村上博志の供述調書に対する反論

大阪市生野区新今里7丁目12番17号

吉 川 真 二

平成13年8月10日

私が永和信用金庫から建造物侵入罪で告訴された刑事事件の1審で村上博志(奈良市学園朝日町12番16号)が平成12年2月23日、大阪地方検察庁において供述した供述調書は大阪地方裁判所に提出されました。

裁判所から取り寄せた供述調書と村上博志の録音テープ反訳速記録

(平成5年5月1日に録音)を比較されても、村上博志は谷口光雄弁護士と策謀し永和信用金庫と結託して私に損害を被らせた言動と行動を行っていたので嘘と偽りの理不尽極まることばかり供述しているのは明白であります。

      村上博志は供述調書(611行〜76)で次の通り供述しています。 昭和50年ごろ、谷口先生から頼まれて、永和信用金庫の事件の関係での手伝いをしたことが2回ありました。 
 その手伝いと言うのは、私が谷口先生の名刺を持って永和信用金庫巽支店に行き、事前に谷口先生から連絡を受けていた永和信用金庫から吉川の預金通帳の台帳コピーを受け取りそのチェックをしたと言うのが一回、また吉川の手形と現金払戻請求書のコピーを受け取ってきてこれもチェックしたと言うことが一回あったのでした。と供述しています。

《反論》

 確かに村上博志は、谷口弁護士事務所で私と安東日明も交えて打合せをした時に村上博志は、現金払戻請求書のコピーをチェックしましたが、村上がチェックする為に書き込んだ筆跡と金庫側から裁判所に提出された(乙12号証)の手形貸付元帳では村上博志と結託していることが発覚するので都合が悪いので金庫側代理人弁護士吉田朝彦は、村上博志の書きこんだ(改竄)箇所を全て抹消して新たに手形貸付元帳と差し替え裁判所に提出しているのです。

A-1,B-1には村上博志の筆跡の書きこみがあるが、金庫側代理人が裁判所に提出した書類、A-2,B-2はその部分が削除されていた。
 
A-1


A-2

B-1

B-2

  この件を考察しても村上は,私の承諾を得ず勝手に幾多も金庫へ行き金庫側と折衝していたので金庫職員及び杉山常好の不法行為は知っていたので金庫は村上博志及び谷口弁護士と結託して私を抜きで裏取引したと確信しています。

  平成11年3月4日、永和信用金庫へ行き業務副部長金澤繁彦と考査部(元審査部)五十棲義明との三者対話(録音テープ反訳速記録,乙、第七号証)で対話しています。

  しかし、私は録音テープで録音されていることは知りませんでした。平成14年1月24日に金庫側代理人中村泰雄弁護士から提出したのですが私としては望外の喜びである。

録音テープの三者対話
吉川 わし()の言うのは、村上が当初から金庫の元帳全部を     調べよったと。
五十棲 そりゃ そんなん。
吉川 しかし、考えられんことになっとるから俺、言うとんのやないけ。
五十棲 村上さんが金庫に来て、なぁ金沢さんなぁ。
金澤 元帳に書き込んだり,そんなことは,まずどんなことあっても無理やわ,それは。
吉川 これ、おたくから出た資料や。
金澤 村上の筆跡だけが,あるてそんなもん私ら見たら考えられん話やで。

    との三者対話ですが村上が金庫へ行き元帳に村上が記入することは無理のように証言しています。

     しかし,現実にも前記の手形貸付元帳には村上博志が書き込んだ筆跡があるので金庫代理人吉田朝彦弁護士は村上と結託した違法行為は事実であるので村上の記入箇所を全て抹消して改竄した資料を差し替えているのです。

   平成12年2月3日,永和信用金庫本店で金澤繁彦に、手形貸付元帳に記載されている手形振出人は,村上博志が書きこんだと指摘し質問すると,金澤は「村上は個人的な欲で金庫を追い詰め、金庫側の資料を調査する為,出入りしていたと・・・推測やけれども思う」と発言していました。

2,村上博志の供述調書(9頁終〜10頁5行)

    そもそも私自身,永和信用金庫と取引はなく,永和信用金庫の店舗に入ったことも,この2回以外はありません。と供述していますが、村上博志が幾多も金庫へ言った事実を次の通り立証いたします。

