「今日も今日とて平穏無事に……か」
  買い物袋をぶら下げて、てくてくと歩く俺。
  こんな平日の昼間っからこうやってのんべんだらりとできるのも、俺がフリーターならではである。違う。フリーター関係ない。いやあるのか? どっちだ。
  まあいい。とにかく暇人であるところの俺はコンビニにちょっと酒と煙草とつまみを買いに出かけて……で、いつも通る交差点にやってきたわけなのだが。
「……」
  幻覚か? とか思った。幻惑か? とも思った。俺に混乱系の魔法をかけたやつがいるな? とは思わなかった。当たり前だ。
  まあ、それはどうでもいい。問題なのは俺の視線の先には……なぜかメイドさんがいたことだった。
  メイドさんだ。これ以上ないくらいにメイドさんだ。あの服とかは間違いない。最近アレでソレな雑誌でお世話になった女性が着ていたからわかる。お世話ってなんだとか聞くな。
  とにかくメイドさん、現る現るなのだ。怖い、こわいぃ!!
「……とりあえず帰るか」
  まあいいものを見た、ということで俺は去ることにする。メイドさんが世の中に実在することが確認できただけでも、俺は満足さ。
  ……と、そのメイドさんがこっちに顔を向ける。ゆったり伸ばした金色の髪にちょこんと飛び出たアホ毛。瞳は翠なのか。うむ、いいもの見た。
  ……と、そのメイドさんがこっちにやってくる。ふわりとスカートなびかせて、おっとりてくてく歩いてくる。
「……」
  俺はとりあえずそのメイドさんがこちらを明らかにロックオンしているのを悟ると、仕方無しに……いや、邪念とかそういうのは無しに……待つことにした。
  そんな時だった。交差点にものすごい勢いでトラックが突っ込んできたのは。よく見れば信号はきっぱり歩行者横断禁止であって───って、それどころではなく!!
「メイドさん、危ないっ!」
「……はて?」
  メイドさんはゆっくりと振り向いた。その眼前にトラックが今いまイマ!!
「……あー」
  ゴシャアァァァンッ!! っと、音が響いた。すわ、俺の目の前でスリル! ショック!! サスペンス!!!
  だがしかし、なのであった。どういうわけか、なのであった。
  メイドさんは平然と道路に佇んでいる。傷ひとつない。むしろ微動だにしていない。ぽけーっとした顔で目の前の『惨劇』を眺めている。
  そう、バンラバンラの礫死体になっていたのは……メイドさんではなく……トラックのほうであった。
  ぐしゃっとひしゃげたフロント。粉々になったガラス。運転手は失神、息があるのかも怪しい。
  ……なぜに?
「……あー、またやっちゃいました〜」
  メイドさんはこっちを見ると、『てへ♪』といった感じで微笑んだ。
  かわいくもないかもしれなくもないかもしれない仕草だが、そういうことは俺の頭からすっ飛んでいたのだが。
 
 
 
「……とりあえず、1・1・0番っと」
  俺は落ち着いて携帯の番号をプッシュプッシュ。するとメイドさんが駆け寄って来てそんな俺の手を『ぐわしっ!!』とか掴んだ。むしろひねりあげた。すこぶる痛い。
「な、なにをするだー!?」
「警察は困るんです〜!! アマルフィは前科もちなのでもうご厄介は程々になのです〜!!」
「知らん。むしろ交通事故を起こしてトラックを破壊(?)してしまったお前が悪い。なので当然俺は警察に通報する。小市民だからな」
「困ります困ります〜〜〜!!」
  グキッと、俺の腕の間接が鳴った。そのまま思いっきりひねり上げた腕から俺の携帯がぽろりとか落ちる。
「えいえいっ!!」
  ぐしゃ! がしゃ! クシヵッ!!
「……おいお前」
「なんでしょうか?」
「俺の携帯をなぜに踏み壊したとか、そういうことを聞いてもいいか?」
「あー……ねぇ?」
  とりあえず俺はそのメイドだかなんだかの頭を拳骨で! 拳骨で!!
「あぅあぅ、やめてください〜!!」
「うっさいボケ!! アレでも高かったんだぞ、タダよりは!! というかお前はなぜにこんなに石頭なのだ!!」
  殴る手が痛いぞ、まったく。
「そもそもお前が前方側方後方不注意で道路に飛び出したのが悪いんだ! わかってるのかコラ!?」
「あー……でも、それはアマルフィにとってはささいな問題なのです」
「アマルフィってなんだ? 食い物か?」
  イタリア料理っぽいな、なんとなく。
「アマルフィはアマルフィなのです。この目の前にいるのがそうなのです」
  ぐいっと胸を張るメイド。……C? D? ……いや、補正下着の可能性も……。
「寄せて上げてなんとか……D?」
「やん、えっちいです〜!!」
  ほにゃらかと笑うメイド。いや待て、油断するな。これはきっと孔明の罠だ。油断させておいて俺の携帯をぶっ壊したことを誤魔化そうとしているのだきっとそうだ。
「まあいい。アマルフィとかいうのがお前の名前なんだな?」
「そうなのです。でもでも〜、自分ではちょっとおしゃれでかわいいと思っているのですけど〜、なぜだか皆さんにはご不評です」
「呼びにくいからな。とりあえずお前はアマちゃんと呼称される。たった今から」
「な、なぜに〜!?」
「アベが国会で決めた。たった今」
  嘘だけどな。
 
