
update 04/08/15
ヘビーではアンビシャスカードの問題点について書いています。
☆ライト☆
| 《現象》 1枚のカードを覚えてもらい、デックの中ほどに差し込みますが、次の瞬間にはトップに来ています(場合によってはボトムにくることもあります)。 |
アンビシャスカードと言えばカードを扱うマジシャンなら誰でも手掛け、そして心強いパートナーとして愛されているものだと思います。
このイフェクトの優れたところは「いつでも」、「どこでも」、「誰に対してでも」、「何度でも」出来る点ででしょう。即興で出来てこれほど使い勝手のよいマジックは、なかなかお目にかかれません。
また、「現象が分かりやすく」、「動作がシンプルで」、「全てが公明正大に行われ」、「怪しさを感じさせることなく」、「とにかく不思議」という現象面での優位性も見逃せません。
ただ、あまりにも優れすぎた存在の為に、意外にもぞんざいに扱われがちなのが少々気になるところです(このイフェクトは多少雑に扱っても充分に効果を発揮できてしまうほど優れているのです)。
とにかく、カーディシャンなら必ず身につける必須のトリックです。
| 《演技例》 「トランプのマジックというと、こうやって広げて『好きなカードを1枚選んでください。』って言うのありますよね?そういったのはありきたりですから、ちょっと変わって事をやってみましょう・・・。そうだなぁ・・・”嫌いなカード”を1枚選んでくれますか?(笑)」 デックを広げて1枚のカードを触ってもらいます。そのカードの表に返します。 「えーとこれは・・・スペードの8かぁ・・・やっぱりね。私もこのカードは結構嫌いなんですよ。ところで、あなたは何でこのカードが嫌いなんですか?・・・特に理由はない?まあ、どちらにせよ嫌われているわけですから、このカードは使わないようにトランプの中ほどに入れておきましょう。」 スペードの8を裏向きにし、デックの中に挟み込みます。
「さて、それではここで新しく1枚のカードを使います。これは嫌われていないカードなら何でも良いので一番上のカードを使うことにしましょう・・・」 と言いながら一番上を捲るとスペードの8がでてきます。 「あれ?これは・・・スペードの8ですねぇ・・・。ん?これはさっき確か・・・?!」演者はちょっと不思議そうな顔をします。
「このカードは嫌われているカードなので、使わないようにします。しっかりと中に入れて置きましょうね。・・・これで大丈夫です。」 スペードの8をデックに差し込みます。 「さて、これからやるマジックに使うカードは1枚だけなんです。だから嫌われているカードを使う必要はありません。」 こう言いながらトップのカードを再び取りあげて、(演者は見ないで)観客の方にカードを向けます。 「それでは、このカードをしっかりと覚えてください。」 と言いますが、そこにはデックの中に入れたはずのスペードの8があるので、観客はおかしな反応をします。 「え?どうしました?」 その場のおかしな雰囲気を察して、どうしたのか聞きます。観客が答えても答えなくても、演者は何気なく手に持ったカードを見て驚きます。 「?!おや?どうしたことだ?」 演者は頭を掻いて不思議がります。
「えーと・・・このカードは中に入れておきます・・・。ちょっと切り混ぜた方が良いかなぁ・・・。」 スペードの8を差し込み、よくきり混ぜます。 「さてと・・・」 切り終わったらトップを捲ります。しかしまたスペードの8が出て来ます。 「・・・やれやれ・・・どうしたものか・・・。あ、そうか!わざわざ嫌われているカードをトランプに差し込むからいけないんですよね?このカードは使いませんので脇に置いておきましょう。」 スペードの8を裏向きにしてテーブルの脇に置きます。 「そうすると・・・こちらは当然スペードの8では・・・ないよな・・・?。」 不安そうな素振りをしながら、コッソリと演者だけ一番上のカードを確認します。 「お!大丈夫です。よかったぁ。それでは、このカードを使いましょう。」 演者はスペードの8でないことにホッとして、トップのカードを捲って見せます。見せたら、また裏向きにします。 「ま、最初からこうすれば良かったんですよね。嫌われ者のカードはこうやって脇に置いておけば間違いないんです・・・。」 そう言いながら脇に除けたカードを観客の方に向けます(このとき演者は見ません)。 また観客がざわつきます。なぜなら、そこにスペードの8が無く、別のカードになっているからです。 「ん?どうしたんですか・・・?いや。だからスペードの8はここに・・・無い?!」 演者はカードを見て驚きます。 「うそ・・・。だってさっき・・・あれ?・・・と、いうことは・・・」 デックのトップを捲るとそこにはスペードの8があります。演者は呆れたような、困ったような表情をします。
