壱岐島式内社
 24座  大7座  小17座

壱岐島式内社分布地図
壱岐島式内社分布地図


壱岐郡 12座  大4座  小8座
神名帳の社名現在の神社
水神社水神社
阿多弥神社阿多弥神社
熊野神社
住吉神社住吉神社
兵主神社兵主神社
八幡神社(本宮西触)
月読神社月読神社
八幡神社(芦辺町箱崎釘ノ尾触)
男岳神社
国片主神社国片主神社
高御祖神社高御祖神社
八幡神社(芦辺町箱崎釘ノ尾触)
手長比売神社手長比売神社
聖母宮
佐肆布都神社中津神社に合祀
佐肆布都神社【旧地】
同佐肆布都神社佐肆布都神社
金刀比羅神社
中津神社中津神社
聖母宮
角上神社角上神社


石田郡 12座  大3座  小9座
神名帳の社名現在の神社
天手長男神社天手長男神社
興神社
天手長比売神社天手長男神社に合祀
天手長比売神社【旧地】
弥佐支刀神社弥佐支刀神社
国津神社国津神社
津乃宮神社
海神社海神社
白沙八幡神社
津神社津神社
国津神社
与神社深江神社
大国玉神社大国玉神社
爾自神社爾自神社
見上神社見上神社
国津意加美神社国津意加美神社
物部布都神社天手長男神社に合祀
物部布都神社【旧地】
国津神社





壱岐島の式内社

延宝4年(1676)6月肥前国平戸藩主松浦鎭信は橘三喜に命じて壱岐島の式内社を調査し、当時不詳となっていた式内社を査定させた。
橘三喜の査定は地名によると思われる強引な付会が殆どで、壱岐島の式内社の比定には寧ろ更なる混乱をもたらしたと云われ、現在では異論や疑問が多く出されている。
藩主松浦鎭信は橘三喜の査定によって、認定された式内社を復活・整備し、御正体木鏡一面と石額を献備した。
藩主の命による勧請祭祀は嚴粛であり、この決定による神社が式内社とされた。

橘 三喜(たちばな みつよし、寛永12年(1635年) - 元禄16年(1703年)3月7日)は、肥前国平戸の人 江戸時代前期の神道家である。
延宝3年(1675年)から23年かけて全国の一宮を参拝し、その記録を『諸国一宮巡詣記』全13巻として著している。





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