扁桃膿栓症に関する阿川佐和子さんのエッセイ(抜粋) 笠井耳鼻咽喉科クリニック・自由が丘診療室
喉オタク
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 あるとき、いつものように口腔観察に熱中していると、喉の奥にプツンと白いかたまりが付着しているのを発見した。
 小さなかたまりは一つだけでなく、よく見ると二つ、三つと見つかった。口内炎の一種だろうか。しかし、それにしては痛くない。痛みを感じないデキモノとは、もしかしてガンかもしれない。そう思うと、急に心配になった。
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 そこで今度は直接、かたまりに触れてみようと決心し、人差し指を突っ込んだ。当然、「オエッ」となるのだけれど、我慢しなければ。なにしろ生死にかかわっているかもしれないのである。
 ようやく指先が問題の地点に到達したかと思われたとき、ふいに、プルンとかたまりが飛び出した。
 この話をすると、皆、「そんなこと、あるもんか」と胡散臭そうな顔をするが、嘘じゃない。どうやらそのかたまりは、喉のひだの間に挟まった食べ物のカスだったらしい。
 そうとわかったとたん、悩みは一転して楽しみに変わった。気分も軽く、プルン、プルンと指先で一つずつ取り除き、喉のなかをきれいに掃除する。そして数週間、次のかたまりが溜るまでじっと待つ。そろそろかなと思う頃、期待に胸を膨らませながらふたたび喉を覗いてみる。これが案の定、溜っていたときの喜びといったら、なんとも表現しがたいものがあった。
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喉オタクからの手紙
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 ご存じない方のために、かいつまんでお話ししておきますと、私は子供の頃、自分の喉を観察する趣味があった。ある日、いつものように手鏡を片手に大口を開けて喉観察に専念していると、奥のほうに白いかたまりを発見。それが実は、喉のひだにひっかかった食べ物のカスとわかり、以来、その白力スを採取するのが楽しみになった。
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 そう、どういうわけか私を含め、これは若い頃の現象で、最近は見掛けなくなったという方が多い。押し並べて皆さん、「扁桃腺が腫れたときに喉を覗いた」のがきっかけだそうで、「白いかたまりは喉の奥でもひだの間でもなく、小さい頃よく腫らした扁桃腺にくっつくのです。扁桃腺のなごりのクレーター部分にくっつくのです」
 そして、
「風邪のごくごく初期、喉の痛みを感じる前の少し腫れた時に、いつもはスムースに食べ物が喉を通るのに、ほんのわずか腫れたためにカスがくっつくのでしょう」
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 白いカタマリの名はわかりませんが、その穴の名は゛扁桃陰窩″といいます。英語ではtonsillar cryptです。指や綿棒を使わなくても、喉の奥に力を入れることによって口腔内に出すことも出来ます。つぶすと舌苔や歯垢と同じ臭いですので、食餌カスであたっていると思います。
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きりきりかんかん 文春文庫 著者 阿川佐和子 2000年1月10日 第一刷
初出「週刊文春」1991年1月3日号〜1992年1月16日号
単行本 文藝春秋刊