
エズラ・パウンド Ezra Pound (1885-1972) 詩人
アイダホ州に生まれ、ペンシルバニア大学でロマンス語を専攻、比較文学や中世文学に興味を持つ。
イタリアを放浪し、ベニスに渡って処女詩集[A Lume Spento](消えた光)を発表後、ロンドンに移って[Persone](仮面)、[Exulation](歓喜)を発表する。
そこで東洋美術研究家フェノロサと出会い、彼の死後遺著管理者となり中国や日本の詩および劇に関する貴重な研究資料にふれて、自ら翻訳[Cathay](中国)や[Certain Noble plays of Japan](謡曲集)などを出版する。また、古代エジプトの詩句断片や中世プロヴァンスのトルバドールといった時空を超えていく翻訳詩の活動を続ける。
さらに当時のヨーロッパ文学を吸収し、フランス象徴詩に触発され、イマジズム運動を推進する過程でエリオットやジョイスなどと交遊し、多くの影響を与えあう。
この頃の作品には自伝的要素の強い[Hugh Selwyn Mauberley]がある。
その後パリに移り「失われた世代」の中心となり、ヘミングウェイらに与えた影響も大きい。
最後の大作[The Cantos](カントゥズ)はダンテの「新曲」に想を得た壮大な詩群であり、マルチリンガルな書法と博学多識な引用によって、移りゆく人類の姿を描き出そうとした。
第2次世界大戦では、イタリアのムッソリーニを支持してラジオで宣伝放送を行ったことにより、戦後戦犯に問われピサに幽閉された。電気椅子からパウンドを救い出したいと願う人々によって気狂いと証言され、精神病院に収容されたままパウンドはそこで「ピサのカントゥズ」を書き、ボリゲン賞を受ける。
1972年ヴェネチアの病院で死去。