《反論》

 (1)、昭和50121日に谷口弁護士は,名刺の裏に谷口弁護士の委任状を記入、村上博志に渡し私と安東日明を一緒に金庫へ行くことを指示した。

金庫巽支店に行った村上博志は,谷肇支店長に名刺を渡し面談し調査をしました。

前日(昭和50118)に谷支店長から提出を受けた手書提出書類の記載事項の中、私とは無関係の金本光寿、野山菊敏、安田勝嘉の振出手形が記載されていました。

C
赤の囲み内の手形三通は、杉山常好と金庫間との取引手形が私の一覧表に紛れ込んでいる事実

支店長代理檜垣安紀に調査指示させたところ、杉山常好と金庫間との手形であることが判明いたしました。また、取立依頼手形が私の知らないうちに、割引手形及び貸付手形として改竄、実行行為をされていたのです。

D 取立て委任手形6通が勝手に割り引きに組替えられている事実、また、手形貸付に組み戻しと改竄されている事実

調査した結果、村上博志は谷支店長に私との取引元帳の写しを請求依頼したところ、谷支店長は、顔色を変えて色々な言い訳をし、

『某組(ヤクザ)をバックに西成区の売春婦を相手に頼母子講で金を集め,その金を貸して金が膨らみ,それで浪速区に本店を置き今の永和信用金庫が発足した』と私達等に金庫職員と杉山常好の不正行為を隠蔽する為の威圧を与える言動で書類の提出を拒否しました。公的金融機関となす永和信用金庫として必要不可欠な言動であり傲慢な態度だったのです。私達三名は帰りに谷口弁護士事務所ヘ寄リ,谷支店長の威嚇発言の事を報告したのです。すると谷口弁護士と村上博志は,翌日、金庫本店へ行き資料の提出を求めるアドバイスをしたのです。
村上博志の録音テープ反訳速記録(4314行〜468行)で谷支店長が発言した事を説明しています。
 また、前訴の昭和63116日付、準備書面で『谷支店長において,金庫は暴力団のバックがあるかのごとき原告(吉川真二)に対して威圧を加えるかの発言をした。』と立証していました。
  尚、前記の「三者対話」で私の発言において「巽支店の谷支店長に資料提出を求めたところ,暴力団の名前を出して提出を拒まれた」趣旨の話が2ヶ所(P,71617行目、P,2126行目)、「・・・?・・・」と記載されている(金庫側が録音していたテープからの速記録であるが、聴取可能にもかかわらず・・・)。
これは意図的な削除と思われる。

 谷支店長が暴力団の名前を出して元帳控えの資料提出を拒んだ事について,重大な事実であるにもかかわらず、金庫側から一言も触れられていないし,反論の弁論をしないでいるという事は谷支店長の言動を認めているのです

(2)、昭和50年1月22日、村上博志及び安東日明の3人で永和信用金庫本店へ赴き田中美稲常務理事と面談。昨日,谷支店長が威嚇発言した事を合わせて今までの経緯を説明するに至った。

そして私との取引書類等資料の提出を受ける確約を取り、谷口弁護士に報告しました。

(3)、昭和50年2月初頃,私が経営していた東大阪市渋川町の麻雀店に村上博志と村上利男(大阪市淀川区木川東1−9−13)2人が来店。村上博志が「谷口弁護士の指示で金庫へ行き調査を依頼されたので村上利男と2人で谷支店長と面談する」と言ったので私達3人で金庫巽支店へ行き谷支店長と会いました。
 私は村上博志の指示通り谷支店長を会わすと私は先に帰ってきたのです。後に村上博志より電話で,谷支店長に資料の提出を頼んであるので資料を貰ってから調査するとの事でした。

平成7627日頃、村上博志と会ったときに私は「村上利男と会って話をしたい事があるので連絡をしてほしい」と言うと村上博志は「村上利男は病気で死亡している」とのことでした。
(4)、昭和50227日午後1時、金庫巽支店で金庫本店から管理課森田実及び五十棲義明審査課長の両名と村上博志、安東日明を交えて会議室で会話しました。
 その時、谷支店長筆頭に檜垣安紀支店長代理、貸付担当勝原史郎、立岩正男、他数名は直立させられていました。
 森田実が『元帳をコピーして渡せたら早く渡せたけれど吉川さんの取引状況が良く分からないので、色々と伝票をひっくり返して
 資料を作成した、調べてもらって一つでもおかしいところがあれば全責任を負う』
と弁明していました。
 如何なる形成にせよ取引元帳の控を提出するのが必然、順当な私との取引元帳が無いことから手書手直しで改竄された割引手形及び同貸付手形、取立手形等の一覧表の提出がありました。