 
 
「……で、だ。俺はお前ことアマちゃんに損害賠償と警察への出頭を要求する」
  よくわからんがこのメイド? がトラックをぶっ壊し、あまつさえ俺の携帯までぶっ壊したことは事実なのである。これは覆せない現実なのである。リアルリアリティなのである。よくわからん。
「それは困るの困るです〜! なんとかお見逃ししていただけないでしょうか〜!?」
「知らん。おとなしくお縄につけ」
「……はた、と気がついたのですけど……」
  メイド? はポン! と手を叩いた。
「重要参考人こと目撃者はたった一人のわけですし……ねぇ?」
「……ふむ」
「あー……ねぇ?」
「そうか自首するか。わかったそれなら文句無い。とりあえず最寄の交番はあっちの方角だ。じゃあな達者でな」
  俺はくるっと向きを変えて歩き出そうというところで、襟首を問答無用の力で掴まれて引き倒された。
  そしてメイドだかなんだかが俺の上に馬乗りになって、今ここに俺の命がピンチ!?
「ぼ、暴力はいけない!! 話し合いで解決しようじゃないか!」
「あー……でもアマルフィはちょっと引っ張って押し倒して馬乗りになっただけですよ? なにか問題あるですか?」
「きっぱり問題だ!! というか尻を押し付けるな! 俺の股間が今いまイマ!!」
「あらあら、まあ」
  そそくさと、メイドというよりも格闘家のそれに近いアマルフィことアマちゃんは俺の上から退く。そしてぽっぽと頬を染め。
「……ご立派です♪」
  泣くぞコンチクショウ。
「とにかくアマルフィは警察はノーセンキューなのです。どうか見逃してはいただけないでしょ〜か?」
  うーむ、どうしたものやら。
  正直これ以上このけったいな女に付き合いたくはないし、ここらで手打ちというのもいいかもしれないが……。
  それにつけてもこのアマ……っと、アマルフィか。色々と問題ありそうな感じだ。
  まずトラックと明らかに激突しているのに、傷ひとつないどころかピンピンしている。そこがまず異常。
  そしてよくよく考えて見れば、メイドなんてものがここに存在していることがおかしい。非日常だ。フィクションが現実を領空侵犯だ。いや違う。とにかく。
「……まあ、俺としてもこれ以上お前と関わりたくはない。なのでこの場は見逃してやる。ありがたく思え」
「ありがたいです〜! で……ありがたついでなのですが……」
  アマルフィはちらっとこちらに流し目。なにかよからぬ雰囲気に俺は即座に逃げ出す。
「あ、ちょっと待つのです〜!」
「待ってたまるかこの野郎!!」
「野郎じゃないです〜〜〜!!」
「そこがツッコミどころかいっ!!」
 
 
 
