浮かぶ春
図書隊員、しかも図書特殊部隊の一員ときたら休みが少ないのは当たり前だ。
公休が同じってだけ幸せなんだよねー。
そう一人つぶやいたのは、同隊員の笠原郁。
いつ良化委員会との抗争があるか分からない。いくら武器の規制が強まったとはいえども、まだまだ危険はある。そんな簡単には片付かないということも。
分かっているからこそ、不満など言う者はおらず、彼女もまた言わない。
けれど、もっとどこかに出かけたりできればなぁなんて、考えてしまうことも時々はあるのだ。
「なぁに、また辛気臭い顔しちゃって。もしやまた喧嘩勃発?」
失礼極まりないことをしゃあしゃあと言ってのけるのは、毎度の如くルームメイトの柴崎麻子だ。
「そんなのじゃないってば」
「あら、違うの」
途端につまらなそうにそっぽを向く美人に、郁はむっとした。
「何よ、そんなに他人の喧嘩がおもしろいわけ?!」
「やっだ、何言ってんのよ。他人じゃなくあんたと堂上教官だからおもしろいのよ」
語尾にハートマークがつきそうな声で返され、しかも鼻先まで顔を寄せられ、郁はぎょっとして身体を引いた。いくら同姓でも、この状況はよろしくない。あーあ、美人ってこれから嫌だなんて思いつつ、郁は頬を膨らませた。
「いいわよ別に。あんたが野次馬根性なのは知ってるし。でも今回は残念ながらそうじゃない」
「あらそう。じゃあ何が問題なわけ?」
「・・・別に問題なんてないよ」
よっぽどにその口調が問題有りのように聞こえたのだろうか、聞いた瞬間に柴崎が爆笑した。
「何よ」
「何が問題なんだか知らないけど、あんた、よっぽど一人でずるずる悩んでたんでしょ」
見事に図星で、郁はやっぱりおもしろくない。
「で、結局何が引っ掛かるわけ?ほらほら、この柴崎麻子様が相談に乗ってあげるかもよー」
「柴崎ー!あたしが我侭なだけって分かってるんだけど〜」
やっぱり笠原郁は柴崎麻子に弱かった。


――数日後。
ブルルルー。マナーモードにしてある机上の携帯が震えるのに気づいて、堂上は顔をあげた。
訓練も終わったが、こんな中途半端な時間にかけてくるのは郁くらいしか思いつかない。
また何かあったのだろうか?と上官としての心配から電話のディスプレイを素早く見て、堂上は意表を衝かれた。
「もしもし」
「お久しぶりでーす、堂上教官」
「何かあったのか?お前が直々に電話してくるとは」
戸惑いを隠せずに聞けば、電話の向こうにかすかな忍び笑いが聞こえて堂上は顔をしかめた。
「あら、あたしが直接お電話しちゃいけませんか?」
「・・・そんなことは言ってない」
お前のことだから何もないのに電話もするわけがない、と言い捨てれば彼女はくすくすと笑った。
すっかり苦虫を噛み潰したような表情になっているのが、きっと相手には筒抜けだろう。
それもおもしろくない、と内心で思いながら堂上は促した。
「いいから早く用件にうつれ」
「はーい。もう、あしらいが冷たくて麻子困っちゃうなぁ。まあいいです、この分は笠原から取ってあるし」
「笠原のことか?!」
「まったく、あいつのことだと喰いつきがいいですね。実は・・・」
呆れながらも柴崎は続け、すっかり事情を聞いた堂上は小さく息をついた。
「まあ俺ももうちょっと公休くらい、外に連れ出してやるべきだったのかもな。訓練で疲れている日くらい、休ませた方がいいかと思ってたから」
「まあ、あの跳ね返り娘ならその心配はないと思いますけどねー。何てったって、お約束のたびにめかしこんでうきうきしながら出ていきますし」
笑いがにじみ出た言葉に、堂上も苦笑した。
「そうかもしれんな。ともかく、知らせてくれて助かった」
また拗ねられても困るからな、と言い訳気味に付け加えたが、彼女には照れ隠しとバレているだろう。
「まぁあたしは笠原に泣きつかれて困ってただけですからー。救援要求ってことでお互いいいんじゃないですか?一応、教官だし親友の彼氏ってことで夕食奢りは免除しておきます」
にっこりと微笑む姿が容易に想像できて、堂上は眉を寄せた。
「用件は終わっただろ。切るぞ」
はあい、とつまらなそうな声が聞こえる前に、指が勝手に電話の通話終了ボタンを押していた。
電話の向こう側の人物が、呆れたように電話を見つめていたことも知らずに。


