遍歴の風景


新宿区新宿4丁目 元旭町ドヤ街に残るドヤ一軒

林芙美子「放浪記」の最初の方で、上京した芙美子は、近江秋江の家で子守女中に雇われ二週間あまりいて二円もらってひまが出され、「新宿の旭町の木賃宿へ泊まった」一泊三十銭、「三畳の部屋に豆ランプのついた、まるで明治時代にだってありはしないような部屋」と書いている。こちらエンテツ資料棚参照

戦前、1925(昭和元)年ころの話だが、ここは戦後もドヤ街として有名だった地域だ。JR新宿駅新南口の新宿高島屋の前、明治通りの天龍寺の裏の路地にあって、いまでもその片鱗が見られる。


戦後建てられたものにちがいないが、この2階のように窓が2段になっているのは、一つの階を上下にわけて使用しているからで、木賃宿の特徴といえる。
消防法の関係で、もう同じように建てることはできないだろう。


下の写真入口には、一泊1800円と2200円の料金表示が。



木賃宿のヤドをさかさまにドヤと呼んだ「ドヤ街」の大半は、
いまは「ビジネス旅館」「ビジネスホテル」に変身。
路地の一番先に見えるのが新宿高島屋のビル。










同じ路地にある、連れ込み風の旅館

05年4月8日撮影(05年4月9日版、5月24日改訂)

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