がんばれ!スランドゥイル!(その2)

このエッセイ、妙に長くなってきてしまいました。引用部分をなるべく減らすなど気を遣っているのですが・・・。それだけスランドゥイルはツッコミどころの多い登場人物だと言えるでしょう。

ところで、前頁の「シンダールの言葉が彼(スランドゥイル)の王家で用いられたが、すべての民には用いられなかった」という点と、「オロフェアはほんの少数のシンダール族を率いて彼ら(シルヴァン・エルフ)の間にやって来た」という点は、「指輪物語・追補編」の記述と少々異なります。

前者については、「指輪物語」の「追補編F・エルフのことば」に、「中つ国の全てのエルフがシンダール語を話していた」と書かれている点です。「指輪物語」本編にも、一部の固有名詞を除いてシルヴァン・エルフの言葉(以下、『シルヴァン語』と書きます)は出てきません。

UTの「History of Galadriel and Celeborn」の補足によると、シルヴァン・エルフ達は彼ら独自の書記法を発明しなかったそうです。文字がなければ、どうしても言葉は衰退していってしまうものなのでしょう。さらに、第三紀の終わりまでに、スランドゥイルの王国でもロリエンでも、シルヴァン語は恐らくほとんど話されなくなっただろう、とも書かれています。時間が経つにつれ、シンダール語が優勢になっていったのでしょう。いずれにしても、シルヴァン語の影響で、独自の発音やイントネーションが出来上がっていったようです。

「指輪物語」で、フロドがロスロリエンのエルフの言葉(ロリエン訛りのシンダール語)をあまり理解できなかったのも、このためなのでしょう。シンダール語のネイティヴ・スピーカーのレゴラスも、ロリエンのエルフの発音などに何となく違和感を覚えたかもしれません。UTの同章の補足には、「ロリエン独自の語彙も生じただろう」とも書かれています。「タラン」などはロリエン独特の文化ですから、この地で生まれた単語かもしれません。

なので、スランドゥイルの王国では、他所では通じない「宴会」を意味するスラングなんかも絶対あったと思います(力説)。王国の面積などを考えると、スランドゥイルの王国では、ロリエンよりも「シルヴァン語のシンダール語への吸収」に時間がかかったのではないでしょうか。シルヴァン様式をなるべく取り入れようと意識していた彼らのことですから、できる限りシルヴァン語を大切にし、保持しようと努力していたとも十分考えられると思います。

後者は、すでにお気づきの方もたくさんいると思いますが、念のため書いておきます。

バラド=ドゥアの築城前に、シンダールの多くは東の方に移り、中には遠く離れた森林に王国を築く者もいた。森に住んだのは主にシルヴァン・エルフである。緑森大森林の北に君臨する王、スランドゥイルもこの一人である。

(評論社「新版・指輪物語・追補編B『代々の物語』」より)

オロフェアではなく、スランドゥイルが少数のシンダール・エルフを率いて緑森大森林にたどり着き、先住民のシルヴァン・エルフを統率し王国を形成した、となっています。オロフェアの名前は全く出てきません。

「追補編」には、彼の王国がいつ頃築かれたのかは書かれていませんが、「History of Middle-earth」の第12巻「The Peoples of Middle-earth」の「The Tale of Years of The Second Age(第二紀の年代記)」によれば、第二紀750年頃にエレギオンが設立されたのと同時期だそうです。これにもオロフェアの名前はなく、スランドゥイルが森の民を率いていた、と書かれています。

ちなみに、UTの「Disaster of Gladden Fields (あやめ野の災い)」の注には、オロフェア達は最後の同盟の戦いのずっと前は、アモン・ランク(Amon Lanc:第三紀1050年頃にドル・グルドゥアが築城された丘)周辺に住んでいたが、サウロンの勢力が強大になりつつあるという噂に悩まされ、そこを放棄して森を三度北上し、第二紀の終わりにエミン・ドゥイア(Emyn Duir:大森林の北東にある丘)の西の谷に住むようになったと書かれています。最初はずいぶん南に住んでいたという設定もあったんですね。

