!」
「綾波さんも私と同じくらいアスカのこと信じてると思うんだけどなぁ・・違う??」
曇っていたココロが晴れていく。
カラダの先々に元気が漲ってくる。
「アスカ、自分の気持ちに素直になって。
いま思ってること、きちんと話してみたら。
アスカらしくね!」
「ありがとう・・ありがとう、ヒカリ!」
微笑んだアスカの横顔は、とても眩しく見えた。
「シンジー、アタシ先帰るから」
「えっ、ま、待ってよアスカ、一緒に・・」
「アンタは買い物しなきゃなんないでしょーが!・・・栄養のつくもの買ってくんのよ!」
「う、うん」
そんなこんなはいつものアスカ。
まるで何もなかったかのよう。
「じゃ、アタシ、レイの様子見るから先帰るから。
買い物は任せたわよ」
「う、うん」
ぽかぽかとした春の日差し、後ろ手を組んで、てくてくと歩きたくなるような気分。
それでもいまは、足早に歩を進めたい。
ゆるやかな坂の上にある、色鮮やかな桜並木。
穏やかな春風にひらひらと舞う花びら。
一陣の風がやさしい色をふわりとさらう。
「桜雪・・・きれい」
幻想的な景色がアスカの歩を止める。
ふわりふわり桜雪、ココロに触れて溶けてゆく。
・・・でも、きょうはいいの。
「あした、三人で見るから」
『もっと綺麗だよね!』
誰に宛てたわけでもないひとりごと。
それでもアタシのココロは満たされている。
抜け落ちたパズルピースも、いまはちゃんと埋まっている。
「うん! 早く帰ろっ、アスカ!」
きれいな空、ひろがるココロ、軽くなる足取り。
亜麻色の長い髪の乙女は、羽のように丘を下っていく。
やさしい彼女のもとへ!
プシュー
いつもは家につくと真っ先に向かうのはアタシの部屋。
着替えたいし、ゆっくりしたいし、そして何より落ち着ける。
でも、今日はそうじゃない。
部屋よりもいきたい場所がある。
なによりも話をしたい人がいる。
こんこん
「レイ、起きてる?」
「・・ええ・・」
「・・・ただいま」
「・・・おかえりなさい」
「レイ・・・
ホントにごめんね。
本当に今日はごめんなさい!!」
「・・アスカが気にすることない。
わたしが夜更かししたから。
赤木先生が言ってたとおり・・それだけだから」
「・・レイ」
「・・・最近少し疲れてたから、ちょっとズル休みしちゃった」
ぎこちない仕種でぺろっと舌を出すレイ。
そのやさしさに胸がいっぱいになる。
「・・・寂しかった?」
「・・・ううん」
やさしい気遣いをうれしいと思う。
無理している仕種を愛しいと思う。
でもレイの言葉は・・・ホントの気持ちじゃない。
「・・・・・ばか。
・・・無理しなくていいのよ。
それくらい・・お見通しなんだから」
「・・・ごめんなさい。
・・・本当は少し寂しかった」
「・・・うん」
レイが、アタシ達との時間を大事に想ってくれているのは知っている。
だって、だって、アタシだって同じだもん!
