映画・雑感のページ

 

MOVIE in Nagasaki

2008年2月、長崎市民になった

長崎で見た『映画・雑感のページ』
 

2007年迄の「映画・雑感のページ」はこちら
 


2011年

2011.12.24

RAILWAYS  愛を伝えられない大人たちへ  2011

『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』の続編かと期待してしまったのが間違いだった。
舞台は富山地方鉄道。雄大な北アルプスを背景に広がる田園風景は素晴らしい。冠雪の北アルプスをバックに鉄橋の上を左から右に走り抜ける電車は、いつまでもその景色を見ていたいと思える美しさ。
立山連峰を背にして走るレッドアロー号は想像もしなかったが、その昔現役のレッドアロー号を知るものとしては懐かしい。そのレッドアロー号に憧れる新人運転士役の中尾明慶もお調子者ながらぶきっちょな感じが良かった。
映画は、人生という旅の後半、これからの生き方を問いかけてくる。
定年を迎える寂しさを抱える滝島徹を三浦友和が、夫の定年を期に看護士への復職を希望する妻・佐和子を余貴美子が演じるが、妻の演技の方が一枚上、と感じた。
嫁いだ娘・片山麻衣(小池栄子)が子は鎹の役をしっかりと果たしている。
二人のすれ違いもやや強引すぎる気がするし、お互いが相手を人として認めていたら、それにはもう少し会話があったら、と思ってしまう。
一番がっかりだったのは、滝島が「本当はカメラマンになりたかった」とカミングアウトしておきながら定年後に前と同じように運転手をしていたこと!
カメラマンと看護士の夫婦がお互いの生き方を認めあって楽しい老後を過ごしている。そんなハッピーエンドが良かったな。
今回は余貴美子と景色が主役!

2011.12.11

源氏物語  2011

日本最古の長篇小説である「源氏物語」の誕生と、その作者・紫式部の謎に迫る。とうたった映画。
『平安時代、関白である藤原道長(東山紀之)はその栄華をさらに極めるため一条天皇に嫁いだ娘・彰子が帝の血を引く子を宿すべく、紫式部(中谷美紀)にある命を下す。それは、式部の書く物語によって彰子のもとに少しでも長く帝を留め置けというものであった。そこで式部は、今上帝と桐壺更衣の間に生まれた絶世の美男・光源氏(生田斗真)と彼を取り巻く宮中の女性たちの物語を紡ぎ出すことに。しかし、道長へ断ち切れぬ思いを秘めていた式部の心と、物語の中で光源氏に心奪われる女性たちに深い嫉妬を抱く御息所の心とが重なり、生き霊となって現実と物語の空間を越え始める。式部の凶相に気付いた道長の側近として仕える陰陽師・安倍晴明(窪塚洋介)はその生き霊を追い始めるのだが…。』
文系ではないので全く興味が無かったし読んだことはない「源氏物語」。それでも舞台となる宮廷や庭園などの豪華絢爛な歴史絵巻には圧倒される。   
内容としては“光源氏の空想の世界”と“紫式部の現実の世界”が混沌としていて少し疲れた。また中盤で陰陽師・安倍晴明が登場して雰囲気が変わったことが良く分からない。
「源氏物語」というタイトルで光源氏が登場するのだから主役は光源氏と思いがちだが、主人公は中谷美紀(紫式部)と東山紀之(菅原道長)で間違いない!

2011.12.4

アントキノイノチ  2011

さだまさし原作の映画。原作は読んでいない。
カメラワークは「手持ち撮り」を狙ったものか? 揺れている! 船酔い状態で帰宅!
お互いに心の傷をもつ永島杏平(岡田将生)と久保田ゆき(榮倉奈々)が遺品整理業という仕事を通じて理解を深めていく。ストーリーに感動は無かった。
中でも理解できなかったのが、部活で登山に行き「蟻の門渡り」のような場所に生徒2人だけで行かせる先生っているのか?(見る側のハラハラ感を遊んでいるようだ)。それと後半、久保田ゆきが突然会社まで退職、一方的に杏平の下から去って行くことが唐突すぎると思う。
それにしてもベテラン社員役の原田泰造の落ち着い役柄も嫌味がない好演だ。こちらが主役と言っても良いくらい。