トールキン教授は、「指輪物語」出版以降も「シルマリルの物語」にたくさん手を加えていたので、様々な矛盾が生じてしまったのでしょう。UTに書かれているオロフェアと彼に関する歴史などは、晩年に考え出された設定のようです。

以下は、UTに収められている、第二紀末の最後の同盟の戦いの描写の一部です。この辺りには、ガラドリエルとケレボルンのロリエンへの「侵入」に対して、オロフェアが怒りを覚えたという記述があったり(注1:参照)、ロリエンのマルガラド (Malgalad) という謎のエルフが出てきたりします。また、強まりつつあるモリアのドワーフの勢力からなるべく遠ざかるべく、オロフェアが意図的に緑森大森林の北部に引きこもった、という記述もあります。そのため「オロフェア引き篭り王」という異名を取った、という記述はさすがにありませんが(あったらすごいなあ・・・(^^;)。

シルヴァン・エルフ達は、ノルドール族とシンダール族の事情や、人間、ドワーフ、オークなど他の種族の事にはなるべく干渉したくないと思っていたそうなのですが、オロフェアはサウロンを滅ぼさない限り平和は訪れないという先見の明を持っており、自国の民による大軍を組み、マルガラド率いるロリエン軍に加担し、最後の同盟の戦いに赴くことになります(注2:参照)。

シルヴァン・エルフは屈強で勇敢だったが、西方のエルダールと比較すると鎧や武器の装備が整っていなかった。また彼らは独立心が強く、ギル・ガラドの最高指令の指揮下に入らなかった。従って彼らのこうむった犠牲は、それほど酷い戦争においてとは言え、必要以上に悲痛なものであった。(中略)オロフェアはギル・ガラドの進軍合図がある前に、彼の最も勇敢な兵士達の先頭に立って急襲し、最初のモルドール襲撃で殺害された。彼の息子スランドゥイルは生き残ったが、戦争が終わりサウロンが滅ぼされ(たかのように見え)た時、彼は戦いに赴いた時のたった3分の1の軍を率いて国へ戻った。

(Harper Collins Publishers 「Unfinished Tales 『History of Galadriel and Celeborn』」より)

シルヴァン・エルフ達は相当独立心が強かったのでしょう。彼らの上に立つオロフェアも頑固と言えば頑固です。もし彼らが一肌脱いでノルドールのギル=ガラド軍に協力していれば、オロフェア軍はここまでひどい損失をこうむらずにすんだかもしれません。シンゴルを初め、ドリアスのシンダール族はフィナルフィン王家以外のノルドール族を疎ましく思っていましたが、この期に及んでも彼の配下につくのが嫌だったのでしょうか・・・。軍の3分の2が犠牲になったとは、オロフェア(&スランドゥイル)の王国にとっては大打撃です。

しかし、UTの「Disaster of Gladden Fields」の注に、次のような記述もあります。

あやめ野でイシルドゥア達を襲撃したオーク達は、それより前に、スランドゥイル軍が国に戻る途中にそばを通りかかった時、襲撃せずにそのまま行かせたそうです。何故かというと、例え軍の規模が3分の1に減少したとはいえ、スランドゥイル軍の兵力はそのオーク達にとって遥かに強すぎたので、襲撃するのをためらったそうなのです。やるじゃないですか、スランドゥイル軍の皆さん!

