5.ヒマワリのよう
「君に届け」風早×爽子

ここ一週間連続の雨で弟はすっかり退屈なのか、しょっちゅう遊び相手をせがまれる。
それに付き合うのが嫌なわけでもないから、適度に宿題消化を挟みつつ相手をしているのだけれど、ときどき頭の片隅に浮かぶ少女がいて、どうにも気が散ってしまう。
いつだって思い浮かぶのは笑顔だ。
明るくて、優しい。はにかんだような笑顔が忘れられなくて、高校入学から今に至る。
隣の席になっても、近いようで少し遠い距離。
クラスになじむことで精一杯の彼女を困らせたいわけではないのに、どうしても自分に振り向いてほしくて欲張りになる。
「・・・爽子」
誰にも聞こえぬよう、そっとつぶやく。
あのとき呼べなかった名前。大切で大事で、何より大好きな名前。
本当は誰よりも先に彼女の下の名前を、普通に呼べるようになりたいんだ。爽子、と呼ぶだけで彼女があの笑顔を浮かべて振り向いてくれればと願う。
「にーちゃん、携帯鳴ってる」
はっと我に返れば、机上の携帯電話がブルブルと震えていた。
マナーモードにしといたんだったと思いつつ、少し慌てて駆け寄って通話ボタンを押す。
「はい!もしもし・・・」
「ああっあの」
一瞬で頭が真っ白になった。この声はいつどこで聞いてもすぐに分かる。
「黒沼?!」
「・・・風早くんですか?」
「うん。どうかした?」
訊ねれば、少し迷っているような沈黙が訪れて、俺はドキドキと心臓を鳴らしながら返答を待った。
「あの、もし暇だったらの話なんですけど・・・ホントに何もなかったら、一緒にラーメン食べないかなって思って。あ、あの、ちづちゃんとあやねちゃんと真田君も一緒だから」
あせったように言葉を紡ぐ黒沼におかしくなりながら、俺は即答した。
「絶対行く!龍んちの店の前でいいんでしょ?」
「うっ、うん!」
ああ、電話の向こうできっとあの笑顔を浮かべているんだろうなとすぐに分かるような、明るい声。
ごめん、自重できないかも。
「あ!あのさ、もう家出ちゃってる?」
「え?う、ううん。まだこれからだよ」
「じゃぁこれから家行くわ!待ってて!!」
え、いやあの・・・と動揺している声が聞こえるが、俺はそれを耳から追い出し電話を切った。
「あーあ、突然切ったからびっくりしてるよなー」
悪かったかなと思いつつも、あまり反省していない自分に気づいて軽く苦笑する。
「ごめん!ちょっと出かけてくる。昼飯はいらないから」
「えー兄ちゃん遊ぶ約束じゃん」
「わりぃ、ちゃんと帰ってきたら遊ぶからさ」
飛び出すように自転車に乗り、精一杯の力でこぐ。
早く早く、もっと早く。君のもとへ。