  なんとかかんとかアマルフィだかなんだかをまいた俺。公園のベンチで一休み。
「そういえばビールがあったなぁ……。今飲まずしていつ飲むと言うのだ」
  コンビニの袋からビールを取り出して一口。うえ、泡が出すぎだ。散々振り回したからなぁ……。
「……ビールですか。いいですね……」
  と、いきなり背後から声がした。振り向けば顔色の悪い貧相な男がじっとこちらを眺めている。
「……いい若い者が昼間からビール。いいですね……」
「うるさい俺の勝手だ。というかあんたは何者だ?」
「……その、人を探しているのですが……」
  ぼそぼそと喋る男だな。あまり関わりあいになりたくないタイプだ。
  しかし向こうのほうから勝手にベンチに寄って来ると、断りもなく俺の隣に腰を下ろす。
「……娘、なのですが……」
「知らん。いいからあっち行け」
「……あ、これもらいます……」
「俺のビールをとるな! あ、飲むな飲むな!!」
  しかし男はぐびぐびと人様のビールを、ビールを! うぬれこやつめ、どうしてくれよう。
「……で、娘なのですが……見ませんでしたか……?」
「知らん。いいからあっち行け」
「……見ませんでしたか。おかしいなぁ……メイドの格好をしているので、一目でわかると思うのですが……」
「アレはあんたの娘かいっ!!」
  思わずぶん殴りたくなるのを辛うじてこらえる。
「……ああ、やっぱり見たんですか……それで彼女は、今どこに……?」
「どこって、そりゃ……」
  ……と、向こうからこっちに向かって走ってくる者がいた。
「……たった今こっちに向かってくるところだ」
「見つけたです〜!!」
「……おお、アマルフィや……」
「───っと、あれ?」
  急停止するアマルフィ。しかしその勢いのままこっちに向かってすっ飛んできて……。
「ぐべっ!?」
「……ぐふっ……」
  俺たち二人を巻き添えに、ベンチを叩き壊してしまった。
「あああ、申し訳ありませんです〜!! お怪我はありませんか〜!?」
「まずその尻を俺の上からどけろ」
「こ、股間がハッピーなことにならせあそばせられるですか?」
「いいからどけコラ!!」
  無理やりどかせる。まったく、この女は只者じゃないぞ……。
「……あ、お父さま。こんなところで寝ていらっしゃったんですね。アマルフィ、探したのですよ?」
「……」
「寝ているというか死んでるんじゃないか?」
 
 
 
「……さて、どういうことか説明してもらおうか」
  ベンチがなくなってしまったので、とりあえず芝生の上に胡坐をかく俺。その前に正座して二人が座っている。
「……その、話せば長くなるのですが……」
「短く話せ」
「……実は私の娘、人間ではないのです……」
  人間じゃない? さっぱりわからん。あの尻の柔らかさは間違いなく本物の人間……って、そういう問題ではなく。
「……アマルフィは『Anti Material Figure』の略称でして……その、『対物人形』とでも言うか……」
「さっぱりわからん」
「アマルフィもわからないです」
「……いわゆる人型決戦兵器とでも言うのか……」
「その設定はどこかで聞いたことあるな」
「アマルフィにはわからないのです」
「……とにかくロボットなのです……この娘は……」
  俺はじっとアマルフィを眺める。にこぱっと笑うアマルフィ。
「とてもそうは見えないが?」
「……最初は戦車型というのも考えたのですが……それだと対ゲリラ戦などに支障が出ますので……」
「しかしなぜメイドに?」
「……趣味です……」
「……」
「……趣味です……」
  ああそうかい。にしてもムカつく。
「……そういうわけで兵器として開発を続けていたアマルフィなのですが……なにかと問題が多く、結局は不採用……」
「まあそれは理解できる」
「アマルフィにはわからないのです」
「……そして今や私とこの子は流浪の身……」
  さめざめと泣く男。気味悪い。ぶん殴ってやろうか?
  しかし傍らのアマルフィが心配そうにそんな男を眺めているものだから、うかつに手を出すわけにもいかず。なんとなくいらいらと俺は。
「その流浪の身が俺になんの恨みがあるのだ? 携帯は壊すわ追い掛け回すわ、ろくなもんじゃないぞ、そのロボ子」
「……思い込んだら頑固なところがありまして……誰に似たのやら……」
「少なくともあんたじゃないな」
  さて、と考える。この馬鹿な親子? をどうしたものか。
  警察に突き出すにしては、多少かわいそうなところもあるとは思うが……。
「……あの、そういえば……」
「なんだ?」
「……あなた、プーではありませんか?」
「フリーターと呼べッ!!」
  譲れないこの思いよ、届け。
 
 
 