「ふぅ〜。やれやれ。私がこのスペードの8を嫌う理由がわかるでしょ?このカードはご覧のように大変でしゃばりなカードなんです。だからいっつも顔を出してくる。なんとも厄介なカードなんです。」 先程脇の除けたカードをデックに差し込み、デックをよく混ぜます。 「でもね。本当に嫌いな理由は他にありましてね・・・。」 演者はデックを見ながらちょっと嫌そうな顔をします。 「一番最初に言いましたが、よくマジックでは『好きなカードを選んでください。』というものがあるじゃないですか?ああいったものは実はこういったでしゃばりなカードを予め知っておくと便利なんです。なにせすぐに顔を出してくるわけですから、そのことがわかっていれば当てるのは簡単でしょ?あとは、思ったところにカードをコントロールしたい場合も、このでしゃばりな性質を利用すれば簡単です。どんなに混ぜても一番上を捲ればでしゃばりなカードが出てくるんですからね・・・」 と言ってトップを捲ると・・・全然違うカードが出て来ます。 「ん?あれ?ちぇっ・・・やっぱりそうか・・・。実はここが問題なんです。私があのスペードの8のカードを嫌う本当の理由は、いざ役立てようとした時には出てきてくれないことなんです。」 演者はデックを表に返して広げて見せます。 「ほらどこを見てもスペードの8はないでしょ?でも、それじゃあ、あのカードはでしゃばるのをやめたのかと言うと・・・そうではないんです・・・。」 演者はデックを閉じて裏向きに直します。 「今までは一番上を捲ると、でしゃばってきていました。しかし今は・・・」 と言いながらデックをリボンスプレッドします。中ほどにはスペードの8が表向きになって現れています。 「このようにカードを捲るまでもなくでしゃばっているんです。なかなか足並みを揃えないでしゃばりな奴だから、私はこのカードが大っ嫌いなんですよ(´〜`ヾ)」 スペードの8を抜き出して呆れ顔で見つめて終わります。 |
これは私が実際に演じている見せ方を少しアレンジしたものです。単純にDLを繰り返すだけのトリックですが、好評の手順です。
☆ヘビー☆
さて、一般的に、この『アンビシャスカード』はどのような演出で演じられているでしょうか?
私が見る最も多いパターンは『マジシャンの特殊能力を披露する演出』が挙げられます。つまり、「マジシャンはカードをあっという間に移動させることが出来る。」という“妙技”を見せる演出です。
しかし、この表現は「危険性をはらんでいる!」と言わざるをえません。
なぜなら、「マジシャンの妙技はトリックによって起こされている。」という観客の知識から、『マジシャンの妙技』に対して劣等感を抱く観客が存在しえるからです。
「自分には出来ない事を人にやられることで劣等感を覚える。」という人は少なくありません。
こういったタイプの人に対して、このアンビシャスカードの表現は大変挑戦的であり、またそのトリックを見破ることができない観客は当然のように屈辱感、敗北感、劣等感を持ってしまう可能性が高くなってしまうのです。
「どこから見ても見破れず、完全に不思議なマジックは優秀である。」と思われることも多いですが、一概にそうとばかりもいえません。基本的に『優秀なマジック』の定義は「観客が楽しめる。」、「観客が喜べる。」を最低条件として持っていなければならないからです。
「不思議である・種が分からない。」という事実はそれだけでは面白味と何ら関わらないものなのです。
逆に「不思議である・種が分からない。」という感情は観客を不安定な心理に陥らせる要因となる場合が多いのです。
しかし、このような事に思いを巡らせているマジシャンは意外に少ないかもしれません。
その証拠にアンビシャスカードは「観客の性格を選ばず、誰に対してもウケが良いマジック。」の代名詞となっているようです。
それは何故でしょうか?