 そして、平成
101130日、谷口弁護士及び村上博志との和解成立を受けて永和信用金庫とも和解交渉をするために平成11年1月27日、金庫本店を訪問して五十棲義明と面談し、種々と話をしました。

 五十棲が「割引手形一覧表は48年度も作成したが谷口弁護士が証拠を有利にする為に谷口弁護士が作成した割引手形一覧表と差し替えた(おそらく村上博志に作成させて)」という趣旨のことを述べていたのです。

E-1 割引手形一覧表(上)、D図を改竄されたものが提出された


E-2
割引手形一覧表(下)

 ところが『三者対話』の平成1134日に弁解したのです。
 私は、ほんだらこれは(割引手形一覧表)、誰がこさえた。この前は弁護士(谷口)から私の裁判に有利になるためにこさえた。それでもええで別に。これ誰がこさえたんや言うとんのや。弁護士か。私の弁護士か。と聞きなおすと

 五十棲は、「それはわかりません。」「分からへん。わからへん。そういうクエッシヨンや言うてるだけや。」と三者対話録音テ−プ反訳速記録で嘘の弁明をしているのです。
 また、割引手形依頼人残高元帳の手形振出名等も村上博志が記入しているのです。
 しかし、割引手形依頼人残高元帳及び一覧表と手形貸付元帳に村上博志が記入しているのは金庫と結託している証拠を立証しています。

赤の囲み内は、村上博志が書き込みしている
F-1
F-2

(5)、昭和50318日、谷支店長から電話があり永和信用金庫巽支店に行くと谷支店長は「村上博志から何度も脅迫されている。この事は吉川さんの指示ですか」と問われました。
 私は「一切そのような指示を出したことはない」と告げました。
 そこで谷支店長は、「杉山常好と会ったらどうですか、杉山常好との話ならどのような相談も受けます」との発言がありましたので杉山常好を金庫巽支店に呼んだのです。

 既に私は、杉山を信用していなかったのですが谷支店長から、この日に提出を受けた手形の受取書、出金伝票等を受け取り、私の自宅に杉山と動向、杉山に「お前の知っている金伊三雄、古本治三の不渡手形は金庫から返還してもらってないので裏付調査をするから俺に協力出来るか」と言ったところ杉山は、「家に用事があるので用事を済ませて来るからと」と言って帰宅、その後、何の連絡も無かったのです。

 前号証の永和信用金庫本店に行った顛末書にも金庫職員の私文書偽造,同行使及び杉山常好の詐欺横領を立証してある如く杉山常好は、自己が行った不法行為の発覚を恐れ、私に協力出来ないことからして杉山からの連絡が入ることは無いのです。

 翌日、村上博志と会い「何を勝手に谷支店長を脅迫するのか」怒ると村上は「谷支店長がそんなことを言っていたのか、それなら永和信用金庫がひっくり返るぐらいの事件にしてやる」と弁解していました。私は「もう二度と金庫に行くな」と強く釘をさしましたが、村上博志は、その後も金庫へ幾多も訪問していたことが後に露見したのです。