温暖化の影響なのか、まだ四月だというのに外は暑い。
太陽がキラキラと照らす中での訓練で、鍛えた身体とはいえどもすっかり汗をかいている。
「あっつー」
首筋の水滴をぬぐいながら、郁は空を仰いでつぶやいた。
同期の手塚は射撃の訓練で、ここにはいない。
どーせあたしは下手くそだもん。
若干やけくそ気味に思いつつ、ごくごくと手元のペットボトルを飲み干す。
すっかりカラになったそれを思わずぽいと後ろへ投げ捨てると、間髪入れずに怒声が響いた。
「笠原!ここはゴミをポイ捨てする場所じゃない!!」
あっちゃーと内心でほぞをかむ。しまった、堂上教官が見てるところで投げ捨てるんじゃなかった。
恋人としてはありえないくらいに甘く優しいのに、上司としてはやっぱり怖いままだ。きちんとしすぎているというべきか。教え方とかはいいんだけど、なんてまるで自分の方がが偉いかのように考える思考に苦笑して、郁はおとなしく返事をして、ペットボトルを拾おうと立ち上がった。
ちょうど手を伸ばした瞬間に、横から手がペットボトルをかっさらう。
驚いて顔を上げれば、仏頂面の堂上が立っていて郁は顔をしかめた。
まさかまだお説教とか?!
「・・・ありがとうございます」
微妙に慎重になったお礼の言葉に堂上がふっと笑みを漏らしたのを見て、郁は首をかしげた。
「えっと、何かおかしいことでも?」
「いや。ただちょっとお前に言うことがあってな」
その口調が微妙に優しいことに気づいて、少しほっとする。少なくとも、お説教ではなさそう。
「何ですか?」
怒られることへの萎縮が薄れ、少しの好奇心を抱きながら訊ねれば、堂上は気難しい顔をしつつも答えた。
「実は実家から、というか妹からチケットが送られてきてな」
これだ、と言いながら差し出されたものを見れば、そこには菜の花の美しい写真とともに、郁も知っている公園名が印刷してあった。花の美術館も併設してある、わりと有名な場所で、確か連休は相当混むはずだ。都内だから普通に日帰りでも余裕だし、そこまでがっちりした自然でもないので、若者を中心に人気だという。最も、郁は行ったことがないのだけれど。
「これ、入場料とかかかるんですか!」
チケットがあるということは、入場料があるのだろう。花を見るためにお金がかかるなんて、田舎育ちの郁には理解できず、びっくりして声をあげた。
「みたいだな。俺も詳しくは知らんが。そんで何の拍子にか俺に回ってきた」
その言い方がぶっきらぼうながらも家族を想っていることが容易に取れて、郁は思わず微笑んだ。
家族の間の確執は徐々に和らいではいるが、やっぱり羨ましいなぁとは思う。
「これ、期限が今月末までですね。公休あったかな」
「二日入ってた」
もうすでに堂上が調べていたことが嬉しくて、思わず郁は頬を緩ませた。
「もしかして、これ行ってもいいんですか」
「ああ、お前が行きたければな」
「行きますっ!」
気合を入れすぎて、敬礼つきの返事になってしまったのは笑い話である。


「うわー!すごい迫力!正直、こんなに広いとは思ってませんでした」
「ああ、人工のものにしては随分面積があるな」
先に建物の中を見ておいた方がいいというのは、柴崎のアドバイスだ。自然のものを見た後では、いくら素晴らしくても人工のものは見劣りしてしまうからということらしい。
でもこれだけすごいのに、自然の花畑なんて、いったいどんな感じなんだろう。
こっそりそんなことを思いながら、手をつないでゆっくりと館内を見て回る。冬ほど寒くないけれどまだ夏と言うには早い、ちょうどよい温さが漂う室内は、互いの熱が心地よい。カモミールの花も発見し、郁は幸せな気分に浸っていた。
そんなこんなで見て回った後は、メインの菜の花畑である。
館内から外へと続くドアを潜り抜けると、そこには果てしなく続く黄色い絨毯が一面に広がっていた。
思わず息を呑んで、ただただ広がる艶やかな色彩を見つめる。こんなにもまぶしいものを、初めて見たかもしれないと、郁は思った。
ふと隣に目線をやれば、堂上も感銘を受けた様子で辺りを見回している。
「これ、ホントに全部自然なんて信じられないくらいです」
ぽつりと言うと、堂上もかすかに笑って頷いた。
