オタクの 英雄 ヒーロー !! 
  11.震えるコミケ
 
 
 
  勇介にとって、決戦の日がやってきた。
  そう……決戦とは、相応しい言葉だ。そう思う。
  何しろ今度の敵は、無数のツワモノたち。それと戦い、勝ち抜くことこそが、勇介のすべて。
  そして、決戦の場は……。
「……晴海だ」
「……はい?」
  麦茶をこくこくと喉を鳴らして飲んでいたアリシアが、その言葉に反応する。
「晴海だ。そこが、俺たちの決戦の場となる」
  決戦……さては、あの謎の悪の組織との決着が、そこで……? そう思うアリシア。
「敵は多いぞ、覚悟しなきゃ」
「多いって、どれだけですか?」
「そうだな……ざっと、五十五万人か……」
  アリシアは、思わず身震いしていた。悪の組織が、そこまでの数をそろえていたとは……。しかも、これだけ短期間の間に、である。
  そんな数を相手にしては、いくらやられ戦闘員が相手でも……。
「か、勝ち目はないです……」
「そうとは限らない。こっちは始発で向こうへ赴くが、徹夜組との争いが本格化するのを考えても、何とかなるかもしれない」
「……徹夜組?」
  何か、そういう悪の秘密グループがあるのだろうか? それとも……。
「何にしても、水分補給の用意と、暑さ対策は必要だな。これは大事だ。特に……夏コミにおいてはな」
「夏コミ……?」
  勇介は、おもむろにそれを取り出す。分厚い冊子。それを、ドンッとアリシアの前に置く。その表紙には、なにやら『萌え』っとしたイラストが……。
「……コミックフェスティバル……まさか、勇介さん……?」
  勇介は、ビシッとサムズアップを差し出した。その顔面を、冊子でぶん殴るアリシア。
「ぼ、暴力は良くない……!」
「うるさいですこの馬鹿! ああもう、なにを期待していたのか、私は……!」
「でも、楽しいぞ、コミフェ?」
「そういう問題ではありません! そもそもそんな不健全なイベントに参加することこそが……!」
「不健全違う。全然違う。むしろ健全すぎて良い子はお断りなくらいだ」
「意味がわかりません!!」
  そんなわけで、とりあえず勇介がコミック何とかというのに参加することはわかった、アリシアである。
  だからといって、それがすぐにどうこう思えないのは、彼女の理解不足が原因だろう。もしも知っていれば、嫌でも止めたに違いないのだから。
「とりあえず明日に備えて、今日はもう寝よう。じゃあなアリシア。お前は来ないんだろうが……元気でな」
  そう言って床に横になる勇介に、アリシアは不満の瞳を向けて、そして……。
 
 
 
  朝もまだ明けない内に、勇介は目覚める。そして身支度をすると、でかい鞄を背負って、そのまま家を飛び出す。
  その鞄の中で何かが揺れたような気がしたが……別にそんなこともなく、勇介は電車に乗り、そして晴海を目指す。
  そして到着したそこ。その場所。すでに大勢の人間が、ぞろぞろと列を作って並んでいる。その列の長さは尋常ではない。
  そこに勇介も並ぶと、早くも汗がにじんできた。慌ててタオルでふきふき、辺りを見る。
  誰も彼も、目が血走っている。そう、ここに集った者たちは、誰もが友であり……誰もがライバル。そんな関係。
  そしていよいよ、開場。『慌てるな・騒ぐな・押すな』の原則を守って、正しく入場する勇介。
「……酸っぱいにおいだ……」
  これこそ、夏コミの本懐といえよう。それほどまでに、会場の中は熱気であふれかえっていた。
  そして勇介は、さっそく目当ての同人誌を買いに歩き……。
『……ふぎゅる……』
  そんな声を聞く。はて、どこからと思えば、どうも背負った鞄の中かららしいと気付く。そこで勇介は、立ち止まって鞄を開けば。
「……なんで?」
  そこには、人形サイズにまで小さくなった、『アリシア』の姿があったりしたわけで。
「ま、魔法で小さくなったんです……。その、人ごみにまぎれるのは嫌なので……」
「便利だなぁ、魔法って。でもまあ、いいや。それで、何でついてきた?」
「そ、それは……勇介さんが、心配だったからです」
  こんな自分を心配してくれるとは……勇介は、若干、ほんの少し、ちょびっと感激した。
「そもそも勇介さんから目を離すと、またいかがわしい本を買いあさるに決まっています。えぇ、決まっています。ですから私は……」
「おっと、急がなきゃ」
  そこから先は、鞄の中に押し込められて、口を封じられるアリシア。
  文句をぶうぶう言いながら鞄から顔を出せば、あたりは大勢の人でにぎわっている。
  そう、それはまさしく、祭りであった。
「……はぁ、すごいですね……」
「まあねぇ。何しろ日本最大だからねぇ」
「大きいことがいいことだとは、限りませんよ?」
「大きさにはロマンがあるじゃないか」
  そんなことを話しつつ、二人は目的地へと歩く。そして、めでたく幾冊かの同人誌を買い……そして、一息つく。
「なんだか、お腹がすきませんか?」
「ここで食うと高いんだよな。だから俺は、しっかりサンドイッチなどを用意してきた」
「ああ、この鞄の中の……。少し分けてください。このサイズですから、ちょっとでいいので……」
  そんなわけで、昼食を食べる二人。通りすがる人々が、鞄から顔を出してサンドイッチをぱくつくアリシアに、奇妙な表情を見せるが……そこはそれ、気にしない方向。
  そして彼らは、目的も果たしたので。
「帰るんですか?」
「いや、色々と回ってみるよ。何しろコミフェだからな」
 
