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◇◇◇◇◇新訳について◇◇◇◇◇ 2004年は、イギリスで「指輪物語」の「旅の仲間」と「二つの塔」が刊行されてからちょうど50年にあたります。それに併せて、スウェーデンでも活発な動きが見られるようになりました。「指輪物語」の50周年を機に、新訳が刊行されることになったのです。これに関しては2004年7月27日の英国指輪雑記でも若干触れていますので、宜しかったら併せてお読み下さい。 2004年秋に発売予定の新訳版の翻訳を手掛けるのは、エリク・アンデション (Erik Andersson) 氏とロッタ・オルソン (Lotta Olsson) 氏の二人です。後者の方はロッタ・オルソン・アンデルベリ (Lotta Olsson Anderberg) とも呼ばれますが、以下オルソン氏で統一します。 なぜ二人による共訳かというと、オルソン氏が詩歌の翻訳を担当し、その他(散文)の翻訳はアンデション氏が担当、という体制を取っているからです。新聞編集の経験もあるアンデション氏は、ニック・ホーンビーやパトリシア・コーンウェルなどの著作の翻訳でも有名で、これまで35冊もの英文学の翻訳を手掛けたそうです。オルソン氏は韻文の才があり、スウェーデンのタブロイド紙「Expressen」のカルチャー欄に詩を寄稿したり、さらに子供向けの本の執筆および翻訳も手掛けるなど、幅広く活躍している女性です。 新訳では、固有名詞の訳語の多くが見直されることが早くから話題になっています。本のタイトルも、「Sagan om Ringen(指輪に関する物語)」から「Ringarnas herre(指輪の王)」と、原文の意味に沿うように改変されます。サブタイトルも、「旅の仲間」は、今まで「Sagan om Ringen」だったのが「Ringens brödraskap(指輪の仲間)」と、原文に忠実に訳されます。「二つの塔」と「王の帰還」はオールマルクス氏の訳とほぼ同様ですが、「Sagan om.....」が取り除かれ、それぞれ「De två tornen」と「Konungens återkomst」となるようです。英語の原題の直訳で分かりやすいと思います。 メディアの注目度も高く、スウェーデンの新聞もこの新訳について度々取り上げています。Dagens Nyheter紙はアンデション氏の翻訳手記を掲載したり、Svenska Dagbladet紙は出版前にも関わらず、アンデション氏による本文の一部訳をオールマルクス氏の訳と英語の原文と並べて紹介するなど、掘り下げて取り上げてくれています。 指輪物語のスウェーデン語訳に関する情報をネットで調べていて、特に印象的なのは、翻訳者とファンの距離の近さです。メディアなど企業の協力のお陰で、非常にオープンに情報提供がなされ、交流も盛んです。以下、その点にも焦点をあてつつ、アンデション氏の翻訳に対する考え方などついて見ていきたいと思います。全てについてカバーできているとは到底思えませんが、私のへぼへぼなスウェーデン語力に免じてどうかご了承下さい(汗)。 2003年4月9日、首都ストックホルムのガムラ・スタン(旧市街地)にあるSF&ファンタジー書籍やグッズ等の専門店「SF-Bokhandeln」で、アンデション氏をゲストに迎えてのファン・ミーティングが開かれました。この店舗のスタッフの一人が中心となって管理・運営しているトールキン関連サイトTolkiens Arda のニュースでも、頻繁にアンデション氏や新訳の話題が取り上げられています。このお店は私も行ったことがありますが、観光客も多いこの地区で、いかにもSF専門店というたたずまいで一際異彩を放っていました。この時点ですでに、アンデション氏は「hobbit」は旧訳の「hob」ではなく、「hobbit」をそのまま採用することが発表されています。 また同年末には、スウェーデン第2の都市イエテボリ(ヨテボリ)の地方紙Göteborgs-Postenのサイトがアンデション氏をゲストに迎えるチャット「Chatten med Erik Andersson」を開催し、ファンが直接アンデション氏に新訳について質問する機会が設けらました。上記リンク先にログが公開されています。 このチャット(2003年12月中旬実施)の内容を、解読できた範囲で簡単に要約しますと、
