シベリア回想録

 エルムの実には翼があった(全10編)

序章・敵前逃亡(二)

奉天市内にわが貨車群団が着いたその日の午後、陛下の玉音放送があったことを知らされた。

市街では陸軍病院が引きあげを開始したらしく、其所此処に傷ついた白衣の兵士が、行き先の当てない彷徨に迷い、随所にその哀れな姿をみないわけにはゆかない有様だった。そんなわけで部隊は郊外の山中にこもり、武装を解除した。


両三日山の中に夜営したが、しょぼ降る雨の晩は日露の戦役でやられた彼我の骸であろうか、その辺りから黄燐が青白く燃えたりしていて、当時血気の若者も、雨にうたれながら鬼気迫るものを感じた。 私はここで捕虜となり、ソ連軍に連れて行かれるのを、なんとしてでも遁れるべく心が逸り、次の晩、仲間を誘って策謀した。
朝鮮に向い、一路釜山港へと縦走南下して、舟さえ手に入れば日本へ帰れる、そういう単純な策だった。

その晩、中隊の不寝番の編成を仲間だけに限るよう、午前三時の上番に割り当てて、機を待った。

この逃亡に加わったのは、私を含めた六人の若者で、計画通り隠密に隊を離れることが出来た。数日分の食糧、途中での路銀の足しにするための、軍衣や靴等を大八車に積み、小銃はその中に隠した。 わざわざ大八車を用意したのは、使役が早出で作業に出かける風に見せかけるためのものであった。

だが、歩哨はたやすく銃を発見してしまった。すでに武装を解除しているので、不審に問われ、直ちに連隊本部へと哨兵が急報に飛んだため、最早これまでと闇の中に遁走した。

暗い夜道は歩速を拒み、行く手を阻む難儀に加え、後方からは友軍の追手がせまっている。止むなく車を捨て、各自背負うた雑のうだけの身軽になって、千里も一足にと逃げた。 畑を飛び、森をぬけ、湿地を渡って、遁れられるだけ遠くへ遠くへ、夜が白むまで走り続けた。

明け方、小さな部落に着いた。いっときの休息をしたいむね、その部落の古老に話したところ、快き態で中庭に案内された。だがこの招きには罠があった。

ちょうど車座になって朝めしを食べ始めた頃、われわれは部落の一角から拳銃らしいものでいきなり狙撃され、みるみるうちに拾数人の屈強な男たちによって包囲されてしまった。
日本人はすでに満州国においては、敗残の群として追われている身の上だと気づくのに、そう時間はかからなかった。 しまった、と思うと同時に皆に向って叫んだ。

全ての持物を捨てろ、銃もだ、そのまま銃声の方向を横切って走れ、と。むろん食べかけの飯盒もほっぽり出して、脱兎の如く突走った。




次号、「敵前逃亡(三)」へつづく


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編集者注:玉音放送「朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を収拾せむと欲し、茲に忠良なる爾臣民に告ぐ。朕は帝国政府をして米英支蘇四国に対し、其の共同宣言を受諾する旨、通告せしめたり。」 1945.8.15