でも、単に彼の軍の人数が(3分の1になっても)めちゃめちゃ多かっただけ、とか言わないですよね?(^^;)このオーク達は、自分達の方が人数で勝るなら、人間でもエルフでも誰でも襲撃すると決めていたそうですから・・・。

ちなみにUTの「History of Galadriel and Celeborn」の補足によると、一時期スランドゥイルの王国は、はなれ山(エレボール)周辺の森や、たての湖の西岸にまで領土を拡大していったそうです。しかしそれも、第三紀1981年にモリアからドワーフが逃亡し、スライン一世が1999年にエレボールに王国を形成する前(&竜が出現する前)のことだそうです。スランドゥイルは自国の領土のすぐそばにドワーフ達がなだれ込んできて、ゲゲッと思って闇の森に退散したのでしょうか・・・。彼らのドリアスでの経験のことを考えれば、ドワーフのことを忌み嫌うのも仕方ないかもしれませんが、父親が引きこもりなら、息子もそうですか?やっぱり親子、血は争えませんね。

ところで、最後の同盟の戦いでサウロンを(一時的に)滅ぼした後、国民の数も増えて長年の平和を享受できたスランドゥイルの民ですが、第三紀がもたらす世界の変化のために完全に心を休ませることができなかった、という記述がUTにあります。

しかしスランドゥイルの心にはいまだ一層深い影があった。彼はモルドールの恐怖を見、それを忘れることが出来なかった。彼が南を見ればその思い出は陽光を曇らせ、サウロンの恐怖はもはや廃れ去り、人間の王達の警戒の下にあるとわかっているものの、彼の心にはモルドールの恐怖は永遠に征服されはしない、再び甦るだろうという恐怖があった。

(Harper Collins Publishers 「Unfinished Tales 『History of Galadriel and Celeborn』」より)

最後の同盟の戦いは本当に壮絶な戦争だったのでしょう。きっとその後、父親を失ったスランドゥイルと彼の国民は、必死に国を建て直したのでしょう。第三紀の1050年頃に、緑森大森林に陰が降り、闇の森と呼ばれるようになる時までに、すでにスランドゥイルはサウロンの再来を予想していたようですね。彼は長い間ずっと胸騒ぎを覚えていたのでしょう。

こう見てみると、「ホビットの冒険」では宝石に目がなく宴会ばかりして、挙句の果てに捕まえたドワーフ達を全員逃がしてしまうという、「すごいんだか何だかよくわからない王」というイメージは全くありません。森の中の生活を楽しみつつも、モルドールの暗い思い出は彼の心を離れることがなく、時に彼を苦しませていたのでしょう。そう思うと、宝石にうつつを抜かしたりしているのも、何だか微笑ましく思えてきます。

・・・ハッ!もしかするとスランドゥイルは、最後の同盟の戦いの暗い思い出に悩まされる度に宴会を開いて、気を紛らわせようとしていたのでしょうか?それにしては頻繁すぎるような気もしますが・・・(^^;)。もしかしたら、ビルボが「ゆきてかえりし物語」を、わざと茶化すように誇張して面白おかしく書いたのかもしれません。

それでも「ホビットの冒険」の終盤には、王としての聡明さと威厳を感じさせる言動がいろいろ出てきますし、やっぱり酒乱ドゥイルじゃなかった、スランドゥイルは、立派で賢明なエルフ王ですね(フォローのつもり(^^;)。トーリンが亡くなった時にはエルフの名剣オルクリストを彼の墓に捧げるなど、ドワーフに対して心を開いていったようですし、息子のレゴラスに至ってはギムリと無二の親友になるなど、スランドゥイル王家の皆さんの器の大きさが伺えるように思えます。

スランドゥイルが指輪戦争後、レゴラスと同じように西方に渡ったかどうかについては一切触れられていませんが、一体どうしたのでしょう。トル・エレスセアへ向かったのか、それとも中つ国に残ったのか、気になります。

以前スウェーデンの指輪ファンの方に教えてもらったのですが、スウェーデン中東部のノルシェーピンの東に「Kolmården」という森があるそうです。リンク先のように、現在は動物園になっていますが、名前を英訳すると「Coal Forest」、すなわち「石炭の森」という意味です。かつては炭のように真っ黒で暗い、まさに「闇の森」だったのかもしれません。もしかしたら、闇の森の名残かもしれませんよね!そして、スランドゥイルはまだその辺りに住んでいたりして・・・?