といったところでしょうか。上記以外の興味深いコメント等に関しては、追って言及していきます。 2.に関しては、例えば前述のように、「ホビット」は「hob」ではなく「hobbit」とそのままの形を採用する(『hobbit』は英語ではないので訳さない)一方、「The Shire(ホビット庄)」はオールマルクス氏の訳語「Fylke」を引き続き採用するなど、変更を加えないケースもあるとのこと。むやみやたらに全てを改訳するのではなく、既に正確に訳されている語には手をつけないというのは、非常に合理的と言えるでしょう。アンデション氏も、「既にトールキンの意向に添っている訳語を変更する意味はないと思います。」と語っています。 一方で、不適切とされる訳語には思い切った変更が加えられるようです。アンデション氏も、新訳が様々な議論を醸し出すであろうことは承知の上で、例えば「『Baggins (バギンズ)』の新しい訳語『Secker』は馴染むのが大変だろうなあ。」とコメントしています。 その他、既に公表されている訳語の一部は以下の通りです。
3.に関しては、チャットで度々出てきた「オールマルクス氏の訳についてどう思いますか?」という問いに対し、アンデション氏は個人的見解を述べるのを極力避けている印象を受けました。オールマルクス氏の訳が一般的に評判が悪いことは、アンデション氏も十分承知のはずです。しかし、同じように翻訳業に携わり、同じ作品を訳す者の立場として、オールマルクス氏の苦労も理解できるのでしょう。実際アンデション氏は、「1950年代に『指輪物語』を訳すのは、(『Guide to the Names in LOTR』を参照でき、トールキンに関する研究が進んでいる現在に比べたら)大変だっただろう。」と、オールマルクス氏に対する気遣いが感じられるコメントをしています。 8.に関してなのですが、私の持っているハードカバーの旧訳でも「追補編」は「王の帰還」の後には収録されておらず、その代わり「Ringens Värld (指輪の世界)」という全く別の本に「トム・ボンバディルの冒険」「ニグルの木の葉」「ビュルフトエルムの息子ビュルフトノスの帰還」と共に収録されています(すべてオールマルクス氏による訳)。 9.の「ホビットの冒険」に関しては、まとめて別のページで取り上げたいと思っています。スウェーデン語版の「ホビットの冒険」の訳の変遷(既に2種類の訳がある)などについて面白い話題が取り上げられていたので・・・。 このチャットでアンデション氏が語っていたのですが、氏はスウェーデン国内で行われるブックフェアにも度々出席しているそうで、翻訳における問題点についてトークを行ったり、聴衆の前で「ライヴ翻訳」を行ったこともあるそうです。これが「指輪物語」の翻訳だったかどうかは触れていませんが、「非常に楽しかったですよ。ライヴ翻訳のあいだ、しょっちゅう中断させられました。」とコメントしています(恐らく聴衆から質問やコメントが飛び交い、その都度翻訳を一時中断しなければならなかった、ということだと思います)。実に面白そうな企画ですし、一般の読者にとってみたら、訳者との意識的距離が近いというのは何とも羨ましいものがあります。 このように、翻訳者がファンと積極的に交流し、ファンの声を聞き入れようという姿勢も素晴らしいことですが、SF専門店でのミーティング、新聞社のサイト主催のチャット、ブックフェアなど、交流の場や機会を提供してくれる企業が多々あるというのも注目に値すると思います。 新訳が発行されるというニュースが流れてからというもの、スウェーデンの指輪ファンの集うウェブフォーラムは、新訳に関する話題でにぎわっています。出版前にも関わらず、オールマルクス氏の訳語とアンデション氏の訳語の対応一覧の作成や考察に取りかかっているサイトもあるほどで、ファンの間での注目度の高さが分かります。上記のチャットでも触れられていたのですが、アンデション氏は何人ものトールキン研究家たちとコンタクトを取り、固有名詞の訳し方などについて話し合ったり、「Guide to the Names in the Lord of the Rings」を参考にしているそうです。 そして2004年5月、画期的なことが起こりました。アンデション氏の仕事場に取材が入り、新訳に関する氏のインタビューがスウェーデンの国営テレビで放映されたのです。 それと同じものと思われるビデオクリップが同局のサイト svt.se にアップされています(『Se inslaget här!』をクリック)。ビデオクリップの冒頭に流れる朗読は、オールマルクス氏の訳による「旅の仲間」第一章の最初の部分です。アンデション氏のインタビューをはさみ(何を言っているのか殆ど聞き取れず〔汗〕)、最後は本人の朗読(アンデション氏自身の訳による「旅の仲間」第一章の最初の文章のようです)で終わります。 また、同年9月9日にも同局で、発売目前の新訳に関する特集が組まれました。詳しくは2004年9月12日の英国指輪雑記をご覧下さい。 