全力で駆け抜けると、あっという間に彼女の家にたどり着いた。まだ準備できてないかもしれないなと思いつつ、そっと玄関の様子を伺おうと自転車を目の前で止める。
「風早くん!」
「黒沼」
驚いたように顔を上げれば、そこにはあの大好きな笑顔を浮かべた君がいて、俺は顔を赤くさせて硬直した。
「ごめんね、急がせちゃった?」
顔が赤いのは、急いでここまで来たからだと思い込んでいる黒沼にほっとしつつ、俺は首を横に振って笑った。
「ぜーんぜん平気!黒沼は準備できた?」
「うん」
「じゃぁ行こう!」
自転車を転がしながら、黒沼とできるだけゆっくり歩きながら龍の家へと向かう。
こんなにも心臓が高鳴っているのに、黒沼は平気な顔をして笑っている。
緊張するのは俺だけかぁなんて思いつつも、本当は今のようにずっと笑っていてほしいんだ。
そんなことを思いながら、笑顔で黒沼と話し続けた小道はあっという間に終わってしまった。
「爽子ーーー」
「ちづちゃん!」
パッと顔を輝かせる爽子に、思わず独り占めできないことが悔しくなる。
「おっ風早も一緒か」
「うっ、うん」
ちょっとだけ俺の顔を伺うような様子を見せた黒沼のために、俺は笑顔で答えた。
「どうせだからと思って、黒沼の家に寄ったんだ」
「おっ、さすがジェントル・メン」
語尾にハートマークが付きそうな矢野の言葉に、俺は赤くなった。
幸いなことに、黒沼は吉田と話すのに忙しかったようで聞いていなかったが。
楽しそうに笑うその表情に、思わず惹きつけられる。
君の笑顔はひまわりみたいに、まぶしくて綺麗すぎるから。
太陽よりもずっと強く、月よりも優しく俺を照らしていてほしい。
いつかその笑顔も、優しさも全て俺だけのものになればいいなんて、かすかには思っても許されるだろうか。
「さっ、早くラーメン食べようぜー」
がやがやと響く音の中で、俺は一人そんなことを考えていた。
君に、いつかこの大きな想いが届きますように・・・。


6.夜更けに溶けてください
「時をかける少女」真琴+千昭+功介

かすかに海の匂いがする浜道を歩くと、夜風がひんやりと頬をなでた。
「もう夜は結構涼しいねー。昼間はあんなに暑かったのに」
「あぁ、太陽が沈むと結構冷えるもんな」
ぶらぶらと歩く3人組は普段だったら珍しいが、今日は特別なことではない。海辺で花火大会があったから、終わる時刻に合わせて帰る人たちがちらほらと見られるのだ。
真琴と千昭と功介も、そのグループのうちの一つだった。
「それにしても、結構混んでたよねー」
「まぁ明日が休日だし。仕事帰りの人もいたんじゃねえの」
千昭の言葉に、功介も頷く。あたしはふーっと息をついて今は何もない夜空を見上げた。
「あたしたちも、いつかはそうなるのかな・・・」
意識しないうちに心の声は漏れ出ていた。
「あたしたちも、仕事ばっかりの人生で、疲れたなぁって思いながら花火を見るのかな」
「そうとも限らないだろう。家族で楽しく花火大会に来るかもしれない」
愚痴のようなつぶやきに、功介が律儀な答えを返す。
「そうかなぁ。あたし、そんな風になってるのかなぁ」
何かさ、今の歳で将来だの職業だのって言われても、ぜーんぜん想像できないんだよね。
小さな言葉を泡のように吐き出すと、急に現実が自分にのしかかってくるような気がして、真琴はうつむいた。功介は、自分の家を継ぐために医学部に入るという目標がある。千昭はよくわからないけれど、数学が得意だからきっとその道に進む可能性は大きい。じゃああたしは?そう考えると、あたしには何もない。得意なことも、目標も何もないことに気づいてしまう。
「何してんだろ・・・あたし」
受験勉強で疲れた頭だから、こんなネガティブ思考なのだろうか。いつになくブルーな気分でつぶやけば、隣の空気が戸惑ったような様子を見せて真琴はますます落ち込んだ。
「ごめん。あたし今、何か自分でもよく分からなくて」
ぐっちゃぐちゃでもやもやしてるんだよね、と少し茶化しつつ付け加えれば、かすかに笑う気配がした。
「まぁお前が落ち込むのも珍しいから、今のうちに落ち込んでおけよ」
ちょっとは静かになるしな、と続けられた千昭の言葉に、真琴は膨れた。
「そんな言い方することないじゃん!」
「まあまあ・・・」
そのままヒートアップする些細な口喧嘩。仲裁に入る功介。
何も変わらない。そう確信できたあの夏は、幻だったのかと思うくらい、日常はあっけなく壊れた。