 
 
  いくつものサークルを見て回りながら、勇介が歩いていると……不意に、その声がした。
「おーい、うちやで〜? こっちこっち〜!」
  振り向けば、そこにはあの『たいちょーさん』の姿が。
「何やってるんですか、たいちょーさん? というか、サークル参加?」
「そやそや。ほんでな、うちの本を売ります」
「ははぁ、売りますか」
  そんな会話をする二人に、何か仲良しみたいな雰囲気を感じて、アリシアは少しむっとして顔を出し。
「行きましょう、勇介さん。別にたいちょーさんに用事があるわけでもないでしょうし」
「そうか? 俺は結構興味津々……というか」
  それでも文句を言うアリシアを、ひょいっとつまみ上げるのが、たいちょーさんだ。
「なんや、よくできた人形やなぁ。しかもなんかしゃべっとる?」
「は、放してください!!」
  そこへ勇介は、これこれこうと事情を説明し……。
「はぁ、魔法で小さくなったんか〜。そらすごいなぁ」
「いいから放してくださいってば!!」
  ぶらぶらとつままれて揺れる、小さな小さな魔法少女。それをとりあえずたいちょーさんから受け取った勇介は、元の通りに鞄におさめて。
「それで、たいちょーさんのところは、何の本ですか? もしかして、ウホッ関係?」
「ちゃうちゃう。うちが今回出したのは、『シュマイザー解説本』や」
  なにそれ? という顔をする勇介に、見本誌を取り出してみせるたいちょーさん。
「ほら、こういう詳細がいっぱいのっててな……? ほんで、正体は謎! って感じで……な?」
「ははぁ、とりあえずは秘密は守ってくれたんですね」
「当たり前や。うちらは信用第一の商売やからな。ほんで、一冊どう?」
「うーん……」
「プレミアつくで?」
「そ、それじゃあ一冊……」
  そして、自分自身の解説本を買い求める、勇介。その中身に目を通せば、あることないこと108個も載っている。
  煩悩の数と同じというのは、いささか……な気もしたが、それでもまあ、正体を暴かれるよりはマシだと。
「それで、これからどうするん?」
「そうですねぇ……もうちょっとあちこち回ってみて……」
  ……と、そんな時だった。なにやら係員が制止する声を振り切って、堂々と歩いてきた存在がいたのは。
  そして、たいちょーさんのサークルの前に立つと、ビシッとお金を突き出して。
「その解説本を、売るがよろしくてよ?」
「あー……ええと、確か……」
  困惑するたいちょーさんの脇で、勇介は心底びびる。そう、何しろそれは……。
「き、キラー・クイーンじゃないか!」
  そう、悪の女幹部が、解説本を買いに来たのであった。
  しかし、その格好はあまりにもコスプレじみていたので……。
「所定の場所以外でのコスプレは禁止です」
  そう、係員に注意される。
 
 
 
