知らない舞台で - 客演も仕事のうち


夢・・・
 
 ・・・私は夢を見ている・・・私が舞台で背中を押されているのを見下ろしている、こんな風にその夢は始まる。上から眺めると、奇妙な衣装を身につけてるようだがよくわからない、人垣の中をあとずさりしながら、私を押しやる人々に尋ねる。「一体全体、これはどういう作品なんですか、何を・・・」人々は口々に「はい、出て、出てください。さっさと出てください」と言っている。そこで、私は舞台に出る。演劇なのか、オペレッタなのか、オペラなのかすら、わからない。舞台に出ると、私の登場に対して拍手喝采のどよめきがおこる。私はどうやら夢の中の人々に何だか信用があることはまちがいないようだ。それから、私はオーケストラ・ピット、指揮棒をあげている指揮者を目にする。ああ、オペラかオペレッタだ。しかし、どうやら指揮者は私の出だしを待っているらしい。そこで、私は思う。指揮者があらかじめ調子をとってくれさえすれば、私が何を期待されているのかおよそ見当がつくのに。しかし、何もおこらない。絶体絶命だ。大きく口をあけて、疑いようもなく意欲満々の完璧な姿勢。そして、私は始め、音楽がわき起こる。もちろん完璧に見当はずれだ。たいてい、ここで目が覚める・・・


私の演出家

  私の職業では、どのぐらいたくさんの役ができるかということではなく、どの役ができるかということが重要だと思う。私が、恐れるべき競争相手がすくない役、あるいは、私のために「あつらえられた」役を好むのは自明のことだ。私の公演の大部分は、とりわけこのレパートリー的理由で、客演ということになる。この悪名高い客演がなかったら、長い間には自分の仕事をいやいやするようになっただろう。創造的であること、そのための場所を、私は客演で得ている。私は自分自身を頼りにしているし、自分を頼りにできなければならない。決定的な瞬間に正確に反応する。まえもっては決してわからない状況が起こる。その時、何かをなんとか考えだして、とっさに行動することが肝要だ。
  たとえば、こういう場合はどうだろうか。私はウィーンに来ている。私が緊急に必要としている同僚は、午後にならないと来ない。普段担当している助手は連絡がとれないから、運の悪いことに演出をあまりよく知らない演出助手と一緒に座っている。こうして、私は中古品のような指示を手に入れる。やっとのことで、私がどの方向から登場するかということと、そしてまた幕の終りにどう退場するかということを知る。もっとも全ての演出でそういうことをそんなに軽く考えることはできない。しかし、『ラインの黄金』では、ウィーン、ミュンヘン、ハンブルクで何度も代役を務めたことがあるが、そこではこういう奇妙な指示が行われていた。私はただうわの空で傾聴した。いくつかの要点で私には十分だった。ローゲを歌うときは、黄金をどんな具合に積み重ねるのか知る必要があった。財宝が時間通りになくならなければ困る。私はもう体験済みだ。さらに、言わせてもらいたいのは、ライン河はどこを流れているのか、そしてニーベルハイムはどこかということだ。私が『それなら硫黄の坑道をつたって勢いよく行きますか。一緒にあそこへ入りましょう!』とヴォータンに要請するとき、戸惑ってしまう。それから、私が右側に退場して、それに対して、彼はいつものように左側に方向転換したりするのだ。そういうことでもなければ、こういう古いプロダクションでは演出について聞きたいことは何もなかった。シェローの上演なら、こういうのは当然不適切な行動をとったということだったろう。だから、バイロイトでの仕事のあと、演出が私にひどく矛盾した印象を与えるようになった。
  ミュンヘン音楽祭でのジークムントは、レンネルトのアレンジで記憶に残っている。この上演のために、バイロイト出身のフクロウたちが咳払いするのをきくのだからという理由で、二番目のジークムントの衣装が作られた。最初のは普通の毛皮製のもので、二番目のはベトナムの戦闘服みたいで、パラシュート用のブーツ付だった。たぶんそれがあんなに感銘を与えるなんて思いもしなかっただろう。いかなる考えもなしに、ただ単に時事的だというだけにすぎなかった。全然気分がのらなかった。しらけた気分が紛れ込んでくると、この無関心を振り切って、言う、さあ、張り切ってやろう。レオニー・リザネクはバイロイトのジークムントで私をみたことがあったが、今度はミュンヘンで私にジークリンデみたいに懇願した。