千昭が、"向こうの世界"へ戻ってから、ちょうど一年がたった。
今年もまた地元の花火大会があって、あたしはバイト帰りにそれを見つめている。
医学部生として充実した毎日を送っている功介とも連絡を取って、今日の花火大会には功介とその彼女の果穂ちゃんも一緒だ。
「やっぱ夏の花火は綺麗だねー」
「夏の風物詩ですもんね〜。これを見ないと終われないって感じします」
あたしは果穂ちゃんの言葉に頷いて、パアーッと広がっては散る花火を見つめた。
千昭、覚えてる?あたしたち三人で花火を見たこと。
何から何まで驚きっぱなしのあんたも慣れた頃で、花火にもそこまで驚くことはなくなってたけど、でもやっぱりすげえーって叫んでたよね。
それがやたらとおかしかったけど、でも今ならあたしも千昭に共感できるかもしれないと思うんだ。
だって、あんなにまぶしい輝きを放つものが世界にあるなんて、素敵なことでしょ?
ちょうど一年前に悩んでたあたしも、今はちゃんと目標を見つけて頑張ってる。
あの絵を守るために自分ができることをしようって、思って大学にも入ったし。
今でもあのとき悩んで迷ってたことが間違いとか、無駄とは思ってない。ちゃんとあたしに必要なプロセスだったって、今でも思ってる。だからこうやって、あたしのやるべきことを見つけられたんだって。
そのとき、いっそう力強い音が響きフィナーレを飾る巨大な花火が舞い上がって、真琴は千昭への思いを遮られた。
「うわぁ・・・」
あちこちで囁かれる感嘆の言葉に、真琴は微笑んだ。
こんな風に、優しい気持ちで見られる自分がいること。それは今日の自分だけじゃなく、昨日や一昨日、一年前から生まれたときまで、自分のそばで支えてくれた人のおかげだと分かっているから。
どうか来年もここに来られますように。
そして、願わくばあの口だけは達者で、気づいたら誰かを救うために突っ走っているバカな友人もいつか共にいられる日が来ますように。
そっと胸にしまった願いは、駄菓子屋の甘い残り香が漂う夜道に溶けていった。