2011.11.12

Typhon Sur Nagasaki 忘れえぬ慕情   1956  フランス

『日仏人気スターの競演により、異国情緒豊かな長崎の町を背景に展開される悲恋の日仏合作映画』というコピー。
ストーリーは、「長崎のある造船所に、フランスからマルサック技師(J・マレー)が赴任して来た。彼は堀技師長に紹介された呉服屋の娘、乃里子に心惹かれた。両親のいない乃里子は弟妹の面倒をみながら店の切り盛りをしている健気な女性。乃里子を通じて日本に興味を持ち始めたマルサックは乃里子のフランス語の先生リッテル(G・フルーべ)の離れに住む。リッテルの妻は乃里子の友人慶子である。すっかり外人の習慣を忘れているリッテルと同様日本の生活に融けこんでゆくマルサックに、乃里子も愛情を抱き始めた。そこへ、マルサックの昔の恋人で女流作家のフランソワーズ(D・ダリュー)が、東洋に取材の傍ら訪ねて来た。乃里子との純愛に生きようとしたマルサックも彼女の誘惑に、旅先で昔のよりを戻してしまう。長崎へ帰って来たマルサックはフランソワーズのホテルに引移る。その頃、長崎は烈しい台風に襲われた。フランソワーズと避難したマルサックは、乃里子の身を心配し、嫉妬するフランソワーズを振り切って彼女の家に辿り着く。二人の間には再び愛情が甦った。だが激しい台風に弟の身をかばった乃里子は天井の梁の下敷となって死ぬ。マルサックは彼女との想い出の地に踏み止まることを誓い、彼の決心を知ったフランソワーズは一人故国へ帰って行った。」
ストーリーとしてはたいして見るものはないが、昭和31年の長崎がカラーで見られることに感激! その場所が何処なんだろう?と気になってしまう。特に『原爆落下中心地』の画は初めて見る物だった。
それにしても、超大型台風のシーンで、マルサックのコートが風を孕み膨れあがった格好がつい「ビバンダム君」を連想してしまったが考えてみれば同じフランスだった。(笑)

2011.11.6

1911 辛亥革命/1911   2011  中国

2011年は辛亥革命から100周年を記念する年で、ジャッキー・チェンにとっても記念となる出演映画100本目の作品として辛亥革命の立役者・孫文の盟友、黄興を演じるとともに総監督である。
清朝を倒して100周年なのだから記念活動がありそうだが、中国ウォッチャーである福島香織氏によれば、これは「革命」という言葉自体の持つ危うさのために統制がかかっているらしい。
それは映画にも影響があり、ほとんど1911年のことしか描いてない。つまり1911年の蜂起から1912年の清朝滅亡までしか取り上げてない。
1911年以前では、孫文が日本を拠点とし、梅屋庄吉が映画制作で稼いだ金に助けられつつ組織作りを進めたこと。また以後だと、袁世凱が力を持ち、中華民国内で争いがあったことを描かなくてはならない。
日本という外国の支援、孫文が樹立した中華民国と中華人民共和国はイコールではないことが、現中国体制には面白くない理由のようだ。それはこの映画の主人公が孫文ではないことでも分かる。あくまでもジャッキー・チェン演ずる黄興なのである。
今、日本(長崎)では「梅屋庄吉と孫文」の話題が多くあるのだが映画に梅屋庄吉が現れない理由がこんな所にあったのは残念なことだ。

2011.10.15

PUCCINI E LA FANCIULLA プッチーニの愛人  2008  イタリア

「トスカ」「蝶々夫人」など傑作オペラを生み出した天才作曲家、ジャコモ・プッチーニ(リッカルド・モレッティ)が「西部の娘」作曲に取り組んでいた時、妻エルビーラ(ジョバンナ・ダッディ)がメイドとして働くドーリア・マンフレンディ(タニア・スクイラリオ)との不貞関係を疑い厳しく問い詰めたため自殺へと追い込んだ「ドーリア・マンフレンディ事件」を基に描いた映画。ドーリアは検死の結果、処女であったことが分かり、潔白が証明されることになるが。
いきなりトスカーナ地方の湖畔に建つプッチーニの屋敷の周りの綺麗な風景は圧巻。この映画で最も良かったシーン!
ドーリアはプッチーニと愛人との間で逢引きの手紙を受け渡しする<使い走り>に過ぎなかったのだが、この手紙を読む声以外は独り言のようなセリフが少しあるだけで台詞がない。サイレントかと間違えそうなほどの映画はまるで絵を見ているかの様。
オープニングに流されるテロップでお話の結末が分かってしまうのはどうなんだろう? もっともそんなことは無いだろうと勝手に思っていたからそれが結末とは途中まで気がつかなかったのも事実だが。(だから良いのか?(苦笑))
天才作曲家と言われるジャコモ・プッチーニの映画だけに、自身の曲が流れているのだがほとんど記憶に残っていない。なぜだろう?
ショパンを見に行った時に「音楽」繋がりで勢いで見た映画だった。

