雨、ときどき晴れ
今日は一日雨。
朝の天気予報を柴崎と一緒に見てきたから、それは知っていた。
雨の日は嫌い。傘をささなくてはいけないし、湿気が多いせいで髪の毛がくしゃくしゃになる。
それに、何より太陽が見られないのは最悪だった。外に出て訓練もできない。
ぱしぱしと窓に当たる雨をふくれっつらで眺めながら、郁はため息をついた。
つまんないなぁ。よりによって今日は訓練もないし。まぁでも図書館内業務じゃなかっただけマシなのかなー。
そんなことをぐだぐだと考えながら、手元の書類をはらりとめくる。
ふと、カミツレの香りが鼻腔をくすぐったような気がして、郁は振り向いた。
「堂上教官」
仕事中に振り返った先は、もちろん班長の机である。
つぶやいた言葉は、小さすぎて本人には届かなかったらしい。真面目な顔をして郁があげたアロマオイルの香りを嗅いでいる教官の姿が何だかおかしくて、郁は思わず笑みをもらした。
大切にしてくれてるんだ。
そのことが、その一つ一つの動作でわかるから嬉しくなる。
「きょーかんっ!」
再び声をかけると、堂上は驚いたようにこっちを見た。
「何してるんですかー?」
もうすでに盗み見たせいで答えは聞くまでもなくわかっているのだが、何となく本人の口から聞きたかったのだ。
「え?いや、その、あれだ。今日みたいにじめじめしてる日は、すっきりした香りがいいかなと思っただけで・・・別に大した意味はないっ」
あたふたと慌てたように答える堂上に、郁は眉をしかめた。
「何怒ってるんですか?あたし、ただ何してるのか聞いただけなのに」
「うるさいっ、お前も俺を見るよりさっさと仕事しろ!!」
「はーい」
しぶしぶといった感じで、郁は書類に目を戻した。
少しくらい優しくしてくれたっていいのに。そう思ってしまう自分が少し悔しくもあり、切なくもあるのかもしれなかった。


目線を机上へ戻した郁を見届けて、堂上はこっそりとため息をついた。
背中合わせに座っている郁以外の班員は、館内勤務でここにはいない。
こんなとき、小牧がいたらこんなに気まずくないのにとは思いつつも、あいつがいたら笑われて終わりだと気づきいなくてよかったとほっとする自分もいる。
正論を切り返されれば答えられなくなるのがオチ。だから、たまに小牧の言葉は胸の奥にずんと刺さる。特に郁が入隊してからは、その回数が確実に増えた。
冷静じゃない。
そんなことは端からわかっている。冷静になんて、なれるわけがない。
彼女が入隊してきた当時から、ずっとそうだった。
心のどこかで、彼女に捨てたはずの自分を追ってくることを諦めてほしいと願いながらもずっと思い続けていた。自分に気づくことがなくても、本を守ることに対しては人一倍強い心を持ち続ける彼女に、いつか図書隊で活躍してほしいと。
たとえ昔の自分のようになってしまっても、郁なら上手く切り抜けていけるような気がした。
だから、こんなにも意識してしまう。
そばにいるだけで、儚さを知っているのに強さを望んでしまうから。
厳しくしているつもりなのに、妙なところで甘くなってしまう自分に気づいて、堂上は小さく苦笑した。
王子様は卒業します!!
その力強い言葉に、ぎょっとしたのは否めない。自分があのときの三正だとはバレていないはずなのに、どうしてこいつはこんなことを俺に向かって宣言するんだ。そんな思いが思わず言葉になってほとばしりそうになった。
俺はお前の"王子様"じゃない。あのときの三正だった俺は、今の俺じゃないんだ。
あの事件で、自分は変わったと思う。自分のすぐに突っ走る癖をあんなに反省したことは生まれて初めてだった。今でも後悔していないというのは、嘘ではない。郁を助けたことを後悔なんて絶対にしない。それは、査問で散々な目に合ったときだってそうだ。ただ、あの子のことだけを思って乗り越えてきたのだから。
昔の俺がお前みたいだったということを、すぐそばに座っているこの部下は信じるだろうか?
そんなことをとりとめもなく考えていたために、郁から声を掛けられ、堂上は少なからず動揺した。
「あっ、堂上教官、外見てください」
「ん?!」
郁が窓を指差すと、堂上は書類から顔を上げて指差された方向を見つめた。
「さっきまで降ってたのに、もう雨あがってますよ。すっごい綺麗な夕焼け」
見ると思わず息を呑むようなまぶしい夕日が、ちょうど地平線の向こうに沈もうとしていた。
明るいオレンジ色が、この部屋をも照らし出す。
今日は確か一日雨だったはずだ、と天気予報を思い出しながら堂上は空を見つめる。
「・・・そろそろ終わるか」
自分の声が妙に部屋に響いて、郁がぴんと背筋を伸ばした。
普段の業務終了よりもだいぶ早い時間だったが、たまにはいいだろうという自分のずるい気持ちに堂上は顔をしかめたが、郁の返事は迷いのないまっすぐな"はい"という言葉だった。


二人だけで並んで寮へ向かうのは、珍しいことだった。
普段なら大抵は小牧や手塚がいるし、昔は郁の方が堂上を避けていたので、仕事が終わった後もあまり一緒にはならなかったのだ。
肩がかすかに触れ合うのが少しだけ心地よい安心感をもたらす。
「何か、こういうのって」
郁がつぶやいた瞬間、堂上は慌ててそれを遮った。
「恋人みたいとか、言うなよ」
「何でわかったんですか?!」
素っ頓狂な郁に思わず頭が痛くなる。コイツは真面目にそれを言おうとしていたのか。
「・・・お前の上官を数年やってれば、それくらいわかる」
前を向いたまま言えば、郁が俯くのが視界の隅に映った。まさか泣くつもりじゃないよな、と少しあせって言葉を紡ぐ。
「まぁ、ホントに言うつもりだったのはびっくりしたがな」
黙っている郁に正直につぶやくと、やっと隣でかすかに笑う気配が聞こえた。
「・・・良かった」
「何が」
「あたしの教官が堂上教官で。多分、他の人だったらあたし、だめになってました」
「?!」
いきなりの爆弾宣言で、堂上は言葉に詰まった。
「堂上教官だったから、あたし前見て追いかけて来られたんです。あたしが王子様を追いかけて図書隊に入ったのは事実ですけど、堂上教官と王子様は同じ方向にいっつもいるんです。あたし両方の背中を追いかけてきて、ここまで頑張れたんです。だから・・・」
「言いたいことはわかった」
言葉とともに、ぽん、と頭に軽く手をのせる。
俯いていた郁の上目遣いに、くらりとしながら堂上はできるだけ平然とした表情を保った。
「お前どう考えても熱があるとしか思えん。早く帰ってひとまず寝ろ」
「はあーーーー?!」
「ほら、じゃあな。自分の部屋までは帰れるな」
軽く肩を叩いて促す。
「堂上教官のバカっ!!!」
怒った表情とともに盛大な捨て台詞を残されて、堂上は苦笑した。


自分の部屋に帰ると、今まで保っていた平常心があっという間に崩れた。
「ったく、あんなこと真面目な顔して言いやがって・・・おまけに他に誰もいないってときに限って」
かわいすぎるんだよ、と堂上が一人悪態をついたことを、郁は知らない。


あとがき
初・図書館戦争シリーズ。郁がかわいいーんだーv上官以上恋人未満のころ。