7.夕日を見たく、なりました
「伯爵と妖精」(パロ/幼馴染み)エドガー×リディア

肩に落ちる鉄錆色の髪をするりと指先に絡ませるエドガーを、リディアは不思議そうに見つめた。
こんな風に、自分を避けないでいてくれる子は彼だけだ。
緑色の瞳、どこか空を見つめ話す姿、パッとしない容姿。
どれを取っても魅力的ではないことくらい、自分でもよくわかっているつもりだ。
皆が避けるのも仕方ないと思ってはいる。
「エドガー」
「ん?」
どこかうわの空のエドガーに軽くため息をついて、リディアはちょこんと腰を下ろした。
エドガーと共にいるこの場所は、街の中で一番高い丘だ。
何もないところだから、ほとんどの住民は暗くなるほど気味悪がって近づかない。
人と話すのが苦手なリディアには、格好の場所だった。
風がそよそよと吹いて、リディアは目を閉じて微笑んだ。
ここなら、誰にも笑われることなく自由になれる。たとえ妖精を見つけても、気兼ねなく話すことができる。思いのほか、周囲の冷たい目は怖くて苦しいものだった。
こんな風に安らげる場所は、もう父とエドガーのそばにしかない。
妖精のことを知り理解する時代は終わったのだ。フェアリードクターとなる道は、もう数えるほど少ない。
けれど、リディアの夢は母さまのようになることだから。
こんなことでくじけているわけにはいかないのだ、と心に言い聞かせる。
と、そのとき突然髪にあった指先がするりと落ちてリディアの手をぎゅっと握った。
驚いて横を向くと、まるで引っ張られるようにエドガーに抱きしめられる。
「エドガー?!」
びっくりしてもがこうとしたのに、エドガーは一向に離してくれずリディアは困り果てた。
今日はいつもより無口だったけれど、何かあったのだろうか。
一日学校に行っている間は、バラバラに過ごしたからリディアには何かあったのだとしても、さっぱりだった。第一、エドガーに何かあっても彼自身でどうにかしてしまうだろうし、自分が何をするべきなのかもわからない。
「あの、何かあったの?」
それから、遠慮がちにちょっと苦しい、とつぶやけば、エドガーはすまなそうに急いでリディアを離した。
「ごめん。自重しなくちゃいけないとは分かってるんだけど」
どうにもできないなとつぶやきながら、エドガーが浮かべた笑顔はいつも通りで、リディアはこっそりほっとして、気づかれないように安堵のため息をついた。
と、次の瞬間に身体が強張る。
「リディア、上級生の奴が君にちょっかい出してきたんだって?」
「・・・どうして」
息を呑んでから、慌てて弁解するように言葉を紡いだ。
「べっ、別に大したことじゃないわ。いつものことだし、エドガーが気にするようなことじゃないの」
そんなことまで知られているなんて。バレないようにしていたつもりだったけれど、どうしてだろう、エドガーに隠しきれたことは今までほとんどない。
うつむいて黙っていると、頬にあたたかい指先がふれた。
はっとして見れば、綺麗な人差し指にうすく水滴がついていることに気づいて、リディアは落ち込んだ。
またもやエドガーの前で泣いてしまった。
「やっぱり・・・リディア、大丈夫だから泣かないで。ちゃんと僕が話をつける」
「ホントに気にしないで。言ってもますますバカにされるだけだわ」
「リディア・・・でも」
「いいの。エドガーは何もしなくていいから」
幼なじみで、ずっとそばにいてくれるエドガーだけれど、他の子たちのように妖精が見えることを話してもバカにしたりは絶対にしない。羨ましいよ、とまで言ってくれるエドガーの言葉はときどき信用ならなくて、やけに大人びたところがあって怒ると怖いときもたまにあるけれど、その怖さがリディアに向けられたことはいまだかつて一度もない。
だから、ときどき思ってしまう。
本当にエドガーは自分のことを大切に想ってくれるのではないかと。
「・・・そんなわけないのに」
「えっ?」
「ううん、何でもない」
エドガーの優しさは、きっと自分のことを妹分のように考えてくれているからだ。ずっと小さい頃から遊んでいたから、いまさら見捨てることもできないのだ。そうよ、それだけで十分じゃない。
誰かがそばにいてくれるだけでも、心はなぜかずいぶんとあたたかくなる。
笑顔を無理につくって浮かべると、エドガーは心配そうな表情をしたけれど、黙って目をそらした。
「今日は日が暮れるのが早いね」
確かに、この時間ならまだ日が沈む前の夕焼けが鮮やかに見える。
だいぶ暗くなった丘の上で、地平線のかなたに沈もうとしている太陽がまぶしくて、リディアはぱちぱちと瞬きを繰り返して、かすかに残った水滴をはらった。
「リディア」
「何?」
彼が突然切羽詰った声を出すものだから、リディアは不安になった。
「たとえ世界を敵に回したとしても、ぼくは君の味方であり続けるよ」
誰かが聞いていたなら、きっと笑い飛ばしただろう。何を大袈裟なことを言っているのだ、と。
けれどリディアは笑えなかった。
たとえ大袈裟でも、本気で言ってくれているのは痛いほど分かったから。
どうしたって、エドガーに頼ってしまう。自分のことなんて自分でどうにかしなくちゃいけないのに。いつまでたっても、エドガーだけは自分を信じてくれると思えるから彼がそばにいてくれることで救われる。
ねえエドガー。"幼なじみだから"っていうくだらない理由でも、あなたにそばにいて欲しいと願うあたしはおかしいのだろうか。
「明日は、夕日を見に来ようか」
その儚い約束だけが、あたしの生きる希望。


あとがき
お題は全て、ラルゴポットさんから「クレパスに絡む七題」からお借りしました。