2011.10.15

CHOPIN: DESIRE FOR LOVE ショパン 愛と哀しみの旋律  2002  ポーランド

2010年に生誕200年を迎えたショパンの半生を、サンドとの愛の日々に焦点をあてて描いた映画。
ポーランド製作の映画であるが、台詞は英語が基本というのは?
前半部分のロシア圧政下の祖国ポーランドからウィーンを経てパリに出て、友人のリストの紹介でジョルジュ・サンドと出会うまでがショパンのお話。
それ以後は、ショパンを巡るサンド親子がお話の軸になり、ショパンはあくまで脇役。と言うかサンドに対する3人の飢えた愛のお話。あまり面白くない。
しかし、ポーランドの風景はどれも綺麗。のどかな馬車の風景は最高。
そして素晴らしかったのは音楽。「革命のエチュード」「英雄ポロネーズ」などショパンが残した名曲の数々を盛り込んだ贅沢な音楽映画になっている。世界的なチェリストのヨー・ヨー・マやショパン弾きとして名高い横山幸雄も名を連ねている。

2011.8.28

COUNTDOWN TO ZERO カウントダウンZERO  2010

9月1日公開を前に「原爆資料館」で行われた試写会に行った。
環境問題に焦点を絞った『不都合な真実』の製作者と『ブラインドサイト 〜小さな登山者たち〜』のルーシー・ウォーカー監督が、ゴルバチョフ、カーター、ブレア、ムシャラフなど各国の首脳を務めた政治家や元CIA工作員などの証言を基に、世界に公称約2万3,000(闇の兵器は入っていない)も存在する核兵器の『事故・誤算・狂気』による危うさ。核兵器の脅威を伝える映画。
2009年、アメリカ合衆国のバラク・オバマ大統領が表明した「核なき世界」の構想。しかし、その一方で2010年現在、核兵器保有国は9か国、核兵器開発の技術を持つ国は40か国に上るのが現実。
確かに北朝鮮までもが保有しているのか?という危うさの時代であるが、日本で起きた原発問題があるにも関わらず「核兵器」と「平和利用の核」を分けて考えているように感じる。
核は全てに危うさがあるはずなのに、本当のことを知らないまま「安全である」と宣言できる権力者に世界が踊らされている。
この映画自体、核を無くすための『カウントダウン・ゼロ』ではなく『核兵器テロの発生までカウントダウンゼロ』という内容だった。つまり核兵器廃絶は直接は訴えていないように思った。
核兵器が無くなれば、それを使ったテロなど心配する必要が無くなるはずなのに、その視点に立てないのはなぜだろう?
「原子力発電所を放棄することは、核兵器を1年以内に製造する能力を放棄すること。安全保障上それでいいのか」と言った元防衛大臣がいたが、核兵器+テロの驚異以外にも核に関する『ミス』や『誤動作』、『当事者の言い訳のように使われる"想定外"』の脅威があることを忘れたくない!
2009年のノーベル平和賞はオバマ大統領に与えられたが、ノーベル賞史上最大のミスか、もしくはブラックジョークなのだろう!
前に見た「不都合な真実」ほどインパクトは無かった。何か不安を煽っているようで嫌な思いで会場を後にした。
試写会だけにメディアも多く、会場を出た所で3社(長崎の民放4局のうち3局)のインタビューを受けてしまった。

2011.8.22

PORA UMIERAC 木洩れ日の家で  2007

主人公はアニェラ(撮影時が91歳のダヌタ・シャフラルスカ)で、あとは愛犬フィラデルフィアという1人と1匹で展開されてゆく。敢えて言えば彼女が生まれ育った古い家も主人公かも。
言葉もはっきりとして耳もしっかりとしている。姿勢良く杖もつかずに階段も普通に上り下りして生活している「元気おばあちゃん」だ。
日常は近所を双眼鏡で覗いたり、音楽クラブの練習する楽器の音が煩わしかったり、子供たちが庭に入り込んで遊んでいたり… そんな普通の日常を描いているが、フィラデルフィアに話しかけながら進む物語はまるで彼女の一人芝居のようだ。それはもちろん台詞のないフィラデルフィアの表情が豊かで、アニェラと間違いなく会話しているのが感じられる。
家を出ている息子に同居を持ちかけても、息子は隣家と売却話を進め、孫はおばあちゃんの指輪ばかりに目が行っている。
この辺りの孤独感はとても良く描けていると思う。
そしてアニェラらしい展開。二階に自分が住み続けることを条件に音楽クラブを主宰する隣人カップルに譲ることにするのだが、心が安堵したのか、フィラデルフィアの側で椅子に座りその時を迎える。フィラデルフィアがアップされた時涙ぐんでいるように見えたが…
とても美しいラストシーンだった。
「死に方」とは「生き方」の表れ方なのだ。

