中国旅游ノート

 
 旅さきざきの詩--021      
張若虚「春江花月夜」


  張若虚(生没年不詳)は初唐の詩人。揚州の人。官は兗*州兵曹に至る。賀知章、張旭、包融とともに「呉中の四士」と称された。
       *兗(yan3) [六/兄]は今の山東省西南十県の地域をいう。

 詩は春 江 花 月の情景を詠いつつ、遠く離れた地にある夫を想い慕う妻の心情を切なく詠い上げる千古の絶唱ともいうべき名詩である。

 張若虚の詩で残っているのはわずか2首、彼はこの一首で不朽の名声を得たといってよい。この詩はまた中国古典のみならず現代楽曲、舞踊などに多大なインスピレーションを与え、多くの名作を世に送っている。

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  春江花月夜      張若虚

春江潮水連海平   春江の潮水 海に連なりて平らかなり
海上明月共潮生   海上の明月 潮と共に生ず
灩灩隨波千萬里  灩灩(えんえん) 波に隨いて千萬里
何處春江無月明  何處(いずこ)の春江か月明無からん 

江流宛轉遶芳甸  江流 宛轉として芳甸(ほうでん)を遶(めぐ)り
月照花林皆似霰  月は花林を照らして皆 霰(あられ)に似たり
空裏流霜不覺飛  空裏(くう り)の流霜(りゅうそう)飛ぶを覺えず
汀上白沙看不見  汀上(ていじょう)の白沙 看れども見えず

江天一色無纖塵  江天 一色にして纖塵(せんじん)無く
皎皎空中孤月輪  皎皎(きょうきょう)たる空中の孤月輪
江畔何人初見月    江畔 何(いず)れの人か 初めて月を見
江月何年初照人  江月 何れの年か 初めて人を照らし

人生代代無窮已  人生 代代 窮まり已(や)むこと無し
江月年年祗相似  江月 年年 祗(た)だ相似たり
不知江月待何人  知らず 江月 何人(なんびと)をか待ち
但見長江送流水  但(た)だ見る 長江の流水を送るを

灩灩(さんずいに艶とも書く)水が光り輝くさまをいう。宛轉=転々とする 芳甸=芳草が茂る原野、郊外 飛霜=昔は霜は空から降ってくるものとし、動詞に「飛」を用いた。現在は「降霜」という。纖塵=細かい塵 皎皎=白く光って明るいさま。こうこう、とも読む。祗 (zhi3)=ただ、〜ばかり、(zhi1)=敬う これを「望」とする本もある。

白雲一片去悠悠  白雲一片 去りて悠悠
青楓浦上不勝愁  青楓 浦上(ほじょう) 愁いに勝(た)えず
誰家今夜扁舟子  誰家(たれぞ) 今夜 扁舟(へんしゅう)の子(し)
何處相思明月樓  何處の相思(そうし)か 明月の樓

可憐樓上月裴回  憐む可し 樓上に 月 裴回(はいかい)し
應照離人妝鏡臺  應(まさ)に離人を照らして 鏡臺に妝(よそお)うべし
玉戸簾中卷不去  玉戸(ぎょくこ)簾中(れんちゅう) 卷けども去らず
擣衣砧上拂還來  擣衣(ちう い)の砧(ちん)上 拂えども還た來たる

此時相望不相聞  此の時 相望めども 相聞こえず
願逐月華流照君  願わくは月華を逐(お)いて 流れて君を照らさん
鴻雁長飛光不度  鴻雁(こうがん)長く飛びて 光 度(わ)たらず
魚龍潛躍水成文  魚龍 潛(ひそ)み躍(おど)りて 水 文(もん)を成す

青楓浦という地名は、いま湖南省瀏陽県にあるが、ここでは特定せず広い意味にとって、夫が滞在している地方(あるいはそこにある川)を指す。浦上=水辺 誰家=どこの、だれの (家はとくに意味はない)  扁舟=小舟 明月楼=特定の名称ではなく、月夜の下の楼閣、間接的にその楼閣の中で、遠く離れた夫を思う女性を指す。裴回=徘徊 離人=離れている人、ここでは夫を想う女性を指す。 玉戸=玉石で飾った華麗な楼閣を形容する。擣衣砧=(叩き棒で)洗濯物を叩く台の石  鴻=大型のガン。ガンは便りを届けるといわれる。魚龍もおなじ。「魚雁」 (yu2 yan4 ) は手紙のたとえ。古代、魚の腹に手紙を入れ、雁の足に手紙をくくりつけたという故事による。