いろいろ下らないことも書いてしまいましたが、つらい経験もたくさんしてきて、様々な面を持つスランドゥイルって、奥が深くて魅力的な存在だと思います。ますます応援したくなりますよね!(^^)

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注1:

勝手な憶測ですが、オロフェアは、アンドゥイン西岸のロリエンも彼の領土の一部だと思っていたのかもしれません。緑森大森林の南部に住んでいたという設定もあるくらいですし、そこからならロリエンもそう遠くはありません。彼の国のエルフはロリエンのエルフとは親族 (kin) だったそうですから、「わしの民の親族が住んでる土地はぜーんぶわしの物」とか思っていたのでしょうか・・・。

そこにいきなりガラドリエルとケレボルンがやって来たことで、オロフェアは自分の領土を横取りされる危機感を覚えたのかもしれません。一説によると、彼らはロリエンにやって来る前は他のノルドール族(ケレブリンボールなど)と共にエレギオンに住んでいましたし、さらにガラドリエルはモリアのドワーフ達と交流があったので、オロフェアにとっては非常に不愉快だったのだと思います。彼が怒るのも何となくわかるような気がします。

前出のUTの「Disaster of Gladden Fields (あやめ野の災い)」の注に、「Oropher (中略) had left their ancient dwellings about Amon Lanc, across the river from their kin in Lorien.(Lorien の o の上にアクセントマーク)」という記述があります。この文の後半部分がうまく訳せませんが、オロフェアがアモン・ランク周辺の住処を放棄した時、アンドゥインの対岸の、自分達の親族が住んでいるロリエンのことも諦めようと思ったのでしょうか。しかし最後の同盟の戦争までは、大森林と霧ふり山脈の間の地では特に恐れるような出来事もなく、この二国間の交流が続いていたそうです(どの程度の交流かはわかりませんが・・・)。

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注2:

注1:でオロフェア関連の憶測をいろいろ書きましたが、「指輪物語」でも少し言及されるロリエン王・アムロスの存在を考慮に入れると、また別バージョンの憶測をする必要があるかもしれません。ちなみにUTによると、アムロスはシンダールの血筋だそうで、最後の同盟の戦いで父親を失い、彼の後を継いでロリエン王となりました。

例えば、第二紀のある時点で、オロフェアがアムロスの父親にロリエンの統治を委任した、という憶測はどうでしょう。息子のアムロスがシンダールの血筋だと書かれているので、父親もシンダールのはずです。もしかしたら、アムロスの父親は、ドリアスから移動してきたオロフェアご一行様の一員だったのかもしれません。だとすると、オロフェアが最後の同盟の戦いでロリエン軍に加担するのも、同族意識が強く働いていたためと考えられます。

マルガラドなるロリエンのエルフがアムロスの父親、という構想もあったのかもしれません。ただしUTには、マルガラドがアムロスの父親であるという記述はなく、アムディア (Amdir。i の上にアクセントマーク) というエルフがアムロスの父親だと書かれています。一方で、アムロスはガラドリエルとケレボルンの息子という設定もあったりと、トールキン教授、かなりいじくり回しています(笑)。ケレボルンもかつて西方に住んでいたとか、ケレブリンボールが実はガラドリエルに惚れていたとか。面白いけれど、読んでいてこんがらがります・・・。

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*参考文献 (Bibliography)

  • ホビットの冒険(J.R.R.トールキン作、瀬田貞二訳)、岩波書店
  • 新版・指輪物語(J.R.R.トールキン作、瀬田貞二・田中明子訳)、評論社
  • シルマリルの物語(クリストファー・トールキン編、田中明子訳)、評論社
  • The Hobbit (J.R.R. Tolkien), Harper Collins Publishers
  • The Lord of the Rings (J.R.R. Tolkien), Harper Collins Publishers
  • The Silmarillion (edited by Christopher Tolkien), Harper Collins Publishers
  • Unfinished Tales (edited by Christopher Tolkien), Harper Collins Publishers
  • History of Middle-earth Vol. 12 "The Peoples of Middle-earth", (edited by Christopher Tolkien), Harper Collins Publishers

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