 村上博志は金庫職員と杉山常好が共謀し私の金員を着服していたことは判っていたので、村上自身の欲で谷支店長に金員を要求、脅迫していたと確証しています。

 村上博志が谷支店長を脅迫した件については、村上博志の録音テープ反訳速記録(42頁〜4313行)で次の通り立証しています。
○吉川 うん。それは、というのは何で警察(告訴)から行こうかというようになったんは、要するに社長(村上)は、あの−,谷を誰やと脅迫したらしいなと。それからの話だんがな警察の問題は。
○村上 ああ、そう。あれは安東が行ってんな。一緒に。
○吉川 うん。
○村上 あの日、座ってな、安東君がえらいしゃべっとったんやわ。
○吉川 うん。安東は何で一緒に行ったんや。
○村上 あのとき安東君一緒に行ったんや。
○吉川 社長と。
○村上 うん。わし一人なら一切行けへん。あんなとこへ一人で行ったらあかんねん。こらもう常識やからね。
○吉川 うん。
○村上 だれか、必ず誰かが行って・・・・。
○吉川 いや、だから、何で私を跳び越して行ってるんかな。
○村上 「跳び越して」ちゃうがな。あんたに相談してや。安東君が言うてるわけや。「わしが行ってくるわ」言うて。ほんでまあ「一緒に行ってくれ」言うた筈やわ。「事情をわしらが聞いてくるわ」言うて。安東君が。
○吉川 安東がそない言うて社長と一緒に行ったわけだっか。
○村上 そうそうそう。向こうへ行って、あんたやったら喧嘩するから、わし行ってちよっと・・・・。
○吉川 いやいや、喧嘩になろうが、なにしようがね。
○村上 いやいや、それは・・・・。
○吉川 私の問題だんがな。
○村上 いや,だから事情を聞くのにさ,君が行ったんや、言うてるねん。
○吉川 それは私から頼まれてって?
○村上 うん。
○吉川 口出しですな、それやったら。
○村上 まあ、そう言うた筈やわな。ねえ。
○吉川 ほんでそれの結果が、脅迫事件になったわけだっか。
○村上 事件やないけども脅迫が・・・・。
○吉川 あった言うて・・・。
○村上 来られた言うて、あの時な。
○吉川 うん。その結果が。
○村上 うん。ほんな胸くそ悪い言うてやね、言うとったんやけどね。

  以上の如く村上は、安東と勝手に金庫へ行き谷支店長を脅迫している事は事実であります。
(6)、昭和50520日から40日間、私は永和信用金庫の不正事件のことを考えすぎて精神的ノイローゼになり入院したのです。

平成7627日、村上博志と会い疑惑に思う基点を追求したところ村上は『吉川が入院期間中に谷口弁護士から電話があって話を聞くと金庫へ行き調べてきてほしいことがあるのでと・・・・
 谷口弁護士から指図されたので安東を同行、金庫へ行ったことが有った』
と弁明しましたが「だけど何を調べに行ったかは覚えてない」と狂言していた。

紛議調停委員会(平成7年紛第33号)に、平成84月9日に提出しました私の質問書で谷口弁護士に次の通り問いました。

 質問書2、Bで先生は私が入院中に、また承諾も得ずに何を考えて村上と安東の両名を調査の為とはいえ介入させ、勝手な行動をしたのですか。 2、Cで又、どのような事を調べさせに行かせたのですか。最初から既に先生は私に対して弁護士としての義務違反をしていたのではないですか。との質問をしました。

 谷口弁護士の平成8619日、紛議調停委員会の弁護士会から受け取った回答書で次の通り回答を頂きました。
 
 回答書2、Bでは、貴殿が不在の時でも資料の調査、検討は出来る限りにしておりました。安東氏が金庫に行ったかどうかははっきりしないが仮に行ったとすれば村上氏は、貴殿の信頼している人であり、安東氏は貴殿の友人で調査に協力してくれている人なので金庫へ行ってもらったものである。

 2、Cでは、資料の提出を求めに行ったものと思う。弁護士義務違反に違反していない。との回答でした。
 
 谷口弁護士は回答書で回答している如く、村上博志を私が入院中に永和信用金庫へ行かせた事を認めています。

 前記の如く、村上博志は、自己の勝手な行動で谷支店長を何度も脅迫しています。
 村上博志の脅迫に尽きましては、谷口弁護士に私を抜きで村上博志を永和信用金庫ヘいかす事について指示をした覚えはありません。 谷口弁護士及び村上博志と安東日明からも勝手に金庫に行き、調査した報告を受けた事は一切ありません。そして、谷口弁護士は私の承諾を得る事なく調査の為とはいえ入院中に金庫ヘ行かす事態、不本意な行動であり金庫と結託する、要因の一つとなす原因であります。

3、村上博志の供述調書(102行〜同4行)
 当時、谷支店長と言う方がいたようで、その名前は、吉川から聞
 いた事がありましたが、『私は谷支店長と直接話をしたことは一度
 もありませんでした。』
と重大な嘘を供述しています。

《反論》

 前記2、供述調書に対する《反論》の(1)から(6)に立証して
いる如く、村上博志は谷支店長と幾多も会話しているにも拘らず谷口弁護士と結託して、自己の行った違法行為を覆い隠すために『谷支店長と直接話をしたことは一度もありませんでした。』供述しているが、永和信用金庫と結託しているので大きな嘘と偽な供述は明白であります。