観客を不安定な心理にさせる要因は実に様々です。
意外にも多い要因に「今見た現象は良く考えればトリックが分かりそうな気分」というのが挙げられるかもしれません。
この気分を与えるキッカケはホンのちょっとした違和感です。
マジシャン側のホンのわずかな怪しい行動に対し違和感を持ってしまうと、「その違和感の正体がトリックに通じている。」と推測される為『トリックに対する疑惑』という最も『不安定な心理』に導いてしまうのです。
しかし、アンビシャスカードにはそれがあまりありません。
本当に公明正大な状態から不思議を起こす為に「トリックを詮索させる“不安定な心理”の取っ掛かりを与えない。」という特性があり、これはそのままウケの良さに繋がったりします。
また、あまりにダイレクトでリベラルな状態でイフェクトを見せられると、かえって『トリック』に対する探求意識・挑戦意識がそげてしまうことにもなり、これにより現象を素直に感じさせ、ウケに直結することもあります。
このように考えると確かにアンビシャスカードはウケの良さを裏付ける要素に溢れていると言えるでしょう。
ただし、いかに優れたトリックであろうと演じ方を間違えてしまえば、観客を不安定な心理にさせる要素は生まれてしまうのです。
先に言った敗北感や屈辱感も「一歩間違えば与えてしまう可能性に満ちている。」ということは、演者としてしっかりと知っておかなければいけない事実でしょう。
それではアンビシャスカードは『危険なマジック』なのでしょうか?
いいえ、違います。
私が問題としているのは『マジシャンの妙技』を見せる演出について言っているのです。
そして、アンビシャスカードの原案においてはこの問題点を既に解決しています。
アンビシャスカード本来の演出は「このカードは大変野心的であり、常にトップに上りたがる性格を持っています。」という台詞で始まり、この台詞がそのまま「アンビシャス(野心的な)カード」と命名されたゆえんです。
この演出において見せるのは『マジシャンの妙技』ではなく、『カードを擬人化したフィクションのストーリー』なのです。
このような見せ方ならば観客が敗北感に襲われる心配はかなり軽減されると言えるでしょう。
もし、見せられるのが妙技であるならば、観客よりも演者の持つ能力の方が優れている様を見せつけるのですから、当然劣等感が生まれてもおかしくありません。しかし、そこで見せるのがトリックを媒体としたフィクションであるならば、観客はその現象を素直に楽しむことが容易に出来るようになるのです。
アンビシャスカードのトリックを単なるテクニックの披露ではなく、演出面にもこだわったこの『フィクション化』は大変優れた『プレゼンテーション(演出)』であると言えるでしょう。
つまり、『アンビシャスカード』とはその内面に含まれる問題点を見越した上で、それを解決する配慮が既に施されていたアクトなのです。
しかし、それが人から人へ渡る間に、その現象面の面白味だけが一人歩きしてしまい、プレゼンテーションや配慮が置き去りになってしまったのではないでしょうか?(これは伝言ゲームに似ている感じです。人伝えで広まったものは往々にして本質がスポイルされてしまうものなのです)。
マジック愛好家は基本的にトリックだけでも、テクニックだけでも、そして不思議な現象だけでも楽しめる人種です。それだけに、逆に言えば大切な点を見逃してしまうこともあるのかもしれません。
一方、一般の人はトリックだけでは、テクニックだけでは、不思議な現象だけでは楽しんでくれない人も多くいます。そういった人には『不思議以外の魅力』が必要不可欠なのです。
もちろん、私は「“マジシャンの妙技”を見せる全ての演出が、間違いである!」と言っているのではありません。
「“妙技”というのは、観客を不安定な心理にさせるファクターになりえる可能性がある。」と危惧しているだけです。
演者側がその事をしっかりと踏まえた上で、不安定な心理に陥らないように配慮して演じる分には『妙技』も立派な演出の一つとして存在する価値があると私は考えています。
※ 『戯』にて参考文献紹介