「レイが謝ることない。何も悪くないもん。
悪いのはアタシ」
「・・アスカ」
そっとベッドの横に腰を下ろし、レイの髪をやさしくなでる。
ゆっくりと瞳を閉じるレイ。
「・・・さっき、夢を見ていたわ」
「どんな夢?」
「・・・昔のこと、あのマンションに住んでたときの夢。
・・・誰もいない廃墟みたいなところで”わたし”は一人住んでいた。
・・・誰とも関わらず、誰とも触れ合わない。
その瞳は映してはいても何も見えていない。
・・ずっと独りだった。
わたしは”わたし”をそっと見つめた。
でも、その瞳からも、ココロからも何も視えなかった。
・・・奥底は、真っ暗で、ただ、ただ闇が拡がっていた」
「レイ・・・」
「・・・赤ちゃんは依存しないと生きていけないから親に甘えてイキル。
だからこそ、感情を覚える。
・・・でも、昔の”わたし”には必要なかった。
・・・甘えなくてもイキルことができたから。
・・・無に向かってイキルことが”わたし”に許された望みだったから」
「レイ!そんなこと思い出さなくていいの!」
アスカの声に驚きながら、返すようそっと微笑む。
「・・・大丈夫、アスカ。
それは昔の”わたし”、今のわたしは大丈夫だから。
・・・”わたし”に聞いたの、『寂しくないの?』って。
そうしたら『寂しいって何?』って聞かれたわ。
でも、そう聞かれることは分かっていた。
・・・あの頃はココロを知らなかったから」
「・・・何て・・・何て答えたの?」
「・・・何も答えられなかった。
”わたし”には言葉で分かっても、ココロで理解することができないから。
だから、わたしは・・・
”わたし”を抱き締めた。
どれくらいか分からないほどの時間が経ったとき、”わたし”は一筋の涙を流した。
『・・・”わたし”泣いてる・・・なぜ泣いているの?』
『嬉しいから』
『・・・嬉しい?』
『そう。
・・・独りじゃないことが』
『・・・わからない・・・”わたし”はずっと独りだから』
『いままでは』
『・・・・・無に還るときまで・・・』
『違うわ。碇君がいるもの』
『・・・・・いかりくん?・・・知らない』
『まだ、出会ってないから・・これから出会うわ』
『・・・そう』
『・・・絆・・生きるための絆をくれる人』
『・・・キズナ・・』
『そう』
『・・・命令に従えばいいのね』
『違うわ。碇君は命令なんてしないもの』
『・・・分からない』
『”あなた”の思ったとおりでいい。”あなた”が決めるの』
『・・・そう・・』
『無に還ることが”あなた”のすべてではないわ。
・・きっと”あなた”を救ってくれる』
もう一度、ぎゅっと抱きしめる。
『”あなた”は独りではないから。いまに分かるときがくる。
・・・それまで、忘れないで』
『・・・それは命令なの?』
『違うわ。願い』
『・・・ネガイ・・・ねがい・・・願い・・・』
『わたしの・・”わたし”の望み。
あなたの記憶に・・ココロに留めておいてくれればいいの』
『・・・そう・・わかったわ』
だからわたしは・・・願いを託した。
”わたし”が今のわたしになれるように」
レイはいつも真っ直ぐだ。自分にもみんなにも。
一生懸命に向き合おうとする。
「・・レイはやさしいね。
アタシも・・・やさしくなりたい・・」
思わずこぼれる想い。
『レイみたく』・・・いつもアタシのココロの奥にある言葉
「・・・もし」
「・・もし?」
「・・・もし、アスカが本当にやさしくなかったら、誰もアスカのことを好きになったりしない。
洞木さんやクラスのみんなだって、アスカのこと好きだから」
「・・・レイは?!
シンジやミサトは!?」
「・・・知ってるもの。アスカがやさしいって」
「えっ!」
「アスカのこと、信じてるもの」
ヒカリの言葉が蘇える。
『綾波さんのことは信じてあげないの?』
『綾波さんも私と同じくらいアスカのこと信じてると思うんだけどなぁ』
アタシは馬鹿だ。
4人で暮らすってことになったとき、ちゃんと決めたじゃない。
・・・大事にしようって・・・みんなを・・・自分を・・
「・・ワガママで、お天気屋で、意地っ張りで、素直じゃなくて。
・・・・・こんなアタシでも信じてくれるの?」
「・・・全部含めてアスカだもの・・・碇君もそう言うと思う・・・」
『!!』
・・・そっか。
レイのやさしさはシンジのによく似てる。
やさしさの感覚がおんなじだ。
いつもアタシに安心感を与えてくれる。
「・・うん、うん。ありがとう・・レイ!」
こぼれそうな涙。
見られたくなくて、そっとレイを抱きしめる。
「・・・アスカ、泣いてるの?」
「・・泣いて・・ないもん」
「・・うん」
「・・しばらくこうしてていい?」
「うん」
この街に来て、たくさんのヒトに出会った。
この街に来て、たくさんのことを知り、学んだ。
この街に来て、かけがえのない大事なものを手に入れた。
家族・・友達・・ゆっくりと過ごせる時間・・そして・・・好きな人。
そのなかでもレイは特別な存在。
親友で、家族で、そしてライバル。
シンジとも、ミサトとも違う・・・でもアタシにとって、すっごく大切なヒトだ。
『ありがとう・・・Best Friend、ずっと、ずっと・・・』
素直じゃないアタシには、ココロのなかで唱えるのが精一杯。
そっとホントの想いを込める秘密のワード。
「・・・早くよくなってね。
また、体育で勝負するんだから!」
「・・うん!」
見えないココロ。
見えない想い。
でも二人にはちゃんと感じることができる。
確かなキズナを!