「私たちもあんな風にしましょう。私があっちへ身体を動かす、あなたはそれに続いて動く、とにかく何かしてください、私はただすっかり自由に動くだけです。何もしないというのはだめです」ミュンヘンでのこの公演は物凄い拍手喝采をまき起こした。ジークムントでは相変わらず非常にたくさんの客演をこなしている。それに対してローゲ役はそうこうするうちにやらなくなってしまった。ローゲ役は声に関しては特に問題はない。初めにひとつのシーン、いくつかの美しい小さな部分、しかし、それ以外は、再び歌う機会がくるのをただ待っているだけだ。けれども、その人物については、おもしろいと言える。その本領通り、電光石火、変わり身のはやい火の神だ。法の埒外で踊り回っている。何物にも頼らない独立した存在。だからこそ、私はこの役をたびたび好んで歌ってきた。ローゲはすべてを掌握し、巧みに操ることを知っている。策略がうまくいくたびに、彼は喜び、潜在意識下で、私にでもなく、あなたにでもなく、彼にそのように命令したがっている人たちに対してかすかな軽蔑を感じる。1975年に、ドルトムントで、パウル・ハーガーと、この役を練り上げた。この仕事はすぐにとても気にいった。難しいことは何もなかった。このプロダクションはめったにないほどよかった。最高の仲間意識があった。ハーガーは人物を距離をおいて見ていた。彼らを知的に解釈していた。そして、それにもかかわらず、歌手に『演技』する余地を大幅に許していた。ある批評に、こんなのがあった。「ローゲは、彼らの好きなようにさせながら、彼らを操る術を心得ている」私もこういう見方をしていた。私はローゲ役に、明確でありながら変幻自在という、非常に具体的な形を与えることができた。自分自身納得づくで、ある役柄を形作ることができる場合、私は自分が収入のための職業生活の真っただ中にいるのだということをすっかり忘れている。
  客演契約は、三、四年前までに結ばれる。もうひとつは、代役の場合で(これは当時私の場合とりあえずこのケースだった)これはまったく前触れもなく突然日程が決まるということがありうる。しかし、私はこの客演出演をとても楽しいと感じていた。客演の歌手はじめから観客に信用がある。全末梢神経が外へ向うのが気に入っている。加えて、時間の経過の中で自分の役を頻繁に十分に歌うということが安全網を備えて公演に臨むために、私にとって有効である。
  ヴィスバーデンの『ワルキューレ』のときには、舞台装置をちらっとも見たこともなかった。ジークリンデは最終的に飛行機でやってくることになっていて、私がまったくあっと言う間に永遠の恋に落ちるはずの私の双児の姉妹をだれも知らなかった。そもそも私は自分に何が起こっているのかさえ知らなかった。すごいじゃないか。演劇の作為性はこういう時にはほとんど消えてしまう。少なくとも少しは。だれでも自分が、生まれた瞬間からこのかたリハーサルしたことなどない、初めて起こった現実の状況にいるような気がする。初めての事態のように思える、ということは、同時に、冒険である。
  客演がなかったら、この職業はもっと退屈なはずだという私の主張にだれもが賛成するだろう。クラウス・キンスキーがかつて、リハーサルするのは好きじゃないと白状したことがある。これは、私が一瞬感じるリハーサル時の感覚と同じだ。数年前にはまだこの感じに気がつくことはあり得なかった。そうこうするうちに次第に、あまりにも頻繁にこんな体験をするようになっていった。朝のリハーサルで私が得るものは、演出家の空虚な話、さらにもっと無意味な私のも含めた歌手たちの話、なにもかもがある種絶望的な様相を帯びていて、休憩時間までやっとの思いでその絶望状態をしのいでいるという有様だ。シェローを見てみろ、こんなことは絶対にあり得ないことは確かだ。
  演出家たちは恥ずかしげもなく他のプロダクションからアイディアを流用するということ、そして、それは自分自身のプロダクションからだけではないということに気がついたとき、私は客演では、そういうことを手本にすることにした。そんな中のひとつを挙げよう。マンハイムでの『パルジファル』の場合、事前のリハーサルは一度しか予定されていなかった。この公演では、シュトットガルトのフリードリヒの『パルジファル』のコンセプトを頼りにさせてもらった。このような上演では、私はすごく気分がいい。なんと言っても、私の演出家、私用の演出家がいるのだから!こういうことは、内容的な解釈と同様に、ささいなこと、外面的なことにも言える。