イギリスの国勢調査・1901年

2002年10月1日付けの雑記で、2001年のイギリスの国勢調査のことについて触れました。

その中で、「個人のプライベートに関わる情報は100年経たないと公開されません」と書きましたが、と言うことは、逆に言えば100年経ったら公開されるということです。そう、1901年のイングランドとウェールズの国勢調査の結果が、2002年に入ってから国内の所定の事務所やインターネットで公開されるようになったのです。

そのサイトは2002年初めに公開されたものの、アクセスが集中したか何かの理由でダウンし、その後復旧に半年以上も費やし(なんでそんなに時間がかかるのでしょうねえ)、同年9月18日からようやく試験的に再開しました。そのサイトは「1901 Census of England and Wales Online」です。

1901年と言えば、トールキン教授ことジョン・ロナルド・ロウエル少年が9歳の年です。もしかしたら何か楽しい情報(どんなだ)が見られるのかもしれない♪と思い、さっそく「Tolkien」で検索してみました。

上記リンク先の左にあるメニューの「Person Search」から、「Last Name」欄に「Tolkien」と入力して(あとは空欄でオッケー)、下の「Search」をクリックします。すると、19人の「トールキン」さんが出てきました。

しかし、ロナルド少年らしき「トールキン」さんは一人もおりません。弟のヒラリー (Hilary) らしき名前も、お母さんのメーベル (Mabel) らしき名前もありません。ちょっと残念。お父さんのアーサー・トールキンと、お爺さんのジョン・ベンジャミン・トールキンは共に1896年に他界しているので、この調査に含まれていないのはわかりますが・・・。

しかし、気になることも書いてありました(^^)。

この19人のトールキンさんのうち、ほとんどの人がロンドンに住んでいたそうなのですが、「J.R.R.トールキン-或る伝記」(ハンフリー・カーペンター著、菅原啓州訳、評論社刊)の原書「JRR Tolkien A Biography」 (Harper Collins Publishers刊)の巻末の家系図によると、トールキン教授の先祖は「Tolkiehn」というスペルで、ロンドンに住んでいたそうです。

さらに、検索結果によると、ロンドンに住んでいたというトールキンさんの何人かが、ピアノ製造業や音楽関係の仕事に携わっていたというのです。例えば、

アルフレッド・トールキンさんは、音楽の教授。
エドワード・トールキンさんは、ピアノ関係の職業。
ヘンリー・トールキンさんは、ピアノと音楽に関する職業。
Septimus(ラテン語で『第7の』の意味)・トールキンさんは、ピアノの調律師。

上述の「J.R.R.トールキン 或る伝記」などでもわかるように、トールキン教授のお爺さんは、ピアノ製造業や楽譜の販売に従事していました。彼自身は破産して、ピアノ工場は他人の手に渡ってしまったそうなのですが、これらのトールキンさんは、教授のお父さんやおじいさんの親類である可能性が非常に高いのです。「トールキン」という苗字はドイツ系で、イギリスでは珍しいと思うので、この19人のご先祖様はみな同じなのだと思います。

ご注意!上記リンク先のサイトで検索をかけるのは無料なのですが、個人の細かい情報や抄本の画像を見るのは有料です。

この「1901Census」サイトがなぜイギリスで人気があるのかというと、自分のご先祖様について調べたり、実際に家系図を作って楽しむ人がいるのです。そういう人のために、家系図作成ソフトも売ってるほどです。1841年と1891年の国勢調査の結果も保管されていて、特定の役所でマイクロフィルムによる閲覧が可能だそうです。それにしても家系図が好きなんて、イギリス人って何だかホビットみたいですね!(^^)。

トールキン教授は、たくさんの歌や詩を「指輪物語」などの作品中に織り込んだり、「シルマリルの物語」では、世界はアイヌアによる音楽の中で創造されたと述べています。きっと彼は語学だけでなく、音楽も好きだったのでしょう。音楽好きはトールキン家の血筋なのかもしれませんね(^^)。


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