「……あなたを生粋のプーと見込んで、お願いがあるのですが……」
「だからフリーターだ!!」
「……お願いがあるのですが……」
  しつこい男だな。殴るか? しかし突如として男はがばっと土下座をしてしまったので、それもできず。
「……どうか、うちの娘をもらってやってはくれませんか……?」
「もらうってこのポンコツロボ子をか?」
「アマルフィはポンコツじゃありませんのだ!」
「うるさいお前なんか零点ロボで十分だ」
「ががーーーん!?」
  ロボットはかくも零点に恐怖を感じるものなのだろうか。いやまあそれはそれとして。
「……私一人ならばどうにかこうにか生きてはいけるのですが……この子を育てるとなると私には荷が重く……」
「ようするに邪魔だから捨てたいと?」
「……ははは……」
「ははは」
  とりあえず俺は男をグーで殴った。なにかをまき散らしながら飛んでいく男。
「あの、よくお話がわからなかったのですが……アマルフィはあなたのメイドになるですか?」
「いや違う。お前はあの男と一生添い遂げるのだ。そしてもう二度と俺の前に現れるな頼むから」
「……そう言わずに……」
  うげ、もう復活したのかこの男。意外とタフだな……。
「……とりあえず一週間、お試しということで構いませんから……その後返品でもなんでも受け付けるということで……」
「洗剤の勧誘みたいだな」
「アマルフィは洗剤ではないのです。でもお掃除もお洗濯も得意ですよ?」
  ふむ、と俺はアマルフィを見る。……かわいいことはかわいいのだが……さて、これを家に置くとしたらどうなるだろう?
  ……ヤルか? ヤルな。間違いなく。
「……あの、一応そういう機能もついているのですが……」
「口に出して言ってたです。ぽっぽ」
  穴があったら投身したいこの俺の今の心境。
「……親の私が言うのもなんですが、一応は処女、ということになりますが……」
「未使用なのか? あんた使ったりしてないだろうな?」
「……娘に手は出しません……それに手を出しかけた若い研究員もいましたが……」
「……いましたが?」
「……その、握られて……へし折られまして……ポキッと……」
  金玉がキューっとなった。なにその男性機能破壊マシーン。
「……ご奉仕の機能はついているのですが……なにぶん力の加減が効かないもので……」
「そういうのを野に放つな」
「てれりこ」
「お前も照れるな」
 
 
 
「……」
  そんなわけで……どういうわけだ……俺の後ろをついてくるアマルフィ。
「帰れ帰れ!! しっしっ!!」
「アマルフィをそんな野良犬のように扱わないでくださいませ〜!!」
  俺が走ればアマルフィも走る。俺が止まればアマルフィも止まる。
  俺が振り返ればにこにこぱっと微笑むアマルフィ。まったく、どうしたものやら……。
「……と、もう俺のアパートに到着してしまったではないか」
「わあ、安くてぼろっちいアパートですねぇ」
「殴るぞ?」
「はぅ!」
  殴ってから後悔。やっぱりこいつ石頭だ。しかしそれも当然、こいつは見た目は女の子でも生粋の兵器らしいのだ。
  ……ミサイルがメイド服着て街を歩いているようなものか? ちと違うか。
「とにかく帰れ。お前の親も心配しているぞ」
「お父さまは今ごろスキップしながらお手玉して歌を歌っていると思うのですよ?」
  どういう喜び方だそりゃ。というか人間技か?
「わーい、お邪魔しますです〜」
「あ、こら! 入るな入るな!!」
「わあ、ぼろっちい部屋ですね〜! FとかAとかが住んでそうです〜!」
「どこのマンガ道だそりゃ!? というか出てけ頼むから!!」
  これ以上俺のプライベートゾーンに侵入されたら、こいつを追い出すのも不可能になってしまうかもしれない。そうなってからでは遅い、遅いのだ。
「では、アマルフィはさっそくお部屋のお掃除をするのです。るんらら〜♪」
「あ、こら! そこらに触るな触るな!!」
「掃除機は……っと。これをこうして……コンセントに……」
  俺の叫びも虚しく、アマルフィは掃除機を勝手に持ち出してはスイッチを入れ……。
  ……ボンっと。
「掃除機が壊れました〜!!」
「お前が壊したんだろうが!!」
「でもスイッチ入れただけですよ?」
「お前もしかして自分の存在意義をわかってないんじゃないだろうな?」
「……はて?」
  こいつは……アマルフィはいわゆる『対物人形』である、とは聞かされた。つまるところ彼女が触れたものはことごとく壊れる運命にある、ということだ。
  壊し屋というのが相応しいのか……とにかく厄介な相手なのである。
「じゃあ、はたきでパタパタするです。るんらら〜♪」
「あ、こら! テレビなんかはたいたら……」
  ……ボンっと。
「テレビが壊れました〜!!」
「お前が壊したんだバカチン!!」
  うぬれこやつめ、どうしてくれよう……。
 
 
 