『パルジファル』の第一幕で、私が登場して、見回すとき、ああ、ここではこんなふうに見えるのだという具合に、私をほんとうに楽しませてもらいたい。それから、聖杯はどれだろう?なんとも奇妙な壷じゃないか。私はこんな寺院にまだ入ったこともないし、全員が一様に嘆き悲しんで歌いまくっているような団体にいたこともない。それから、パルジファルのような生き方をしている人間なら、どう反応することになるのだろうかと、想像する。創造的な過程こそが、私を奮い立たせる。踏み段は右の方へ進むようになっているはずだと、あらかじめ言われていたにもかかわらず、左へおりていっていようが、あるいは、そもそも踏み段が全く存在していなかろうが、たちまちそんなことはもう重要ではなくなってしまう。あるいは、相手役が、私たちがちょっと前に話し合ったことを忘れて、違う角に向って走っていってしまっても、彼女がほんとうは立っているはずだったところで歌うべきだなんてことは、私は思いもつかないことだろう。状況に応じて行動すること、申し合わせたのではない反応を受け止めることこそが、真の楽しみである。
  各々の場面の中で考えて、望むらくは、そこで起こっていることの全てに反応すればよいのだ。が、すでに自分との勝負に負けていれば、自信喪失に陥る。私にはいついかなる場合にも断じてないことだ。理由はこうだ。私は未知の経験をするのを楽しみにしている。それならば私がその体験を楽しむのは、当然の帰結である。


金塊を積み重ねるのが難しいせいで

  ウィーンにローゲとして初めて客演したときは、ペーター・シュライヤーの代役だった。演出に関してはほとんど何も知らないのと同然で、黄金がどのように積み重ねられることになっているのかということさえ知らなかった。『手ほどき係り』が、食堂で写真を見せてくれただけだった。多少問題があるようにみえた。それに、舞台の上ではどう見えていたのだろうか。そのことについて、助手は断言した。「問題ありません。各金塊には、ひっかける鈎がついていて、それぞれの割り当て分は一つの番号を持っていますし、フロー役が手伝ってくれます」
  当然晩には私は神さまにお願いすることになっている。フロー役はワルデマール・クメントだった。『手伝えよ、フロー』と私が歌うのだ。彼はやってきて、ささやく。「どうやるか、知ってるのか」「いや、君が知ってるだろ」と私。なんとクメントも代役だったのだ。
  恐ろしいことだが、私たちに他に何ができるというのか。私たちは黄金の仕分けをすることにする。舞台の暗がりの中で、引っ掛け用の鈎をさがそうと試みるが、まずいことには、それがすごく小さいのだ。私は金塊をひとつひとつ調べて判断していく。信用にたる探索器具をなんとかして調達しなくてはならないところだ。見境なく重なりあっている黄金の層はなかなかはけない。金塊は番号順にしかぴったり重ね合わせてはめこむことができないのだ。私たちは、まるで金の延べ棒競技世界チャンピオンのように、金塊を交換しまくり、『宝は尽きた』と歌うところまで混乱を隠しとおす。黄金の半分は辺り一面にばらまかれたまま、まだ相当散らかっている。私は自分の台詞を後ろに向って、もごもごと言う。『宝は尽きた』と。なんとも心苦しい気分。私たちの黄金は尽きていないのだから。
  ハンブルクでは、まさにローゲとして、自分に一杯食わせてしまったことがある。アルベリッヒの呪いの歌のあと、ローゲは『彼は放免ですか』と尋ねなければならない。そして、ヴォータンは『縄目を解いてやれ』と命令する。ヴォータンはハンス・ゾーティンが歌った。客演の歌手がアルベリッヒだった。私はアルベリッヒに関心を集中して聴き入ってしまった。舞台のそこに立っている、そして眺めている、そして・・歌詞を忘れている。どうして静かになったのかと、まずは思う。大変だ。アルベリッヒがまだぐずぐずとそこにいるじゃないか。と同時に私は先に進まなくなる。プロンプターも、身を乗り出している、歌詞をささやきながら、プロンプターボックスから上半身を半分突き出している。アルベリッヒが私のことを、かわいそうに、ここから先はわからないんだと気の毒がっている。ヴォータンももちろん私抜きでは、次を歌うことはできないところだ。しかし、このような時には、全てが麻痺状態に陥っていて、だれもその後にアドリブを入れるなんてことにはならないのだ。そして、一番哀れな奴の私はその間中、ひたすら、どうやって先に進むべきかということだけを考えていた・・・