昨夜鞨K夢落花  昨夜 鞨K(かんたん)に 落花を夢み
可憐春半不還家  憐む可し 春 半ばにして 家に還(かえ)らず
江水流春去欲盡  江水 春を流して去り 盡きんと欲し
江潭落月復西斜  江潭(こうたん)の落月  復(ま)た 西に斜(かたむ)く

斜月沈沈藏海霧  斜月 沈沈として 海霧に藏(か)くれ
碣石瀟湘無限路  碣石(けっせき)瀟湘(しょうしょう) 無限の路
不知乘月幾人歸  知らず 月に乘じて 幾人か歸る
落月搖情滿江樹  落月 情を搖(ゆ)るがして 江樹に滿つ

鞨K=閨ixian2) は静か、閑に同じ。(jian) と読むときは間に同じ。碣石、瀟湘=前者は渤海のほとりにある山の名、後者は湖南省を流れる瀟水と湘江。距離が離れていることをいう。

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 詩は三十六句に及ぶ長詩であるので、便宜上、三段に分けたが、第一段は春江の美しい景色
を詠い、第二段は江月を前にしての感慨を述べ、第三段は遠く相離れた二人の切々たる哀愁の情を描写する。
 
(1)

春の長江の潮は遠い海までも続き
海上の明月は おりしも満ちてきた潮とともにのぼってきた
波にきらめく月の光は千万里も続いている
この春の長江のどこに月明かりの届かないところがあろうか

川の流れは花香る野原をめぐり
月光は花咲く林を照らしてまるで霰のように見える
空中に流れる霜は飛んでいるようだが月光に紛れて分からない
川辺の白い砂は明るく白く照らす月光に紛れて見ても見えない

川の水も空も一色に澄み渡って小さな塵ひとつなく
皓々と冴え渡るのはただ空の月輪だけ
川のほとりで初めて月を見た人はどんな人だったのだろうか
この川を照らす月が初めて人を照らしたのはいつだったのだろうか

人の一生は代々替わって留まることはないが
この川を照らす月は決して変わることはない
この月はいったい誰を待っているのだろうか 
ただこの長江の水がひたすら流れ去っていくのを見るばかりだ

(2)

一片の白雲がゆっくりと流れていく
青楓のほとりに立てば愁いがますますつのる
今宵小舟に乗る人(男)はいったい誰なのであろうか
明月に照らされたいずくの高殿には相手を思いやる人(女)がいるだろう

ああ 高殿のあたりには月影がたゆたって去らず
(離れて暮す)夫を待ちわびる妻の化粧台を照らす
月光は玉で飾られた美しい家に差し込んで簾の中に巻きこもうとしてもできず
砧の上に振り注ぐ月光は振り払っても払えない

この時(月を仰いで)あなたのいる方を望んでみても何の便りもこない
願わくば月を追いかけ月光と流れてあなたを照らしたい
けれど雁は遠くに飛び立ってしまい光(私の気持ち)も届かない
魚竜は水中深く沈んでしまい水面に波紋をなすだけである
(この気持ちを届けるすべもない)

(3)

昨夜(あの人は)静かな淵に花が落ちる夢を見た
ああ 春はもう半ばだというのに家にも帰れない
長江の水は春を押し流して流し尽くそうとしている
長江に沈む月はもう西に傾いている

傾く月は深く沈んで海霧に隠れる
北の碣石の山から南の瀟湘の川まで限りなく続く遥かな路
月の光に乗じて帰りついた人は幾人いただろうか
落月は情を揺れ動かして今も木々を照らしている

【 参考資料 】 松枝茂夫編:中国名詩選(中) 1984 岩波書店 

                                                                                (2012.12.12記)

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