4、村上博志の供述調書(10頁9行〜同終)結局、私はこの吉川と永和信用金庫とのトラブルの内容は全く分からず近畿財務局ヘ照会をしたことも、いつ刑事告訴をしたのかと言うことも全然知りませんでした。と嘘と偽の供述をしていました。

《反論》

昭和51年6月頃から村上博志、安東日明の両氏と一緒に手形振出人である金伊三雄と古本治三に会い、裏付調査をしたところ金庫職員と杉山常好が結託して、私の印鑑を悪用「杉山常好が書いたと推測される」出金伝票及び必要書類を作成し私の金員を着服していることが判明しました。
 刑事告訴及び民亊訴訟を提起するについての打ち合わせを村上博志も同席しているのです。刑事告訴を提起する時に谷口弁護士は「一連の事件は金庫職員と杉山常好の共謀による悪質な事件なので吉川さんとしては、良い爆弾を抱えている」と説明していました。,谷口弁護士と村上博志の指示で検察庁から告訴しました。民亊訴訟で損害賠償請求を提起して損害金は奪還すると明言していました。

昭和54年2月22日に、刑事告訴の不起訴後、谷口弁護士に民事訴訟の提起を依頼したところ、「刑事告訴が不起訴なので民亊訴訟を提起しても無駄と説明し、近畿財務局に上申書で調査依頼する、調査結果が分かってからでも民亊訴訟の提起は遅くない」と言いました。この当時、近畿財務局がどのような機関なのか無知な私は、そんなものかと思い谷口弁護士と村上博志の言う通りに、近畿財務局に調査の照会で上申書を提出したのです。
 近畿財務局へ上申書での照会については私の質問書2Hで「先生はなぜ私と村上と一緒でなかったら私との打ち合わせが出来なかったのですか」と質問をしました。

 谷口弁護士は回答書Hで、『村上博志は当初より本件、不正事件調査について深く携わっており詳しく、又、貴方が信頼しているので、その意見も参考にしたいから』と回答しています。
 この谷口弁護士の回答書と下記の村上博志の録音テープ反訳速記録を、考察しても村上博志は金庫側と結託していたので嘘と偽りな供述をしている事を立証しています。

    村上博志の録音テープ反訳速記録(14頁9行〜15頁終・31338行・38頁〜11行・41頁6行〜41頁終・69頁〜718行・8411行〜89頁終・917行〜12行)

5、村上博志の供述調書(
115行〜6行)
 吉川と永和信用金庫との裁判の傍聴に行ったこともありません。と嘘を供述しています。

《反論》
昭和58年105日、金庫職員立岩正男の証人喚問の裁判でした。 金庫代理人弁護士吉田朝彦は裁判長が出廷して、お辞儀が終わるなり傍聴席に座っていた村上博志にいきなり頭ごなしで語気荒く村上を睨み指差し『貴方は何しに来たのかこの法廷から直ちに出て行きなさい』と発言し、その為に村上博志は何も弁解する事無く退廷させられました。
 
傍聴席に座っていた親族、友人、知人等、約20数名の人達も,上が退廷させられた件について不思議に思ったと私に告げていました。ところが後に谷口弁護士に村上が退廷させられた理由を聞くと「裁判長が村上を退廷させた」と嘘をついています。
 何故、嘘偽りな弁解をしなければならなかったのかは村上博志と永和信用金庫が結託、裏取引をしていたので金庫代理人から退廷させられても可笑しくない事を、把握していたからこそ退廷させられても谷口弁護士は何の発言も出来なかったのです。

 村上博志の録音テープ反訳速記録(4810行〜494行・5215行〜638行・667行〜6816行)で村上博志が裁判の傍聴に来ていた事を立証しています。

6、村上博志の供述調書(11頁6行〜7行)
その訴訟中、私が和解の話を待ち出したと言う話などは、どうしてそのような話が出てくるのか全く分かりません。と嘘を供述しています。

