文学の正しい教え方、教えます
2002年12月7日号




 ちょっと前に文学の先生のことを「シンコ・オラズ・コンマリオ」を使って愚痴ったが、もう少し文学にお付き合い願おう。
 つい先日文学でプレセンテーションを行わなくてはならなかった。扱ったのはブラス・デ・オテロ。20世紀のスペイン文学を扱う上で書くことのできない詩人である。

私はかなり力を入れた。塾で、とはいえ国語の教師をしていた私は教え方のイロハを知っていたし、以前紹介したように、ただ読ませ、ただ解釈を言わせることを授業の基本にしている私たちの先生が我慢にならず、どう授業をするべきか、お手本を示してやろう、と意気込んだのだ。

結果は上出来。プレセンの途中で生徒が「アー、なるほど。」などと声をあげていた。

では私はどのように授業をしたか。作家を時系列に追う、これである。

 ブラス・デ・オテロはイエズス会士であった。代一期の作品には明らかに宗教の色が見え隠れしている。だが1936年に起こったフランコのクーデター、それから吹き荒れたファシズムの嵐。彼は市民の苦しみを前にし作風を帰る必要に迫られる。
 ここに詩を使ってダイレクトに社会問題を扱う「ポエシア・ソシアル(社会的詩)」という個性的な彼の世界が誕生する(代二期)。
 が、70年代に入ると、市民は飢え、文盲の数が爆発的に増えたために彼の本は売れなくなる。彼は作風を帰る必要に迫られ、シュールレアリズムに入り込んでいく。この最後の時期、新しい作風への挑戦は結局未完に終わり彼は生涯を閉じる。

 この基本の三つのバックグラウンドがないと、各時期の代表作を見比べたら彼は完全に狂気の人である。なにせ各時期の作風はかけ離れている。

 バックグラウンド、影響を及ばした事実、そして彼の作品、自分の解釈、私がしたことは実は教えるための基本にすぎない。なにせ私は原稿を書くにあたってバチジェラート(中学高校)の教科書を参考にした。もちろん若い子達はみな大学に入り立て、塾の講師などしたこともない、彼女たちは私があまりにすばらしい授業を展開したので驚いていた。
 一度も挨拶すらしたこともないような子まで、帰り際、私の背中をさすりながら、
 「すごくよかった!」
 と声を掛けてくれた。次の授業から明らかに授業中何もしない(この授業、私は何もしたくないのだ!)座っているだけの日本人に対する目が変わってしまった。
 「こいつ、馬鹿じゃなかったんだ・・・。」

 彼女たちは私がすばらしいのではなく、私たちの先生がひどいということに気づいていない。だから私も黙っていることにする。

 だが私に一番印象的だったのは・・・、
 プレセン中、先生までもが「アー、なるほど」などと感嘆の声を上げている。彼女、本当にブラス・デ・オテロをよく知らなかったらしい。そういえば彼女の作ったオテロの資料は、作品は期間に関係なくごっちゃになっていたっけ。ご想像あれ。説明のないままいきなりシュールレアリズムを読まされ、その後で宗教色の詩を読まされたら。
 授業のための予習すらしない先生なんて。教師としてあるま
じきことだと思うのだが・・・。

 こうして意味のない文学の授業はもうすぐ終わろうとしている。


 ※編集後記
 このように書くとブラス・デ・オテロだけがポエシア・ソシアルを扱っていたかのように見えるかもしれません。 
 ですが程度の差こそあれ20世紀のスペインの詩人は皆、ポエシア・ソシアルの特徴を持っています。想像してください。目の前でファシズムが吹き荒れ、人は飢えていた、そのような中での知識人と呼ばれる人達の役割とは何か。
 この点、日本でも公開された、スペイン内戦勃発前後を描いた「蝶の舌」で、主人公の恩師となる老教師が授業の中で生徒にアントニオ・マチャードの詩を読ませるシーンが出てきます。
 私たちにこの老教師の性格を暗示する、大変上手な伏線の張り方でした。機会があったら皆さんもこの映画を見て、このシーンを考えてみてください。

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