「……それで、アマルフィはなにをすればいいのでしょうか?」
「なにもするな。というかなにをする気だったのだお前は?」
「それはその、お料理とかお洗濯とか……メイドのお仕事です〜」
  俺はアマルフィと顔をつき合わせてちゃぶ台を囲んでいる。そこでこれからのことを話し合おうという算段。
  しかしさて、どうしたものか。素直に出て行ってくれればありがたいが、そうもいかんだろうなぁ……。
「アマルフィのお料理、食べてみたくはないですか?」
「お前を火の元に近づけるのだけは勘弁して欲しいところだ」
「ではお洗濯を……」
「水にも近づけたら危ないような……いや待て。ちょっと考えてみたい」
「はいです〜」
  暫し俺は考えて。
「……たらいに洗濯板と水なら……可能か?」
「古風ですね〜」
  そんなわけで洗濯板(どこにあった?)とたらいを持たせて風呂場へ。
「しっかり洗えたら報告するんだぞ?」
「はいです〜♪」
  がっしょがっしょと洗濯を開始するアマルフィ。俺はその後姿を見届けると、居間に戻る。
  テレビでも見ようかと思えど、そういえばあいつが壊してしまったんだよなぁ……。買い換えるにしても高いしなぁ……とか考えていると。
「は、はわわ〜〜〜!?」
  風呂場のほうから声がする。俺がばたばたと風呂場にかけていくと。
「お、お水が止まりません〜〜〜!!」
  蛇口が! 万力でねじ切ったかのように!! そしてそこから怒涛の如く水が水が!!!
「なにをしたのだお前はーーーッ!!」
「ちょっとお水を出しただけですよぅ〜〜〜!!」
「やっぱりお前はポンコツだーーーッ!!」
  ……。
  もう一度アマルフィに馬鹿力を発揮させて蛇口をふさいで、なんとか一安心。
「金輪際お前は水には触るな。いいかわかったか?」
「しょぼんです……」
  残念そうなアマルフィ。しかし俺の家をこれ以上壊されても迷惑なのである。
  下手をすれば敷金から差っぴかれるだろう。挙句の果てには追い出されることも……まあ、嫌な想像はここまでにして。
「あの、アマルフィはなにをすればいいのでしょうか?」
「なにもするな」
「でも、それではメイドにはならないのです……」
  あまりにも残念そうな顔をするアマルフィ。そこになんとなく俺は心を動かされて……。
「……そうだな、ではお前に仕事を与える」
「……はえ?」
 
 
 
  俺たちは商店街にやってきた。そこでアマルフィに少々の札を握らせて。
「さて、その電子頭脳だかなんだかで今夜の食事に必要な食材を最適価格で購ってくるように」
「ようするにお買い物ですね?」
「うむ、そうなる」
  さすがに買い物に馬鹿力を発揮することもなかろう、というのが俺の考え。そしてそれは恐らく正しい……んじゃないか?
「メニューはなににしましょうか〜?」
「そうだな……カルボナーラとか食いたい。だが料理するのは俺である。いいかわかったな?」
「了解なのです〜!」
  ぱたぱたとアマルフィは走っていった。さて、俺は……。
「ゲーセンでも行くか……」
  思う存分散財することにした。商店街のゲームセンター。乗り込めばすでに同類がうようよと。
「絆だ絆。絆をやるべ」
  さっそくゲーム開始。
  ……。
  …………。
「ふう、堪能」
  なかなかに白熱した戦いであった。やはり対人戦は熱い、熱すぎる。
  ……と、なにやら店の入り口が騒がしい。何事かと俺がそちらへ行ってみれば……。
「あ、ご主人さま〜!! お買い物終わりました〜!!」
  ぶんぶんと買い物袋を振り回して駆け寄って来るアマルフィ。そして騒々しく反応するギャラリー。
『メイドさんだ……』
『ありがたやありがたや……』
  ざわざわと幽鬼の群れのように、俺たちの周囲に人だかり。かなり困惑する俺。
「ごっしゅじんさま〜……って、はれ?」
  その時、俺にあと数歩というところまで近づいていたアマルフィが滑る! 見事に! 転ぶ!
  そしてその手にした買い物袋が、俺の顔面に、顔面に……!!
  ぐしゃりと潰れたのは、卵だろうか。どろどろの白濁タンパク質を俺、顔面に付着させ、じっとアマルフィを見る。
「あ〜……顔射ですか?」
「こいつめこいつめ!!」
  ぽかぽかぽかっとアマルフィの頭を叩く。しかし拳が痛いだけである。アマルフィにはまったく効果が無いのである。そして注目を集めるだけなのである。
  なんだかこう、俺は途方もなく虚脱して……。
「帰るぞ、アマちゃんよ」
「アマちゃんじゃなくてアマルフィですよ〜!」
「うっさいビッチ!!」
「あぅ〜! ご主人様の口が汚いのです〜! 育ちがしのばれますです〜!!」
  こいつめこいつめ!!
 