2011.3.20

King's speech 英国王のスピーチ  2010

吃音に悩む英国王ジョージ6世が、自らを克服し、国民に愛される本当の王になるまでを描いた感動の実話。(オフィシャル コメント)
幼少期に親から受けた厳しい躾のせいからか、吃音というコンプレックスを抱え、内気な人前に出ることが苦手なヨーク公エドワード王子・後のジョージ6世。
1936年、ジョージ5世が亡くなり長男のエドワード8世が即位するのだが、アメリカ人で離婚暦のあるウォリス・シンプソンとの恋を選んだためにジョージ6世は望まぬ座に就くことになった。
即位前から厳格な父はそんな息子に様々な式典のスピーチを容赦なく命じては失敗する。
妻のエリザベスと何人もの言語聴覚士を訪ねるが一向に改善しない。ある日新聞広告で見つけた、本当は資格を持たない言語聴覚士ライオネルを訪ねる。
ライオネルは自らの治療方針を、相手が王であろうと変えなかった。お互いを対等な立場で名前で呼び合いながら、自分にもフレンドリーに接する様にと要求し、ジョージ6世の心の傷を解きほぐしながら、ついにはスピーチを大成功へと導く。
ユニークな治療や、娘たちの前では優しいパパになっていて笑顔が見られるなど、王室を舞台にしながらもウィットにあふれた笑い所としているのも良い。
ナチスドイツとの開戦を迎え、全国民へのメッセージとしてのジョージ6世の開戦スピーチが、遂に大成功に終わるのだが、スピーチをするジョージの前で、ライオネルがまるで指揮者のように優雅に手で合図を送る姿はとても温かいものを感じた。
派手さも無く、淡々としているがとても良い「大人の映画」という感想。
ジョージ6世役のコリン・ファースがアカデミー賞 主演男優賞を受賞しだが、ライオネルを演じたジェフリー・ラッシュ・妻のエリザベス(ヘレナ・ボナム=カーター)もとても良いトライアングル状態だったと思う。みんなに賞をあげたいところだが。

2010年

2010.6.12

RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語  2010

舞台は島根県。その東部を走る一畑電車は通称バタデンと呼ばれている。昭和8年から走っているデハニ50形というクラシック電車が、住宅地・海岸沿・田園風景など豊かな自然の中の単線レールの上を風をきって走る姿は、まさに絵に描いたようで、ずっと大切にしたい気持ちにさせられる。
会社人間の主人公・肇(中井貴一)。家族は二の次、仕事優先に生きてきて取締役昇進も間近。
しかし会社のリストラの推進役を任される中、母親の入院、親友の事故死(実際は事故?。最後の表情からやや疑うが)に直面し、また娘から言われた言葉も含めて、残りの人生を考える。
そして子供の頃からの夢と失われた時間を思い出していく。
49歳にして、夢だった一畑電車の運転手の採用試験に応募。合格して晴れて運転手に。
前半の会社人間の時と後半のバタデン運転手になってからの主人公の対比。娘との会話を含めたつきあい方の違いが象徴的。運転手になった主人公の「活き活きとした」表情は明らかである。仕事は仕事だが、人としてしっかり生きていく為に、お客さんの為の行動でダイヤを乱して怒られたり。好感が持てる設定だ。
同期の新人運転手・宮田大吾(三浦貴大)は三浦友和・百恵夫妻の次男である。無愛想で生意気なのだが、だんだんと働くことに目覚めていき、肇とも良い関係になっていくのが分かる。
子供が電車を動かしてしまう事件が起こる。一応は肇が辞表を提出するが、案外簡単に解決してしまったことは意外だった。
母親役の奈良岡朋子さんは印象より小さくふっくらしたように思うが、その存在感はさすが。
また夫婦関係が希薄に描かれていると思うが、妻は妻でちゃんと母を見舞っていたり、お互いを認め合っていたからこその平気な遠距離だったのでは無いかと思う。
長崎に来るまで非常に馴染みの深かった京王電車が、運転手の養成という形で出てきたのは、驚きと共に懐かしさが。

2010.6.12

孤高のメス  2010

大鐘稔彦の同名小説を基に、脳死基準が確立されていない20年前を背景に、脳死肝移植というタブーに挑んだ一人の医師・当麻鉄彦(堤真一)。看護士・中村浪子(夏川結衣)の日記で回想しながら話を進めていく。
どんでん返しや派手なものは無く、実にシンプルに話が展開することによって、この重いテーマを見易いながらも感動できる画面に仕立てている。
特に浪子はセリフが少なめで、表情の演技が多かったと思うが、一緒に「にんまり」してしまう様な素晴らしい表情だった。
「孤高」とは「自分を高めることに専念し、自分に厳しい人のこと」。これは決して孤独とは違い、当麻の人としてシンプルに清い姿に敬意を払い、集まってくる人たちがいることで分かる。医師、人間とはこうあるべきだ。決して押しつけではなく、自分の背中で見せてくれる。
ドナーとなった少年。事故で脳死となったのだが、まだ心臓が動いている息子を手術室の前まで見送り、ドアーで遮られてしまう! この母親こそ素晴らしい人!
自分に置き換えた時が全く想像出来ないシチュエーション。冷静でいられるだろうか?
法律違反とされた時代の脳死肝移植をテーマにしているが、いつの時代でも「人が人として生きる」生き方を提示しているのだろう。それ故の、現代の映画だと思う。