自分の腰まではないが、それでも多分幼稚園児の背の高さくらいは優にあるだろう。こんなにたくさんの花が、我も我もと負けないように、精一杯背伸びをしながら育ってきたという事実に、郁は半ば呆然とした。
「こういうの見ると、元気出ますよね」
「ん?」
唐突に言うと、堂上は少し首をかしげた。
「どんなにちっちゃくても、すごいエネルギー持ってるんだなって。あたしの指先に載せても小さすぎるくらいの種だったのに、こんなに大きく育ってるんですよね。おまけに、周りにもこんなにいっぱい同じ花が咲いているのに、皆どれも力いっぱい咲き誇ってる。そういうの感じると、あたしも負けられないなぁって思うんです。だってあたしは、この菜の花以上に周りにいっぱい支えられてるから」
ちょっぴり照れくさくなって、最後の一言は小さくなった。と、堂上が突然抱きしめた。
「っ・・・!」
黙ってそのまま頭を撫で続ける堂上に少し戸惑いつつも、郁はされるがままになっていた。
教官、どうしたんですかと聞こうと思っても、なぜだか声が出せない。どうしてか分からないけれど、黙っていた方がよい気がした。
しばらくすると、髪を優しく撫でる手が止まって、郁はかすかに上目遣いで堂上を伺い見た。
「・・・やっぱりお前には負ける」
「えっ?」
突然放たれた言葉に驚いて聞き返す。
特にすごいことを言った覚えはないのだが、堂上はかすかに苦笑しただけで質問には答えなかった。
その後何て言っていいのか分からず、会話が途切れる。
どうしよう、と思った矢先に堂上が口を開いた。
「頑張るのはいいけど、たまには息抜きしろよ」
「はい?」
堂上が何を言いたいのか分からず、郁の返事には疑問符がついた。
えっと、息抜きってどういう意味?課業をサボるのは無理だから、公休はもっと遊べってことかな。
郁が悩んでいるのが分かったのだろう。堂上は少し呆れたように、自分で言ったんだろうがとつぶやいた。しかしそんなことを言われても、郁にはさっぱり謎のままだ。
「あの、あたしが言ったって、何をですか?」
「もっと一緒にどこかに遊びに行きたい。休むのもいいけど、公休しか休みがないんだから一緒に過ごしたい」
仏頂面で言われた言葉は、確かに自分が言った記憶はある。
誰に向かって言ったのかと記憶を探れば、それはすぐに思い当たった。
「そっ、それ・・・!」
「柴崎から筒抜けだ、バカ」
かあーっと頬が真っ赤になるのが自分でも分かった。
「堂上教官に伝えてくれと言った覚えは・・・」
「だろうな」
さらっと言われ、郁はがっくりと肩を落とした。ああ、不満を言いたいわけじゃなかったのに。ただ、こうして出かけられることが嬉しいって言いたかっただけなのに。
我侭だと思われたかもしれないと感じただけで、無性に凹んだ。
しゅんとした気配が伝わったのだろうか、そっと頭に手がのった。いつもの優しい手に思わず少し顔を上げると、優しい表情が待ち受けている。
「今度はどこに行きたい」
ただそれだけの言葉なのに、なぜだか言葉では言い表せないほど嬉しくなって、郁はパッと顔を輝かせた。
「堂上教官とならどこでもいいです!!」
「・・・ならどこか考えておく」
苦笑しつつ微妙に顔を逸らした堂上に、郁は首をかしげた。
「教官、どうしたんですか?」
「何でもないっ!」
妙に勢いよく返答されたものの、どうしてこのシチュエーションでそうなるのかよく分からない。
「あの、何か微妙に口調が怒ってません?」
「違う」
ちょっとだけ"普通の女の子"のようにまとわりついてみても、堂上はこちらを見ないままだった。
膨れっ面になった郁の手を再び握り、堂上はずんずん先に歩いていく。
それでも手を放そうとはしないから、本気で怒ったり機嫌が悪いわけではないのだろう。
「もしかして、男の人の心情の機微ってこういうことかな?」
先日小牧に言われたばかりの言葉を、ちょっと違う意味かもしれないけどなんて思いつつ、つぶやいてみる。もちろん堂上には聞こえないようにだが。
その横顔が微妙に朱に染まっていることに、郁は気づかなかった。


あとがき
タイトルは、だいぶ前にネットで見た記事から取らせて頂きました。(調べたところ、もう記事が削除済みとなっておりましたのでリンクを貼っておりません)菜の花の美しい写真で、とても印象に残ったので、そこから小説をおこしてみました。