 
 
  アパートに帰ってきた俺たちなのである。
  とりあえず俺は壊れたテレビをなんとかしようと思う。
「文明は必要だ。各家庭にあまねく電波の光を!」
「電波なのか光なのかはっきりして欲しいのです」
  アマルフィを小突き回して、さて一仕事。
「アマちゃん、ドライバー取ってくれ」
「はいなのです」
  渡されるドライバー。俺はそれを構えて。
「そうそう、これでワイもサルや! プロゴルファーサルや! ……って、なんでやねん!!」
  ぽかりとゴルフのドライバーでアマルフィの頭を一撃。へし折れるドライバー。なんという石頭、いやしかし。
「どこから出したこんなもの。我が家にはドライバーは工具しかないはずだが」
「それはメイドの秘密ですぅ」
「語って聞かせれ」
「いやん、えっちいです〜♪」
  どこから出したのか非常に気になるところであった。まあそれはそれ。
「アマルフィは凶器と呼ばれるものならばなんでも取り揃えることができるのですよ? なにしろ対物人形ですから。えへん♪」
  そう言うと金属バットからトカレフまでぞろっと並べてみせるアマルフィ。ますます捨てたくなったこの歩く銃刀法違反め。
「とりあえずその辺の物騒なものはしまってドライバーをよこせ。運転手とか出したらタダじゃおかねー」
「はぅ!? なぜにわかったですか!?」
  出せるのかい。
「むぅ、仕方が無いです。はい、どうぞです」
  俺に今度こそ工具を渡すアマルフィ。そこで俺はテレビと格闘を。
「……ブラウン管がいかれてるなぁ。これは買い換えるしかないか」
「テレビさんがかわいそうなのです。こんなもの、ちょっと叩けばすぐになおりますよ?」
  そう言うとアマルフィははーっと拳に息を吹きかけ、テレビを、テレビに!
「ばちこーーーんですぅ!!」
  がしゃ〜〜〜ん!!
「……さて、アマちゃんや。これは一体なにかね?」
「はぁ、現役を引退してよぼよぼの余生を送っていらっしゃるテレビさんです。むしろ真っ白に燃え尽きて灰になってますねぇ」
「お前が壊したんだ! これ以上ないくらいに完璧にな!!」
  哀れテレビよ、もはやお前は粗大ゴミの運命。むしろ家庭ゴミとして出せそうなほどに粉砕されてしまって、まあ。
「やっぱりお前はその辺のものには触るな! いいか、絶対だぞ!?」
「うぅ、無念なのですぅ……」
  とりあえずこいつには一切合財触れさせてよいものはない、ということはわかったのであった。
 
 
 
  夜になった。飯はてけとーに済ませた……というかパスタをオリーブオイルであえただけなのだが……。
  さて、そこで問題発生。俺は明日に備えて眠りたいところ。
  だがしかし、問題はアマルフィをどうするかなのであった。
  まずはっきりと言いたいことは、俺は男でしかもヤリたい盛りだということだ。
  で、だ。その男の部屋に仮にも女がいるわけだ。女か? ダッチワイフか? まあそれはそれとして。
  つまるところ飢えたオオカミの前に餌を差し出したも同然なわけ。これで襲わなくていつ襲うよ?
  だがしかし……なのであった。困ったことに……なのであった。
  アマルフィのヤツは『対物人形』なのである。触れたものすべてを叩き壊さずにはいられないのである。
  つまり俺がアマルフィを襲えば俺のイチモツが無惨無惨の可能性が。
「悩ましい……」
「どしたですか?」
  そんな俺の気も知らず、アマルフィはにこにことしたものである。
「そんなことよりもお布団が敷けました〜! これでグッドスリープ、略してぐっすりです〜!」
  どうしたものか、本当に。
「はれ? 寝ないですか?」
「眠りたくとも治まらない俺は性欲をもてあます」
「ああ、エッチしたいんですね?」
「したいぞコンチクショウ!!」
  するとアマルフィはこてっと布団の上に横になると、誘うような仕草で。
「カモンかも〜んです〜♪」
  乱れたメイドスカートが、寄せて上げてDが、俺を俺をパライソへ!!
「お、襲うぞ!?」
「うい、です〜」
「じゃあ、襲う!!」
  俺、ぴょい〜んとルパンダイブ。アマルフィに飛び掛り……。
「はぅ、ご主人さまぁ♪」
  アマルフィはそんな俺を抱きしめ───抱きしめ───
  ───抱き『締め』た。
「くぇーーーっ!?」
  俺、窒息寸前。体中の骨が軋む! 軋む!!
「は、はなせりゃーーー!!」
「はぅ、ご主人さまが〆る寸前の鶏のように!?」
  慌てて俺を解放するアマルフィ。ぜいぜいと息をつく俺。というか勃たん、こんなんじゃ。俺にはマゾの気はないのだ。絞められて息絶える寸前の絶頂などノーセンキュー。
「とりあえず……もうお前に性欲をもてあますことはないだろう。というかマジ死ぬる」
「そ、そんな〜!! お口でもなんでも使ってよろしいですから〜〜!!」
「俺に切断の恐怖を味合わせたいのかい」
 