  追い返された、キラー・クイーンはさておいて……と、歩き始める勇介たち。
  するとなにやら、奇妙なサークルが目に入った。
「世界征服クラブ……奇天烈だな」
  それでも興味半分で覗いてみると……白衣を着た人物が、ちょこんと店番をしている。
「あ、どうも。よろしかったら、見ていってくださいな」
  勇介は、そのブースの冊子を手にとって……ぱらぱらとめくる。
  なかなか愉快で痛快な、SF漫画が収録されている。勇介は、一目でそれを気に入った。
「一冊ください。これ、面白いッスよ」
「そ、そうですか? いや、参っちゃうなぁ……」
  てれりこと照れる、白衣の人物……。なかなか照れ屋らしい……と。
「あ、姫路くん。お帰り。目的の本は、買えたかい?」
  分厚い眼鏡をかけた女性が、そんなブースへやってくる。そしてよろよろと……。
「はい、最後の一冊を何とか確保してまいりました、博士」
「うん、やったね! これで明日は僕らも、大勝利さ!」
  何がなにやらわからないが、とりあえずはこれでよし、と……帰りの電車へと向かう勇介。
  そんな彼の背後の鞄で、ぶうぶうと文句を言うアリシア。
「ちょっと勇介さん! この本、思いっきり淫行じゃないですか! どうするんですかこんなの、家に置けませんよ!」
「そこはそれ、秘密の場所に……うふふ」
「うふふじゃないですってば!!」
  そうやって騒がしく……彼らは帰り道を行き……。
  …………。
  ……。
  ユミルとリリンの働くメイド喫茶で、お茶をする二人。
「最近は秋葉原も、静かなものですねぇ」
「まあ、小康状態と言うべきかな?」
「とりあえずは、しばらくは様子見ですけれど」
「心配ないんじゃない? 悪の秘密結社だって、年がら年中悪をやっているわけにも行かないだろうし……って、ぎゃーーーっ!?」
  見れば勇介の頭から、コーヒーが滴り落ちている。そしてペコペコと謝るドジッ子のリリンと、それに伴って頭を下げる、ユミル……。
  まあ、それには大人の対応で対処し、何とか喫茶店を出た二人。そろそろ季節も、秋に変わるか……。そんな時期……。
  …………。
  ……。
  薄暗い地下室に、二人の人物がいた。
「では博士、活動資金のほうは、着々とたまっているのですか?」
「うん。コミフェでも若干売り上げが出たし、しばらく活動も控えていたから、ばっちりさ!」
「ああ、頼もしいですわ、博士……!」
  にこにこと笑う白衣の人物に、ひしっと抱きつく眼鏡の女性。
「姫路くん……僕はね……」
「は、はい、博士……?」
  白衣の人物は、こほんと咳払いをすると。
「君のような素晴らしい助手を得て、幸せものさ!」
「まあ、博士ったら……!」
  こういう、微笑ましい秘密結社も、ある……。
  …………。
  ……。
  勇介たちが街を歩いていると、とある人物がぶつぶつと呟きながら、向こうから歩いてきた。
  その人物とぶつかりそうになり、慌てて避ける二人。
「……うーむ、そうだ、こうしよう……」
  するとなにやら原稿用紙を取り出して……その人物は。
『咄嗟に避けたまでは良かったが、その拍子に抱き合ってしまう二人……!』
  気がつけば、アリシアは勇介の胸の中に。そして、そっと背中に回された手に、ぬくもりを感じて……。
『見つめ合う二人。その瞳の中に、お互いの姿を映しながら……!』
  吐息がかかりそうな距離で、見つめ合う二人。その瞳に、自分の姿が映っているのを、不思議に思いながら。
『そして、次第に少女は顔を近づけ……!』
  アリシアは、無意識のうちに、そんな勇介へ背伸びをして、顔を近づけていた。
  往来の真ん中だというのに、不思議と気にならない。
  ただ、彼の姿だけを、瞳に映して……。
『……そして、二人の距離は……!』
  あと少し。もう少し。その距離が、酷くもどかしい。
  それでもアリシアは、懸命に背伸びをして、勇介の唇へと……。
『……っと、ここで邪魔者登場!』
「あー、なにやっとるん?」
  慌てて顔を離すアリシア。そこには、笑顔のたいちょーさんの姿が。
  内心で舌打ちをしながらも、それに対処するアリシア。
『そしてくり広げられる、争奪戦!!』
「な〜、またモデルやりに来てくれへん? お給金は弾むで〜?」
「だ、駄目です! あんな不健全なモデル作業は、もうこれ以上は……!」
「でも、案外彼は乗り気みたいやで?」
「そ、そんなことありませんよね? ね?」
『いつしか争いはヒートアップし……!』
「どっちか選んで、な?」
「そうです、選んでください!」
  困惑する勇介。そこへ二人は詰め寄り……。
『そして、彼の口からは……!』
  勇介は、戸惑いがちに口を開き、そして二人の女性は、期待に目を輝かせて。
「……っと、原稿用紙が切れた。ここまでだな」
  勇介は、とりあえず。
「三次元人には興味が無いんだ。一昨日来やがれって感じだね!」
  そして、揃って二人に引っ叩かれる、勇介……。
  …………。
  ……。
  ここは秋葉原。欲望の渦巻く街。
  そしてそんな中で、何かを得ようともがく、若者たち……。
  人ならば、誰でもいつかは世界を手にしたいと考える。しかし、その思いも時がたつに連れて忘れていく。
  しかし、それはただの忘却ではない。
  きっと誰もが、世界と引き換えにしても惜しくはない、大事な何かを手にするのだから。

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