日置神社
へきじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】日置神社 加賀国 江沼郡鎮座

   【現社名】日置神社
   【住所】石川県加賀市山中温泉加美谷台1
       北緯36度15分30秒、東経136度22分2秒
   【祭神】天押日神
   【例祭】
   【社格】旧村社
   【由緒】由緒不詳

   【関係氏族】
   【鎮座地】往昔、砥倉山の麓にあつた
        明治初期には廃絶し社殿無し
        山中町坂の下町で復興(年代不詳)
        昭和62年現在地へ遷

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「砥倉明神」と称していた
   【社殿】本殿
       

   【境内社】

近世に「砥倉の宮」「風の宮」と称し、近隣十ヶ村の惣社であった。
神社の境内を汚すと大風が起るといわれ、米商人が米価をつり上げるために侵入して来るので番人を置いて警戒した。この費用は藩から出ていたという。
明治初期には廃絶して社殿も存しなかったという。その後、坂下村の東側に日置神社として復興され、昭和62年には九谷ダム建設のため現在地に移された。



日置神社

延喜式内社 日置神社由来
坂下村に在り村社、天の押日の命を祀る。古は砥倉山麓に在り砥倉明神社。土俗十一面観音堂という。俗に風の宮とし、砥倉の宮とも称する。古は十ケ村の惣社なり。
風の宮とは、人若し境内を穢しなどせば大風忽ち吹き起り、不作なりと伝えしによる。
故に米商人など米価釣り上げを策し、この宮に来たり手悪戯をなし、神怒により暴風雨を起さしめんとする者あリ、為に往時は村の入口に番人を置きて警戒し、その費用は之を藩より下賜せられたりと。
(江沼志稿、江沼郡誌)
昭和60年10月8日、九谷ダム建設による水没のため、山中町加美谷台に遷座。
片谷社、小杉社、生水社とともに合祀される。

社頭掲示板



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