 
 
「……参った……」
  翌日、俺は公園のベンチに腰かけている。真新しいベンチ。これは彼女が壊したものの代替品だ。
「……ビールが苦い」
  まったく、思うようにならないのが世の中であるよ。
  男ならば誰もが痺れて憧れるメイドさんと一つ屋根の下。しかし現実には手も出せず足も出せず、出せるのは口だけ……口内発射という意味ではない……という有様。
  ああ、もてあます性欲。いや違う。もてあますこの鬱憤を、どう晴らしたらいいものか……。
「……ビールですか、いいですね……」
「うわぁびっくりした!!」
  そんな俺にいきなり声をかけてきた者がいた。例の貧相な男……もとい、アマルフィの開発者だとかいう男だ。
「……これ、もらいます……」
「あ、こら! 俺のビールをビールを!!」
  しかもまた断りもなく俺の酒を、酒を。うぬれこやつめ。
「……して、あの子の様子は……?」
  アマルフィのことをたずねられたので、俺は軽く近況報告。
「朝起きたらあいつが朝飯を作っていて、フライパンがヒンデンブルグのように燃え盛っていた。あと少し気付くのが遅れていたら、俺のアパートは全焼の危機だった」
「……ははは……」
「ははは」
  俺はげしょっと男を殴る。吹っ飛ぶ男。
「実際問題、笑い事じゃないんだぞ? 今さっきも出かける前に『今度なにか壊したら粗大ゴミ置き場に捨ててやる』としっかり言い含めてきたが……どうなんだか」
「……まあ、無理でしょう……あの子は『対物人形』としての宿命から逃れられません……目にするものをすべてぶち壊すのがあの子の役目ですから……」
「まずあんたの教育方針が間違っていたようだな」
「……ははは……」
「笑うなや」
  男を蹴飛ばす。その時だった。
  遠く向こうから『どかーーーん』と爆発音が響いたのは。
「またあいつ、なにか壊したんじゃあるまいな?」
「……いえ、これは違うと思います……」
「じゃあなんだ?」
「……恐らく……追っ手かと……」
  追っ手? どこかそこらに抜け忍でもいるのか?
「……ああ、言い忘れましたが……私、研究所の資金を使い込みまして……追っ手がかかっているのです……」
  なんだそういうことか。それならさっきの爆発は、アマルフィのほうがなにか巻き込まれたとかなんとか……。
「……って、まずいだろ!!」
 
 
 