プシュー
両手に買い物袋を提げながら器用に玄関へと入るシンジ。
「ふぅ、重かった。ちょっと買いすぎちゃったかなぁ。
でも、綾波に早くよくなってほしいし・・・まぁいいや」
綾波の部屋から聞こえる話し声。
アスカもいるみたいだ。
「少し元気になったのかな・・・二人とも」
こんこん
「・・綾波、起きてる?」
「・・ええ・・」
「入ってもいいかな?」
「・・うん・・」
「綾波、どう、具合は?」
「・・碇君、おかえりなさい」
「あ、ただいま!
具合のほうはどう?」
「・・・ええ、大丈夫」
「良かった。何かしてほしいことない?」
「・・・いまは大丈夫」
「・・・そう、キッチンにいるから、なにかあったら遠慮しないで言ってね」
「・・・ええ」
ぱたん
「・・ねぇ、レイ?」
「・・・なに」
「・・なんで甘えないの」
「・・・・・」
「いつもみたいにさー」
「・・・・・いいの?甘えて?」
「えっ?」
「・・・アスカ、わたしの風邪のこと気にしてる・・」
「・・・・・」
「・・・いつもみたく甘えたら、きっとわたしのこと怒れない」
「・・・・・」
「・・・それでもいいの?甘えて・・・」
「・・・・・レイ」
「・・・だからいまはいいの」
「・・・レイ・・・優しいね・・ありがと」
「・・・でも風邪が治ったら、いっぱい甘えるの」
「・・・うん」
「・・・アスカの分まで」
「えっ?」
「ふふふ」
「んっもう、レイったら。レイのいじわる!」
あはははははっ
どちらからともなく、笑いがもれる。
「でも、ホントに大丈夫なの?」
「・・うん」
「でも、今日はそのまま寝てなさい」
「・・うん」
「そばにいてあげるから」
「・・・うん!」
こんこん
「綾波、入るよ。
りんごすりおろしたから、それにアスカの分も・・・」
すぅすぅ
ぽかぽかした陽気に誘われたのか、ふたりとも夢の世界の住人のようだ。
仲よさそうに手をつないだまま、窓から差す春色に包まれている。
「このままじゃ、アスカも風邪引いちゃうよ」
ぱたぱたぱた
ふわっ
はっきりと見える二人の絆。
つながれているのは手だけではない。
「こうやって見てると、ホントの姉妹みたい・・・アスカと綾波だもんね〜ふふ。
それじゃ、ご飯でも作ろうかな」
シンジの眼はとても優しかった。
「うぅぅん」
何時の間にか眠っていたようだ。部屋の色も黄昏時に染まっている。
肩に羽織られたタオルケットが心地よい。
レイはまだ眠っているようだ。
目に付く時計の針は、夕方の時間を差している。
きっとシンジがキッチンで夕食の支度をしているのだろう、温かい料理の匂いが漂ってくる。
「さてと、レイの夕食でも持ってきますか!」
「・・・碇君・・むにゃむにゃ・・」
「コイツったら、どんな夢見てんのかしら」
「・・・い・か・り・く・ん」
「・・・・・なんか腹たつわね〜。ちょっと突っついちゃおうかしら」
つんつん
「いや〜ん、碇君」
くらっ
「あったまきた!!なにが『いや〜ん』よ、どんな夢か知んないけど邪魔してやるわ!」
うりうり
「やめて、碇君」
「・・・・・・こうなったら最後の手段」
耳元で何かを囁こうと、顔を近づけたその瞬間、
だきっ
両手でしっかりと頭に抱きつかれたアスカ。
「ち、ちょっとレイ」
「い・か・り・く・ん」
近づいてくるレイの顔。
「ちょ、ちょっと、レイ!
や、やめなさい、って、うわっ!」
翌朝、レイの風邪はすっかりと治っていた。
そのかわり何故か(?)アスカが風邪を引いていた。
駆けつけたリツコによると
「たしかに風邪ね。
レイのがうつったのかしら。
しかし、なにか精神的にもショックを受けてるような・・・」
(・・・・・・・・言えない、言えないわ。口うつ・・・ううっ・・・)
ちゃんちゃん
(おしまい)