  そのとき昔からの確実なやり方で、指揮台のホルスト・シュタインが急場を救うべく自身で歌ってくれる。そして、私はうなずく。あやうく「彼は放免されました」と歌うところだった。恐ろしかったが、同時に、わくわくした。
  演劇的事態はもっと簡単に救える。シュトットガルトの『魔弾の射手』では、私の帽子がオーケストラ・ピットに落ちていた。私は帽子を、オーケストラ・ピットの前のほうに立て掛けてある鉄砲にひっかけておかなければならなかったのだ。鉄砲はひっくりかえっていて、帽子は見当たらない。アリアを歌いながら、考える。帽子を取り戻さなければ、この場面はほんとうに終わりだ。マックスは絶対に帽子が必要なのだ。何故かと言えば、カスパーがその帽子に射撃がうまくいくようにというお守りとして鳥の羽をつけることになっているのだ。マックスとしては最高に美しい、最高に大きいイヌワシの羽をつけて家に帰って、自慢できなければ困るのだ。その羽は、一輪の花を手に持つのと同じようなものだろうか。否、そんなことをしたら、一体全体どう見えるだろうか。私は歌っているのだが、その時、頭の中はてんてこ舞いだ。どうやって帽子のところまで行き着こうか。オーケストラ団員はだれも帽子に気がついていない。だれかが拾いあげてちゃんと置いてくれれば、一件落着するところなんだがと切実に願う。しかし、だれも動いてくれない。カスパーの『この世には(ird'schem Jammertal)』という歌の後は、静かになって、音楽もない、そこで、私は下にいるオーケストラ団員のほうに身をかがめて、「申し訳有りませんが、私の帽子を返してくださいませんか、それがないと先に進みませんから」とお願いする。最前列の観客が笑い、一人の団員が私に帽子を手渡してくれ、私はそれをかぶるという具合で、ほとんど演出されているように事が進む。
  『魔弾の射手』は、それ自体に問題がある。ハンブルクでは鉄砲の発射装置の不首尾が繰り返しあった。この時も銃声がしなかった。カスパーが『撃て!』と叫ぶ。それに基づいて、間違って魔弾が飛び出して銃声がすることになっているのだ。この発砲の音がすることはとにかく重要だ。そうでなければ、ワシは落ちてこないから、マックスはワシの羽を手にしない。ワシの羽なしで、どうしてアガーテの部屋に行くというのだろうか。またこの場面は混乱のうちに早期終了ということになり兼ねない。こういうわけで、是が非でも、銃声問題を解決しなければならない。安全装置を外して、押す、だめだ、まさにまだ安全、前後に押す、舞台横をのぞく、そこにはピストルを持った『緊急時用射撃手』が立っている、ところが、彼は私を友好ムードでじっとみつめて、にこにこと目配せしている、つまり、私が彼を相手にふざけているのだと思っているのだ。私がどんな緊急事態に陥っているのか、彼は全く気が付きもせず、この『緊急時射手』は、のんびりとピストルを手にして、何も知らずに、そこにもたれている。カスパーはもう何回目だろうか、「さあ、とにかく撃て!」と言っている。私は「だって、行かないんだ、ちくしょうめ」とささやく。「わかってるが、俺に何をしろっていうのかい」とカスパー。そして、また怒鳴る「撃たないのか!」私「だって」カスパー「だから、撃てよ!」
  結局、私たちは舞台にいるにすぎないわけで、いつかある時に、その人の内部でかちっという音がするものなのだ。ただ単にくそったれの銃声が出ないという理由だけで、なんだって絶望する必要があるだろうか。とにかく先に進むしかないのだ。観客はすでにくすくす笑い出している、カスパーもくすくす笑いを始めている、その合間に、再三再四私に撃てと催促している、そして、突如、私は新たな視野の中にいる、こういうことが瞬時に経過する。よく考えれば、私はこう考えるべきだったのだろう。それじゃ、なぜここでだれも発砲しないのか。言い換えれば、結局大事なことは、ドンという音を立てることなのだ。そこで、私は自分で銃を構えて大声で「パンッ」と叫んだ。その結果、ワシは落ち、地獄の苦しみから解放されたのだった。人々は笑い転げていた。そして、私はそれを一身に受けていた。人々は事態に気がつくと、笑いが止まらなくなった。とうとうマックスはこう言わざるを得なかった。「それでも、この猟銃は、他の猟銃と変わりありません」
