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分煙がもたらすもの ('02/10/15)

■仕事中の気分転換方法

 歯に歯垢が付くと表面がザラザラして気分が悪く仕事に集中できない。そこでスッキリしたくて歯を磨こうと思った。気分転換だ。
『…でも、待てよ?休憩時間でもない、仕事中に歯を磨くのってアリなのか?』

 周りを見ると仕事中に歯を磨いている人はいない。休憩時間まで待つか…と思ったが、そういえば仕事中でもタバコを吸っている人たちは大勢いるじゃないか?
タバコを吸う理由は気分転換。タバコと歯磨き、手段の違いこそあれ求める結果は同じだ。費やす時間もあまり変わりない。しかし、喫煙と違ってあまりに不自然で気が引ける。

 すこし飛躍させよう。僕の一番のリフレッシュ方法はラーメンを食べることである。歯磨きなどの比ではない。もし仕事中にラーメンを食べることができたら仕事の精度が上がりひらめきも沸くはず。
食べるのも早いから、カップラーメンならお湯さえ沸いていれば喫煙者が一服する間に食べつくす自信がある。

 しかし会社には喫煙所はあっても“ラーメン所”はない。おかしいではないか!?ラーメンはもはや国民的嗜好品のはず!

 冷静に考えると、仕事中に行われる仕事以外の行為の中で、喫煙という行為がナゼこれほどまでに浸透し容認されるのか不思議に思う。
前置きが長くなったが、理由を考えてみたい。

■喫煙所は聖域

 僕の会社では数年前“喫煙所”が設けられた。
タバコを吸わない人に煙が届かないよう、オフィスから離れた場所に喫煙者を隔離してしまうのだ。喫煙者はそこでしかタバコが吸えない。
このようにしている会社は今や珍しくはないだろう。 分煙は良いことだ。確かに煙の嫌なにおいが届かなくなった。しかしこの喫煙所。裏を返せばこれは喫煙者だけが利用できる専用区域。いわば喫煙者にとっての“聖域”である。
どの会社も場所の確保には苦慮しているはず。喫煙所にするのだったらちょっとした物置や、喫煙者/非喫煙者の別なく利用できる休憩所にしたほうがよほど有意義ではないか?
なので喫煙所は屋内ではなく屋外に設置するのが正しい。

 さらに、この“聖域”は喫煙者と吸わない人との間の溝を広げる要因にもなっている。
かつてのように自席で仕事をしながら一服できた頃とちがい、喫煙所にいることはそのまま“休憩”でしかないからだ。
仕事中に机を離れ、喫煙所でプカプカ。『ちっ、また一服してるよ』と、非喫煙者から白い目で見られること請け合いになってしまう。

 会社の貴重なスペースを奪い、喫煙者と非喫煙者の間に軋轢を生み出す。あらゆる意味で会社にとって負荷要因である喫煙という行為。 なのに喫煙権は手厚く守られている。

■分煙の本当の意味

 タバコの常用はニコチン中毒。つまり依存症=病(やまい)だ。ところが会社は彼ら病人に対して治療を促すどころか『もっと吸え』とばかりに聖地(場所)、と権利を与える。本来なら剥奪すべきだろう。

 以前僕はコラムで『タバコを吸ったときの頭の冴え渡る感じ』を述べた。『スコーン』と突き抜けるような爽快感で、仕事でも何にでも持久力が生まれ『一歩踏み込んだ結果が出せる』と書いた。

 ―― つまり、会社は『健康などどっちでもいいから、中毒でよいから、病でも構わないから、一歩踏み込んだ仕事をしてくれ』と言っているのではないか?

 そう考えると、少し怖い気がする。戦中戦後、過酷な作業に耐えるよう労働者に“ヒロポン”を与えていたという話を聞くが、そんなことを思い出した。