飛鳥田神社
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   【延喜式神名帳】飛鳥田神社  一名柿本社 山城国 紀伊郡鎮座

   【現社名】飛鳥田神社
   【住所】京都市伏見区横大路柿ノ本町
       北緯34度55分29秒,東経135度44分11秒
   【祭神】別雷神 市杵嶋姫命
   【例祭】4月20日 春季大祭 10月第3日曜日 秋季例祭
   【社格】旧村社
   【由緒】白雉4年(653)横大路に宮を造
       白雉5年(654)4月20日齋主卜部倉見をして奉幣
       弘仁7年(816)7月官社の例に預る『日本紀略』
       応永25年(1418)造営
       文明9年(1477)造営
       天正4年(1576)造営
       慶長19年(1614)造営
       文禄5年(1596)屋根葺き替え
       明治10年6月京都府から式内社たる認定

   【関係氏族】
   【鎮座地】当初鎮座の地と思われる

   【祭祀対象】 
   【祭祀】当社が継承社であれば祭祀は継続している

桂川の東岸、落水高校西、国道沿い。平地。工場のとなりで騒音うるさい。
延喜式諸本に「一名柿本社」とあるその柿本の名を所在の地名(旧小字名今町名)として伝えているので、最も式内たることの可能性が強い。
もと村社で明治10年6月京都府から式内社たる認定を受けている。
孝徳天皇白雉4年(653)天皇貴布禰賀茂両神の神託によって横大路に宮を造り、別雷命を勧請し、翌5年4月20日齋主卜部倉見をして奉幣せしめられたのを以つて當社の起源とすると云い伝えている。
この地に飛鳥田神社があったのは確実であるがその継承社がいずれなのかは決めがたい。


飛鳥田神社

京都市登録有形文化財
飛鳥田神社は別雷・市杵島姫命を祭神とし、創建については確かなことはわからないものの、「日本紀略」には飛鳥田神社についての記載がみられる。ただし、式内社飛鳥田神社が当社であるかどうかについては明確ではないが、「延喜式神名帳」に「一名柿本社」とあることから、柿ノ本町に建つ当社が式内社である可能性は十分に考えられる。
中世以降の状況については、享保19年(1734)の「山城志」に記された上梁文からうかがうことができ、これによると応永25年(1418)に社殿が造営され、その後文明9年(1477)・天正4年(1576)・慶長19年(1614)に修理、また文禄5年(1596)に屋根葺き替えが行われていたようである。さらに17世紀半ば頃には境内の整備が進められたものと推定され、境内正面の鳥居に「慶安五壬申年/島写弁才天御宝前」、また手水鉢には「島写弁才天/御宝前/明暦三年/五月日」の刻銘が見られる。
覆屋のなかに建つ本殿は大型の一間社流造りの建物で建築年代に関する史料を欠くものの、全体に木割が太くて装飾が少ない点、また蛙股や実肘木・虹梁の形状などから、境内の整備が行われた17世紀半ば頃までに造営されたのものと考えられる。一部改変を受けているものの当所の姿を著しく損なうものではなく、また柱頭に舟肘木を落としこんで柱が直接桁を支持するという特異な手法が採用されている点に特色がみられる。

社頭掲示板



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