  似たようなややこしい出来事が、私のはじめての『こうもり』の公演でアルフレートを歌ったときに起こった。舞台は、私の願望達成の最終段階に至るところで、私は二重唱の終わりには、ロザリンデの上に沈みこむことになっている、つまり、私たちは寝いすに倒れこんで、私は彼女の上に横になるのだ、とその時、刑務所長のフランク博士が部屋に入ってこなければならない。私たちはすでに横たわっている、それなのにだれも来ないのだ。数分間経過。後で舞台監督のノートにあったのを、正確に思い出せば、三分だ。舞台の上で、ただひたすらしのぐほかない場合は、それは永遠だ。
  だれも来ない、というのは別に害がないようにきこえるが、このような場面でどうやったら害がないままでいられるだろうか。結局のところ私はなすべきことを引き延ばさなければならなかったので、私はいつの間にか論理的結末として相手役の襟ぐりにはまり込んでいた。私たちは、はじめは冷や汗をかき、それから、愉快な気分になった。舞台の上は静かだった、彼女が「そこに、だれか来た?」と尋ねるまでは、とても静かだった。私は視線を上げて答えた。「いや」彼女を抱き締めてキスしたり、髪をからませてぐちゃぐちゃにしたり、まるでドン・ファンのように私は彼女を扱っていた、が、しかし、それでもまだだれも来なかった。私たちはできる限りの事をやった。だから、全然退屈するはずはなかった。観客には、まだ演出のように見えていた。私たちは男が女を誘惑している様子を見せていた。だんだんとみんなが私たちをからかおうとしているのではないかと思えてきた。どうして幕をおろさせないのだろうか。
  事態は困った方向に進みはじめていた。人々は「おや、まあ」とか、「あきれた!」とか叫んだり、口笛を吹いたり、笑ったり、上機嫌だった。私が彼女を撫で回した以外のことは何も起こっていなかった。ある時は下から腕を彼女に回したり、ある時は太腿の方向に手探りしていったりとやっていた。しかし、その後、これにも終りが来た。さもなければ、この作品もまた違う方向に進むところだったのだ。どんなことがあっても、私たちはそのうちに笑い出す。彼女がささやいた。「幕はまだ開いているの?」私はうなづいた。「まだ開いているよ」
  彼女が突然叫び声を上げる。「物音が聞こえるわ!」私は彼女から我が身を振りほどいて飛び退き、部屋の真ん中に走っていく、しかし何も起こらない、そこで、再び彼女の上に突進。こんなにいつまでも彼女とそこに横になっているのは、ついにいくらなんでもやりすぎという気分になる。もしかしたら何もかも間違っているのかもしれない。こんなに長い間誘惑を続けていたら、もはや誘惑の効果などありはしない。もう一度試したら、私は立ち去ろうと決心する。この穴の責任をひっかぶるつもりはない。それでなくても、ことによると、まるで私がもうあれから先がわからなくなったように見えるではないか。だから、本当なら刑務所長(Gefaengnisdirektor)が登場するはずのドアに突進して、勢いよく開けて、叫ぶのだ。「なんたることか、だれか来るぞ!」それから、ドアをバタンと閉めて、寝いすの後ろに隠れるのだ。そして、現実はこうだった。ドアが開いて、男が現れたのだ。・・・この歌手は、全く最高だった。彼はアメリカ人で、客演歌手として、初めてこの役を歌ったのだが、私たちはリハーサルのときにいつもばかげたことをやっていた。というのは、彼はまだドイツ語が完璧ではなかったのだ。だから、そのとき、彼は神経質になる前に、ばかげたいたずらが一体正確には何なのかということが全然わかっていなかった。歌手というのは、このようなもので、おもしろいことを見つけ出すのだ。それが全然笑えなくても、いくつかの冗談は一種の文化財のようなものになっている。この歌手はやっと登場して、大まじめに言うことになる。「奥様、驚かないでください、私の名前はフランクです。私は受胎所長(Empfaengnisdirektor)です」
  これが私たちが彼に「とにかく、こういう風に言えば、すごく美しくて、要するにとてもエレガントなんだよ!」と、小声で教えてあったリハーサルの冗談だった。舞台の袖にいた人々が一斉に笑い崩れる。こういうへまを、その場の居合わせて体験することこそが、劇場での最高の幸運というものだ。驚きのあまり、確信が持てないほどだ。劇場のすばらしい側面のひとつだが、私がすでに経験したこういう出来事が公演の夜を満たしているのだ。


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