杉山神社
すぎやまじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】杉山神社 武蔵国 都筑郡鎮座

   【現社名】杉山神社
   【住所】横浜市緑区西八朔町 208
       北緯35度31分42秒,東経139度31分37秒
   【祭神】五十猛命 (配祀)大日霊貴命 素盞嗚命
   【例祭】9月15日 例大祭
   【社格】旧郷社
   【由緒】承和5年(838)2月官幣
       承和15年(848)5月22日従五位下
       延宝年間に現在の場所に遷
       慶安2年8月徳川幕府より朱印状
       明治6年12月郷社
       大正9年9月神饌幣帛料供進神社に指定

   【関係氏族】
   【鎮座地】かつては現在地300m西北の山麓が鎮座地であった
        延宝年間現在の地に

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「六ノ宮」と称していた
   【社殿】本殿入母屋造
       拝殿・御饌殿

   【境内社】

横浜商科大学南に鎮座する。
『新編武蔵国風土記稿』所載の杉山神社は72社(都筑24社、橘樹37社、久良岐5社、南多摩6社、)あるが、その後廃社したり、合祀されたりして、現在は42社となつた。これらはいづれも鶴見川の本流ならびに支流の早淵川や恩田川の近くに鎮座している。


由緒

杉山神社の史籍に於ける初見は、延喜式巻九神祇九に、「都筑郡一座杉山名神」と見えているのであって、之に依って都筑郡唯一の式内社であること明である。
而てこの神社は地方民のみならず一般の人々の信仰の対象となったものの如くで、続日本後記巻七承和5年2月庚戌ノ条に、「武蔵国都筑郡杉山名神預之官幣以霊験也」と見えている。このように霊験あらたかなことによってか、同書巻十八喜祥元年5月庚辰の条に、「奉授武蔵国無位杉山名神従五位下」と記され、時の朝廷より贈位の恩命にさえ接している。
然しこの記事を最後として史籍には何等見えていないのであるが、杉山神社に残る古き棟札及び別当極楽寺の墓碑の年号により推して、延宝年間に現在の場所に移され武蔵風土記に記された如く、慶安2年8月には徳川幕府より朱印状を下賜されている。以上の事実によって杉山神社こそ式内社の由緒深きもので、後世、明治43年、無格社神明社外四社合併。大正9年9月、神奈川県告示第三六二号を以て供進神社に指定せられたり。

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年




杉山神社

延喜式内社 武蔵総社六之宮 杉山神社
大国魂神社宮司 猿渡盛文拝書
1.祭神 五十猛命 配祀大日霊貴命、素盞鳴尊、太田命
由緒 当神社は武蔵国の総社大国魂神社の六ノ宮である。続日本後紀承和5年(836)2月庚戌の条に武蔵国都筑郡杉山神社預之官幣以霊験也、とあるさらに同書承和15年(848)5月庚辰の条にも奉授武蔵国无位杉山名神従五位下とある。
六所宮武蔵国の総社、大国魂神社の成立は、人皇12代景行天皇41年、都筑郡杉山神社は六の宮として西殿に祭られた。
「武蔵総社誌」上巻に六所宮東西の御殿に鎮座。六所大神等は東御殿に一の宮小野天神、二の宮小河大神、三の神氷川大神、以上三所鎮座す。西御殿に四の宮秩父大神、五の宮金佐奈ノ大神、六の宮杉山大神、以上三所鎮座す。件の六社を総称して六所宮と称す。
この六の宮に該当する神社が西八朔鎮座の杉山神社である。「風土記稿」に「慶安年中社領の御朱印を賜う、其の文左にのす。」
武蔵国都筑郡西八朔村極楽寺杉山明神社領、同村之内五石六斗事、任先規寄付之乞全可収納、並境内山林竹木諸役等免除如有来永不可有違者也、慶安2年(1649)8月24日 御朱印」以上の事実によって当神社こそ式内社の由緒深きものである。
社格 明治6年12月被列郷社との辞令神奈川県庁より御下付あり。
大正9年9月10被神奈川県告示第362号を以て神饌幣帛料供進すべき旨知事より指定あり。
昭和28年8月1日神奈川県指令第3990号を以て宗教法人杉山神社として同県知事より認証された。
社殿 境内地 昭和57年11月3日改築遷宮祭執行。境内地1463坪
昭和57年11月吉日 杉山神社宮司 志村文雄謹書

社頭掲示板



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