朝日波多加神社
あさひはかたじんじゃ
有玉神社 に合祀
所在地 社名















   【延喜式神名帳】朝日波多加神社 遠江国 長上郡鎮座

   【現社名】有玉神社に合祀
   【住所】静岡県浜松市東区有玉南町 1916
       北緯34度45分6秒,東経137度45分0秒
   【祭神】天照意保比留売貴命 (配祀)天手力男命 萬幡豊秋津姫命
   【例祭】
   【社格】旧郷社
   【由緒】創立年代不詳
       元禄16年(1703)9月再建
       明治6年3月郷社
       同40年本祠山の神明宮を遷し郷社有玉神社と改称
       同41年9月30日神饌幣帛料供進社指定

   【関係氏族】
   【鎮座地】往古は旧有玉畑屋村本祠山に鎮座
        明治40年本祠山の神明宮を字宮廻、村社八幡宮境内(現在地)へ移転

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「神明宮」と称していた
   【社殿】
       

   【境内社】

国道1号の北に鎮座する。
往古は旧有玉畑屋村本祠山にあって、社殿は東面し朝日を受け麓に鳥居があつたが、古天龍鹿玉川の洪水で坂路大に崩れ登ることが困難となりこれを南側に改めたとも云えられている。
明治40年本祠山の神明宮を同村字宮廻、村社八幡宮境内(現在地)へ移転合祀した上郷社有玉神社と改称した。
旧地には現在は小祠将軍社の跡が残されるのみとされている。
有玉西町(日進機械の南)に将軍神社の小祠あり。


由緒

明治40年、当時の有玉村は世帯数380戸あり、地域内には郷社神明宮を初めとして村社、無格社合わせて12社があり、そのうち村全体で祭典を行う神社が3社、小部落で行う神社が9社あった。神社の多くは境内、社殿共に狭く神社の尊厳を保持しがたく、加えて祭典の繁雑さを訴える世論が台頭してきたので関係者協議の結果、1村1社に合併し、宏荘・尊厳なる社殿を建築して氏子の信仰と高の社会教化の中心にしようとして、明治40年9月10日、郷社神明宮を八幡宮境内に移転し併せて11社を合祀し、郷社有玉神社を称することにした。新社殿は大正2年に完成し、同年9月10日に御遷宮された。
昭和27年8月20日宗教法人有玉神社の認証を受け、静岡県神社等級規定により6等級神社と承認された。

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年




有玉神社

旧郷社神明宮は創立年代不詳、元禄16年再建の棟札あり、旧朱印高五石 旧長上郡式内五座の内朝日波多加神社と申伝あり、明治6年郷社に列せられる。
旧村社八幡宮は創立年代不詳、大正10年再建の棟札あり、旧朱印高十二石なり、
特殊神事流鏑馬は、徳川家康が大阪より帰陣の際、戦場での愛馬を寄進したことに始まる。例祭の神事として四百年の伝統を今に伝える。
當神社は明治40年、当時の有玉村三百八十戸余りの地域内に、郷社神明宮を初め村社、無格社合せて十二社あり、境内、社殿共に狭く又、祭典の繁雑さから、明治四十年郷社神明宮を八幡宮境内(当地)に移転し八幡宮、俊光将軍社等、併せて十一社を合祀、郷社有玉神社と称した。新社殿は大正2年完成、同年9月10日御遷宮された。
昭和27年8月20日「宗教法人有玉神社」の認証を受け、静岡県神社等級規定により六等級神社と承認される。

社頭掲示板



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