2010.5.9

てぃだかんかん 〜海とサンゴと小さな奇跡〜  2010

世界初の"サンゴ礁再生"の奇跡に向かって夢を追いかけた金城浩二の自伝『てぃだかんかん −海とサンゴと小さな奇跡−』に基づく感動実話。「てぃだ」は琉球語で太陽を意味するそうだ。
漁業組合長の怒る場面と、母の花江がぶんなぐる場面と、妻の由莉がハリ倒すところ以外、沖縄のゆったり(しゃべりも動きも)が全面に…。それにしても、かなり「リキの入った」ハリ倒し方は、爽快! 映画館にも笑いがこぼれた。
本当の沖縄言葉を知らないが、セリフは波に漂うが如く柔らかくゆったり。だが、やや強調すぎて「学芸会」的に感じたのも事実。しかしこんなにゆったり気分で見た映画も記憶がない。
主人公が漁業組合長に「海んちゅなら海を守れ!」と怒鳴りつけるシーンは、信念ある者の強さだろう。
サンゴの産卵はクライマックスだが、沖縄の綺麗な景色が随所に配置され、素晴らしい。
男はいつも「夢」中心。それを支える「女」の強さ、母と妻。特に子供を巻き込んだ妻の強さ・偉さがよ〜く解る映画だ。
映画全編を包む "なんくるないさぁ" は、心地よいリズムだった。

2010.4.18

のだめカンタービレ 最終楽章 後編  2009

後編を見てみれば、これぞ「のだめカンタービレ」で、前編は「千秋カンタービレ」だったことがよく分かる。
ギャグは控えめにして、演奏シーンが多かったことは、コミックを知らないで見ている限り歓迎だ。
千秋のナレーションによる曲の解説が、知らなかったクラシックを身近なものにしているように感じる。なかなか良い構成だと思う。
前半は清良のバイオリンコンテストと、千秋とRuiの「ラヴェル ピアノ協奏曲」の競演がクライマックスかな。かなり雰囲気の良い時間の流れだった。
後半は、前編にはなかったシリアス編。のだめと千秋の恋心とその葛藤を、歯がゆくも描いている。
その心の揺れの狭間に、シュトレーゼマンとの共演での「のだめデビュー」を挟み、話題を盛り上げておいて原点回帰の連弾!
エンドロールは、数少ない綺麗な景色。その中でのキスシーンで終わると、誰がみてもハッピーエンド!
この映画全編を通してのメッセージは「音楽と正面から向き合うことの大切さ」かな。

2010.1.1

のだめカンタービレ 最終楽章 前編  2009

コミックを含めTVドラマ、スペシャルドラマも何も見たことはないけど今年最初の映画として見た。
誇張された演技もそういう物だと思えば、少々馬鹿馬鹿しく感じる所もあるが、おもしろい2時間だった。
CGはやや乗りすぎか?
それにしても、フランスなど5カ国で行ったロケは、素晴らしく綺麗な映像だった。

2009年

2009.12.31

THIS IS IT  2009

再上映をしていた。
2009年6月に急逝したマイケル・ジャクソンによって、死の数日前まで行われていたコンサート・リハーサルを収録したドキュメンタリー。何百時間にも及ぶリハーサルを一本の映画にまとめあげたもの。
マイケル・ジャクソンは、いままで一つ一つの曲としてしか見ていなくて、特に何かを感じるほどに身近にはなかった。だが、(映画にしても音楽にしても)いわゆる完成されたものでは無く、それが作られていく過程は人間性そのものが見える。改めてマイケル・ジャクソンファンになったと言っても良いかもしれない。本物のエンターテイナーを失ったのだとつくづく思う。

2009.12.31

孫文  2006

孫文という人は長崎とも関わりが深く、9回来ているらしい。また、一時日本に亡命もしていた。市内には、銅像や碑があるのだが。
ペナンで亡命生活をしながら、愛する人に支えられ革命に向かって活躍する。「人が人らしく生きる」が思想の中心だという。ただ、場面の中から思想的なものは見られない。演説の場面でも、ただただ資金提供を呼びかけるだけで、中身を感じられなかった。結果としては8度の革命に失敗し9度目に成し遂げたらしいが、それだけ失敗しても薄っぺらい演説で資金提供してきた海外華僑の人たちには、何が見えていたのだろう。よく解らない映画だった。
今回の映画館「セントラル劇場」は、いわゆる町の映画館。今はやりのシネコンではなく、小さなビルの2階に1スクリーン。昭和30年代の、小学生時代に行ったことのある映画館を思い出した。古い匂いがして、約120席の椅子も古いイメージ。