《反論》
昭和58年11月30日、村上博志から電話があり天王寺区上本町6丁目の喫茶店()で会いました。その時、村上博志は「今なら3千万円で示談ができる、示談したらどうか」と言いましたが裁判で金庫代理人から退廷させられた事を疑っていました事と100パーセント
この裁判に勝てると確信していた私は「今ごろになって何
の示談や」と言って断わりました。
 村上博志に「永和信用金庫と谷口弁護士は、お金を貰って裏取引したのか」と質問すると、村上は「金庫代理人から示談の話はあった」と言っておりました私は村上博志が言うような永和信用金庫との示談をする事を谷口弁護士にも村上博志にも一切言った事はありませんし、谷口弁護士から示談の話、有った事もありません。

村上博志の録音テープ反訳速記録(49頁5行〜9行・711675頁最終・117頁6行〜15行)で村上博志から示談の話が有ったことを立証しています。

7、村上博志の供述調書(14頁最終〜15頁1行)
平成7年頃、弁護士の金高先生に、お願いして債務不存在確認訴訟を提起してもらったのです。と嘘を供述しています。

《反論》
 村上博志の代理人弁護士金高好伸から平成7年頃に債務不存在訴訟の事実は有りません。しかし平成10年11月30日に裁判上の和解を条件とする訴訟はありました。
(和解条項は私から金員の請求及び連絡行為の禁止であり谷口光雄弁護士と村上博志が永和信用金庫と結託した不法行為は永和信用金庫に社会的道義的責任が有る。)

8、村上博志の供述調書(1610行〜175行)
私は、100万円ぐらいで和解して欲しいと言ったのですが、吉川の方が500万円か600万円ぐらいを言って来たと言う事で金高先生は300万円で和解したらどうかと言ってきたのです。
 私は300万円という金額を聞いて高いな、馬鹿馬鹿しいなと思いましたが二度と吉川と関わりを持ちたくないという気持ちは非常に強かったですし金高先生にも和解をお願いした手前、今頃文句も言えないと思い、300万円で和解してもらうことにしたのでした。と供述しています。

《反論》
平成104月末日より同年9月末日頃間、前後30数回、谷口弁護士事務所へ訪問、谷口弁護士に私は『先生は村上博志と結託して永和信用金庫と裏取引していたので表面上だけの仕事を行い、私から頼まれた仕事をしていない』等を問い糺していました。
 更に『村上博志が金庫と結託して受領した裏金を永和信用金庫に返金するか或いは私に渡せ』等を問い詰めると、谷口弁護士は、『どのようにしたら納得してもらえるのか』と聞くので私は『此れは案だが私も商売をしたいので5000万円ほど要る、村上博志や永和信用金庫と相談して金庫から融資を受けたいので融資に必要な担保定期預金を積んでほしい』と言ったところ谷口弁護士は『村上と相談する』と答えました。暫くして、谷口弁護士と村上博志の代理人弁護士金高好伸は『裁判所から訴状が届いたら訴訟の中で和解してほしい』と言うので私は、代理人弁護士藤原猛爾に相談した結果、谷口弁護士の希望額の各自300万円で和解したのです

▽ 谷口弁護士との和解調書は平成10年(ワ)第10997号。
▽ 村上博志との和解調書は平成10()10771号であります。しかし、和解した件については村上博志と谷口弁護士が、どの様な理由の言い訳を述べても此れまでの、村上博志と谷口弁護士の言動と行動を考察しても私は、村上博志が谷口弁護士や永和信用金庫と結託して私の相手方である金庫と裏取引をして、金庫の不正を隠蔽する違法行為を行い、私に対して違法に損害を被らせたので金庫との裏取引で既に得ている利得の一部である金額の解決金を私に支払って和解をしたと確信しています。

9、結論(私の主張のまとめ)

昭和51年から昭和53年にかけて谷口弁護士が行った刑事告訴は、いずれも不起訴処分で終了した。
 私は、谷口弁護士を代理人として、昭和5611月に大阪地方最判所に永和信用金庫に対する預金債権請求訴訟(10件について1054万円の損害賠償を求めるもの。)を提起したが、昭和618月に谷口弁護士が辞任し、藤原猛爾弁護士が後任の代理人となった。平成31113日、私の請求を棄却する旨の判決でしたので控訴しましたが平成4929日控訴棄却の判決が言い渡され上告に対しても平成5105日上告棄却が言い渡された。