テレビという、恐らく一番影響力のあるメディアで取り上げられたという事実は特筆に値すると思います。特に9月9日の番組は夜9時スタートでしたから、恐らく大勢の人の目に触れたことでしょう。いずれにしても、こうした特集がテレビで組まれるというのは、スウェーデンでの根強い(原作の)指輪人気の表れと言えると思います。 スウェーデンでは、ピーター・ジャクソン監督の映画版LOTR 「Sagan om Ringen」の公開の際、オールマルクス氏の訳語がベースとなりました。映画を観て「指輪物語」のファンになったという人も大勢いると思います。一般的には、このいわば「旧訳」が浸透していると言えるでしょう。そんな中、この「新訳」がどれほどファンに受け入れられるでしょうか。 TheOneRing.netに掲載されていたSvenska Dagbladet紙の記事のほぼ全文訳によると、アンデション氏は「(旧訳は)トールキンの意図に添っていない部分もありますが、それ自体の正義における作品として、素晴らしいものです。不注意なミスを非難する際は、謙虚な姿勢でなければということです。私の訳に失望する人も多いでしょう。聖書のようなものです。旧訳に慣れていると、例え誤訳があっても気になりません。」と語っています。(注:スウェーデンでは2000年に聖書の新訳が刊行されました) この点について、アンデション氏は上述のチャットでも次のように語っていました。「旧訳が存在する作品は全て新訳に取って替えられ、旧訳は焼却処分されなければならない、ということではありません。旧訳は、それ自身の正義がある作品なのです。聖書の諸翻訳 (管理人注:スウェーデンにおける聖書の旧訳・新訳に関する諸事情のことだと思います)と比較してみるといいですよ。」 旧訳と新訳が上手に共存できたら、これほど理想的な状態はないと思います。旧訳と新訳のどちらが「正しい」とか「優れている」というのではなく、読者がそれぞれの好みに応じて読み分ければいいだけのことですから・・・。 チャットの終盤に、印象的なQ&Aがありました。
「自分の訳に納得できない読者もいるだろう」と危惧を抱く一方で、やはり受け入れられたいという思いがあるのでしょう。誠心誠意を込めて打ち込んだ仕事なわけですから、当然の願望だと思います。アンデション氏の新訳が、少しでも多くの読者に受け入れられ、末永く読み継がれていくことを願っています。 〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜 おまけ: 主にチャットの内容を元にまとめてみたのですが、やっぱり解読するのが大変ですね(汗)。単に私のスウェーデン語力が不十分なだけなのですが・・・。カジュアルな言い回しなどさっぱり分からないし、手元の辞書に載っていない語もあるので、理解できない部分もかなりありました。それでもスウェーデン語の辞書と文法書に首っ引きになりながら、ある程度なんとか読解できたことは自分なりに嬉しく思います。勘違いもあるかもしれませんが・・・(汗)。 途中、「alviskan」という単語が出てきました。見覚えのない単語です。辞書にも載っていません。「何だ、この『alviskan』って?」としばらく考え込んでしまいました。しかし、その少し前に「sindariskan」という語が出てきており、話の流れからそれが「シンダール語」であることが推測できました(クウェンヤ語はそのまま『quenya』なのですが・・・)。 そしてふと、スウェーデン語版で「エルフ」が「alv」と訳されていることを思い出しました。つまり「alviskan」は「エルフ語」のことなのです。 これに気づいた時、目の前から霧が晴れたような感覚でした。「スウェーデン語」「日本語」はそれぞれ「svenska」「japanska」と語尾が-skaとなるし、最後の「-n」は英語の定冠詞に相当するわけです。辞書に頼るだけでは外国語は理解できないなあ・・・と痛感した一瞬でした。 しかし、その後スウェーデン語版の「追補編」を開いてみると、確かに「alviskan」や「eldariska(エルダール語)」などの単語がありました。「指輪物語」の本文中にも出てくるかもしれません。いずれにしても、本にじーっくり目を通していれば、上記チャットのログで「alviskan」に遭遇しても「何だこりゃ?」とならなかったわけですね(汗)。スウェーデン語で「指輪物語」を読めるレベルにはまだまだ達していませんが、いつか頑張って通読してみたいです。目標は高く・・・(高すぎ?)。 |
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