2009.11.1

沈まぬ太陽  2009

山崎豊子原作のフィクションとなっているが、JAL以外想像できない設定は今のJALに当てはめて考えても興味深い。202分の映画で、中間に10分間のインターバルがあるという、オールナイト以外では経験したことがない上映だった。個人的には、切らずに(インターバル無しで)通して見たかったと思う。特に前半の御巣鷹山での事故に絡む遺族とのやりとりには胸に来るものが… それにしても、世の中理不尽がまかり通りすぎる! なぜ悪い奴ほど権力を握れるのだろうか? 政治絡みも見えてくる。
ただ個人的には、なぜここまで会社に固執するのだろうか? 理不尽な人事を何回も受け入れる気持ちを聞いてみたい。結局犠牲にしているのは家族だということを知っての上のことだろうが、自分にはあり得ないことなので、やや不完全燃焼。
でも映画としては久しぶりに、映画らしい映画、大作を見た気がする。 特にラストのアフリカのシーンはそれだけで見物。

2009.10.25

いのちの作法  2009

岩手県沢内村(現西和賀町)の行政の軌跡をたどるドキュメンタリー。昭和30年代に「豪雪・貧困・多病多死」などを乗り越え、「いのちに格差があってはいけない」と立ち上がった深沢晟雄(まさお)。1957年、深沢氏は村長に当選。次々と全国初の「生命行政」を実践し、日本初の乳幼児・老人医療費無料化などの政策によって1962年、乳幼児死亡率ゼロを達成、成果をあげるが、1965年、病により死去した。その根底にあったのは「すこやかに生まれ、すこやかに育ち、すこやかに老いる」という精神だった。
西和賀町は沢内村と湯田村が合併して誕生した小さな町だが、「生命尊重の理念」を町是に掲げ、それが50年以上もの間、”いのちの作法”として、変わることなく受け継がれている。
また、集落の再編成事業は、住民を孤立させないよう、広場と公民館を中心に配置して進めたという。
さらに驚いたのは、死と隣り合わせの老人ホームで、入居者とその家族・職員が、”看取り”について開放的に語り合う「死生観を語る研修会」。死は誰にも来るもの、付け刃ではない生命尊重が浸透している証明かも知れない。
登場する人に悪い人は誰もいない。そしてその人達の笑顔の素晴らしい事。心の底から笑っている。
まさにユートピア、桃源郷か。
人が人と関わって生きていく事の理想型かもしれないが、過疎に違いはなく、どのようにして生きていく糧を得ているのだろう? 補助金という飴に頼っている様な気がしてならないが、自立する姿勢はほとんど見られないのが残念だった。

2009.8.23

The Sirota Family and the 20th century シロタ家の20世紀  2008

戦前戦中に日本に長期滞在することになった世界的な名ピアニストだったレオ・シロタとその一族の運命を描いた映画。日本の音楽界にも大きな影響を与えた人。藤田晴子、園田高弘などを世に送り出した。
レオ・シロタの娘、ベアテ・シロタ・ゴードンさんは日本の新憲法の草案作成に関わって、男女平等の条文(現在の24条)を書いた人。日本女性の地位向上と、この憲法にこめられた世界平和への理念を訴えた。
『ベアテさんの想いを受け継ぐかのように、スペインのカナリア諸島、グラン・カナリアのテルデ市にあるヒロシマ・ナガサキ広場には、スペイン語で書かれた日本国憲法9条全文の碑が掲げられ、市長は「あの条文は世界の希望です」と語る。』

2009.7.26

ごくせん THE MOVIE  2009

いつも通り、悪に立ち向かい、守るべき物を守り、そして教頭(理事長)とやりあう。
テレビドラマより、遙かにおおげさな設定がいくつかある。特に後半倉庫の壁を破壊して登場する場面はヤリスギだろう。
さらに今回初めてのヤンクミのピンチ。そこには教え子達が協力したり、実習生として登場の小田切がやや消化不良の感じながらもヤンクミを助ける立場で好演。何回か出てくる「あいつ(ヤンクミ)に教わったんだ…」のセリフはなかなか良い。
それにしても、仲間由紀恵という女優は、セリフが実に明瞭!

