高市御県神社
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   【延喜式神名帳】高市御縣神社(名神大 月次/新嘗)大和国 高市郡鎮座

   【現社名】高市御県神社
   【住所】奈良県橿原市四条町761
       北緯34度30分17秒,東経135度47分20秒
   【祭神】天津彦根命 高皇産霊神
   【例祭】10月13日 秋季例祭
   【社格】旧無格社
   【由緒】創始は明確にしえない
       大同年間「高市御縣神社神封二戸」『新抄格勅符抄』
       貞観元年(859)正月27日従五位上『三代実録』

   【関係氏族】高木氏
   【鎮座地】移転の記録はない

   【祭祀対象】御県
   【祭祀】江戸時代は「高県宮」「十三社(所)大明神」と称す
       近世に苔の宮・高県(こけ)の宮・高木(こうき)の宮と称する

   【社殿】本殿白木の春日造
       拝殿

   【境内社】

奈良国際交流センター西隣、今井まちなみ交流センター南隣に鎮座する。里中の全くの小社。
成務天皇の時、国郡県邑里を定め、高市県主には天津彦根命の後裔を任ぜられた。当時県主がその封地において祖神を奉祀し、祭政一致の制度にならつたのは当社が始めての例であろう。大和の六か所の御県神社の一である。
本社は元は天津彦根命の一座であり、後に高皇産霊神を別社に奉齋したのを、後代社頭の衰微すると共に本社祭神に混入したものであると思われている。御神体は紙幣と言われている。


高市御県神社

高市御縣神社は、大和六処御縣神社の一で御縣は朝廷直轄領にあたる。大同元年(806)に神封二戸があてられ、天安3年(859)1月27日、従五位下より従五位上に昇叙(三代実録)、「延喜式」神名帳によると御県の神の中で唯一名神祭にもあずかった。高市県については 「古事記」神代巻に「天津日子根命者高市県主等之祖也」とあり、「日本書紀」天武天皇元年(672)7月条に「高市県主許梅」の名がみえる。所在は明確でないが、現曽我町字宮毛説が有力で、現橿原市の西部地域に推定されている。『延喜式」神名帳高市郡には高市御縣坐鴨事代主神社(現橿原市雲梯町の河俣神社に比定)の名もみえる。 

寺院神社大辞典



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