  俺は慌てて爆音のした商店街へとやってきた。するとそこでは……。
「あぅあぅ、やめるのです〜!!」
  戦闘ヘリがロケット弾を発射し、武装した兵士たちがマシンガンをぶっ放す、阿鼻叫喚の地獄絵図が……。
「ここほんとに日本か? アフガニスタンとかじゃあるまいな?」
  なんにしても怖い、こわいぃ!!
「……っと、それどころじゃないな。OK、落ち着こうぜ、俺。まずはアマルフィの状況を観察だ」
  物陰から戦闘の様子を眺める。ヘリの攻撃も兵士の攻撃も、あまつさえ装甲車の攻撃すらも、アマルフィには傷ひとつつけられずにいた。さすがは対物人形、とそういう問題ではなく。
  このままドンパチやられたら、俺のお気に入りの商店街が原形をとどめなくなるなぁ……とか思う。というか……。
「なんでアマルフィは反撃しないのだ?」
  あいつが話どおりの性能を誇るなら、アメリカ第七艦隊とも互角に渡り合えるはず。なのに一切反撃をしない。ただただ攻撃を受け続けるだけだ。
「……まさかあいつ、俺の命令を守ってるのか?」
  そう、『決して壊すな』という俺の命令。それをアマルフィは守っているのだろうか?
  だとしたら……俺は。
「やめてくださいです〜! アマルフィはご主人さまの言いつけでもうなにも壊しちゃいけないのですぅ〜!!」
  もしもアマルフィがなんかの間違いで破壊されたら、それは俺の責任ということにならないだろうか? それは嫌な想像だ。なんとかしなければ……。
  なんとか……その答えを、俺はすでに知っている。ただそれを実行するのがあまりに恐ろしいと感じているだけだ。
  しかし、こう物事が進行しているのであれば……。
「……仕方が無い。やるか」
  俺は攻撃の隙を見て物陰から飛び出す。そしてアマルフィのそばへ。
「あ、ご主人さま〜!?」
「……アマちゃんよ……」
「は、はい?」
  攻撃が止む。民間人である俺の登場に、襲撃者たちは一瞬気をとられていた。だから、俺は。
「……やっておしまいなさい!!」
「はい?」
「壊してもいいと言っている! むしろ壊しまくれあんなやつら!!」
  その俺の命令に、アマルフィはこくんと頷いた。そしてにこぱっと笑顔で。
「はい! アマルフィ、がんばりますです!!」
  そこから、地獄の一時が始まった。
「アマルフィ、戦闘モード始動……WARNING! WARNING!」
  な、なにやら様子がおかしいぞ……? アマルフィのやつ、なんだか目がイッちゃってるし……。
「全ミサイル、照準ですぅ!!」
  するといきなりアマルフィの全身からミサイル発射口が!! どういうカラクリだ……って、それどころではなく!!
「全ミサイル、撃ちつくせです〜〜〜!!」
  しゅばばばばばぁぁぁぁっと!! ミサイルがミサイルが!! アマルフィの全身から納豆のように周囲に、周囲に!!
  それに巻き込まれたヘリやら装甲車やらがカトンボのように落ちていく。嗚呼、無惨。
  慌てて撤退を開始する兵士たち。そこにアマルフィは視線を向けると、何事もないかのように巨大な大砲をいきなり取り出して。
「ご主人さま、ちょっと下がっていてくださいね?」
「ちょ、おま、それどこから……」
「乙女の秘密ですぅ♪」
  そして撤退する兵士たちにその大砲を向けると……。
「反応炉に直結! 撃てます、G−GUNが!」
「おいこら、もういい! そういうのはやめ───」
「G−GUN、発射です〜〜〜!!」
  ごぎゃぎゃぎゃああぁぁぁん、と。大砲から圧倒的なエネルギーが放出され、商店街を、兵士たちを、そして空を射抜く。
  そしてその奔流の過ぎ去った後には……ぺんぺん草ひとつ残らなかった。
「ふぅ、すっきりです」
  俺はとりあえず、その彼女の頭に拳を、拳をッ!!
 
 
 
  真っ赤に晴れ上がった拳を押さえながら、俺はアパートに帰る。
「待ってくださいです〜!」
  追いかけてくるのはアマルフィだ。
「うるさいボケ、俺はあんなこと頼んじゃいない!」
「でもでも、ご主人さまがやっちゃえって言うから……」
「俺がいつ商店街を更地にしろと頼んだ!?」
「はうぅ……」
  まったく、ろくなもんじゃないな、こいつ。もう二度と関わり合いになんかなりたくない。
  だがしかし、アマルフィは俺からはなれる様子はないのであった。べったりなのであった。しかし嬉しくないのであった。
  考えても見ろ、商店街を一瞬で破壊してしまうような女の子、誰が好ましいと思う?
「いいからお前はあっち行け。そして二度と俺の前に顔を出すな。いいかわかったか?」
「全然わからないのです」
  俺は一足先にアパートの中に飛び込むと、しっかりと鍵をかけてチェーンもかける。
  しかしそんなドアをバリバリとこじ開けてアマルフィは迫ってくるのだ。
「アマルフィはご主人さまのご褒美が欲しいのです」
「う、うるさい! ご褒美ってなんだ!?」
「それはその……白濁した生臭い粘液?」
「マヨネーズでも舐めてろボケーーー!!」
  こうして、俺とアマルフィの騒々しい日常は続いていく。
  それもいつしか終わりを迎えるのだろうけど……少なくとも、今は。
「うふふ……ご主人さまぁん♪」
「ちょ、やめ、うわあぁぁぁっ!?」
 

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