2009.7.9

The Reader 愛を読むひと  2009

市電の車掌として働くハンナに惹かれる少年マイケル。次第にハンナのアパートで愛し合う。映画が始まって少しから、この描写がかなりリアルにまた時間もある程度割かれていたことにビックリ。そしてこの密会はいつもマイケルに本の朗読をさせる。それがこの映画の大事な布石だった。
ハンナが車掌から事務職に昇進の話で行方不明になってしまう。
マイケルが法科の学生になり傍聴した裁判でハンナと再会する。それは戦争で収容所の看守になり、ガス室送りの囚人の選別をしたことがユダヤ人虐殺に当たるというもの。その裁判でも、筆跡鑑定を拒んだために首謀者として祭り上げられる。
それはハンナが文盲だったからだが、どうしてそこまで頑なに文盲を隠そうとしたのか、命と引き替えになるほどに。文盲ということはそれなりの教育しか受けていないと言うことだろうが、裁判で「あなたならどうしましたか?」と裁判長に反問するところは小気味良いところだ。
マイケルは服役中のハンナに朗読テープを送ることを思い付く。テープを受け取ったハンナは、図書室から同じ本を借りて来て、独学で字を覚え手紙も書ける様になる。
出所後のことをマイケルが準備してくれているのに、結局大事な本を踏み台に自殺してしまう。
奥が深いテーマだと感じるが、自分の中では消化しきれないいくつもの?が残った映画だ。

2009.5.17

Angels & Demons 天使と悪魔  2009

続『ダ・ヴィンチ・コード』の映画。
全作よりも展開が早い。その分、観客が考える時間がほとんど無かった。それだけ映画を見せていると言うことかもしれないが。
宗教vs科学の始まりが「反物質」という分かりにくいものであったり、網膜認証の為に眼球を刳り抜く現場がどうやってそこまで入れたのかなど、疑問も残る。
しかし、アクション物とも言える展開と、綺麗な街並みや美術品には目を引かれた。
いかにも犯人か? という人はやっぱり犯人ではなかったが、最後はお決まりのどんでん返し。
派手なヘリでの脱出・爆破、最後の種明かしが、オーソドックスな隠しカメラとは以外だった。
ロケを拒否され、ほとんどを作ってしまったというがそれも凄い!
ちょっとガチャガチャした感もあっという間の138分。
特に印象に残っているのは、エンドロールの始まった時に流れ出したバイオリンソロの深ーい音色!

2009.2.15

GATE −A TRUE STORY−  2008

昨年10月に公開されていたが、時間的に行かれなかった。今回「長崎大学上映会」というイベントがあり見ることができた。

まず驚きは、広島に落とされた原子爆弾による火を現在まで燃やし続けていた、という事実!
福岡県星野村の山本達雄さん(当時広島の部隊で任務に就いていた)が叔父の遺骨代わりにくすぶっていた残り火をカイロに採火して持ち帰ったという。その後の23年間はひっそりと個人宅にて火を燃やし続けていたが、当時の村長の耳に入ったことから「平和を願う供養の灯、世界の平和の道しるべの火として永遠に灯し続けるため」に星野村に正式に引き継がれたらしい。
その燃やし続けた「原爆の火」を、原爆が生まれたアメリカのトリニティーサイトへ持って行き、そこで消し去ることで負の連鎖を断ち切りたいと、災いの炎を元の場所に戻し、災いを終止する、フリーサークル(完全なる円環)を目指し、25日間で2,500kmを歩いた僧侶たちを記録したドキュメンタリー映画。
原爆を落としたアメリカ人を許せなかった僧侶や末期ガンで胃を切除している85歳の僧侶、スタート時はもう少し居たのに、最後はその2名を含む3名だけ。壮絶さは十分伝わる。
しかし、アメリカを許せない僧侶の言葉は出てきたが、それ以外に恨みや憎しみは一切出てこない。復讐とか抗議とかそういう行動ではなく純粋な平和・核兵器廃絶への歩み。
淡々と歩く僧侶達からはなにも押しつける物はない。それでも、それだから余計に平和を考えさせられる映画だった。2005年に撮影された、実話である。

映画終了後、監督のマットテイラー氏(GND Fund代表)とGND Fund長崎 代表の川口氏、ロシアの核兵器の専門家という方が Skype で参加のパネルディスカッション。
GND Fund は、世界核兵器解体基金で、(http://gndfund.org/jp/index.html)
「核兵器が私たちの税金で作られたのならば、なぜ税金を納めている市民である私たちの力で核兵器を買い戻すこと(解体)ができないのか?」 という素朴な疑問から立ち上がった組織。
2006年には、ロシア政府の代表と核兵器解体の公的参加を許可する条約議定書が調印されている。これは核兵器解体に市民が参加できる歴史的な調印だった。
監督のマットテイラー氏は非常に気さくな方で、公式パンフレットにきちんとサインをしてくれた。サインをしているとき、書き込む名前を聞かれて昨年神奈川からIターンした旨話していたら、とても流ちょうな日本語で「ボクも長崎に住民票を移したいんです」と言われた。ちょっとビックリだが、うれしい限り。

