小俣神社
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   【延喜式神名帳】小俣神社 伊勢国 度会郡鎮座

   【現社名】小俣神社
   【住所】三重県度会郡小俣町字元町7281
       北緯34度30分15秒,東経136度40分44秒
   【祭神】宇迦之御魂神
       『神名秘書』「宇迦神、一名稻女大明神」
       『御鎭座本縁』宇賀之御魂

   【例祭】10月 19日神嘗祭
   【社格】載官帳名社16処の1
       伊勢国司から幣帛が奉られる13社の1

   【由緒】創祀不詳
       中世、 「八王子」と称し 村の産土神となった
       寛文3年 (1663) 八王子境内西に大宮司大中臣精長が再興
       明治4年、「八王子」は「八柱神社」と改称

   【関係氏族】
   【鎮座地】この地が当初鎮座の地
        中世、 社殿荒廃し、 村の産土神となった
        寛文3年 (1663) 八王子境内西に大宮司大中臣精長が再興

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「八王子」と称していた
   【社殿】正殿/神明造板葺南面
       玉垣御門/猿頭門扉付・玉垣/連子板打・鳥居/神明造

   【境内社】

外宮の摂社16社のうち第16位。
宮川の西岸を流れる汁谷川西岸の河岸段丘上に鎮座する。
小俣の田野の五穀豊穣の守護神で、 稲女大明神ともいわれている。
この地は延暦16年(797)似降、伊勢神宮の行政官衙である「大神宮司」の政庁や、齋宮の「離宮」があった地である。
小俣を中心とする宮川の下流一帯は、 主として豊受大神宮の神主度会氏の開拓地であり、 この関係から豊受大神宮の摂社に加えられたものであろう。
中世以降は所伝を欠き、神宮との関係は稀薄になり、当社は土地の産土神として「八王子」と称されて奉祀されていた。
寛文3年 (1663) 八王子境内西に大宮司大中臣精長が再興。
小俣村の産土神としての「八王子」とは二社併立して奉祀され明治に及んだ。
明治6年境内地の管理を巡り、神宮側と村側で論争が起こり、境内を二等分することで決着した。
明治4年、「八王子」は「八柱神社」と改称され、さらに明治43年、「八柱神社」は同じ町内の「官舎神社」に合祀された。
現在も小俣神社の東に「八柱神社」の本殿・拝殿・石積の蕃塀・鳥居・社標などがあり、地元民によつて祀られている。
32社を数える豊受大神宮(外宮)の別宮摂社末社所管社のほとんどは山田原と称される宮川東岸の低湿地に存するのに封し、当社だけ唯一宮川西岸に存する。宮川西岸にも神宮摂末社は多いが、それらは当社を除いてはいずれも皇大神宮(内宮)に属する社である。


小俣神社

小俣神社(おばたじんじゃ) 豊受大神宮摂社
宇賀御魂神(うかのみたまのかみ)
祭神は田野の五穀豊穣の神と伝えられる、宇賀御魂神(うかのみたまのかみ)。地元では稲嘗(いなめ)さんと称し尊信されている。宮川の外(西)にある唯一の豊受大神宮の摂社である。向かって右に地元の八柱神社がある。小俣神社(おばたじんじゃ)

神宮会館



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