平成849日、紛議調停委員会(平成7年度紛第33号)に提出しました私の質問書に対して谷口弁護士は次の通り回答しています。 私の質問書4、Fで『特に裏付けの取れている金伊三雄振出人手形と古本治三振出人手形等を証拠として告訴しなかったのですかと質問しています。
 谷口弁護士は平成8619日に紛議調停委員会に提出しました回答書で『金伊三雄、古本治三の手形は最初告訴事実にしていたが、右手形金相当額はいずれも杉山常好が受預している事になっており金庫の犯罪とするには、証拠がないので担当検事の指示があり三回目の告訴状から省いた』と回答しています。
 この回答書からしても杉山常好の詐欺、横領は立証できているのに谷口弁護士は故意に手抜きの仕事を行なっていたのです。回答書を藤原猛爾弁護士に見せて説明を求めたところ『不起訴理由は、手形金相当額を杉山常好が受領しているので杉山常好を詐欺横領で告訴すべきであった。金庫職員五名を相手に業務上横領の詐欺告訴でなく、私文書偽造、同行使で告訴すべきであった。不起訴となったが永和信用金庫は損害賠償の責任はある。』と明言しました。告訴状の控を見ても余りにも杜撰な告訴状(村上博志の録音テープ反訳速記録3頁〜8頁)である事は一目瞭然に判ります。 担当検事から谷口弁護士に、私文書偽造同行使で告訴するように手直しの指導が有ったにもかかわらず放置しました。その上、谷口弁護士は裏付け証拠の取れている金伊三雄と古本治三振出人手形を故意に省いた上、被害のない手形も損害を被っているように告訴を提起しているので不起訴になりました。
 谷口弁護士は村上博志を調査目的で金庫へ幾多も行かせた結果、金庫職員と杉山常好が仕組んだ不法行為である私文書偽造同行使、杉山常好の詐欺横領罪の事実を知っていながら谷口弁護士と村上博志は策謀して永和信用金庫と結託、金庫職員と杉山常好の違法行為を覆い隠す為に金庫側の味方になり手抜きの仕事行っていた。
 谷口弁護士の作成した告訴状の控を見ても職務怠慢で刑事告訴は不起訴になりましたし、その余波で民亊訴訟も敗訴になったのは明らかであります。更に前記に記述して反論している如く、村上博志は自己の行った違法行為の発覚を恐れて大阪地方検察庁、検察官検事中山博晴に嘘と偽りな事ばかり供述しています。又、村上博志を平成1442日大阪地方検察庁に偽証罪で告訴状を提起し平成14102日に受理されましたが古い事件内容の為に同年1211日に『嫌疑不十分』で不起訴になりましたが、村上博志に対しては『黒』にもなる判断です。
 谷口弁護士、村上博志及び金庫職員と杉山常好の言動と行動を考察しても私が永和信用金庫に財産の損壊及び精神屈従的損害を被った事実を如実に物語っています。

《最後に》
永和信用金庫を舞台に極悪非道な役者一同《谷 肇支店長、金庫職員、杉山常好、谷口光雄弁護士、村上博志》が金庫と結託して上手な芝居を演じて、私に1054万円の損害を被らせました。杉山常好の紹介で永和信用金庫巽支店を信用して取引しましたが取引した当初から杉山と谷支店長及び支店長代理檜垣安紀、貸付担当勝原史郎、立岩正男、等は共謀して不法行為を働き詐欺横領、私文書偽造、同行使の犯罪を行なっていたのです。
 金庫の違法行為を暴くために谷口弁護士と村上博志を信頼していたにもかかわらず、これら役者一同に見事、裏切られました。私に損害を被らせた役者達一同は一連托生に『嘘を嘘で塗り固めているから上手な芝居も時が経つに連れ、ほころびが大きくなるのです』。真実を隠し通す為に、上手な芝居も嘘八百を並べ立てた嘘は必ずばれるのです。
 この役者達の為に私は意地と執念で30年間も闘い続けていますが1個人の私は組織相手に悪戦苦闘しております。私は、此れからも傲慢な永和信用金庫が自らの非を認め私に謝罪して道義的社会的責任を果たさない限り私の闘いに終わりは有りません。
 又、同じような体験をされた方の情報提供をお待ち申し上げます。

                           以 上

 

  「村上博志の供述調書に対する反論」は平成13年8月10日大阪地方裁判所第18民亊部(慰謝領請求事件)に提出していますが、事実を詳細に立証する為、加筆しています。