2008年

2008.11.3

まぼろしの邪馬台国  2008

まず感じたことは、宮崎康平のアクの強さと小百合さんの美しさ! そして島原の景色の美しさ。
島原鉄道の取締役で、島原を心から愛する康平は、ちょっと独断で事を進める為に解任されてしまう。
目が不自由でも感性は鋭い。間違いない心の目を感じた。
昭和32年の大水害による鉄道復旧作業で発見した土器の破片から、邪馬台国探しを始めるが、早稲田大学時代の恩師にその発端があったらしい。
目の不自由な夫に本を読み聞かせ。立体地図を作って地理を確認させ、さらには口述を筆記していく妻の存在。その妻和子も放送局で出会ってから、強引に観光バスの教育係に迎えさらには妻にと康平に何か惹かれるものを感じていたのでは無いだろうかと思う。
今も島原市に暮らす和子さんの「夫にとって、九州が世界の中心だった」と言う言葉が、宮崎康平をよく言い表しているだろう。

2008.11.2

おくりびと  2008

納棺師という職業、あることすら知らなかった。葬儀屋さんの仕事の一部としか思っていなかった。
チェロ奏者の夢をあきらめ、故郷に帰って見つけた条件の良い求人広告。仕事の内容を全く知らないまま即採用。戸惑っていた大悟(本木雅弘)も次第に納棺師の仕事に誇りを見いだしてゆく。しかし周りの人間の冷たい視線は、気持ちとしては良く解る。
映画としての見せ方もとても上手で、ぐんぐんと引き込まれていく。
誰もが迎える死に対し、最大の尊厳を保って「旅立ちのお手伝い」という気持ち、素晴らしい!
主人公の立ち居振る舞い(所作)がまた見所。山崎努と本木雅弘の密度の濃い演技も素晴らしい!
映画のバックで流れるチェロの旋律が非常に綺麗で、場面を美しくているとも感じた。

2008.10.19

おいしいコーヒーの真実  2006

消費者とすれば、少しでも安くと思う。
しかしその為に生産者の収入が少ない…それだけではなく、ニューヨーク商品取引所が決定するコーヒーの先物相場によって、コーヒーの価格は決定されるなど、我々が飲む1杯のコーヒーの値段に対する生産者価格が安すぎることを提起している。
公式HPにも載っているが、330円のコーヒーで生産者に入るお金は3〜9円。
コーヒーの生まれた国、エチオピアの貧農が生きていく為に麻薬の素になる植物に転換していく話など、ビジネスとして考えた時に、自分だけが得するビジネスは少なからず破綻すると思う。双方が潤うことで初めてビジネスと言えるのだろう。

2008.10.19

P.S. アイラブユー 「P.S. I love you」 2008

普通の夫婦を表す様にいきなりの夫婦げんかで幕を開ける。しかし、ちょっと夫婦げんかにしてはキツ過ぎではないかと思った。
突然の夫の死。なかなか受け入れられず、落ち込んでいるホリーに夫からの「消印のない」手紙。その手紙に導かれながら、家族・友人に支えられて精神的に立ち直る。その過程では結構笑いもあり。主人公の一人が死ぬ映画で、笑いやハッピーエンド(と言えると思う)と言うのも、不思議な映画かも。
ジェリーの病気についてやジェリーが死ぬ場面、さらには結果だがジェリーが母親に手紙のことを頼むシーンをほとんど描写しなかったのは、手紙にスポットを当てる意味で有効だったかなと思う。しかし、母親がジェリーの協力者だとは本当にやられたって感じです。
10通の手紙ももっとスピーディで良かった様に思うし、個人的には、いつまでも気持ちを引っ張らせることがどうなのか?とも思う。

2008.7.20

花より男子ファイナル  2008

我が妻のお気に入りで、長崎最初の映画として見に行った。

このシリーズ(と言って良いのか?)は全く見た事が無い。
親なり家なりの裕福さで、生意気な若造が…… そんなイメージが好きでなかったから……
そんな訳で、この一本だけの映画として見たのだが、想像通りの究極のおとぎ話。
大財閥の御曹司・道明寺司(松本潤)と超庶民の牧野つくし(井上真央)の結婚をめぐる騒動が、あり得ない話の展開を見せるのだが、最後までストレートに愛を貫き、その愛を手に入れる為に身体を張る、そんな若造に好感を覚えた。
2時間が短く感じた、楽しめたことは間違いない。