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武庫川西岸近く旧国道に面した住宅地の中に鎮座する。 社傳によると、寛平5年(893)に広田の人岡司新五が、この地を開いて浜村と称したという。 阪神大震災で社殿倒壊 |
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延喜式内岡太神社略記 祭神 天御中主大神 天の真中に坐して、世の中の宇斯たる神と申す意なり。 天の初発の時、高天原に生りませる神にして神道における根本神祇なり。 相殿 高皇産靈神 素盞嗚神 稻田姫神 大己貴神 蘇民將来 由緒 伝に曰く宇多天皇寛平5年(853)武庫郡広田の人岡司氏此地を開発して浜村といい延喜元年天御中主神を主神に広田の大神5柱を末社として共に鎮座せしを起源とし由って岡司美也と称す。 合祀神5柱は、元上の宮と称して本社の北に当たる人家の間にありしを明治5年合祀せるなり。 明治6年8月村社に列し、同12年4月県社となる。 吾妻鏡建久3年の条に武庫御厨小松庄と記せるは此地なるべし。 境内に小松内大臣平重盛の供養塔を保存す。 祭日 例祭10月11日 夏祭7月16日 社頭掲示板 |
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岡太神社の石標 この碑は、江戸中期の碩儒並河誠所が有志と、社殿の廃滅や祭神の由緒などの誤り伝えられていた延喜式所載の摂津国の古社20社につき踏査考定して、正しい社名を明らかにするため、時の寺社奉行大岡越前守忠相に上申し元文元年(1736)から翌年にかけて建立した碑石の一つです。 表面に神名帳に記載の社名、側面に村名、裏面台石に同志菅広房(山口伊兵衛)の名が刻されています。 社頭掲示板 |
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恵比須大神と静止像 西宮神社に御鎮座の恵比須大神は武庫の沖から御来臨になり最初、鳴尾でお祀りしていたとの口碑かあります。小松では、その大神が毎年正月9日の夕に押照営(岡太神社)で高潮や洪水等の災害を未然に静止(防止)して五穀豊穣をもたらす猪(静止)打神事をされると伝えられこの神事の妨げにならぬよう斎籠をする風習がありました。これは静止を猪にかけたもので、「猪」は大神の伎使わしめと云われています。 当社では摂社に大神をお祀りし昔語を後せに伝えるよすがとして彫刻家柏木秀峰作の静止像(亥)を安置しています。 社頭掲示板 |